22話
「ヒャッホーッ!!」
翔くんが、いの一番に海に飛び込んだ。
その際に出来た水しぶきが眩しい。
「こらーっ! 九重っ。あんた準備体操してからにしなさいって言ったでしょ。日本語わかんないなら教えるわよー」
「こんな海を目の前にしたら準備体操なんかやってらねれぇよ。見ろよこの青い空、青い海、大きな砂浜。これで心が躍らないやつはいないねっ」
そう言って翔君は間宮さんから逃げるように少し沖の方まで泳いでいってしまった。
「まったく九重の奴。他のみんなは準備体操しましょ。もし途中で足をつったりしたら大変だから各自念入りにやるように」
「間宮さん先生みたいだね。なんかすごいよく似合ってるよ」
「あらそう? 褒め言葉として受け取っておくわ」
「元から褒め言葉だよ」
それから僕たちは各自簡単な準備体操を行った。
基本的な手と足の筋を伸ばすものを行い、これで体も解れたはずである。
「はーいっ。みんなオッケーよ。海でも砂浜でも好きな所であそびなさーい」
「「「はーいっ!!!」」」
間宮さんのお墨付きをもらった瞬間、みんながみんな思い思いのところに走っていく。
桜ちゃんと彼方ちゃんは海の方へ、間宮さんは砂浜のビーチパラソルの方へ、奏ちゃんと安藤さんは少し離れた砂浜へと向かったようだ。
山中君は……あれ? どこ行ったのかな?
さっきまでここに居たはずなのに。
まあ広志くんだって危ないところに一人で行ったりはしないだろう。すぐにどこかで見つかるはずだ。
さて、どこに行こうかな。
海に来たわけだし、海には入りたい。
水が太陽の光を反射してキラキラと光っていて、水も透き通るような水色で、とてもきれいだ。
砂浜はビーチサンダルがないと足が焼けてしまうようなくらい太陽の熱で熱せられた砂がたくさんあり、これならマンガなんかでよく見る、人の頭以外を砂で埋めることもできそうだ。
少し離れたところには岩場もあって、小さな生き物たちがいるかもしれない。
どうしよう。選択肢が多すぎる。
これじゃあ選べない。
「ねえ佐渡、暇ならちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど。今いいかしら?」
どこに行こうか悩んでいると、ビーチパラソルの方へ行ったはずの間宮さんがこちらまで来ていた。
気づかなかったということは、そうとう深く考え込んでいたらしい。僕の悪い癖は未だに建材のようだ。
「いいよ。どこに行こうか悩んでたくらいだしね」
「そう。それならよかったわ」
「それで僕はなにを手伝えばいいの? パラソルは……もう立ってるよね? リクライニングチェア(海で使われる椅子)もあるみたいだし、クーラーバックもちゃんと持ってきたよね?」
「そうね。でも、私が頼みたいのは私個人的なものなの。夏の外には危険がいっぱいなのよ佐渡。特に海とかプールとかにわね。女の子は大変なのよ」
海やプールに危険がいっぱい? それは確かにハメを外し過ぎれば事故は起こってしまうけど、言うほど危険なことはないように思う。
それに女の子は大変というワードも気になる。
男の子には関係のないことなのだろうか。
「まあいいからついてきて」
そう言われてしまうと付いていくしかない僕。
笑顔の間宮さんに付いて行って、ビーチパラソルの下までやってきた。
すると間宮さんは小さなポーチから何かを取り出し、僕に手渡した。
「はい。日焼け止めオイル」
嫌な予感を感じて全力で回れ右をして逃げ出……そうとして捕まった。
「ごめん間宮さんっ。僕急に大切なことを思い出したよ。だからその手を離してっ。お願いしますっ」
「なにー? 佐渡は一度自分で言ったことを守れない人なの? それとも私の頼み事は聞けないのかしら」
「ち、違うんだよ。そういうことじゃなくって。急に忘れていた用事を思い出したんだよ」
「ふーん。じゃあその私の頼みごとより大切な用事ってなんなのよ。言ってみなさい佐渡」
もちろん忘れていた用事なんてものはない。
これはどうしたものか。
「……えーっとトイレに行き忘れちゃって……」
「そう。なら私も付き合うわ。その後でいいからお願い」
「い、いや。そうじゃなかったよっ。えっと……忘れ物しちゃって」
「ならすぐに戻ってくるわよね? その後お願い」
冷や汗が頬を伝う。
―――万事休すのようだ。
「……ごめん間宮さん。全部嘘なんだ……」
「そうだったの。なら今からお願いね」
すごい嬉しそうに笑っている間宮さん。
どうやら間宮さんも桜ちゃんと同じく僕をからかうのが好きらしい。
嘘を吐いたことを問い詰めてこないだけ、ありがたいけど、どうせならその優しさを他の方に、具体的にはそのオイルを塗る役を他の女性の方に頼む方に使ってほしい。
「それじゃあ日焼け止め塗ってね。腕とかは自分で濡れるけど背中はどうしてもムラが出ちゃうから誰かに塗ってもらった方が確実なのよ」
そう言ってシートの上に横たわる間宮さん。
「……ねえ間宮さん。こういうのって男の僕に頼むよりほかの女の子に頼んだ方がいいんじゃないかな?」
男らしくないけど最後の抵抗に試みる。
「まあ、それでもいいんだけど、みんな遊びに行っちゃったし、楽しそうに遊んでるところを水差すのは悪いもの。それに佐渡なら他の男共二人より安心して頼めるしね」
「……そっか。それならしょうがないね……」
試みは失敗に終わった。
でも、間宮さんから信頼されていることは素直にうれしかった。
これで、オイルを塗るのとプラスマイナスゼロに……
なるわけないよ!!
僕にはハードルが高すぎるよ!
ハードル走のハードルが棒高跳びのハードルみたいなものだよこれっ!
「あっ。水着の紐はずすの忘れたわ。それもお願いね佐渡」
なんでここまで来てさらにハードルがあがるのーっ!
しかし、ここで固まっていてもしょうがない。
それに間宮さんはきっと僕が日焼け止めを塗り終わるまで海で遊んだりはしないだろう。
それじゃあせっかくの海が楽しめない。それだけはいけない。
僕が一時の恥ずかしさを我慢すればすべてが丸く収まるのだ。
頑張ろう!
……頑張ろう。
「……それじゃあ塗るね……」
「うん。おねがいねー」
どうにか間宮さんの水着の紐を無事に外し終えた僕は、渡された日焼け止めオイルを適量手に垂らす。
ひんやりしていて少し気持ちいい。
そして僕はそのオイルを垂らした手を、間宮さんの背中へとゆっくりと下した。
「ひゃんっ!!」
「ん3えおdrgくえbcjdk!?」
間宮さんの突然の声に僕は声にならない声を上げながら手を一瞬で引っ込めた。
「ご、ごめん間宮さん。僕何かしたのかなっ。僕、日焼け止めなんて今まで塗ったことなくて……本当にごめん」
「……いいわよ。やり方知らなかったんなら仕方がないわ。私こそ変な声出してごめんなさいね」
「そ、そんな僕が悪かったのに……」
「佐渡、謙虚なのは佐渡のいいところだけど、過ぎるのはよくないわよ。こういう時はお互い悪かったで終わらすの。それがお互いのためなのよ」
「……うん。わかったよ」
本当に同い年なのかと疑いたくなるくらい大人な間宮さん。
間宮さんと比べたら僕なんて小学生みたいなものだ。
「それより佐渡やり方を教えるわよ。まずは……」
そう言って間宮さんは一から丁寧に手順を教えてくれた。
「……なるほど。僕は手に馴染ませてからオイルを塗らなかったから間宮さんはオイルが冷たくてびっくりしたんだね」
「そういうこと。またお願いすることあるかもしれないから憶えておきなさい。覚えておいて損はないわよ」
「うん。覚えておくよ」
「それじゃあ改めてお願いね」
そう言って間宮さんは再びシートの上に横たわり、今度は自分で水着の紐をはずず。
僕はそれを確認してから日焼け止めオイルを再び手に垂らす。
そして少し手の中で馴染ませてから、間宮さんに声を掛け、返事を待ってから、間宮さんの白い背中に手を下ろす。
そしてそのまま背中の全体を塗れるように手を滑らせていく。
僕は間宮さんの肌が柔らかいとか変なことを考えない様にオイルを塗ることだけに意識を集中する。
「……そうそういい感じよ」
どうやら今回は成功のようだ。
あとはこのまま間宮さんの教え通りにやっていくだけ。
間宮さんの背中にまんべんなくオイルを塗っていくこと数分。
やっと間宮さんからの終了の合図をもらえた。
「……ふうー」
「お疲れ様ー。ありがとうね佐渡」
すごい緊張感のある作業だった。
やらなくていいなら二度とやりたくないといってもいいほどの作業だった。
しかし、間宮さんは満足なようで笑顔で「ありがとう」と言ってくれた。
この笑顔のためならもう一度やってもいいと思えるから不思議なことである。
「それじゃあ間宮さんも遊ぼうよ。せっかくの海なんだし、泳いだりしないと損だよ」
「そうね。オイルが馴染み終わったら私も入らせてもらうわ。今は言ったらなんだかオイルの意味がなくなっちゃう気がするもの」
「それもそうだね。じゃあもう少ししたら一緒に遊ぼうよ」
「そうね。あとで一緒になにかしましょうか」
「うん。それじゃあ僕は先に行ってるね」
「ええ。私も後で合流するわ」
そう言って僕は小さく手を振ってくれている間宮さんを背に海の方へと向かった。




