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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 目的の寺は、日本のそれとは比較にならぬ程至極カラフルで、かなり遠くからでもすぐに目に付いた。おまけに尋常では無い量の線香がそこいら中に焚かれ、火事かと訝る程に煙がもうもうとしている。しかしそこを悠々と歩いて行く僧の姿は日本で見るのと変わらず、ミリアは意を決してその後ろを付いて境内へと進んだ。

 「何か色々随分、派手じゃねえか。建物の色とか線香の量とかよお。」

 「今度ここでライブやりましょうよう。」ミリアは煙に顔を顰めながら、歩いていく。

 占いか呪いか、カッチン、カッチンと石を地面に叩きつけながら騒いでいる一群を横目に進んで行くと、お守りが多数ぶら下がっている店が目に入った。

 「あ、あった!」

 ミリアは急いで店の前に走り込むと、早速大学合格するための、学問成就のお守りを下さい、と言おうとしたがそんなことは中国語でも英語でもわからぬのである。逆にミリアは何やら異国語で語り掛けられたが無論一つもわからず、ただ並べられたお守りに書かれた漢字を凝視して、「あ、あった!」と再び叫んだ。

 「これ、これ。」ミリアは赤に金色の刺繍の施されたお守りを売店の婦人に突き付け、がま口から銭を出す。「はい、お金。これでぴったしよね。」

 すると、これもどうか、ともう一つのお守り、―-こちらには恋愛成就と書かれたものを差し出されたが、ミリアは眉間にしわを寄せ、日本語で「もう必要ないの。結婚してますから。」と言い張り、ぐい、と左拳を突き出して、指輪を見せ付けた。

 婦人はそうだったのか、と盛んに頷き恋愛成就をもとの位置に戻すとお金を受け取り、学問成就を小さな袋に入れ、渡してくれた。

 「サンキュー。」ミリアは唯一通じる言葉でもって答えた。「これで完璧。」

 「あのお坊ちゃんはまだ受験終わってねえのか。」リョウは眠たげに言った。

 「そうよ。ミリアとかユリちゃんはAO入試だからさっさと決まっちゃったけど、カイトは一般入試だから三月末まできっちり頑張るの。カイトはもうたんまり合格出てるんだけど、最後の敵が一番強敵で、一番むつかしいから、お守りあげないといけないの。」

 「へえ。」リョウは大学入試と一口で言っても色々あるんだな、と思う。とんと自分には縁のなかったものである。

 「でもこれで大丈夫。」ミリアはそう言ってぎゅっとお守りを握りしめ、ポシェットの中にそっと入れた。


 寺から暫く歩くと、今度は商店街のような所に来た。そこでミリアが目当てにしていた小さな喫茶店に辿り着くと、ミリアは再び堂々と一切通じない日本語でタピオカジュースとかき氷を買い求めた。それぞれ二つずつを抱え、近くのベンチに座る。店の前は小さな公園のようになっていて、リョウもそこに座りつつ心ひそかに念願であったタピオカジュースを飲んだ。目の前ではサッカーに興じる子供たちがわいわいと騒いでいる。リョウは目を細めてその様を眺めた。

 「美味しいわねえ。」

 「そうだな……。」リョウはちゅうちゅう言わせて、この奇妙な飲み物を飲んだ。時折粒状のものがリョウの口内に吸い上げられる。「見たくれは蛙の卵みてえだが、カフェオレ味なんだな。なかなか旨い。」

 ミリアは眉間にしわを寄せて「蛙の卵?」と繰り返す。

 「そうだろ、どう見たって。この黒いぶつぶつ。お前妙なの好きなんだなあと思ったけど、なかなか旨ぇじゃねえか。」と言いつつリョウはかなり大きいカップをみるみる空にしていった。蛙の卵であろうが何だろうが、この真夏の陽気では喉が渇いてたまらぬのである。

 遠くからは観光客の一行であろうが、旗を持った添乗員を先頭に多数のアジア人がずらずらとバスから降りてくる。

 「みんな旅行してるわねえ。新婚旅行かしらねえ。お天気よくて何よりですこと。」ミリアがこんな気取った言葉を使いたがるのは、機嫌の良い時と決まっている。リョウは小さく噴き出す。「さあて、次はどこ行くんだ?」何やらマンゴーだのパイナップルだのがてんこ盛りになったかき氷に取り掛かる。

 「お洋服! 台湾はお洋服が安いんだって。モデルやってるお友達が言ってたの。だからそこ行きたいの。」たしかに日本にいる時には、いつしかアウトレット以外では買ってはならぬとの強固な不文律に支配されているのだから、台湾でぐらい好きなものを買ってやりたいとリョウは思った。ましてやなんだか今回のライブでは大きな収入があったのだ。四分割したって、一人頭四万円近くは入って来ることとなる。そんなライブは今まで一度たりともなかった。

 「よし、じゃあ買ってやるよ。」

 「えええ!」ミリアは目を丸くして危うくかき氷を取り落しそうになる。

 「……まあ、新婚旅行だしな。」

 ミリアはきゃー、と歓声を上げて身を縮めた。

 そろそろバイクが、というよりもバイクが齎してくれる風が恋しくてならなくなっているが、もう一息だとばかりリョウは熱気の中を立ち上がる。

 「時間もねえし、もう行くぞ。」

 「うん。」

 ミリアはかき氷を慌ててかき込みながらリョウと歩く。

 「これからは、あれだな。海外遠征の時に服とかそういうの、買い物したらいいのかもしれねえな。日本よりも安いんだろ?」

 「うわあ! 素敵。」

 「これからバンバン海外出てってよお、そんでまだ見ぬ精鋭たち相手にライブこなして、言葉も何も一切通じねえのに俺の音楽だけは通じてるっつう、万能感? 俺はこういう人生を歩みたかったんだよ。わかるか?」

 「わかる。」ミリアは空になったかき氷の皿の下に残った水を啜り上げた。「リョウの曲を聴きたいって人は世界中にできるから。そしたらね、ミリアはね、リョウとどこまでも付いて行くの。ずっと昔から、リョウと一緒にいたかったの。そう決めてたの。小ちゃい頃リョウがツアー行っちゃって美桜ちゃんちに置いてきぼりされるの、寂しかったの。でもリョウはミリアにギターを教えてくれたでしょう? そんでちょっとずつ弾けるようになって、そんでリョウの隣でも弾けるようになって、ミリアはそんでリョウと一緒にいられるようになって、幸せになったの。その時もこれでめでたしめでたしかと思ったけど、まだ全然めでたしめでたしじゃあないってなった。だってリョウがヨーロッパツアー行って、ヴァッケン出て、そういう風になってめでたしめでたしだものね。まだずっと先。」

 リョウは面白そうにミリアの言葉を聞いていた。

 「ホントのめでたしめでたしっつうのは、死ぬ時だな。」

 「そうなの?」ミリアは意外だとばかりに声を張り上げた。

 「だってめでたしめでたしっつうのは、黒崎亮司としてはもう十分やり切ったな。よし、次の人生行くかっつう時だろ。」

 「ミリアも一緒に連れてって。」そう懇願する瞳は真剣そのものであった。

 リョウはそれがおかしくてならない。「なんだよそれ、一緒に死ぬっつうことかよ。」

 「うん、そう。」生真面目に頷く。

 「あはははは。お前はそう言いつつよお、きっと前世で俺が死んでも十八年ぐれえ、死なずに前の人生粘ってたんだろうな。だから今世ではこんなに差がついちまった。だからちっと今世で時間調整すっか。まず俺が何とか118歳まで生きんだろ? んでお前が100歳まで生きて、そんで一緒に死ぬっつうのはどうだ。」

 「うん! そうする!」

 一緒に死のうと言われて満面の笑みを浮かべるのは、どう思案しても変であったがここは台湾である。おそらく道行く人も、今宵の飯の相談ぐらいをしているだろうと思い、まさか笑顔で八十年後の死の約束をしているなどとは思うまい。

 「じゃあ、それまでは頑張らないとな。めでたしめでたしって言えるようにするためには、生半可な努力じゃダメだ。」

 「そうね。ミリアもギター頑張るから。リョウの曲を一番に弾けるように。」

 そうこうしている内に、目的の店に辿り着く。ガラス越しに着飾ったマネキンを見るなり、ミリアは駆け出した。

 「うわあ、これ、かっわいい!」ひまわり柄のドレスである。それはファッションなんぞにとんと縁のないリョウが見てもミリアにぴったりであるように思われた。

 中に入ると、綺麗な女性の店員がちょうどマネキンの着ていたひまわりドレスと色違いの、ガーベラ柄のドレスを着ていた。

 「うわあ、それもかっわいい!」店員はミリアの言葉を解したように、同じシリーズの場所へと案内し、ミリアに次々と試着をさせていった。その隙にリョウはまじまじとワンピースの値札を見る。これをおおよそ四倍すれば日本円になるんだな、と頭の中で計算をする。ひまわりは、約三千円。リョウは「よし、買うぞ!」と鏡の前でポーズを決めているミリアに呼びかけた。

 ミリアは水色のリボンのついたスカートを着て鏡の前にいた。

 「お前それも似合うじゃねえか! それも買うぞ!」

 店を出る頃にはなぜだかミリアはひまわり柄のワンピースに着替え、それとは別に紙袋を二袋も両手に抱えながら炎天下の中を再びホテルに戻った。すると既にロビーにはシュンとアキ、それから李が待っていて、「お帰りー。」なんぞ言いながら二人を迎え入れた。

 「どうだった、新婚旅行は楽しかったか?」

 「うん!」ミリアはその場でくるりと一回転し、ワンピースの裾を翻した。

 「これ、リョウが買ってくれたの。似合ってるって。」

 リョウは否定の言葉を紡ぐのも面倒とばかりに、「おい、荷物取って来るぞ。もうチェックアウトの時間だかんな。」と言ってその場を立ち去った。

 「お前はそういうファッション誌っぽいのも似合うな。とてもじゃねえがデスメタルバンドでギター弾いてるなんて思われねえぞ。」シュンが腕組みしながらミリアを上から右から左から眺める。

 「そうなの。リョウが似合うって言ったの。」ミリアはロビーの窓に自分の姿を映しながら、にっこりと微笑んだ。この結婚指輪にも頗る合っているような気がしてならない。ミリアは溜め息を吐きながら指輪と自分のワンピースをじっと見つめた。

 「似合ってんのもいいが、お前あと三十分でここ出発だぞ。じゃねえと、飛行機に間に合わねえからな。」アキが冷静に言い放ち、ミリアははっとなって慌ててそのままエレベーターへと一目散に駆け出した。スーツ姿の男が驚いて道を開けるのに、ミリアは「ごめんなさい」とやはり日本語で謝罪した。エレベーターをぐんぐん昇り、部屋へ戻るとリョウは元々ほとんどない荷物をすっかりスーツケースに押し込み、あと室内に散らばっているのは完全にミリアの荷物だけとなっているのである。

 「急げ。」リョウは不機嫌そうに呟く。

 ミリアは返事もせずに散らかったベッド付近を片付け始める。リョウがなかなか起きないものだから、撮影で教えてもらった化粧を一から試してみたり、無駄に大量に持ってきた洋服で一人ファッションショーをしてみたり、リョウが起きるまでの数時間、散らかし放題に散らかしたのである。

 ミリアは開きっ放しにスーツケースに次々に物を放り込んでいく。リョウとデートに行くのだと必要以上に早起きし、試行錯誤を重ねた結果がこれである。しかしどうにかそれらを詰め込み終えると、スーツケースの鍵を締め、最後に日本の空港で買った招き猫を抱き、「できた」と玄関先で欠伸をしているリョウに告げた。ヒマワリ柄のワンピースに招き猫は至極珍妙な組み合わせだったが、リョウは無言で上下隈なく見回し、「よし、行くぞ。」と言った。


 再びロビーに戻ると、李と楊が四人にそれぞれ土産袋をくれた。ドライマンゴーに、パイナップルケーキ、カラスミ、と台湾の名物ばかりが入ったなかなか大きな袋である。

 「うおおおお、こんなに、いいんすか。」シュンが土産袋を覗き込みながら、感嘆の声を上げる。「こんなにあっちゃあ、暫くはつまみはいらねえな!」

 「また是非来てください。来年も必ずお呼びしますから。」

 「そりゃあ、ありがてえ。」リョウはにっこりと二人に微笑む。

 「次回はミリアさんにサイン会をお願いしてもいいですか。実は、昨夜ミリアさんにお会いできないのかと客に散々不満を言われまして。」

 「うん! サインする! 考えとく!」

 「次回はもっと観光もできるように調整します。新婚旅行にも来て下さい。」

 「うん!」

 「それでは、タクシーを呼んでいますから、乗ってください。皆さんお元気で。本当に皆さんをお呼びできてよかった。最初のメタルフェスがあなたたちのお蔭で成功したんです。他のバンドのメンバーも、みんなあなたたちを大絶賛していました。必ずやビッグバンドになるだろうと、そう口々に言っていました。私もそう思います。リョウさんの曲は、必ずや近い将来世界中を虜にします。」

 「俺もね」リョウはしっかと二人を見下ろして言った。「あんだけのホールを自力で埋められるようにね、頑張りますよ。誰の褌じゃあなく、ああいう場所が俺自身板について似合うようにね。もちろんライブハウスだって大好きだし、俺の故郷だと思ってる。でもそこで全てを終わりにしたくはねえ。ミリアと約束したんだ。118迄生き延びて、夢を全て片っ端から叶え切って死んでいくってな。今回はその第一歩を踏み出せた。想像だにしてなかった程、凄ぇ第一歩だった。俺は死ぬ間際絶対に昨日の風景を思い出す。そんぐれえ、とてつもなく、凄ぇ経験だった。本当にありがとう。」

 李と楊は互いにリョウとハグを交わしながら、「また、来年。」と互いに言い合ってタクシーへと乗り込んだ。暑い夏の盛りのような陽気に、リョウは心の奥底が燃え立たされるのを感じた。普段はじっくり眺めることのない青空が、どこまでも高く澄み渡っているのを見て、ミリアの愛する真っ白な雲はどこへ行ったろうと訝った。

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