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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
103/161

103

 一層高まるSEは歓声と張り合いながら四人を包み込む。

 しかし四人は完全なる静寂の中にいた。自分の身体の中心から鼓動の音さえ聞こえる。そこまでの静寂に――。

 堅固な城の如く組み立てられたドラムセットの中心に座り込んだアキがスティックを掲げたのに、三人は息を呑んで注視する。それが振り落とされるのと同時に、落雷が鳴り響いた。否、それはLast Rebellionの世界を形作らんとする、全ての始まりであった。

 リョウは咆哮し、ミリアはステージ際まで行き観客の目の前でリフを刻んだ。ミリアの前の席には巨きな黒渦が出来ている。幾つもの拳が振り上げられ、ただただミリアの音を希求する。熱望する。欲望する。ミリアは第二の神として世界を構築していく。リョウの得た苦悩を、悲叫を、絶望を、全て音に籠める。日常の隙間に陥落した痛苦の世界。這い上がることなぞ想定さえできない世界。暗闇。このまま落ちていくだけしか未来のない世界――。ミリアはしかし次のソロでその全てから解き放たれ、光を生じさせていく。信じ続けること、屈しないこと。観客が熱狂し、頻りに頭を振り、何人かがステージに上ってはダイブしていった。

 ミリアはソロを弾き終えると、ちらとリョウを見た。ソロ後半の全てを託す。リョウは任せろと言わんばかりにギターを鳴らした。歌わせた。自分と同じように絶叫させた。

 彼は王であった。世界を構築する創造主。凄まじいまでのエネルギーが暴発するソロは、客席に絶叫を次々に生み出していく。それが一旦終息すると完璧なユニゾンを生み出しながらリョウとミリアはリフを刻んだ。何物にも屈しない、ひたすら突き進む力に満ち満ちた音。二人でなら全てを乗り越えることができる、音はそう確信していた。だから幾人もの観客が再びステージに上がっては、落ちていく。

 リョウはそれが終わると両手でギターを高々と掲げ持ち、にやりと笑んで狂気に満ちた音を延々と浴びせかけた。それは慈雨の如く観客たちの顔を濡らしていく。いけるな? リョウは口元だけでそう語り掛け、そして次の曲に入る。

 もとよりLast RebellionのライブにMCなどはない。時折シュンが思い立ったように告知だなんだをするぐらいで、リョウがステージングの最中に話をした例など、今まで数える程しかないのである。

 それはいずれ海外に打って出るための布石だったのかもしれない、とアキなどは思い始めていた。リョウの生き様には無駄というものがない。否、リョウ自身があえて刻苦によってそう辻褄を合わせているのかもしれないが、結果的に全ては必然であったと、そう、確信させることになるのである。

 台湾に赴くと言われた時にも、なぜにこのタイミング、なぜにその場であるのかと訝った。しかし今や全てが正解であったとアキは信じて疑わなかった。

 とかくこの当初巨大に過ぎると思われたステージも、今や全く不思議な程に己が色に埋め尽くされている。この空間の全てがLast Rebellionであり、観客の一挙手一投足までもが世界を構築する要素とさえ思われてならない。

 やはりリョウの曲は、次元が違う。シュンはそう確信した。この堅固な世界観。脆弱とは完全無縁なるこの世界。この世界を構築する役割は己ら凡人でも果たすことができる。しかし無から世界の根幹となるものを生み出すのは、やはりどこまでいってもリョウしかできない。

 リョウの偉業をもっともっと広い世界に知らしめたい。それはほとんど本能的な欲求でさえあった。そのピースであり続けることに、もう少し自分が愚かで若かったら我慢できなかったに相違ない。事実、そうやって辞めていったメンバーが過去どれほどいたであろう。しかし今やピースにはピースとしての使命感と生き甲斐とがあることを、シュンは実感している。そしておそらくは、アキも。誰もが誰も創造者にはなれる訳ではないし、なる必要もない。ただし創造者を選び取る自由は、万人に与えられている。それをシュンもアキも、Last Rebellionに入って思い知った。そして自分が、最上に自分を生かし得る創造者に巡り合ったことも。

 曲が次々に展開していく内に、他のバンドを目当てに来たであろう観客たちもLast Rebellionの生み出す世界に酔いしれているのがわかった。ミリアの容貌だけに魅力を感じて来た客も、海外の珍客がヘマする所を冷やかすために来た客も、全てがリョウの生み出す世界の住人となり、絶望から希求へ、希求から奪還へと辿っている。全てはリョウが構築した通りに。

 ミリアはそれを目の当たりにしてどうにもこうにも視界が滲んで仕方がなかった。今更ネックなんぞ見なくたってギターは弾けるが、全てから切り離され、自分の音だけしか聞こえなくなる瞬間が何度もあった。――Last Rebellionは国境を越えたのだ。今までそんなものに縛られていたことが不思議でならない程完全に、文化もイデオロギーも言葉も、何もかもを超えた人と一つの世界を創り上げた。王は咆えた。地底深くから蒼天目がけて哮り狂った。

 ミリアはライブが終わらぬ内から、歓喜で、興奮で、息苦しくてならなかった。誰もがリョウを求め、誰もがこの世界へと引きずり込まれている。それはこの当初広すぎるに見えた会場のどこを見てもそうなのである。

 やがて最後の曲が終息する――。

 リョウが現実世界へと戻ってくる。一人の人間へと戻ってくる。そうして疲弊と達成感の入り混じった眼差しで呆然と三人を振り返った。音が消え、それと共に構築した世界が散じていく。今、何か、音ではない何かでもっと直接的に伝えたい。シュンがそれを汲み取り、リョウのマイクを奪い取った。

 「ありがとう。謝謝。」

 拍手があちこちで上がった。リョウはほっとしたような顔で右手を上げ、そのままステージを去った。人生で最も長い一時間であった。

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