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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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10

 「リョウー。」アキがそう囁きながらカーテンを捲るとリョウはヘッドフォンを付けたまま、静かに目を閉じていた。アキは遠慮なくヘッドフォンを荒々しく外す。驚嘆の眼差しで見上げた先に憮然としたアキと、照れ笑いを浮かべているミリアがいるのを確認するなり、リョウは「お前、帰れっつったじゃねえか。」と周囲を配慮してそれでも小声で叱咤した。

 「いやいや、俺が送ってくからさ。こんな暗いのに一人っきり返す方が危ないじゃねえか。ったく配慮のねえ夫だよ。」もっともらしいことを言われてリョウは口を閉ざす。

 「お前が一丁前に入院なんざするって聞いたからよお、とりあえず見舞いに色々持って来てやった。」アキは大きな紙袋をどっかとテーブルに置くと、中から次々に本を取り出して言った。「これはMETALLICA詩集だろ、しっかりJamesの叫びを心肝に染めるがいい。そしてこっちは変形ギター大全、お前の大好きなVがてんこ盛りだ。ヴィンテージも最新も載ってる垂涎ものだ。そしてこっちはメタラーと猫の写真集。一体何なんだこの組み合わせは。まあ、ミリアも読んでいいからな。それから、ええと、まだまだあるぞ。」

 「おい、凄ぇな。」

 「どうせ暇してると思ってな。今日の仕事先の近くにでけえ本屋あったから、片っ端からお前が好きそうなの買ってきてやった。」ほいほいとアキはリョウにメタルだのギターだのの本ばかりを手渡していく。そして最後に渡したのは、少女のイラスト集と思しき本であった。

 「何だこりゃあ。俺はこんな趣味してねえぞ。」

 「んなことねえだろ、お前よく見てみろよ。」ミリアも思わず釣られて表紙に顔を近づける。ピンク色の表紙には微笑みを浮かべた、目の大きな少女のイラストが描かれていた。

 「これ、ミリアに似てねえ?」アキがいつまでも答えようとしないリョウに業を煮やして言った。

 「ああ?」リョウが一層顔を近づけた。

 「随分前に活躍してた内藤ルネって人のイラスト集らしいんだけど、この表紙ミリアにそっくりじゃねえ? さぞかしミリアと離れ離れは寂しかろうと思って、買って来てやったぞ。」

 「可愛い!」ミリアは満面の笑みを浮かべながら本を手に取った。「ミリアに似てる?」

 「ああ、似てる似てる。」アキがそう言って微笑む。

 「お前なあ、そうやって調子付かせんの、やめろって。馬鹿女になったら責任取れんのかよ?」

 「責任はお前が一人が取ればいいだろ。他人様にミリアの責任なんざ取らせんな。」アキはそう言い放つと、「とにかくとっとと治せよ。いつまでもバンド活動停滞させんじゃねえよ。精鋭たちが絶望に瀕しちまうぞ。」

 「わかってる。」リョウは少々浮かぬ態で言った。

 「ま、でも、お前も随分長ぇことバンド一筋で頑張って来たからな。曲も唸る程作ったし、ちったあ休んでも文句は言われねえだろ。」

 「何だそれ、気持ち悪ぃな。」

 「まあ、絶望だの死だの、そんな歌ばっか作ってっから余計疲れたんだろ。まあ、いい機会だ、ちっとぐれえ休めよ。」

 「どっちなんだよ、つうかもう俺は十分休んだよ。いい加減こんな暑くも寒くもなんともねえ世界に閉じ込められてると、曲が書けなくなる。」

 「お前は暑さ寒さで曲書いてたのか。」

 「バイク飛ばして色々感じるところもあるだろが。それにギターもなあ、屋上か外で練習させてくれねえかなあ。ここ数日で握力が落ちた気がすんだよなあ。」

 「今度持って来る。KingV。」ミリアがすかさず答えた。

 「入院患者には聴かせるなよ、お前のやってるのは何せデ・ス・メ・タ・ルなんだからな。不謹慎極まりねえ。」

 「てめえのジャンル忘れる程耄碌はしてねえよ。」

 「それなら、よかった。じゃ、ミリア、帰るか。」

 「え、もう?」ミリアは悲痛な声を上げる。

 「もう、じゃねえよ。いつまでもリョウ寝かさなくてどうすんだ。いつまでも病気治んねえぞ。それにお前も明日学校だろ?」

 ミリアは眉根にきゅっと皴を寄せると、観念したように「おやすみなさい、リョウ。」と呟いた。

 アキはよくやったと言わんばかりにミリアの頭を撫でてやると、「じゃあ、またな。ミリアはちゃんと家まで送るから、心配すんなよ。」と言った。

 「ああ、頼むな。」リョウの手には早速メタリカ詩集が開かれている。

 「また明日ね。」

 リョウは微笑んで「またな。」と言った。


 アキのやや古色を帯びたVWゴルフの助手席に乗りながら、ミリアは再び寂しさと悲しさに身をつまされた。

 「ミリア、リョウの傍ではいつも通りの笑顔でいろ。」隣から叱咤、というよりは慈愛のこもった声が響いた。

 ミリアはアキの横顔を無表情に眺めた。

 「辛いのはわかる。だけど、リョウが一番でけえ不安抱えてんだよ。ああいう奴だから弱音は吐かねえが、でも内心どんだけの恐怖と戦ってると思う? 30%の割合で死ぬって宣告されてんだぞ? お前、考えられるか。」アキの声は幾分ひしゃげていた。

 ミリアはひい、という甲高い声を上げた。

 「俺はこれからできるだけ時間作って、リョウん所行く。これから無菌室入ったり、色々過酷な治療になるのはわかってる。お前以外は直接会えなくなるだろう。でも、近くに行って少しでも元気づけてやって……。何せ俺にとってあいつは、」

 赤信号になった。車が止まる。

 「……憧れなんだよ。」

 ミリアは泣き顔を上げて、「憧れ?」と問うた。

 「俺らはな、十代の頃からライブハウスで対バンやったりスタジオでセッションやったり、ファンなんて全然いない、集客力もゼロっていう時から一緒にメタルやってきた。でもあいつの作る曲はそん時から凄かったんだよ。今のお前のちょい上ぐれえの年齢でさあ、今の俺でも到底叶わねえ、度肝抜くような曲をバンバン書いてた。同世代の中では頭抜けた存在だった。いつか一緒にバンドやりてえって思って、だけどそんなこと俺も無駄にプライド高ぇからなかなか言い出せなくて、でも声かけて欲しくて、リョウに認めてほしくて、それだけのために、毎日ドラム叩き続けた。機材の研究もして、毎日何時間でもぶっ叩き続け、有名なドラマーの師匠ん所に弟子入りしたりな。巧くなるためにやれることは何でもやった。そんであいつが組んでいたドラマーの野郎クビにして、俺に声かかった時は、マジで嬉しかった。天にも昇る気持ちっていうのかな、つうか信じられなくってな。電話だったんだけど、声震えちまってさあ。こんなこと、絶対リョウには言うなよ? でも、そんぐらい俺にとってあいつは憧れの存在でもあり目標でもあった。それからは……、」

 信号が青に変わり、発進する。

 「一緒にバンドやるようになって、より身近な存在になって、あいつの人間としてダメな部分も相当見て来たけれど、なぜか憎めなくてな……。そんだけあいつの才能に惚れてたってことなんだろう。軽口ばっか叩き合う仲だったけれど、いつもあいつが持って来る曲には毎回、必ず、心底震えた。これを叩ける自分が何よりも誇らしかった。あいつの音楽を再現できるピースでいられることが、な。あいつからがんになったって連絡あって、速攻シュンと会ったんだよ。何を言うまでもなく、待とうって話でまとまった。どうせツアーだの何だの始まれば金が必要となるんだし、その時のために働いて貯金作っておこうってな。」

 「……他の、バンドは? セッションとかは?」

 「ぜってー、やらねえ。」噴き出しながら答える。「だってよお、リョウは必ず、戻って来るんだから。その日のために準備しておかねえで、どうすんだ。俺に寄り道なんかしてる余裕はねえんだよ。リョウと一緒に海外でライブやるんだからよ。言っとくが、当然お前も行くんだからな? いつまでもちんけな島国に留まり続けていられるか。あんな凄ぇフロントマンがいて、キラーチューン山ほど抱えてんのに。リョウが戻ってくるまでに、俺らも上達しとくんだよ。」

 それは自分に言い聞かせるようでもあった。そこにふと引っ掛かりを覚えたミリアは「がんって、どのぐらいで治るのかな。」と呟くように言った。

 暫くの沈黙が生じた。

 「リョウなら、治る。」枯れた声の主はもしかしたら苦渋の表情を浮かべているのかもしれない、と思わされた。だからミリアは真正面を見据えたまま、努めて横を見ぬ風にしてそのまま肯いた。

 「リョウを信じろ。」再び震える声が響いた。ミリアは必死に泣くのを堪えた。リョウの病状が油断ならぬものであるということが、突然降り注ぐように感じられて。

 「リョウがいねえ未来なんざ、俺が許さねえ。」

 「……ミリアも。」

 アキはふっと微笑んだ。

 「俺らは同士だな。……さあ着いたぞ。」

 気付けば車はアパートの前に停車していた。

 「何かあれば、すぐに連絡しろよ。どんな些細なことでもいい。リョウとお前に関わることは、何だって一大事なんだから。」

 「……ありがとう。」

 「ああ、おやすみ。」

 ミリアが長らく覚えていたはずの恐怖と不安と緊迫感とが、ふっとこの瞬間和らいだ。

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