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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 ミリアは毎日嬉々として大学に通い、そこで得た知識をリョウに披露してみせ(というよりはリョウの食事に様々な解説と注文を付け出し)、一方で従来通りライブ、リハにも全力を尽くし、その合間合間にモデルの仕事もそつなくこなし、といった風に毎日忙しなく過ごしていた。そんなある日の夜、リョウの下に意想外のメールが舞い込んだ。

 「うおおおおおお!」リョウは突然部屋が震撼する程の絶叫を上げたので、風呂上がりに洗面所でドライヤーを掛けていたミリアは思わずそれを取り落した。社長から貰った、使うだけで髪の毛がさらさらになるという高級ドライヤーである。慌てて撫で摩り傷のないことを確認すると、「どしたの!」濡れた頭でミリアが慌てて駆け寄る。「お化けでも出たの? 大丈夫よ! リョウのが強いわよう!」

 「おいおい! どうもこうもあるかよ!」リョウはミリアの腰を掴み上げ、高々と持ち上げた。

 「うわあ!」ミリアは空中を飛ぶようなポーズで驚きの声を上げる。

 「お前、海外からのライブの依頼だよ! ライブ! 次はアメリカ! その次はフランス! Last Rebellionがいよいよ世界に出向くぞ! うおおおおおお!」

 「うわあ!」ミリアは感嘆の声を上げる。「本当に? アメリカって自由のめがみのとこ? フランスってパリジェンヌのとこ?」

 「そうだよ! そうそう! 俺らの音源があっちでも売れてんだとよ! んで、台湾での評判が良かったから是非来てくれって!」

 ミリアは信じられないとばかりに頬を抑え、ぶるぶると満身を震わせた。リョウの満面の笑みを目の前に見ている内に、我知らず涙が溢れ出す。「みんな、みんな、リョウを待ってるんだ! 精鋭があっちこっちにできるんだ!」

 「シュンとアキにも報告だ。」

 ミリアはうんうんと何度も頷いた。今年はバンドにとって、大きな飛躍の年となる。それがリョウの悲願であったことに鑑みるに、ミリアの感激はひとしおであった。「精鋭たちもみんな喜ぶ! みんなみんな……!」

 「ありがてえこった。マジで。ああ、夢みてえだ。俺らの曲が世界中に広まって、聴いてもらってるなんてよお。」

 リョウはミリアを床に下ろし、携帯を手に取る。瞬く間に二人にも僥倖の知らせは伝えられた。ミリアは濡れた髪のまま、いつまでもぐすぐすと泣き続けた。

 電話の相手はシュンである。

「そうだよ。今年はマジでLast Rebellionが世界に出て行くんだよ。デスメタルの歴史に名を刻むんだよ。」リョウは自分に言い聞かせるようにして言った。「お前らのお陰だよ。お前らが、俺の曲を頭ん中以上の音にしてくれてんだからよお。」

 ミリアははっとなってリョウを見上げる。

 「ありがとうな。」リョウの形の良い唇がそう紡ぎ出すのを、ミリアはほとんど神託を下されたか如く茫然と見詰めていた。

 「凄ぇ。でも……ま、お前の曲だかんな。世界中が聴くようになるっつうのは、たりめえの話だろ。俺らはお前の曲に胸撃たれて、まっとうな人生擲ってここにいるわけだし。精鋭たちも、お前の曲に惚れてくっ付いてきてる訳だ。悪いが、アメリカさんだかフランスさんだか何だか知んねえが、依頼受けて当然っちゃ当然だ。とりあえずは次の聖地で精鋭たちに報告だな。喜んでくれんだろ。」電話口からシュンの興奮冷めやらぬ態の声が聞こえてくる。

 「でも図には乗らねえようにしねえとな。実際海外から二、三のオファーがあった所で上には上が無限にいんだし、んな所でふんぞり返ってたら間違いなく足元掬われっから。」リョウはしかし口の端を上げながら言う。

 「わかってるって。」

 「ねえ、次の聖地ジュンヤ呼ぶ?」とミリアが問うた。

 「……ああ。そうだな。」

 電話口でシュンは「ジュンヤ?」と問うた。「あ、ああ。最近できた友達なんだ。あの、ジャズのギタリストで。」ほとんどミリアに聞かせるべく言った。

 「へえ、メタラーじゃねえんか。お前にしちゃ珍しいな。」

 「あのね、すごいのよう。まるでギターが歌ってるみたいなのよう。」ミリアが電話口に向かって背伸びしながら言った。

 「そんなお人がデスメタル聴いたらぶっ倒れねえか? ライブ中、『精鋭様の中に、お医者様はいらっしゃいますでしょうか?』ってアナウンスすんのか? ミリア、てめえがやれよ。」

 「や、や、やんないもん! 音楽はどれも好きって言ってたもん! ジャンルで分け隔てしてたら一流にはなれないんだもん!」

 リョウはシュンとミリアのいつもの戯言が始まったと呆れ、背筋を伸ばして受話器とミリアの間を離すと、「じゃあ、まあ、そういうこったから。海外の詳しい話はリハん時するわ。」と言って電話を切った。

 「ねえ、ジュンヤにも連絡しといてね。だって、……ほら。お友達なんだから。」

 なぜそこまでジュンヤに拘るのか、リョウはしかしそんなことはとても訊けやしない。そうでなくとも、昨今ミリアはジュンヤから送られてきた新曲のデータをiPodに入れて毎日愛聴しているのである。台所に立ちながら、化粧をしながら、「いい曲。」とうっとり微笑む姿をリョウは正直、一種の恐怖心もて見ている。突如血が覚醒して、お父さんだと言い出さないかリョウは危惧を覚えるのである。

 「お前、……おっさんが好きなんか。」リョウは熟考した挙げ句、恐る恐る妙な質問をした。

 「おっさん?」

 「だって俺もおっさん、ジュンヤさんもおっさん、それからシュンもアキも、そろそろユウヤだっておっさんの域だろ。お前が懐いてる奴、全員おっさんじゃねえか。」深刻そうに呟く。

 「ふうん。」ミリアは暫し考え込んで、「……おっさん好きかも。」と微笑んだ。

リョウは目をカッと見開く。「お前な、おっさんだからっつって誰それ構わず付いていくんじゃねえからな! おっさんと一口に言ってもいいおっさんと悪いおっさんがいるんだからよお! そこちゃんと区別しねえと、……ヤベエだろ!」

 「何でミリアがヤベエおっさんに付いていくのよう。もう大学生なのよう。」ミリアは眉根を寄せて答える。

 「そう、……だったな。」何だかいつまでもミリアを小さな女の子のように見てしまう。リョウはかつて自分の中に庇護欲が存在していることさえ知らなかった。今ではそれが時には覆い尽くさんばかりに自分の胸中を支配しているのだが。

 リョウはパソコンに向かい、ジュンヤにメールを打った。自分もミリアもあなたから貰った新曲のデータを毎日聴いていると。それから次の聖地でのライブの予定に、ミリアがあなたをどうしても呼びたがっているという、おそらくは最もジュンヤの心情を揺さぶる一言を添えて。

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