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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 そうして大学の入学式の日がやってきた。ミリアは新品のリクルートスーツに身を包み、鏡の前で幾度も右を見、左を見している。

 「ねえ、……大人っぽい?」

 「そうだな。」リョウはギターを爪弾きながら興味無さそうに答えるが、それもこの問いかけが朝食を食べ、シャワーを浴びて着替えて以来数十度にも及んでいるためである。

 「大学生に見える?」

 「見える見える。」

 「お友達出来るかなあ。」

 「出来る出来る。」

 「ちょっと!」ミリアは怒鳴りつつ振り返る。リョウは手を止めてミリアを見上げた。「二回も言わないでよう!」

 「わかった。」わかった、と続けそうになってリョウは言葉を呑み込んだ。テーブルに置いた茶を啜り、「まあ、でも本当に今日から大学生になんだよなあ。良かったよなあ。一時は俺もお前もどうなることやら、共倒れ寸前まで行ったかんなあ。まあ、お前のお蔭で、あと社長のお蔭か、今日の日を迎えられたんだもんなあ。大したもんだ。」

 「何でそんなおじいちゃんみたいなこと言うの? おじいちゃんに、なったの?」

 「馬鹿言え! 俺はまだ三十路だぞ。」

 ミリアは噛み締めるようにしっかと肯く。

 「ねえ、今夜はおデートよ?」

 デート? と訝りながら、ジュンヤのライブに連れて行く旨の約束を思い出し、「ああ、わかってるわかってる。」と答えた。

 「また二回言った!」ミリアは地団太を踏んだ。

 入学式が終われば夜はジュンヤのライブである。リョウは今日ばかりはレッスンを一つも入れずに一日中ミリアに付き合う気、というよりは夜はジュンヤに応えてやる気でいた。自分とは赤の他人であるジュンヤの希望に沿う必要は本来皆無であるが、ミリアを愛しているという一点において同志のような感情が芽生え、どこか排除できないのである。もしかしたら、遠い将来、ミリアを囲んで全てを分かち合った上で談笑できる日が来るのかもしれない、というのは期待というよりは単なる想像であったが、それでも家族のいないミリアにそういう人間を宛がってやりたいとは、思わないこともないのである。


 リョウはミリアにせっつかれ、一張羅のスーツを着込んで電車を使い、大学へと出向いた。自宅からはおよそ三十分である。「これからは電車でデモ聴いて、ソロ考えようっと。」ミリアはそんなことを口走った。

 そうして大学に到着する。正門の守衛を見て、リョウは女子大とは凄い所だと驚嘆する。ミリアは受験以来二度目の来訪であるが、リョウは初めてなのである。そもそも女子大に足を踏み入れることなぞ、かつて想定さえしたことはなかった。次ここへ来るのは卒業式になるのだろうと思えば物珍しく、リョウはキャンパス内をじろじろと見渡しながら、大勢の在校生である女子大生たちに案内されながら大勢の新入生と保護者と共に会場へと足を進めて行った。

 「おい、悉く女の子ばっかだな。」

 「女子大ですもの。」ミリアが気取った言葉を使う時は、決まって気分が高揚している時である。

 「俺も女子大って入っていいんだな。守衛に文句言われなかったもんな。」

 「パパはいいのよ。あと夫。」

 パパ、という単語を聞きリョウはふとジュンヤのことを思った。あれだけミリアに会いたがっているのである。大学の入学式なんぞに誘ってやったらどれ程喜んだであろうと思いつつも、いざそんなことになれば自分はやはり嫉妬じみた、どこか暗澹たる感情に襲われるであろうことも明白に推察された。

 「俺はどっち枠なんだよ。」

 「夫。」ミリアは即答するとうふふ、と堪え切れない笑みを漏らし、リョウの手を取り、大きく揺さぶった。暖かな春の日差しに、どこからか甘い匂いも漂ってくる。

 「……どっかで、お菓子作ってるみたい。」

 「さすが栄養大学だな。暇さえあれば食いモン作ってんのか。」

 「だってお勉強ですもの。」やはり気取った台詞で答える。リクルートスーツに身を包んだミリアは今朝からずっと高揚する気持ちを抑え切れずにいた。

 やがて「おめでとうございます」、の上級生たちの声に包まれながら講堂に辿り着き、席を確認し腰を下ろす。ミリアは満面の笑みを浮かべながら幾度も座り直し、壇上を見詰め、入学式の始まるのを今か今かと待ちわびている。

 リョウはその様を見て突然何だか泣きたくなった。

 今まで自分の希望とは、あくまで自分だけで完結するものであった。自分の希望とは、自分の曲が多くの人に知られ、自分のプレイを多くの人が聴きに来ること。自分の幸福とはそれ以外にはなかった。しかしミリアと暮らすようになってからというものの、ミリアの成長の節目、節目になぜだか泣きたくなる程の幸福感を覚えるのである。思えば小学生の頃演奏会でギターを披露したことや、図工の時間に自分の絵を描いてくれたことなど、そのたびになぜだか突き上げる嗚咽を必死で堪えたものである。そして今やミリアが最高学府と呼ばれる学び舎に入ったのだと思うと、嗚咽を留めておくのが苦しい程である。リョウは深呼吸を幾度も繰り返し、どうにか溢れ出る感情を留めた。

 そして入学式は始まっていく。学長、副学長、教授等々次々に壇上に上がって来て、何やらありがたい言葉を述べていく。――社会に居場所を見出し、社会をよりよき方向へと発展させていくためには、自分にしかできない技量を身に着けることが必須であります。そのためにはこの短い四年間、何事にも積極的に挑戦し、壁を破っていくこと、――リョウは神妙にうんうんと頷きつつ聞いた。

 身は小さく細く、言葉もろくに出ず、夜になれば夢遊病に徘徊していたミリアが、今や大学生である。リョウは彼の父親に唾棄してやりたくなる。こんなにミリアは立派になれる要素を持っていたのだと。お前はミリアの可能性ばかりか存在も殺そうとした。しかしミリアは見事にギターを奏で、海外にまで自らの名を馳せ、驚嘆すべきプレイをした。雑誌のモデルとして多くの人々に愛されてもいる。そして今、人の笑顔を見ようと、人を救おうと、食物について学ぼうとしているのである。ミリアに癒えぬほどの傷を与えて死んだお前の数万倍、社会で有用な存在として、ミリアは生きていくのである。

 厳粛なる入学式が終わると、ミリアはオリエンテーションとやらで、学部ごとの説明を受けるため別の棟へと移動し、リョウはそのまま帰途に着いた。

 「夜はおデートだからね。忘れちゃダメだわよう。ずっとおうちで待っててね。すうぐ、帰るからね。」ミリアの必死な懇願を飽きる程浴びせかけられながら、リョウはこれで暫く一人物思いに沈んで、仮に嗚咽が出ても大丈夫だと安堵しながら帰途に着いた。

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