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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 「え、じゃあミリアの幼馴染って子、O女子からK大合格決まったの?」

 メレンゲを泡立てながらユリは瞠目する。明日のカイトの合格お祝いパーティーに向けて、今日はユリの自宅でケーキ作りに勤しんでいるのである。

 「うん。そうなんだけど、でも、なんか、二年生からずっと海外の高校に行ってたんだって。よくわかんないんだけど。」

 「ふうん。……まあ、O女子なら何でもあり得るっしょ。だってあそこ日本で一番頭いい女子高って言われてんじゃん。エリート様だよ、エリート様。うちらとは次元が違うよ。」

 ミリアはケーキの型に丁寧にバターを塗り込みながら、はあと溜め息を吐く。

 「でもねえ、美桜ちゃんはそんな感じじゃないの。あのねえ、ミリアにすっごく優しくしてくれるの、あのね、ミリアが小学一年の時、リョウがツアー行っちゃって一か月もお留守にするっていうことあって、その間ずーっとおうちにお泊りさせてくれたの。その間、美桜ちゃんのママはね、お料理の先生なんだけどお料理たっくさん教えてくれたり、頭美桜ちゃんとおんなしお下げ結ってくれたり、お休みの日にバラ園連れてってくれたり、無茶苦茶優しくしてくれたの。だから美桜ちゃんは先祖代々優しいの。」

 「はあ、……バラ園。」

 「美桜ちゃんは、ミリアに初めてできた友達なんだ。」

 「そっかあ。」ユリは茫然と呟いて、それから我に返るとメレンゲに卵の黄身を入れていく。「そりゃあ大切にしないと。おまけに頭も良くて性格も良いなんて、まずいないよ。貴重貴重。」

 「美桜ちゃん、……カイトと仲良くならないかな。」

 ユリは目を瞬かせた。「どういう意味よ。」

 「カイトと仲良くなったら四人で会えるなって思って。」

 「ダメでしょう。カイトは良く言うと優しいけど、悪く言うとヘタレだもん。そんな、海外で過ごしてきた子なんかに到底太刀打ちできないっしょ。あいつに似合うのはほんわかおっとりタイプだよ。エリートとは恋人になれないよ。」

 ミリアは眉根を寄せる。「恋人なんて言ってないわよう。友達としてだわよう。」

 「あ、そういうこと……。」ユリはぽかんと口を開けた。てっきりミリアは自らを諦めさせるべく、カイトの相手を探しているものだとばかり思っていたのである。

 「でもさあ……。」カイトは既に三年以上もミリアに恋をしているのだから……、と言い掛けて慌てて呑み込む。でもミリアは僅かな隙もなくあの兄にぞっこんな訳だし、見込みは悪いが絶無なのだから、とっとと次の女の子を探せばいいのに、と思う。カイトは顔も悪くはないのだし、というよりはなかなか可愛い顔をしているし、実際カイトをいいと言っている女の子も高校時代、結構いたのだ。更に鬼に金棒みたいな学歴も付いてきた訳だし、寄ってくる女は山ほどいるだろう。だのに多分、ミリアが今も一番なのだ。如何に鍛え上げようが感情は理性では制御できないのだ、人間とは難しい生き物だ、とユリは一種の諦めを覚えつつ、しかし手際よくメレンゲと黄身をさくさくと混ぜ始めた。

 「生地でーきた。ミリア、バター濡れた?」

 「完璧。」ミリアはてかてかに光ったケーキの型をずい、とユリの前へと差し出す。ユリは緊張感もってそこにトロトロと生地を流し込みながら、「ああ、こうしてミリアと調理すんのももうこれから難しくなんだねえ。寂しいなあ。」としみじみと呟いた。

 「そんなことないよ。」ミリアは型を揺す振り揺す振り、生地を万遍なく行き渡らせていく。「ユリちゃんのお蔭で、がんに効くご飯の勉強いっぱいできて、そんでリョウも治って、本当に感謝してんだから。高校終わったからさよなら、なんておかしいわよう。」

 「そういやお兄さん、もう体大丈夫?」

 「大丈夫。検査も大丈夫だったの。……そうだ。ユリちゃんに言ってなかった。あのね、リョウ、本当のお兄ちゃんじゃなかったの。」

 ユリは型をオーブンに入れながら、「ん。」と首を傾げた。何かとんでもない聴き間違いをしたかと思ったのである。

 「リョウが、……何?」

 「お兄ちゃんじゃない、……血が繋がってなかったの。」

 「何それ!」ユリは慌ててばたん、とオーブンを閉めるとミリアの目の前にずい、と顔を突き出した。「嘘でしょ。何でそんなこと言うの。」

 「嘘じゃあないの。その……、遺伝子検査。やったの。」

 ユリは目を見開く。

 「前、ユリちゃんに聞いたことあったじゃん。リョウとの赤ちゃんは授かれないのって。覚えてる?」

 ユリはそんなこともあったっけかと頭をひねる。

 「ユリちゃん兄妹じゃあダメだよって言った。そんで、本当の兄妹か気になって、……その、勝手に検査しちゃったの。」

 「そんなことできんの?」

 「……あのね」ミリアは声を潜めた。「寝てるリョウの口ん中に綿棒突っ込んだ。」

 「何よそれ。よく、……起きなかった、ねえ。」ユリは顔を引き攣らせながら言った。

 「リョウは一回寝ちゃったらぐっすり朝まで眠るから。……そして、綿棒二本送ったらね、兄妹じゃありませんってなったの。」

 ユリは腕組みしながら考え始めた。「あのさあ、ちょっと突っ込んだ話して悪いけど、お兄ちゃんとミリアはママは別で、パパが一緒、だと思ってたんだよねえ?」

 「うん、そう。」

 「じゃあ、今までその、パパだと思ってた人はどっちのパパなの。」

 「リョウだよ。だって、顔、似てるもん。」と言いつつミリアは唇を歪めた。認めたくはなかった。あの残忍な男とリョウが顔という外的要素であれ似ている、などということは。「でも、中身は全然違うよ。リョウはやっさしいの。かっこいいし。」慌ててそこまで言って、あれ、と思う。先程顔が共通点であると言わなかったっけ、と。「ううん、とにかくね、ミリアのパパは違う人だったってことなの。誰かは知んないけど。」

 「そっかあ。」

 「でもね、別に誰でも構やしないの。だってリョウがいるもん。」

 「そうだよねえ、ミリアにとってお兄ちゃんは保護者代わりでもあった訳だからねえ。」

 「もう夫婦ですけど。」

 ユリは冷蔵庫から苺を取り出しかけて、思わず噴き出す。

 「なあんで、笑うの!」

 「ごめんごめん。」

 ユリはミリアにナイフを手渡し、一緒に並んで苺の蔕を切り取り始める。

 「だってさあ、ミリア本気なんだもん。そんで一旦本気になると何せ超本気だから、なんか、周りは文句言ったらまずい、みたいな気にさせられんのよ。」

 「そんなの知らないよ。ミリアはリョウとずっとずっと本気で結婚したかったの。だから、したの。」

 「そうそう。ミリアはさ、結構とんでもないこと言ったりやったりするけど、超真剣だから文句言ったらまずい、っていうか応援してやんないとって気にさせられんのよね。……遺伝子検査、お兄ちゃん何で勝手に棒突っ込んだんだって、怒らなかったでしょう?」

 「だって、リョウはやっさしいもん。」

 「それは、……まあ、お兄ちゃん優しいのかもしんないけど、それ以前にミリアが本気だからだよ。ミリアのそういう所がお兄ちゃんとか周りを、……優しくさせるんだと思うよ。」

 「ふふふ。」ミリアはどうしようもないと言わんばかりの含み笑いを漏らすと、「あのね、ユリちゃんに教えたげる。この間、リョウと大人のデートしたの。」と告白する。

 「へえ、大人のデート?」

 「そう。バーにジャズ聴きにいったの! 地下のライブハウスじゃあないの! ビルの上で夜景の綺麗なとこ! うっとりしちゃったわ。」苺をスライスし終え、クリームを泡出てるとオーブンが鳴った。

 「へえ、何でまた。」ユリの脳裏には真っ赤な髪を腰まで伸ばした、誰がどう見てもバンドマン、以外には考えられない風体のリョウが思い浮かぶ。失礼ではあるが、バーだのジャズだのは不似合いに思われて仕方がない。

 「あのね、すっごい上手なギタリストがあってね、それを聞きにいったの。お勉強。」

 「へえ、お兄ちゃん、海外でライブやっちゃうようなプロなのに、お勉強とかするんだ。」

 ミリアは胸を張って答える。「あったりまえじゃん! リョウはね、朝から晩までギター弾くかギター教えるか、作曲するか、音楽聴くか、まずどれかだもの。そんで音楽以外はちーっとも、興味ないの。どーでもいいの。……だからね、オシャレに欠けるの。」ミリアはいかにも深刻そうに最後の一言を付け加えた。

 「はあ。」ユリは失礼だと解ってはいながらも、心底納得する。

 「ねえ、リョウオシャレにしようと思うんだけど、どうしたらいいかな。」

 思わずユリはオーブンからせっかくふうわりと焼けたスポンジを取り落しそうになる。

 「なんで、今更。」

 「だってね! リョウが気に入ったからまたジャズバーに行くことになったの! 夜景がキラキラーってしてて、すっごい綺麗だからリョウにもオシャレしてほしいんだけど、そんなの無駄だって言うの。しつっこいぐらいに何回も言うの。でもミリアのお金でお洋服買ったげるのなら文句は言わないから、そうしちゃいたいの。」

 「ううん。」ユリは悩む。あの真っ赤な髪に何が似合うのか、見当もつかない。「で、でもお兄ちゃんがいらないって言ってるんなら、いらないんじゃない。ほら、無理矢理厭なの着せられるのは、可哀想じゃん。」

 「でも、せっかく綺麗な所デートするんなら、オシャレにさしたいじゃん! リョウってばメタルTシャツしか持ってないんだもの。タンスの中全部黒骸骨、黒蛇、黒逆十字、そんなのばーっか! いいや、社長に相談しよ。社長オシャレだし。」

 ユリは稀代の難題から解放され、安堵する。そして二人は丁寧にクリームを塗りつけながら苺を盛り付けていく。

 「うわあ、できた。」ミリアが感嘆の声を漏らす。

 「これで完了。」そう言ってユリがミリアにウェハースとチョコレートペンを渡す。「さ、これでカイト合格おめでとうって書いて。」

 「え、ミリアが書くの?」

 「当たり前じゃん。」

 ミリアは目を瞬かせた。「ミリア、字、下手だよ。」

 「下手でもいいの。心込めて書いて。」

 ミリアは震える手で、幾度か練習をし、「こんな感じかなあ。」などと言いながら、「カイト合格おめでとう」と書いた。少し緊張で手が震え、字が歪んだ。

 「うわあ、素敵! これさ、絶対カイト感動するよね。」ユリがそっとウェハースをケーキの真ん中に鎮座させる。これでようやく、完成である。二人は拍手をし合った。

 「カイトきっと喜んでくれる。」ミリアも完成した苺のケーキを眺めながら、うっとりと溜め息を吐く。「なんかこんで、これから別々の大学行っても仲良くしていける気がする。」ミリアの言葉にユリははっと胸を突かれるような思いを感じた。

 三人の高校時代の思い出はなんだかんだ言っても、調理部としてお喋りに興じながらお菓子だの料理だのを作ったことが大きい。休み時間の教室よりも、放課後の内庭よりも、ずっとずっと絶え間なく喋り続けていたのは調理室のあの空間であった。そしてたしかにこの、目の前に出来上がった晴れ晴れしいケーキはその集大成であるように二人の目に映ったのである。

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