高校球児が異世界転生
あまり野球に詳しくない方でも大丈夫です。ピッチャーがボールを投げる人だと知ってれば問題ないです。
真南からジリジリと突き刺すような熱い日差しが、マウンド上の俺の体を照りつける。
グラウンドに立つ残り8つの影は、ここまで一緒に汗を流し、泥だらけになりながら辛い練習を乗り越えてきた俺の仲間、いや、それ以上とも言える存在だ。
スタンドから聞こえてくる、蝉の鳴き声をも打ち消す応援歌と、観客からの声援の嵐。
俺が求めてきたのはこの感覚。
産まれて初めてこの白球を握った時から追い求めてきたものはこれだったのだ。
そう、俺は、地方大会の決勝のマウンドに立っていた。これに勝てば、念願の甲子園だ。
幼い頃から野球、野球、野球。ひたすら野球に励んできた。同級生や親戚からも典型的な野球小僧と呼ばれ、素振りは1日たりとも欠かしたことはなく、暇さえあれば、筋トレ、ウエイト、ランニング。
中学時代は、エースに4番をまかされ、キャプテンも務めた。
それから、地元では野球の名門で有名な高校に推薦で入学し、それまでとは比べ物にならないほどの過酷な練習も、野球への熱い思いで難なくこなしてきた。
そして、その成果が今ここで試されているのだ。そう考えると、この灼熱光線さえも、これまでの俺の努力を祝福し、これからの俺の一球を後押ししてくれるように思えてくる。
点差は1点、俺がこのバッターを抑えれば、俺たちの甲子園出場が決まる。
負けるなんてありえない。
俺は、額の汗を自慢の右腕で拭うと、9回裏、2アウト、ランナーなし、2ボール2ストライクから最後の一球を投げ込んだ。
俺の右腕から放たれた一球は、キャッチャーミットに向けて一直線。アウトローへの豪速球。のはずだったが、コースがずれてど真ん中へ。だが、ど真ん中のストレートで三振にねじ伏せ、甲子園出場を決めるのもなかなか悪くない。
その慢心が仇となった。
相手バッターのバットは俺のボールを真芯で捉えた。
だが、会心の当たりほど守備の前に飛びやすいとも言う。ピッチャー強襲のピッチャーライナーが俺を狙撃する。
この球、ガッチリキャッチして、俺が甲子園行きを決めてやると、意気込んだ俺が自信満々に出したグローブをかすめて、そのライナー性の打球は、俺の頭部に着弾。そして、そのまま俺は意識を失い、グラウンドにばたりと倒れこんだのだった。
「目が覚めましたか?」
優しい声で、ナースのお姉さんが俺に声をかけた。
俺が目を覚ましたのは、どこかの医務室。俺はユニフォームのままベットに横たわっていた。グローブは、俺の隣の棚の上に置かれている。
「うっす、迷惑かけてすいません。そっ、それよりチームのみんなは?」
俺は意識を徐々に取り戻す。俺はあのライナーを捕球し、甲子園への切符を勝ち取ることはできたのだろうか。チームのみんなに心配かけてしまってないだろうか。
「はい、あなたをここまで運んできてくださった皆さんですね。今、お呼びします。」
あいつら、俺をここまで運んできてくれたのか。俺があの打球を取ったのか、落としたかはわからない。だが、あいつらにとって、俺抜きであと1人の相手バッターを抑えることは難しくはないはずだ。無事甲子園行きを決めているだろう。
今から部屋に入ってくるあいつらはどれだけ喜びに満ちた顔をしているだろうか。それとも、心配させやがって、くらいの感じで男の泣きっ面を拝ませてくれるだろうか。
「皆さん、こっちですよ。」
ナースのお姉さんがドアを開けて外へと呼びかけると、
「おいおい、大丈夫か。ホントに無事でよかったわい。」
「意識は戻りましたか?ケガはありませんか?いや、ありますね。ぷふふっ。」
「応急処置はしておいてみたんだけど、気分はどう?」
部屋に入ってきたのは3人。ゴツい髭面のハンマーを担いだおっさん、人を小馬鹿にしているような雰囲気を湛えた優男風の青年、小柄なベレー帽少女。
誰だ。
俺はこんな奴らと野球をしていた記憶はない。
頭に受けたボールのせいで視覚を司る脳の機関がやられてしまったのだろう。
「えーっと、誰?」
俺は、目の前にいるチームメイトかもしれない奴らに向かってあるまじき一言を言ってしまった。あいつらは俺に対して、チームメイトのことを忘れてしまったのかと大いに怒るだろう。もしくは、俺の頭がおかしくなったことを察して泣いて悲しむかもしれない。
「まあ、分からないのも仕方ありませんね。私たちとは、ここまで運んできた者、運ばれてきた者の関係でしかありませんから。ぷふっ。」
「まあ、実際おぶってきたのはこのワシじゃがな!」
「びっくりしたよ、君がいきなり空から降ってきたんだから。」
ベレー帽がいう。おそらくウチにいた唯一の女子マネだろう。あれだけ大きかったものがこれほど小さく見えるなんて、重症極まりない。
「そうじゃ、ワシらがフォレストウルフと戦っているときに、お主が降ってきたんじゃった。苦しい状況じゃったが、お主がそのトゲトゲの靴で奴に一撃くれてやったおかげでワシらも助かったんじゃ。」
「一撃くれてやったというより、空から落下した勢いで刺さったという感じでしたが。ぷふっ。」
こいつらはさっきから何を言っているのだろう。もしかしたら、本当にチームメイトではないのかもしれない。
俺とこいつらは、単に運び運ばれの関係ではない。それに、俺は空から降ってなんていない。マウンド上で倒れただけだ。あと、俺たちが戦っていたのは、フォレストウルフなんかではなく、海明第一高校だ。トゲトゲの靴って何だよ。スパイクって言葉忘れたのか?
「あの、ここって、どこっすか。」
俺は、ナースのお姉さんに尋ねる。目の前の3人はやはりチームメイトではないと思ったのだ。そうだとするならば、ここも当然球場の医務室ではないはず。
「ここは、レイペリアの街のギルドの医務室です。」
単に俺の聴覚がやられてしまっただけというわけでもないようだ。リペイリア?ギルド?そんな日本離れした単語ばかり聞こえるなんてあまりにもおかしすぎる。
俺、あの打球の衝撃で異世界に迷い込んでしまったのか?いや、まさかまさか。
「ここは日本ですよね?それで、俺はさっきまで球場で野球をしてたんですよね?それでピッチャーライナーを頭に受けて、チームメイトにここまで運ばれてきたんですよね?」
普通の人なら取り乱して慌てるところだが、ピッチャーを続けてきた俺の強靭な精神力にかかれば、まだ焦る時ではない。
「ニホン?ヤキュウ?なんですかそれは?聞いたことがないですねぇ。」
「えっ、ここホントに日本じゃないんですか?チームのみんなはどうしてるんですか?俺たちの甲子園はどうなるんですか?」
俺は焦り始めた。これまでの出来事を改めて考え直すと、やはり、俺は異世界にきてしまったようだ。
「あー、あなた別の世界から迷い込んでしまったパターンですね。」
ナースのお姉さんが言う。俺の推論が裏付けられ、安心する。そして、大いに焦る。
俺は散々慌てふためた後、疲労と困惑の中、再びベットに倒れこんだのだった。
「目が覚めましたか?あ、これさっきも言いましたね。どうぞお水です。」
ナースのお姉さんがくれたコップの水を飲み干すと、俺は会話の途中でいきなり倒れてしまったことを謝罪する。
「すいません、俺、いきなり寝ちゃってたみたいで。」
「いえ、異世界から迷い込んでしまった方にはよくあることですから。あ、自己紹介がまだでしたね。このレイペリアの街のギルドマスターをしております、マリータです。」
「ワシはライガじゃ。」
「私はシュルクです。ぷふっ。」
「私、ドドルクっていいます。」
さっきまで俺が勝手にチームメイトだと思い込んでいた3人も便乗して自己紹介を済ませてくる。ギルドマスターがナース服とは、なにかと過激なギルドなのかもしれない。
「えっと、あなたの名前はなんとおっしゃるのですか?ついでにここの欄に記入して貰えれば助かります。」
マリータが差し出してきたのは、住民登録手続関連書類と書かれた一枚の紙だった。
「俺、この町に住むつもりなんて無いっすよ。俺、すぐに戻って、甲子園のマウンドに立つんで。」
俺は自分の名も告げずに、書類をマリータに返してベッドから立ち上がる。戦場からここまで連れてきてもらったことに感謝はしているが、こいつらと馴れ合うつもりなどない。俺には帰るべき場所、守るべき仲間がいる。
「ねぇ、君。私たちのパーティ入らない?」
ドドルクと言ったか。ベレー帽の少女が突拍子も無い事を言い出した。
「嫌です。俺は、仲間と一緒に甲子園に行くんです。そのためにすぐに元の世界に帰るんです。」
「どうやって?」
ドドルクがニヤニヤしてこちらを見てくる。
「ほら、帰り方わからないでしょ。私たちのパーティに入って、一緒に魔王を倒そうよ。魔王を倒したら、国王様がどんな願いでも一つ願いをを叶えてくれる。そして、元の世界に返してもらう。これが一番の近道だと思うんだ。」
確かに、それ以外の手は思いつかない。それに、仲間のことを考えると、一番の近道なんて言われたら、どうも弱い。
「お休みになっている間にあなたのステータスを計測したところ、身体能力は全体的に平均値以上。さらに、投擲関連のスキルが軒並み揃っています。ライガさんたちのパーティとは相性がいいですね。」
「投擲か。前線で攻撃を食い止めるドワーフのワシ。中盤で魔法を中心として柔軟に働くエルフのシュルク。後衛ヒーラーのドドルク。ここにエース火力クラスの投擲職が入ればそう簡単には負けないパーティになるな!」
小中高とピッチャーをやってきたとあって、投擲適性があると言われると鼻が高い。だが、俺の右腕は、仲間のためのものだ。ナイフや爆弾を投げてモンスターを討伐するためのものではない。
「お断りさせていただきます。この右腕は仲間の取ってくれた点数を守るためのものなんで。」
「じゃあ、アーチャーがオススメだ。どの道、元の世界に帰るまで、この世界で食っていかなきゃいけないだろう?ウチに入れば、食うに困ることはない。どうだ?ぷふっ。」
シュルクがド正論で落としに来る。
魔王を倒すため、元の世界に帰るため、ライガたちのパーティに入ることを決めた俺はマリータから再び紙を受け取った。そして、名前欄に夏川浩輔、職業欄にアーチャーと記入したのだった。
それから俺の異世界ライフが始まった。ライガ、シュルク、ドドルク達と一緒にクエストをこなし、ギルドに帰ってきてからは、マリータにその日の冒険譚を語りきかせ、街の冒険者みんなでワイワイ飲み食いする。その後、ライガの家で体を休め、また日の出とともに次の1日が始まる。
そんな日々の中で、体育会系のバリバリの縦社会でやってきた俺が、街の冒険者達と仲良くなるのにそう時間はかからなかった。彼らにはコースケ、コースケ、と呼ばれ、魔王討伐という目的を忘れそうになるほど楽しい時間を過ごすこともよくあった。
だが、そんなときにはいつも、これまで共に練習に励んできた野球部のチームメイトの顔が脳裏を掠める。
飲酒の年齢制限がないこの世界だが、万が一のために、俺は決して酒を口にしなかったし、冒険者同士のもみくちゃの喧嘩に関わることもしなかった。
もし、この世界が俺のその行動を不祥事として見咎めるとしたら?それで俺たちの甲子園出場がなくなるとしたら?そんなことがあるはずはないと分かっていても、やはりどうしても気にかかってしまうのだ。
俺はもちろん、この世界に来てからも筋トレ、手頃な木の棒での素振りを毎日欠かさなかった。パーティメンバーに何と言われようと。街の冒険者に何とからかわれようとも。チームメイトのことを思ってひたすら今できることを全力でこなした。
そして、俺のアーチャーとしての実力もついてきたある日、今からクエストに出かけようかと、ライガ、シュルク、ドドルクでクエストの掲示板を眺めていたちょうどその時、ギルド内に爆音の警報が鳴り響いた。
「マリータです!緊急のクエストです!レイペリアの街に、デスマーチが襲来しました!デスマーチが襲来しました!冒険者各人は直ちに迎撃の準備を!」
普段は温厚なマリータの怒鳴り声を聞くに、どうも並大抵の事態ではないようだ。
「デスマーチってあのデスマーチか?」
「前襲われたのはラフリートだったよなあ?もうレイペリアまで来たのかよ、まだろくに親孝行してないってのに。」
顔見知りの冒険者達が覚悟を決めたような表情で装備を整え立ち上がる。
「デスマーチって何っすか?」
未だこの世界に詳しくない俺は、パーティリーダーのライガに尋ねる。
「デスマーチは、魔王軍の開発した半人造生物兵器じゃ。モンスターの中でも、ごく稀に強大な魔力をもつ“セカンド”が生まれることは知っておるな?魔王軍は、そのセカンド同士を人為的に配合して“サード”を生み出す研究をしておった。その研究段階のサード1体が逃げ出し、野生化してしまった。それがデスマーチじゃ。」
ライガが自慢の髭をいじくりながら答える。
「サードは魔王軍の研究で生み出された生物兵器だから、敵対勢力を襲うように遺伝子を操作されている。その中でも特に強力なデスマーチ、魔王軍でも手に負い切れていない代物だ。この街の冒険者全員で相手して勝てるか勝てないかの相手。死を覚悟することになんの疑問も浮かばないよ。ぷふっ。」
シュルクも説明を加えてくれる。
俺がこの世界に来てから初めての魔王軍側との戦闘。シュルクによれば、勝てない相手でもないらしい。元の世界に戻るための第一歩だ。俺も気合いを入れて装備を整え、ギルドから出ようとしたところで。
「こっちから行く必要もないみたいだね。」
ドドルクがつぶやくと、ギルドの壁を突き破り、押し入ってきたのは、巨大な人型の影。デスマーチの襲来だ。
奴は街のど真ん中を歩いてギルドまでやってきたようで、崩れたギルドの壁から、崩落したレイペリアの街並みが垣間見える。デスマーチの通って来た道の上には、すでに敗北した冒険者達の姿も見られる。
デスマーチの肌は薄黒く、木に近い質感で、胸部には赤々と光る大きな魔力のコアが埋め込まれている。
「あのコアです!あの赤いコアを壊せばデスマーチは破壊されます!胸部を狙ってください!」
マリータが戦闘中の冒険者に大声で呼びかけ、マリータ自身も倒れた冒険者に片っ端から回復魔法をかけている。
ここは、アーチャーの俺の出番だ。だが、全力を込めた渾身の矢を次々に放つも、コアに擦り傷をつけるだけで、ろくなダメージにもならない。
そうこうしている間にもデスマーチは暴れ続け、怪我人は増える一方で、マリータとドドルクによる必死の回復もキャパシティの限界を迎えている。
俺が次の矢を装填している最中、突如デスマーチの視線が俺を捉えた。デスマーチがゆっくりこちらへ向かってくる。俺は、とりあえずデスマーチの死角へ逃げ込もうと、ギルドの壁の裏側へと回り込むが、早計だった。
デスマーチは壁があるかないかなど関係なく、その拳を俺のところに向けて振り下ろしてくる。間一髪でかわしたところで、再びコアに向けて矢を放つも、結果は先ほどと同様に惨敗。
これで矢は切れてしまった。後は囮になって逃げ回るくらいしかないだろうか。
「うおおおおおおおががあああああ」
デスマーチが咆哮を上げた。奴は、いきなり片膝をついて崩れ落ちる。見れば、シュルク率いる魔導士達が、左脚にダメージを与えることに成功したようだ。シュルクがこちらに手を振っている。
だが、相手はサードの精鋭、デスマーチ。そう簡単に倒れるわけもなく、再び拳を俺の元へ向かわせてくる。膝をついているせいで、先程に比べ距離が近い。これは、避けられない。もう、終わりだと思ったそのとき。
「ふんっ!おい、何ぼさっとしとる!」
ライガが俺を突き飛ばし、デスマーチの重いパンチを受け止める。
そして、ライガに思い切り突き飛ばされて数メートル転がった俺の元に、すぐさま駆けつけてきたのはドドルクだ。
「ヒールかけますね!あと、これ、マリータがギルドの倉庫から見つけてきた魔力弾。これなら、コアを破壊できるはずだよ!」
ドドルクから手渡された魔力弾なる代物の大きさ、重さはちょうど野球ボール程度。これをあのコアに投げ込めばデスマーチを倒すことができる。コアはストライクゾーンに比べればうんと広い。命中させるのは簡単だ。
だが、俺の右腕は、こんなものを投げるために鍛えてきたわけではない。チームのために、仲間のために、ボールを投げるための右腕だ。この魔力弾を投げることは、俺のプライドが許さない。
そのとき、デスマーチの右腕に力がこもったかと思えば、ライガが押しつぶされた。同時に、左腕でシュルク達を薙ぎ払う。
「ライガ…シュルク…」
俺は魔力弾を手に立ち上がった。考えるまでもなかったのだ。
ボールを投げるのも、この魔力弾を投げるのも、仲間を助けるため。その点においては全く同じ行為だ。
今、仲間を見捨てることは、俺のプライドが許さない。
俺は大きく振りかぶり、魔力弾をデスマーチの胸元へと投げ込んだ。
俺の渾身のストレートは、ストライクゾーンのど真ん中へと一直線。
そして、コアを粉砕。
デスマーチ襲撃後、レイペリアの街は、徐々に復興を遂げた。ライガ、シュルクも含め、マリータとドドルクの懸命な手当の結果、犠牲者はゼロに抑えられた。
俺はと言うと、デスマーチ討伐の功労者として少し名が売れた程度で、これまでとはあまり変わらない生活だ。これからも元の世界に戻り、甲子園のマウンドに立つため、俺はこの世界で、魔王討伐を目指して冒険を続けていくのだ。
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