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BLOOD STAIN CHILD Ⅳ  作者: maria
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 金色のライトを満身に浴びながらリョウは明らかに苛立っていた。無論彼ががなり立てるデスメタルは端から笑みなぞを浮かべて謳い上げるジャンルではないものの、いつにも増してリョウの眉間には深い皴が寄り、瞳は鋭く何かを射抜いていた。前方の客もそれに気付きつつあるのか、いつもなら引っ切り無しに起こるステージから飛び降りるダイブも、今日に限ってはリョウに近付くのが恐ろしくてならぬとばかりに、客席にじっと留まり続けている。しかしその因に気づく者は誰一人として無かった。

 リョウの苛立ちの原因は他の何物でもない。自身にあった。何だって今日はこんなにも声が出ぬのか。いつもであれば地響き伴うようなデスボイスが何の難も無く、容易に喉の奥から迸るように出ずるのである。しかし今日に限っては、それが迫力を持たない。言うならば、儚い。歌詞の内容でもある地獄の奥底から響き渡る絶望とは、隔世の感がある。

 リョウの怒りは益々募った。既にライブは終盤に差し掛かろうとしている。最後には最も憤怒の表現を必要とする『BLOOD STAIN CHILD』が待っている。どうしたらいいのか。リョウはいつしか弱気になる自分に気づき更に憤怒を覚え、くるしく吠えた。

 理想とする万分の一の声さえも出せず、リョウは意気消沈というよりは絶望して、歓喜の声を挙げ続ける客席を一瞥もせずにステージを去った。


 楽屋に戻るなり、ソファに倒れ込むようにしてリョウはそのまま頭を抱えた。

 さすがにミリア、シュン、アキは客とは異なり、リョウの常ならぬ変化には気付いていた。そしてそれが今、どれだけの自己嫌悪を齎しているかも。

 三人は黙ったまま目配せをして、そのままミリアとシュンは楽器をケースに片付け、アキはスポーツドリンクを飲み干して躊躇いがちにリョウの向かいに腰を下ろした。暫くは真っ赤な頭を掻き毟るリョウの指の動きを見ていたが、遂に「……医者、行ってこいよ。」と呟くように言った。「デスボイス出すような連中は一度や二度喉壊すのは当たりめえで、そのたんびに医者にかかるっていうぞ。ほら、ユウヤとかもさ。あいつも暫く休んでて、復帰したのつい最近だったろ。」

 「ユウヤ、今日来てたよな。」シュンも汗を拭きながら答える。「あいつならいい病院知ってるかもな。聞いてきてやろうか。」

 「ユウヤ呼んでくる。」そう言ってミリアはそそくさと楽屋を出て行く。

 「昨日のリハでは普通だったのにな。」アキが首をひねる。

 「……違和感はあったんだ。」漸くリョウはしゃがれた声で答えた。

 「そうか? 俺はわかんなかったな。」

 リョウは溜め息を吐きながら苦渋に満ちた顔を上げた。汗に濡れてはいたが蒼白だった。驚きながらその顔を凝視したシュンは、あることに気付いて声を上げた。

 「お前、頸、腫れてね?」

 シュンはそう言って立ち上がり、髪に隠れた右頸に手を伸ばした。リョウは左側に首を傾け、汗に濡れた髪を後ろに追い遣って見せる。

 「やっぱ、何か腫れてるぞ。」

 耳の下が少し、膨らんでいた。

 「痛くないのか。」

 「全然。」

 「声が出ねえのと関係あんじゃねえのか。」

 「わかんねえ……。」

 そこにミリアがユウヤを引っ張って戻って来た。

 「お疲れっすー!」薄暗い雰囲気を一切解すことなく、そうユウヤは明るい声を上げて入って来る。

 「リョウが声出ないの。どうにかしてよう。」悲壮感漂うミリアの声が甲高く響いた。

 「あ、やっぱ? 兄貴らしくねえなって、思ってたんだよなあ。特に最後の、『BLOOD STAIN CHILD』。あれ、いっつも親の仇ぶっ殺す勢いだったじゃねえか。今日はせいぜい全治三か月ぐれえの勢いだったな。」

 リョウは腫れた首元を抑えつつ、ユウヤを振り返った。

 「こんなんどう考えたって客に見せるべきモンじゃねえ。俺はとんでもねえことをしでかしちまった……。」

 ユウヤは今更ながらことの深刻さに気付きながらも、「あ? ああ……。」と曖昧に頷く。「俺もこの間喉にポリープ? とかができちまって最悪なライブやったんだよな。兄貴もそうじゃねえの? 気合入れてがなり過ぎなんだよ。医者行けよ医者。でけえ所がいいぞ。小せえ所だとろくすぽ検査もしねえで、ただの風邪って言われっからな。俺なんか風邪で一か月も無駄にしてよお。レコーディングも遅れるしライブはキャンセルしたし、最悪だった。」

 「どこがいい?」アキがすかさず問うた。

 「俺がかかったのはS総合病院。」

 「ミリアがかかったのと、おんなし!」ミリアは目を丸くして答えた。

 「あそこはいいぞ。咽頭科にゃ美人な女医さんいるしな。」

 ミリアがじっとユウヤを睨む。

 「落ち込むなって。誰も客は気付いてなかったって。いつもの、つうか、いつも以上の怒り込めて歌ってるなってぐれえだ。音楽やって耳鍛えてて、しかもしょっちゅうLast Rebellion観に来てる奴が辛うじてわかるっつうぐれえだぞ。心配すんなって。」

 「まあ、そりゃ言えるよな。」シュンも首肯する。「お前は自分に厳しすぎんだよ。いいライブだったって。」

 リョウはああ、と唸りながら再び頭を掻き毟った。「ダメだダメだ。っつってクビくくって死ぬ前に、……医者ぐれえ、行っとくか……。」

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