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その1

 誰もが口を揃えて言う。


「今の東京はクソだ」





 その日、空は曇りまもなく雨が降り出すだろう。誰もがそう思えるような天気だった。夕方になり、少し冷え込んできた。


「お前、このシフトは何時で終わりなんだ?」


 『施設』の入り口を警備する2人の男が他愛もない会話を始めた。たまにならず者に襲撃されるがこちらの圧倒的武力により今までまともな打撃を受けたことはない。


「あー、」


 話しかけられた男が腕時計を見る。


「五時で終わりだな、だからあと三十分もないってところか」


 現在時刻四時三十四分。ぽつりと男の片割れの帽子へ雨粒が当たる。雨が降ってきた。


「ちくしょう、降ってきやがった。シフト終わりまで勘弁して欲しかったぞクソ」

「ざまあみろ。俺はまだまだ仕事があんだよ。一緒にずぶ濡れになろうぜ」


 男たちが話をしているとふいに目の前で何かが動いた。彼らは無駄のない動きで下げていたライフルをそちらへ向けた。二人の銃口は彼らの前に現れた『それ』へ狙いを定めている。


「なんだお前!」

「待て、女だ」


 二人の前に現れたのはコートを着た少女だった。まだそれほど寒くなる季節ではないが震えていた。両手でコートの端をつかみながら男たちの前へ歩み寄ってくる。

 片割れが相方の銃口を下げるように指示し、二人が少女へ近寄る。


「なんの用だ、ここは部外者の立ち入りを禁止してるのが分かっているのか?」

「こいつ、近所の娼館から逃げ出してきたのかもしれないぜ?」


 少女のコートの下の服装は見えなかったが、顔がひどく汚れ、目が死んでいる。見た目からしてどうせまともな生活をしてないだろうと考えた2人は近所にある娼館から逃げ出してきたのだろうと判断した。


「女か……」


 ぼそっとどちらかがつぶやいた。口を開かなかった方もごくりと生唾を飲んだ。無法地帯に女が一人、男たちの担当するエリアに彼ら以外にやってくる人間はまずいない。監視カメラに映らない場所を彼らは知っている。


「久しぶりだしな、いいよな?」

「こんなところに逃げてきたのが運の尽きだぜ、お嬢ちゃん」


 二人は少女の肩をやさしく掴んでカメラの映らない事務所の裏へと歩いて行った。少女の肩まで伸びた髪が揺れ、男の手に触れる。少女の顔に変化はなく、死んだ目をしているだけだ。

 抵抗することもなく、誘導されるがままに男たちに連れていかれている。

 少し歩いて、人目につかない場所へとやってきた。


「さぁ、始めようぜ。もうずぶ濡れになっても構わねぇ」


 片割れがおもむろにズボンのチャックを下ろそうとする。


「ここは、本当に誰も来ないの……?」


 少女が口を開いた。こんな状況だというのにその声には絶望が感じられない。


「当たり前よ、何年ここで仕事してると思ってる?」

「わかったぞ、こいつ娼館から逃げ出したんじゃなくて稼ぎに来たんだ。そうだろ?」


 彼らにとって、少女が娼館から逃げてきたか稼ぎに来たかどうでもいいことであった。早く始めたいという気持ちが募る。

 

―――――――そして油断した。


 コートの下に隠した一丁の拳銃が音もなく男の膝を撃ち抜く。撃たれなかった方の男も次の瞬間には右目を撃たれ即死した。

 地面に崩れゆく相棒を横目にコンクリートの地面へ倒れこむ男。彼の膝は小さな穴が開き、ゆっくりと出血を始めた。少女を見ると先ほどまでの怯えを全く感じられなくなっていた。見下ろすその目は変わらず死んでいる。


「こいつッ……」


 男が何かを言おうとしたもののそれを遮られた。やたらに大きなサイレンサーから飛び出した弾丸が彼の腹を貫き、なにか大事な臓物を駄目にしたからだ。

 男は痛みとともに声を上げ、仲間を呼ぼうとした。


「ここは、誰も来ないんでしょ?」


 そう、少女の言う通りこの場には叫んだところで誰かが気づくわけがなかった。それは長年この現場を警備し続けた彼自身が一番知っていることだ。声を出したところで無駄になる。


「ねぇ、教えてよ。ここで一番偉い人はどこにいるの?」


 少女の顔が男の顔まで寄せられる。近くで見ると幼さが残るがなかなかの美人だ。


「誰が、言うかよ! 殺せよ!」


 そんなことに見とれずに男は反論する。どうせ死ぬならできるだけ相手の迷惑になってから死のう、と。


「言ったら助けてあげるけど?」


 妖艶な笑顔とともに発せられた言葉は男にとって魅力的でしかないものだ。言えば助かる。しかし本当だろうか。少女は相方をためらいなく殺している。

 しかし男は選択することができなかった。いつの間にか『考えは相手の迷惑になって死ぬ』から『早く助かりたい』へ変わっていたのだ。


「三階の、松本局長だ」


 絞り出すように出た言葉がそれだった。少女は天使のような笑顔を彼へ振り撒き、同時に拳銃を向ける。


「ありがとう」


 言って、少女は引き金を引く。弾丸は男の頭部へ命中し、彼は動かなくなる。そもそも少女には助ける気がなかった。情報を引き出すための嘘だ。

 建物へ向き直り、少女が言う。


「ここで私を知る人間はいるのかしら」


 コートを脱ぎ捨て、腰のホルスターからもう一丁銃を取り出す。少女の襲撃は終わらない。

つづく

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