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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
102/161

102

 Last Rebellionの出番は10バンド中7番目であった。次々にパフォーマンスを見せるバンドは魅力的なものもあれば、まだまだだと思わざるをえないものもあった。

 ミリアは時折ステージ脇に出て行ってステージと客席の様子を心配そうにチェックをし、そして楽屋に戻っては丁寧に何度も指のストレッチを兼ねた練習を行った。リョウは一見ただ茫然としながらソファに座り込んでいるだけであったが、誰もそれを妨げようとする者はなかった。アキは腕、腰、脚とスポーツトレーナーにアドバイスを得たというストレッチを入念に行い、シュンはヘッドフォンを付けてそこから流れ来る音に合わせ、一生懸命にベースを弾いている。

 バンドは次々にライブを終え、出番は刻々と迫ってくる。厳密なタイムスケジュールが課されていることもあり、ほとんど時間的な押しはなかった。ミリアは何度も楽屋の壁に掲げられた時計を見上げながら、集中力の欠いた形式的な練習をし続けていた。

 「いよいよだな。」

 自分たちの前のバンドの演奏が山場を迎え、出番まであと三十分と迫った頃、ようやくリョウはギターを手に立ち上がった。

 「おお、おお、フロントマンのお出ましお出まし。」シュンがヘッドフォンを外し、大仰に拍手をしてみせる。

 リョウは三人を睨むようにして順繰りに見詰め、「バンドも客も、全員ぶっ潰す勢いでやる。それが日本人の礼儀だ。」と低く呟いた。

 「日本人、っつうか俺らの礼儀、な。」アキが苦笑しながら訂正する。

 ミリアは生真面目に大きく肯いた。

 「たしかに俺らにとって初の海外ライブなんだからよお、礼節は重んじなきゃいけねえな。」シュンがそう言って笑った。

 ようやくリョウも微笑みを浮かべる。「ここまで来たんだ……。」

 「そうそう。聖地で大酒飲んで毎晩喧嘩ばっかりしてたお前が。」アキが苦笑しながら言った。

 「あははは。口から出るのはデス声か暴言のほぼ二択だったお前が。」シュンもそう言って膝を叩いて笑う。

 ミリアはきょとんとリョウを見上げた。

 「るせえ! 若い頃の話だろ!」リョウは慌てて怒鳴った。

 「ともかく、そんなお前が遂に自分の感性と技量だけで、ここまで来たんだ。後は好きに暴れてくれよ。」アキがにやりと笑って溜息を吐く。「もう、俺らはどこまでも全力で付いて行くからよ。一蓮托生。」

 ミリアも肯いた。「そうなの。」

 「そうそう。これはお前のバンドなんだからよお。遠慮は無用だ。まあ、そんなことわざわざ俺なんざに言われなくたって、知ったこっちゃねえだろがな。」シュンもそう応戦した。

 「いや……。」リョウは俯きながら言葉を濁す。「もう、俺だけのバンドじゃねえ。」ギターのストラップを肩に掛けながら、「俺だけだったらここまでは来てねえ。まあ、海外っつう夢をぼんやりぐれえは抱いていたかもしんねえけど、実行するっつう所までは行かなかったろうな。海外来てメンバーに逃げられたりボイコットされたりしたら、取り返しのつかねえレベルで恥だかんな。俺はそういう……」と口ごもり、「信頼みてえなのをメンバーに感じたことは、今までなかった。」

 三人は呆気に取られてリョウの言葉を聞いていた。いつの間にか前のバンドは最後の盛り上がりをみせつけている。

 「病気で死ぬような目に遭って、ミリアが何もかも擲って俺のためにやってくれて、そんでお前らが俺の復活信じて死ぬ気でテク磨いて待っててくれてよお、そういうのがあって初めて、俺は安心してここに来ることができた。」

 リョウは暫く考えて、「そうだな、信頼、……安心。……海外だろうが何だろうがどこでも戦えるっつう、そういう感覚になったのは、病気してから……、だから最近なんだ。バンドやるにあたって荷が降りたっつうか、楽になったっつうか。だからって手抜きするとかじゃあもちろんねえけど。何つうか、バンドに向き合うのに気が楽になったんだよ。お前らにもう何でも任せていいんだっつう、そういう感覚みてえなのが芽生えてさ。」リョウは俯いて苦笑を浮かべた。「お前らに対する感情もそうだけど、実際曲書く時には、死っつうもんに真正面から向き合える経験ができて、本当に良かったって思えるようになった。強がりとかじゃなくて、マジでそう思えんだよな。曲書いて、ギター弾くために、ありゃあどう考えても必須の経験だった……。」

 ミリアは訥々と語るリョウに近寄り、手を取って顔を覗き込んだ。

 「そうか。」シュンも歩み寄ってリョウの肩を叩く。「もっと安心しろ、もとい、信頼しろ。俺はこれからもどこまでも付いてくぜ。お前といりゃあ、いい景色が見られそうだからな。」にっと笑う。

 「俺もだ。」アキがつまらなそうに言った。「気付いたらおっさんになっちまった。もう社会にパーマネントな居場所はねえ。お前に就職したようなもんだ。ここまで来たらついでに後の人生もお前に捧げてやるよ。気持ち悪いか。ざまあみろ。」

 ミリアはリョウに抱き付いた。「ミリアのこと、信頼してね。信頼がいちばん大事なの。」

 そこにいつものSEが流れ出す。十年以上も前にリョウが作った、SEだけのための曲。激昂と静寂、狂乱と冷酷の二面性を表した不可思議な曲。しかしそういう自家撞着こそが、誰も彼をも排除した上で成り立ったリョウのありようであった。だからいつまで経っても、どんな曲を生み出しても、どんなギターを弾いてもリョウは孤独だった。誰と群れることもない、ただただ孤独な獅子であった。でも三人はそこを解した。解し、愛した。類まれなる理解力と包容力でもって。

 「来たな。」シュンがSEに耳を澄ましてほくそ笑んだ。「出番だ。」リョウは身震いをすると、無言で楽屋を出た。三人もその後に続く。そろそろと薄暗いステージへの道を歩いた。

 静まり返ったステージには緞帳が降りている。客席からはそうとはっきりと分かる「ミリア」との絶叫が絶えず聞こえて来た。ミリアはステージ脇の暗がりでギターのネックを握り締めながら、救いを求めるようにリョウを見上げた。

 リョウはじろりとミリアを見下ろす。「いつも通りにやればいい。」

 ミリアは口の中でそれを反復し、肯いた。一旦ステージに出てしまえば、そして音を鳴らしさえすれば解放されるとは解ってはいたが、それを信じさせないような極度の緊張がミリアの身を襲っていた。リョウの夢への第一歩だと思えば、身体は否応なしに震える。目頭も勝手に熱くなる。手も震え出す――。

 リョウはミリアの手をぎゅっと握り締めた。リョウの掌の中に包まれたか細い手は、冷たい、血の気を喪っていた。リョウはミリアの目を真正面から見据え、「どこでやろうが俺たちは何一つ変わらねえし変えられねえ。海外だろうが、何だろうが関係ねえ。だからお前もいつも通りにやればいい。」と言って微笑みかけた。「会場のどっかには精鋭たちも来てる。今、遠く日本で応援してくれてる奴もごまんといる。安心してやれ。信頼が、大事なんだろ?」悪戯っぽい笑みで言った。

 ミリアはにっこりと微笑み返した。手の震えは止まっていた。リョウはそれを見て力強く肯くと、今度はシュンとアキに向かって言った。「お前らのお蔭でここまで来れた。ありがとう。これからも、任せたからな。」

 シュンとアキは目を見開いて言葉を喪う。

 「行くぞ。」するりとリョウはミリアの手を離し、ステージへと躍り出た。と、同時に幕が上がる。慌てて三人もその後に継ぐ。攻撃的なまでの歓声がステージにぶつけられた。

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