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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 ステージを降り楽屋へ向かおうとした矢先、狭いステージ脇には台湾のメタルバンドのメンバーが勢揃いしていて、リハを終えたリョウたちを迎え入れる形となった。

 「ユア、クール!」どうにかわかる単語が口々に発せられる。彼等もまた英語は不得手なのに相違ない。

 「サンキュー。」シュンはぐるりと取り巻いた彼等一人一人に笑顔でハイタッチをして回り、それにリョウとアキ、ミリアも続いた。

 「ミリア、ミリア。」とその中の幾人にも呼ばれ、ミリアは「まあ、どうしてミリアのこと知ってるの。」と言いつつ頬を染める。今日のヘッドライナーを努めるバンドのフロントマンが、ミリアの前に雑誌を差し出した。それはミリアが毎号出ている『RASE』であった。

 その表紙の端に小さくミリアが出ているのを指差し、彼は片言の日本語で「カワイイ!」と叫んだ。

 ミリアは目を見開いて、「えええ、何でここにあるの?」と日本語で問うた。その表情で相手に驚きだけが伝わる。髪の長い青年は中国語で何やら口にしてサインペンを差し出した。

 「サイン? これにサインしてってこと?」

 「イエス、イエス。」不思議と会話は通じているのが、リョウは可笑しくてならない。

 ミリアは照れたように首を曲げながら、「どうしよう。サインなんかないのに。」と言いつつ、はっきりとした楷書体で、「黒崎ミリア」と書いた。男は「サンキュー、サンキュー」とミリアの手を取り握手をすると、雑誌を掲げて、周囲に見せびらかした。

 自分にもやってくれと、今度はまた別号の雑誌が差し出され、Last RebellionのCDが差し出され、ミリアだけではなくリョウもシュンもアキも、挙ってサインを書かされることとなった。

 「つうか、何で俺らのことこんな知ってくれてんの?」シュンが日本語で尋ねるが、無論それを解する台湾人は誰もいない。笑顔でサンキュー、サンキューと答えながら、サインの書かれた私物をそれぞれ大切そうに仕舞い込んだ。

 そこに李と楊がにこにこと入って来て、ステージ脇の人口密度に驚き、「いやあ、さすが人気者ですねえ。」と讃嘆の声を上げた。

 「何で人気者なの?」ミリアが何度目かわからないサインを書きながら、困惑と喜びの入り混じった表情で李に尋ねる。

 「だってあなたたちの音楽は素晴らしいですからね。皆さん、あなたたちのライブを心待ちにしていたんですよ。」

 リョウの周りにはスマートフォンを持った男たちが集まり、どうやらSNSで繋がろうと提案をしているらしい。

 「俺はそういうのはわかんねえんだよ。面倒臭ぇのは無理だし。おーい、シュン。」困惑気味に答えるが、台湾人にはどうにも伝わらない。早くスマホを出せとジェスチャーで命じられる。

 楽屋の方でサインを書いていたシュンが耳ざとくその様を聞きつけ、大声で、「そういうのは俺! 俺担当だから! リョウみてえな時代錯誤野郎にゃ何言っても埒あかねえぞ! こっちへ来い!」と手をこまねいた。それで台湾人はまたもや理解をしたようである。スマホ片手に男たちがわらわらとシュンの方へと向かい、リョウにはグッドラックなどと言いながら、楽屋へと向かっていく。

 「いやあ、さすが海外だな、熱いな。」リョウがふうと溜息交じりに微笑む。「言葉なんざ通じなくっても無理くり意思疎通をしようっつう思いが強引で、好きだ。」誉め言葉なのかけなしているのかよくわからない言葉を吐いた。

 「いやあ、皆さんリョウさんやミリアさん、シュンさん、アキさんが好きなんですよ。あなたたちのリハーサルを見て、大層彼ら盛り上がってましからねえ。ビールが飛ぶように後ろのバーから持って行かれていましたよ。」

 「さすがだな。……ライブ前に飲んじまうのか。俺も、そういうのは若い頃はやったけどな……。」

 「リョウはまたお喉を悪くするといけないから、禁止なの。」ミリアがぐい、と首を突っ込んでくる。

 「そうですね。お酒は少々ならよいですけれどね、飲み過ぎはいけません。」

 その言葉にミリアは真剣に頷いてみせた。その脳裏にはあの父親の経験があるのかもしれない、と思えばリョウは急速に意気消沈した。

 「さあ、本番までまだまだ時間はあります。その間ホテルに荷物を置いて、少し早い夕ご飯を食べに行きましょう。何が食べたいですか? 美味しいお店に連れていきますよ。」

 「たしかに、なんかリハやっただけで、あまりに凄ぇ場所なもんだからもう腹減っちまったな。何か腹に入れておくか。」リョウはそう言ったが、シュンは台湾人の男たちと何やら盛り上がっているばかりである。

 李は男たちに中国語で何やら説明をすると、男たちはすぐに納得したように手を振って楽屋を去って行った。

 「いやあ、何言ってっかわかんねえけど、何かわかった。友達になれた。」シュンはよくわからぬことを言いつつ、満足げに戻って来る。

 「ホテルもすぐそこですが一応、案内しますね。私も今夜はあそこに宿泊しますので、部屋番号をお教えしておきます。もし夜に何かがありましたら、内線で連絡して下さい。受付にも日本語を話せるスタッフが常駐しておりますから、遠慮なく使ってください。」

 「さっき見た! あの、でーっかいホテル! てっぺんが見えなかったわよねえ。ねえねえ、ミリアたちのお部屋は何階なの?」

 「75階です。」

 「ええええ!」四人は一斉に声を合わせて驚嘆した。

 李は苦笑しながらドアを開けて先頭を歩き出す。「まあ、たしかに夜景は台北の街並みが一望出来て綺麗ですけど、皆さんは眠るだけですからねえ。」

 「寝ない! 絶対寝ない!」ミリアは深い決意を籠めて言う。

 「マジかあ。済まねえなあ。何から何までこんなよくしてもらって。国内じゃあ考えらんねえ待遇だよ。日本じゃ俺らで順繰りにバン運転して、車中泊でスーパー温泉コースだかんな。」リョウは遠い目をして言った。

 「そうなんですか。あなたたちのバンドはとても人気があると聞いていますよ。」李が強ち世辞でもなさそうに言う。しかしリハに臨席し、この老齢の男性がかつて絶対に聴いたことがないであろう、自分たちのこのジャンル、音楽をどう思ったのか、リョウはさすがに気恥ずかしくなり言った。

 「いやあ、ジャンルがジャンルっすから。人気なんかあってたまるかっつう感じですよ。」

 「そんなそんな。あなたちの曲は、綺麗だった。」

 「綺麗?」ミリアは目を見開いて聴き返す。ヘヴィだ、迫力があるだ、そういう評価は今まで飽きる程に聞いてきたが、綺麗というのは初耳である。

 「ええ。ミリアさんのギター、とても綺麗でしたよ。心が洗われるように。」

 「そんなの初めて言われた……。」

 「みんなミリアさんの綺麗なメロディーを聴きにきているんじゃあないんですか。楊も、皆さん方のCDの売り上げはとてもよく、中でもミリアさんの人気が絶大だと言っていますよ。まあ、先ほどの彼らの対応を見てもおわかりかとは思いますが。」 

 リョウはちら、と困惑気味のミリアを見下ろす。

 「日本の美人と台湾の美人はそっくり同じですから。ミリアさんは日本でも台湾でも美人です。」

 「そう。……でもモデルのミリアを好きって言ってくれる人は、ライブ観たらこんな子じゃなかったのにってがっかりしちゃうかもしんない。」

 「そんなことないでしょう。だってあなたは、ギターが本職なのでしょう?」

 「そうなの!」ミリアはぱっと顔を上げ慌てて李に縋り付くと、彼の手を取ってぶんぶん振った。「わかっちゃった? 今のリハで、わかっちゃった?」

 李は一瞬困惑したような表情を浮かべたが、すぐに目を細めて「わかりましたよ。あなた、必死に弾いてた。絶対に伝えなければならないと思って、弾いてた。あなたがどのぐらい音楽に真剣に打ち込んでいるのか、先ほどので私にも十分に伝わってきましたよ。」

 ミリアは満足げに肯くと、再びスーツケースを手に李の後を歩き出した。その後ろでリョウも、そうだよなあと顔には出さずに一人首肯した。

 ミリアの音はミリアでなければ出せぬ音である。唯一無二の、自分と同一の音。それは血に起因するものではなかった。ただし血よりも、意識に深々と刻まれた絶望の経験と、そこから何としても這い上がってやるという決意こそが、この全く同一なる音を生み出しているのである。それは個人的な経緯を知らなくともやはり伝わるものなのだと思えば、リョウは嬉しかった。ミリアと自分とが同じ経験と生き様を有していることが、この上なく嬉しかった。あたかもそれは、ありとあらゆる孤独と闇とを排し、目の前には自分の還るべき安堵の母なる海が広々と広がっているようなものである。リョウはミリアから至上の安堵が齎されていることに、今、はっきりと気が付いた。そしてそれは今までの人生では一度も得たことのない感情であることも。リョウは幸福であった。ミリアが培い齎してくれた音によって幸福であった。

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