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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 「今日も満員御礼だな。」ステージ横からそっと客席を眺めながらシュンが囁く。足元にはミリアがじっと屈んで同じく客席の様子を息をひそめて見詰めている。

 「精鋭たちもいるわ。ほら、あすこ。まっちゃんと浩二さんだわ。」

 「お前の友達っつう人は? ジャズギタリスト。」

 「うーん。」ミリアはまじまじと客席を見回す。「後ろの方、見えない。来てくれる筈なんだけど。」

 「マジか。」

 「だってね、リョウに『喜んで伺います』ってメールが来たのよう。喜んでるんだから!」

 「ほう。そりゃあ人間できてらっしゃるな。デスメタルなんざ音楽界のド底辺だと思ってる人も多いしな。」

 「ド底辺じゃないわよう!」ミリアは振り返って睨み付けた。

 「俺は解ってるってば。」

 ミリアは募る不満に耐え切れずず、遂にシュンの尻を抓った。

 「痛ぇ! お前、バカか! 俺はリョウの曲に心底惹かれてベース弾いてんじゃねえか。一般論だよ、一般論。……ったく。」シュンはそう言って尻を撫で摩る。

 ミリアは目を閉じ肩を竦めて反省の意を示す。

 「でも実際音楽界にはなヒエラルキーがあって、まずアカデミックの主役クラシック、これが不動の最上位だろ? 次いでアカデミックに片足突っ込んでるジャズが第二位だ。お前の友達はここにいんの。ここ、ここ。」と手で三角形を作り、その上の方を指し示す。「次いで愛聴者がとにかく多いロックだのポップスだろ。こいつあ老若男女取り込んでるから強ぇ。実際、お茶の間に届く音楽番組はこの手で成り立ってるしな。で、世間様に好ましく思われてるのは以上で終了だ。この後から段々社会での扱いが否定的になる。ブルース、レゲエ、テクノ、カントリー、民族音楽、この辺聴いてりゃオタク扱い、運が悪けりゃ社会不適合者だ。ん中でもとりわけ部外者に最強にウケの悪いのが、我らがメタルだ。うるせえ、やかましい、騒音、そのぐれえならまだいい。本家ブラックメタル様のお陰で、バンド内殺人、教会放火やらかす犯罪者っつうので記憶に留めてらっしゃる方がごまんといる。『ああ、デス・ブラックメタル? 刑務所ん中からCDリリースしてらっしゃるんでしょ?』とかな。勘弁しろっつう話だ。あとは、オジーの鳩食いとかな。『生きた鳩を食うんですか?』とかな。死ねや! 俺はガキの頃、インコのピーちゃん飼ってたっつうの! まあ、ざっと世間のメタルに対する評価は大体そんなもんだ。」

 「そんな……。」ミリアは俯いた。

 「でも大丈夫だ。我らがリョウの音楽は必ずやそのヒエラルキーを覆す。そのために世界に打って出るんだ。デスメタルが、どんな絶望からでも絶対ぇ這い上がれるっつうことを信じさせる、そういう力を持った音楽だっつうことを知らしめるんだ。この世の中に苦悩がある限り、俺らの使命は偉大だぞ。」

 ミリアは目を見開いてゆっくりと頷いた。シュンはにっと笑ってミリアの肩を抱き、楽屋に戻って来た。

 「ジュンヤ見えなかったー。」

 楽屋の隅で精神統一をしながらのど飴を舐めているリョウに、ミリアは告げた。

 「後ろの方にいんだろ。流石にウォールオブデスに巻き込まれたら、生還できなさそうな体つきだったからな。」

 「ジュンヤ細かった。」こっくりと頷いて言う。

 お前に似てな、とリョウは胸中に呟く。そして今更ながらまじまじとミリアを見詰めた。ジュンヤと似ている所があるとして、それが精鋭たちやその他の人間に露呈したら大変なことになるとこの期に及んで思い成したのである。リョウは一通りミリアの全身を隈なく見つめた後、首を傾げる。

 痩せた背格好は似ているといえば似ているが、そんなのは世の中ごまんといる。あとは、顔か。似ていると言われれば似ているような気もするし、そうでない気もする。そもそもミリアの顔は完全に母親似だ。さすがに本人には言えないが、ミリアの二十年後は間違いなく、ああなる。

 続いてじっとミリアの指先に視線を留めた。しかしここは、ここばかりは、どう見てもジュンヤと同一である。すらりと長い指。ピックを握りしめる時の、甲に浮き出た筋まで。何もかもが。しかしライブ中にこんな所に気付く者はあるまい。リョウはそう考え、安堵の溜め息を吐いた。

 「ねえ、今日、アメリカとフランスでライブ決まりましたって言うの?」

 「そうだな。そんぐれえMC入れるか。ラストの直前で俺から言うわ。曲ちょっとそこで止めといて。」

 「了解。」アキがストレッチをしながら頷く。

 「精鋭来てた。みんな喜んでくれる。」

 客席から聞こえるざわめきの中に、絶叫が入り混じって来る。SEも次第に音量を増していく。

 「そろそろだな。」リョウが呟くと同時に、シュンとアキ、ミリアがそれぞれ楽器を、スティックを、握り締める。

 「俺たちのベースはあくまでもここなんだから。幾ら海外からオファーが来ようが、ここを崩したら終ぇだ。あそこにいる全員を圧倒させて帰らせる。いいな。」

 ミリアはにっと微笑み、「もちろん。」と答えた。シュンも「たりめえだろ。」と言い、アキも微笑みを浮かべながら肯いた。

 SEの音が楽屋の中にまで響き渡って来る。

 「行くぞ。」リョウはステージを見るというよりは、しかしもっと遥か彼方を見据える眼差しでそう言った。

 リョウを押しのけるようにしてアキが進み、スティックを掲げながらさっさとステージへと出て行く。悲鳴のような歓声が上がった。そしてアキ。手を掲げながらすたすたとステージに進み出、歓声に応えていく。次いでミリアが元気いっぱいに躍り出る。ミリア! ミリア! と幾度も名が叫ばれる。そして最後にリョウ――。ライブハウスに地鳴りのような歓声が轟き渡った。

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