20話
「それじゃあ今から各自部屋で海に行く準備、三十分後にこの玄関で待ち合わせましょう。わからないことは安藤さんに聞くように。お願いしますね安藤さん」
「はい。了解しました間宮様」
「それじゃあ解散」
間宮さんの号令で各自自分の部屋まで向かって行くみんな。
「じゃあ僕達も行こうか桜ちゃん」
「はーい。佐渡さーん」
寝室は一階に二部屋、二階に二部屋という構成だったので、話しあいの元、僕たちは二階ということになった。
玄関前にある階段を上り、安藤さんに教えてもらった部屋に向かう。
「ここだね」
「そうですね。ここが私と佐渡さんの愛の巣ですね。私……緊張してきちゃいました」
頬を赤く染めながら照れた顔で言う桜ちゃん。
「いやいや、違うからね!? 確かに僕たちはここで一緒に寝るわけだけど、愛の巣とか出ないよっ!?」
「そ……そんなっ!? 私とじゃ愛をはぶくめませんか」
「ち……違うんだよ! そうじゃなくって。桜ちゃんが魅力的じゃないなんてことはなくて、むしろ魅力的な女の子で、だけどその……えっと……」
「……あはは。やっぱり佐渡さんをからかうのは面白いですねっ。冗談ですよ冗談」
「もー。からかわないでよ。桜ちゃん」
遊ぶ前から疲労困憊の僕。
「はーいっ。すいません佐渡さーん」
でも、この笑顔を前にすると、疲れなんてどこかに行ってしまうのが不思議だ。
なんでも許せてしまうような素敵な笑顔だった。
でも、僕はこの笑顔じゃなくて、本当の笑顔が見たいんだ。
だから頑張らなくちゃ、この三日間。
「部屋の中も結構広いんだね。……正直僕の部屋より大きい」
「それは天王寺家所有のプライベートハウスですもん。佐渡さん気にしたら負けですよ。むしろ天王寺家に張り合おうなんて考えが間違いです」
「確かに言われるまでもなくそうだね。僕みたいな一般人が奏ちゃんと関係を持っているだけでもすごいんだし、それだけでも普通の人からしたら考えられないだろうしね」
「そうです。まさにその通りですよ。それに……私あの家が好きですよ。確かに狭いし小さいかもしれませんけど、その分いろいろなものがたくさん詰まってます」
それは桜ちゃんの言う通りかもしれない。
確かに小さいし、狭いし、正直一人暮らしだから持っているような家だけど、その分みんなとの思い出がたくさん詰まっている。
特にここ最近はその度合いが激しい気がする。
彼方ちゃん、奏ちゃん、桜ちゃんと同じ部屋で生活して、辛いこともあったけど、最終的には笑顔で包まれていたあの部屋。
なんだかんだ言いながら僕のあの部屋が好きなもかもしれない。
「そうだね。それにこんな大きな家に住んじゃったら掃除が大変だから嫌かな。なーんて」
「それなら私が佐渡さん専属のメイドとして真位置に掃除して差し上げますよ」
「……あはは。今でも結構堪えてるのにこれ以上されたら僕死んじゃうよ」
「それじゃあ仕方ありませんねー。諦めます」
「そうしてください」
おふざけを交えた会話をしながら僕たちは今日持ってきたものの中からすぐに必要なものを取り出し、ざっと部屋の中を見回した。
お風呂やトイレは共同になっているようでトイレは一階と二階の両方に、お風呂は一階にあるようだ。
なのでこの部屋には最低限の家具が置かれているだけである。
といっても、天王寺家所有のものだ、僕からしたら高そうにはみえないものばかりだが、きっとどれも数万円程度はするものなのだろう。
あとこの部屋にあるものと言えば海の見えるベランダがあるくらいだ。夜に外を覗いてみたらいい景色が見えるかもしれない。
「それじゃあ着替えようか。僕がベランダに出るから桜ちゃんは部屋の中で着替えてよ。カギを掛けてカーテンも閉めてもらっていいから」
十分ほどで簡単な支度は整い、後は着替えるだけということになった僕たちは早速着替えることにした。
もちろんパジャマなどではなく、水着にだ。
流石に桜ちゃんと一緒の空間で着替えるわけにはいかないし、桜ちゃんを外へ追いやるなんていう考えもない。
なら、自然と僕が出ていく流れになる。僕なら少しぐらい裸を見られても大きな問題はないが、桜ちゃんは女の子だ。
問題があり過ぎる。
「えーっ。一緒に着替えましょうよー」
桜ちゃんが拗ねたような顔で言った。
普段ならどうにかしてあげたいと思うところだが、今回は内容がないようなので、諦めてもらおう。
流石にこの年の男女が一緒に水着に着替えるのはおかしすぎる。
冗談だと信じたい。冗談だよね? 桜ちゃん?
「いやいや、さすがにまずいからね。いくら冗談とはいえ、桜ちゃんもあんまりそういうこと言ったらダメだよ。世の中には危険がいっぱいなんだから」
「はーい。冗談ですよ冗談。さすがに私だって一緒に着替えるのは恥ずかしいですし。でも、私がこんなこと言うの佐渡さんぐらいですから安心してください」
問題なのは恥ずかしい恥ずかしくないではないような気がするとか、こんなこと言うのは佐渡さんだけとかいろいろ言いたいことはたくさんあったけど、無理やりすべてを呑みこんだ。
「……あのね……僕も男の子だからね」
つもりだったけど、無理でした。
「あれっ? そうでしたっけ?」
「そうだよっ!?」
この後はさっきの僕の案で着替えが進んだ。
僕がベランダに出て、その後中から桜ちゃんがカギを掛け、カーテンを閉める。これで僕の方から窓を開けることはできないし、桜ちゃんの方から開けてくれない限り、事故でこの窓が開くということもないので安心だ。
唯一の心配は何かの間違いで彼方ちゃんや間宮さんがベランダに出たり、外に出ないかというぐらいだ。
それも僕がささっと着替えを済ませればいい話だし、特に大きな問題ではない。
ベランダに出るなり、早速上半身裸になり、とりあえずベランダの手すりに服を掛けておく。
ズボンを脱ぎ、パンツも脱いで一瞬の全裸状態。
そして中から持ってきた海パンを履いて準備オッケーだ。
なんとか事なきことを得たようである。
……よかったー。
結構心配だった僕である。
あとは桜ちゃんが着替え終わるのを待つだけである。
数分後、不意にカーテンが開けられた。
そこにはピンクの可愛らしいビキニの水着を着た桜ちゃん。
可愛いし、似合っているけれど目を合わせずらい。
「おまたせしました佐渡さん」
そう言って桜ちゃんは窓のカギを開けてくれた。
手すりに掛けてあった、服一式を手に持って部屋の中に戻る。
「さあ早速下に行こうか」
海に持っていくもの一式を持って部屋を出ようとする僕。
それを止める桜ちゃん。
止めたいのはわかるけど、海パンを掴むのはやめてほしいです。
「佐渡さーん? なにか言うことがあるんじゃないですかー?」
悪戯な笑みを浮かべる桜ちゃん。
本当に色んな笑顔の持ち主だ。
「えーっと……似合ってるよ」
恥ずかしくて小声になってしまった。
目すらあわせられていない。
ただ下を向くとそれはそれで桜ちゃんの年不相応の二つの双丘があったり、普段は見えないところまで見えてしまっているスラっと伸びた白い足が見えてしまうので僕はしたというより真下を向いている。
ユカガキレイダナー。
「えー? なんて言いましたか? 聞こえなかったのでもう一回お願いします」
絶対ワザとであろう桜ちゃんの一言。
もう勘弁してください!
「……すごく似合ってます」
「それはありがとうございますっ。佐渡さん」
どうやら二回ほどでお許しをもらえたようだ。
安心して息を吐こうと空気を吸い込む。
「それでどこがどう似合ってますか?」
「ぶふーっ」
吸い込んだ空気が一斉に逃げ出した。
「佐渡さーん。そこまで言ってくれないと女の子は満足しませんよ。さあ、頑張って私を褒めてくださいっ」
「……えーっと」
「はい。ちゃんと見てから言ってくださーい」
さっき一瞬見たときの感想を言おうとした僕の顔を無理やり桜ちゃんが両の手で僕の頬を掴み、前に向ける。
前を向く、それはいやがおうに桜ちゃんの水着姿が目に映るというわけだ。
僕は最後の抵抗で目を思いっきり瞑った。
一生開かないんじゃないかというくらい強く瞑った。
「はい。目も開ける」
桜ちゃんが僕の目を開けようとさらに接近してきたようで、体が僕に触れている。
これ以上密着しているとおかしくなりそうだったので、僕は覚悟を決めて目を開く。
「はい。よくできましたっ。それじゃあ感想をどうぞっ」
テレビの司会者のような振り方で僕に話を振った桜ちゃん。
僕は桜ちゃんの水着姿を頭からつま先までざっと見る。
「……えーっと、水着の色が桜ちゃんに合ったピンク色でいいと思う」
「それから?」
「……」
まずい。もう思いつかない。
別にいいところがないというわけではない。
むしろいっぱいあるはずなのに、なぜか出てこない。
「はーい、時間切れでーす。まあ、頑張りましょうってところですね」
謎の判定を貰った僕。
「ごめんね。なんか上手く言葉に出来なくって。ホントに桜ちゃんにその水着は似合ってるんだけど、どう表現したらいいのかわかんないや」
これは本心だ。
桜ちゃんの名前と合っているピンク色の水着は彼女によく似合っている。
ただ、僕の語彙力が貧困なため、どの言葉が適切なのかわからない。
「もういいですよ佐渡さん。お気持ちは十分伝わりました。それに無理やり褒めさせちゃってごめんなさい。私の水着姿なんか見てもつまらなかったですよね」
「そ、そんなことないよっ。本当に似合ってる!」
「ありがとうございます佐渡さんっ。本当にうれしいですっ! ですから他の皆さんのこともちゃんと褒めてあげてくださいね。せっかくの海なのに、それじゃあ楽しめませんよ。それじゃあみなさんも待ってるでしょうし行きましょうか」
「うんっ」
もしかしたら桜ちゃんは僕が女の子の水着を見て緊張して楽しく遊べないかもしれないと思って、こういうことをしてくれたのかもしれない。
桜ちゃんはこういうことに鋭く、気の利く女の子だ。
充分にあり得る。
本当によくできるメイドさんだ。




