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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 横断歩道を渡り、ホテルのロビーに入ると、レストランにコンビニ、服飾店に装飾品の店などがずらりと並んでいた。

 ミリアは目を丸くしながら、それでもどうにか寄り道もせず李の後に続き、フロントでキーを受け取った。「では私はここでお待ちしていますから、お荷物を置いて、準備ができましたら降りて来て下さい。」

 四人は緊張の面立ちで肯き、エレベーターを昇った。システムは日本と同じであるというそんな些細なことに、心底安堵を覚える。エレベーターはかなりの速度で上がっていった。ガラス窓から見える風景はみるみる小さく、そしてどこまでも遠くなり、ミリアは思わず息を潜めた。

 「凄ぇなあ……。」シュンが溜め息交じりに言う。「俺、こんな高い所、小学校の遠足で上った東京タワーぐれえだ。」

 「ミリア、スカイツリー昇ったことある。」

 「俺はどっちもねえ。地べたをバイクで這いずり回ってるだけだ。」

 「俺は車な。」

 四人は茫然と硝子戸の下を眺め下ろした。

 あっという間に75階に到着すると、四人は黙したまままっすぐ絨毯敷きの廊下を歩いて行く。突き当りに部屋はあった。リョウとミリア、シュンとアキのそれぞれ二人部屋である。

 ミリアは部屋に入るなり、うわあああと感嘆の声を上げた。美しい台北の街並みが一望できる窓が部屋の全面にあったのだ。慌てて近寄る。車など小さく蠢いているばかりで、先程あれ程感嘆したホールも小箱にしか見えなかった。

 「すっごいわ。すっごい。こんなに全部小っちゃい! 何でこんな素敵な所泊めてくれんのかしら。リョウ、いっぱいホテル代払ったの? 来月からまたもやしキャンペーン?」

 「い、いや。もやしとジャガイモは暫く見たくねえ。」リョウはスーツケースをベッドの脇に置いて、「宿泊費用は全部向こう持ちだ。いや、こんな待遇だとは聞いてなかったけどな。……まあ、移動時間はあんまかけたくねえから、ホテルは会場の近くにしてくれとは言ったけど。」と弁明を始める。

 ミリアはベッドに座り込み、その跳ね飛ばされるような弾力に驚いた。「うっわ、すっごい! これ王様のベッド!」と言い、わざと何度も飛び跳ねた。

 「まあ、こんだけ期待して貰ってるっつうことだな……。ちっと怖え気もするが、ここまで来たらもうやるしかねえ。もちろん負ける気はしねえし、誰であろうがぶっ潰す気でやるけどな……。」リョウは緊張の面立ちでぶつぶつと呟いた。

 そこにインターフォンが鳴る。リョウが扉に出て行くと、「ほら、早く行くぞ。」というシュンの声が聞こえ出した。ミリアは最後にばたん、と枕に一瞬顔を埋めてから勢いよく立ち上がり、飛び出して行った。


 「さあさあ、皆さん何を食べたいですか。台北には色々なお店がありますからねえ、何でも言ってくださいよ。」

 と言われても、ここは海外である。どんな注文を付けたらいいのか、見当もつかない。

 するとミリアが意気揚々と、「あのねえ、ライブ前は定食なの、いっつも。そうすると演奏がミスしないの。定食屋さん、ある? 丼のご飯とお味噌汁。」と尋ねた。

 「バカ。ここは台湾だぞ。大串屋みてえなのがある訳ねえだろ。」リョウが慌ててミリアの腕を引っ張った。

 「定食屋さん、ありますよ! 残念ですがお味噌汁はないですけれど、……でも、ボリュームたっぷり、お魚の乗った丼とスープが付いてます。味付けは日本とは違いますけれどもね。昼時には行列ができる、地元の人にとっても人気のお店ですよ。今はもうお昼は過ぎていますからきっと空いていると思います。すぐそこですから、歩いていきましょう。」

 「マジか。」シュンが目を見開いて言った。「台湾に定食屋なんてあったのか。」

 「ありますあります。いっぱい食べて力付けて、今晩に備えないと。ねえ。」

 「うん!」ミリアは大きく肯いた。「楊さん凄いホテル予約してくれて、これは、すっごいすっごい期待してくれてるってことなの! だからライブ絶対絶対成功させないと!」

 「喜んでもらえたなら良かったですよ。台湾には素晴らしいホテル、たくさんありますよ。今度はライブではなくて観光ででも来てください。ゆっくりと。」

 「観光?」

 「そうですよ。自然の素晴らしい国立公園もありますし、故宮博物院も人気ですし、最近アニメで人気になった、九份も夜景が綺麗ですよ。他にもたくさん楽しめる所があります。そういうのを目当てに今度は来て下さい。」

 「それって、新婚旅行?」

 「いいですね。新婚旅行でいらっしゃるご夫婦もたくさんいますよ。」

 「だって! リョウ!」

 リョウは目を半分閉じたままそっぽを向いている。

 「ミリアさんはリョウさんの奥さんなんですか?」

 「うん、そうなの。新婚なの。」

 「それはそれは。」李は目を見開いて頻りに肯いた。

 「否、それはまあ、そうなんですけれど正式ではないというか、何というか……。」

 リョウがそう言い終わらぬ内に、ミリアはすかさず携帯電話を差し出し、そこに映し出された自分の結婚式の写真を李に見せつけた。

 「これはこれは、綺麗な花嫁さんですねえ。」

 「そうなの。だから明日は新婚旅行なの。でももっと新婚旅行したいな。そしたら、雲の上をずーっと飛んでまた来るから、その時はまた李さん通訳してくれる?」ミリアは真剣なまなざしで問うた。

 「もちろんですよ。」そう言って李はポケットの中から名刺を差し出し、ミリアに差し出した。「いつでもね、ここに連絡を下されば、美味しいお店も楽しい観光名所も案内しますよ。」

 「うわあ!」ミリアは飛び上がった。

 「それではとりあえず定食屋さんに行きましょう。お腹いっぱいにして、力付けて、夜はライブですよ。さあ、着いてきてください。」


 そこはどことなく聖地に出る前に利用する大串屋に似ていた。店と客の雰囲気、ひいては女将の雰囲気さえ似ているのである。リョウはほとんど瞠目しながら、読めないメニューに目を落とした。

 「皆さんはお肉とお魚、どっちがいいでしょうかね。あと辛いの、甘いの、希望があれば何でも言って下さい。」李は丁寧に説明した。

 「肉、と言いてえ所なんだが病気してからは、あんまり油っこいのは避けるようにしてんだ。魚にすっかな。」リョウが言った。

 「では、これがいいですよ。ご飯に白身魚が乗っています。さっぱりしてて美味しいですよ。シュンさん、アキさんは?」

 「俺らは肉がいいな。俺は普通の、アキは辛いの。だよな。」

 「ミリアさんは、どうしますか。」

 「卵。」大串屋ではいつもふわふわの親子丼と決まっているのである。

 「わかりました。では、卵を持ったお魚のフライでいいですか。こちら。」

 ミリアは指差されたメニュー表を見て目を瞬かせた。卵と言えば鶏のそれだと思っていたが、ここではそうではなさそうなのである。

 「……うん、いい。」

 リョウが小さく噴き出す。そして異国に来たのだから異文化にも馴染めよ、と言わんばかりにミリアの背を叩いた。

 そうして出された丼は、いずれも見た目は日本で食べるそれとよく似ていて、しかし一口食べてみるとやはり大串屋とは違っていた。

 「旨いな!」シュンがもごもごと口に飯を頬張ったまま、李ににっと笑いかける。

 「良かった! ここは、日本人誰が来ても皆さん美味しいと言いますよ。」

 「だよな。だってこのタレとか絶対日本で出しても売れるぞ。マジで旨ぇ!」

 「確かに旨ぇよ。これ、ライブ前にはもってこいだな。」アキも頻りに肯きながら、飯を掻き込んでいく。

 「李さんのお蔭で成功できそうだ。ライブ。ありがとう。」リョウがそう言って笑った。

 「あはは。そうでしょうそうでしょう。美味しいご飯は力の源。どんどんこちらも食べてくださいねえ。」李はそう言ってサイドメニューとして頼んだ、から揚げのようなものを勧めた。

 「いっつもね、俺らライブ前に米がっつり食って、そんで挑むんだわ。あそこは戦場だからな。」リョウはから揚げめいた何かを箸で一つ受け取り言った。

 「戦場ですか?」

 「そう。失敗は許されねえ。誰にも負けられねえ。特に今日はな。」リョウはにやりと笑んだ。「俺が長年夢見て来た海外での初ライブなんだ。これを皮切りにヨーロッパツアー出て、ヴァッケンに行くんだ。」

 「そうですか、そうですか。」李は神妙そうに何度も肯く。

 「言葉だの文化だの、そういったのを一切合切超えた先で俺らの曲がどこまで通用すんのか、この目で見てみてえんだよ。」

 アキはその時密かに瞠目した。――「俺らの曲」。かつてリョウがそんなことを言ったことがあろうか。無論リョウが作詞作曲している以上それらをじぶんのものとして認識することに不満を覚えたことはないばかりか、当然とさえ思っているのだが、リョウが自らそんなことを言い出すなぞ、予想だにしていなかった。海外に来て、というよりはそれを叶えるまでにバンドが成長し、本当にリョウは変わったのではないか。否、リョウが変わったがために、バンドの戦うべきフィールドも拡大したのではないかと、とアキは感嘆しながら思った。

 「私は音楽のことはわかりませんけれども」李は手を揉みながら訥々と語った。「あなたたち見ていますと、頑張ってほしいと思いますよ。皆さん髪の毛、女の人みたいに長いですが、凄く頑張っているのはわかります。台湾に来たくて来られたこともわかります。だから、頑張ってください。応援してます。」

 四人は安堵の笑みを浮かべた。

 窓越しに差し込む真夏の陽光の中に、白いスープの湯気が立ち上る。ミリアも目の前に並べられた丼の上に乗った金色の魚卵を、興味深そうにのぞき込み、溜め息を吐いた。「綺麗……。」

 リョウも一緒に微笑みながら見下ろす。そして唐突にこの風景を美しいと思った。ライブは必ずや成功する。自分の人生が今日の日を境に大きく前進していく。そういう確信が今、はっきりと胸中に形作られた。

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