26話
あのあと翔君たちと少し作戦を練りながら安藤さんと桜ちゃんの話が確実に終わりそうな時間を見計らって僕は翔君たちの部屋を後にした。
自分の部屋の前まで戻ってきて、少し部屋の中に様子をうかがう。
声は聞こえない。
もう安藤さんは自分の部屋に戻ったのだろうか。
いや、でも早まるのはよくない。
声が小さくて聞こえないだけかもしれない。
安藤さんは元からあんまり声の大きい人ではないし、桜ちゃんも話の内容的に大きな声を出すような気分ではないはずだ。
こんな感じで部屋の前で入るか入らないか迷っていると、突然扉が少し空いた。
そこから顔を覗かせる桜ちゃん。
「あーっ。やっぱり佐渡さんでしたか。安藤さんならもう自分の部屋に戻りましたよ」
「そうなんだ。じゃあ僕も部屋に入らせてもらうね」
そう言って自分の部屋に入って、くつろごうと二つあるベットの内の一つに腰を下ろす。
自分の部屋でないというのもあるけど、安藤さんと桜ちゃんの会話が気になってどうにも落ち着かない。
そわそわしてるのが桜ちゃんにバレなければいいんだけど―――
「……佐渡さん」
いきなり桜ちゃんに話しかけられてそわそわしてるのがバレたんじゃないかとびくっと背筋を伸ばす。
ロボットのような動作で桜ちゃんの方を向くと、そこには桜ちゃんの真剣な顔があった。
きっと真剣な話をするのだろう。
それならば僕もできる限り紳士的に、真面目に聞くべきだ。
間宮さんや翔君がそうしてくれたように、ちゃんと親身になって聞いてあげるべきだ。
「……なにかな」
余計な言葉は必要ない。不思議とそう思った僕は一言で返した。
「……少し昔話に付き合ってもらえますか……」
僕は静かに首を縦に振った。
それを見た桜ちゃんは少し笑ってから、昔を思い出すように目を閉じた。
きっと彼女の瞼の裏には昔の記憶が映し出されているのだろう。
僕も少しでも同じ光景を見ようと瞼を閉じた。
少しすると昔話を聞かせてくれるお母さんのような安心させる声と話し方で桜ちゃんが話し始めた。
「昔々、あるところにお金持ちのお嬢様とその使用人の女の子がいました―――」
ここだけでもうわかる。
この話は小さいころの奏ちゃんと桜ちゃんの話だ。
「二人の女の子は仲が良く、少し年が離れてはいたものの、毎日仲良く遊んでいました。周りからは姉妹みたいだと言われるほどいつも一緒に遊んでいました。朝起きてから夜寝るまでお嬢様の女の子が空いている時間があれば常に一緒にいました」
僕の瞼にその光景が映し出される。
小さい奏ちゃんと桜ちゃんが手を繋いで笑っている姿がくっきりと映し出される。
なんとも微笑ましい光景だ。
「そんな仲睦まじい女の子二人は身分の違いなど気にせず、友達として毎日を過ごしました。そんなある日―――」
なんとなく僕は察した。
この先に2人の関係を別った真実が出てくるということがわかってしまった。
自然と拳が握られ、その力が強くなる。
「使用人の女の子が誕生日を迎えました。使用人の女の子はその日で12歳となりました。そしてそれは使用人の仕事を本格的に教わるということでした。最初は二人でこっそりと時間を見つけて今まで通り遊んでいましたが、お嬢様はお稽古事、使用人は使用人としての仕事、二人が遊べる時間はどんどんなくなっていき、そして最後には―――なくなりました」
だんだん想像するのが辛くなってきた。
でも、やめるわけにはいかない。
本当に辛いのはこんな目に合ってきて、今それを話している桜ちゃん本人なのだから。
本当に二人の中を戻したいのなら僕は絶対にこの話から目を背けてはならない。
二人の辛さを少しでも味合わなければならない。
「そんな関係に我慢のできなかった使用人の女の子は先輩のメイドさんに相談しに行きました。そして使用人の女の子は先輩のメイドさんにこう言われたのです。「何言ってるの。そんなのダメに決まってるでしょっ。私たちは使用人、お嬢様はお嬢様、絶対に越えられない壁があるの。もう絶対にお嬢様のことを友達と言ってはいけません」と」
……そういうことだったのか。
ここにきてすべての謎が解けた。
なんで桜ちゃんがいきなり奏ちゃんと距離を取ったのか、どうしていきなり二人っきりの時にもお嬢様と呼んだのか。
その理由が―――わかった。
「そう言われた使用人の女の子はすべてを理解しました。私たちは友達であってはいけない。そんな関係だと言えば大好きなお嬢様の女の子に迷惑がかかる。だから使用人の女の子は決意をしたのです。お嬢様の友達ではなく、使用人でいることを……」
これが当時の桜ちゃんの本当の思いなのだろう。
今まで無理やり押し殺していた本当の気持ちなのだろう。
「決意をした使用人の女の子はどうにか見つけ出した二人で遊べる時間で、お嬢様にこう言ったのです。「お嬢様。私たちは友達でいるべきではありません」しかしお優しいお嬢様は「そんなことないわ。確かにこうして二人でいられる時間は少なくなってしまったけど、こうやって時間を見つけてまた遊びましょう」本当に優しいお嬢様です。でも、使用人の女の子の決意は揺るぎませんでした。そして使用人の女の子はこのあと自分でも後悔するような一言を言ってしまいました」
―――私はお嬢様のことが嫌いです。だから友達ではいられません―――
「……使用人の女の子は言ってすぐに後悔をします。とんでもないことをしてしまったと罪悪感に苛まれます。それでも、お嬢様のことを思えば使用人の女の子は心を保てました」
「……」
黙っていることしか出来ない。
何を言っていいのかわからない。
そんな状況の中、桜ちゃんの話はまだ続く―――
「それからしばらくが過ぎました。使用人の女の子は決意を固めたにもかかわらず、お嬢様の近くにいたい。友達としてでなくてもいい、せめて使用人としてでもお嬢様の近くに居させてほしい。そう、旦那様にお願いをしに行ってしまいます。そしてそれは承諾され……もうわかりますよね?」
今まで目を閉じて、絵本を読むお母さんの様に一人で物語を離していた桜ちゃんが急に僕に話を振ってきた。
僕は瞑っていた目を開けて、桜ちゃんの方を見て頷く。
そして今まで何度も開きそうになった口を開いた。
「……その話は何かの本の物語なんかじゃなくて……奏ちゃんと桜ちゃん。二人の小さい時の話だよね……」
「……そうです。元々友達だった使用人にひどいことを言われて友達を失ったお嬢様の悲しい物語です……ひどいですよね私。あんな優しいお嬢様に嫌いなんて言って……ホント、最低だ……」
気づけば桜ちゃんは涙を流していた。
僕にはその涙が、今まで押し殺してきた桜ちゃんの本当の感情の様に見えた。
大粒の涙、小粒の涙、その一つ一つに桜ちゃんの悲しみが、辛さが、罪悪感がすべて詰まっているように見えた。
そんな桜ちゃんを見ていられなくて僕は桜ちゃんに近寄って無言で抱きしめた。
優しく―――抱きしめた。
「……そんなことはない。この話は元々友達だった使用人にひどいことを言われて友達を失ったお嬢様の悲しい話なんかじゃないよ。だって……この物語の中に本当に悪い人は一人も存在していない。誰も……悪くないんだ……」
そう、この物語に本当に悪い人なんていない。
お嬢様の奏ちゃんも、使用人の桜ちゃんも、桜ちゃんに奏ちゃんとのことを言ったメイドさんも、本当に悪い人なんてこの物語には登場していない。
そのメイドさんだって桜ちゃんのためを思って桜ちゃんにそう言ったはずだ。けして嫌がらせではなかったはずなのだ。
だから―――悪い人なんていない。
「……でも、もう取り返しなんてつきません。もう……どうしようもないんです。お嬢様だって私のことが嫌いなはずです。あんなことをした私を許してくれすはずがないんです」
「そんなことないよ。……僕はそう思う」
「なんでですかっ。私はあんなひどいことを言ったんですよっ。そんな私をまだ好きでいてくれるはずがないじゃないですかっ。こんな私をまた友達と呼んでくれるはずないじゃないですかっ」
「そんなことないよっ」
僕は少し声を張り上げて言った。
僕が頑張らなきゃいけない場所があるとしたらここだ。
二人の関係を元に戻すためのチャンスはここしかない。
もしかしたらこれが最後のチャンスかもしれない。
だとしたらここで決めるしかないんだ。
「絶対に奏ちゃんはそんなこと思ってない。絶対にまた桜ちゃんと友達になりたいって思ってるっ。僕が保証する。命を懸けたってかまわないっ」
「……本当にそう思いますか……?」
「思うっ!!」
即答した。
この場面で即答以外の選択肢なんてありえない。
「……佐渡さんが言うのならそうなのかもしれませんね。でも……もう手遅れなんです。もう何年も年が流れました。もうどうしようもないんです……」
桜ちゃんは諦めたように、すべてを諦めたように下を向いた。
涙が床にポツリ、ポツリと流れ落ちる。
「そんなことないと思うよ。だってこの物語は……まだ終わってないもん」
「……え?」
桜ちゃんが顔を真っ赤にしながら、涙と鼻水で顔を濡らしながらそれでも顔をあげた。
「だってこの物語はまだ終わってないでしょ。この物語の終わりは二つしかない。二人がこのままなにも変わりなく死んでしまうか……二人が仲直りして元通りの友達に戻るかの二つしかないんだ」
「っ!!」
「だから遅くなちゃったかもしれないけどもう一度頑張ろ? 僕も手伝うから」
僕はそう言って桜ちゃんの顔を持っていたハンカチで拭く。
すると桜ちゃんは一度下を向き、もう一度顔をあげた。
でも、その顔はもう泣いていない。
何かを決意した顔だ。
「佐渡さんっ。お願いがありますっ」
「なにかな?」
あえてとぼけて返す僕。
この言葉は僕が言ってはならない言葉だ。
桜ちゃんが言って初めて意味を持つ、本当の意味を持つ、大切な言葉だ。
「私とお嬢様……いえ、私と奏ちゃんとの関係を元に戻したんいんです、協力してもらえますか」
答えなんて初めから決まっている。
悩む必要なんてこれぽっちもない。
「もちろんっ」
この一言以外の言葉は必要ない。
そして次の日、みんなは思い思いにお祭りまで過ごした。
海に行ったり、近くを散歩してみたり、本当に思い思いに過ごした。
僕と桜ちゃんはひたすら部屋でどうやって二人の関係を戻すか検討をしていた。
そして待ちに待った夕方。お祭りの時間だ。
「それじゃあ私は着替えますんで佐渡さんは先に下に行っててください」
「うん。わかったよ」
桜ちゃんが着替えるということなので僕な一足先に一階に降りる。
桜ちゃんが何に着替えるのかというと浴衣にだ。
なんと驚くことに安藤さんが男子を含む全員分の浴衣を用意していてくれたのだ。
すでに僕も桜ちゃんの手伝いの元浴衣姿だ。
さすがに僕は桜ちゃんの浴衣を着るのを手伝えないので、たぶん安藤さんか誰かが応援に行ってくれているはずだ。
一階に下りるとそこには桜ちゃんと安藤さん以外のみんなが集まっていた。
もちろんみんな浴衣姿で。
「どう佐渡? 私にメロメロになっちゃうんじゃないの?」
僕が合流するなり一番に話しかけてきたのは奏ちゃん。黄色の短い浴衣を着ている。奏ちゃんらしくてとてもかわいらしい。
「うんっ。とってもかわいいよ」
「あらそう。わかってるじゃない。もっと褒めてもいいのよ」
僕が他に褒めるところを探していると、奏ちゃんの後ろから恐る恐る女の子が出てきた。彼方ちゃんだ。
「わっ、私はどうですかっ」
感想を求められたので彼方ちゃんの浴衣姿を見てみる。
ピンク色の可愛らしい浴衣で、奏ちゃんのと違って長い一般的な浴衣だ。
「うん、彼方ちゃんに合った色だし、とっても似合ってるよ」
「ほ、ほんとうですかっ。う、うれしいです」
顔を真っ赤に染めて照れる彼方ちゃん。
「あら佐渡~。私にはなんか言うことないのかしら」
「なんだよ間宮ー。俺らには聞かなかったくせにー」
「うっさいわね。私は佐渡の意見が聞きたいのよっ。それでどう佐渡? 似合ってるかしら?」
間宮さんは黒の浴衣のようだ彼方ちゃんや奏ちゃんとは違って大人っぽい感じの浴衣で、なんというか色っぽい。
見ているこっちが照れくさいぐらいだ。
「えっと~。大人っぽくてすごく間宮さんらしいよ。すごく似合ってる」
少し照れくさくて目を若干背けてしまったが、どうにか感想を言うことができた。
「そう。ありがとっ」
間宮さんも嬉しそうに笑ってくれたので、口下手な僕にしては及第点だったのだろう。
こうして僕が女性人みんなを褒め終わった頃、桜ちゃんたちもやってきた。
「おまたせしましたー」
「すいません。遅くなりました」
浴衣姿の桜ちゃんと……なぜか一人メイド服の安藤さん。
桜ちゃんはオレンジ色のひらひらとした感じの浴衣を着ている。
とても似合っているし、可愛らしい。
「安藤さんは浴衣着なくてもいいんですか?」
一応念のために僕が安藤さんに尋ねる。
「いいんです。それにこんなおばさんの浴衣姿を見てもだれもよろこばないでしょう」
安藤さんが無表情のまま言った。
冗談なのか本気なのかわかりづらい。
「でも……」
「いいんです。それよりもう出ましょう。せっかくのお祭りの時間がなくなってしまいますよ」
そう言って安藤さんが先頭を切ってプライベートハウスを出る。
「仕方ないでありますよ隊長。今回は諦めましょう」
「そうだぜ誠也。お前が安藤さんの浴衣姿を見たかったのはわかるが、今回は諦めるんだな」
「ち、違うよっ。僕はただ、安藤さんだけ仲間はずれみたいなのが嫌なだけで……」
「あはは。わかってるって誠也。みんなの前で本当のことを言って悪かった」
「すまなかった隊長。場所を選ぶべきであったな」
「だから違うって」
「「「あははは」」」
「なにバカやってるのよ佐渡、九重、山中。さっさと行くわよ」
「おっと置いてかれるのは勘弁だぜ」
「退散っ」
「ちょ、待ってよー」
こうして僕らはお祭りに向かった。




