3話
桜ちゃんに案内されてキッチンに入る。中には誰もいない。
「桜ちゃん。他のコックさんは?」
気になったので聞いてみた。
「居ませんよ。お嬢様が「今日は佐渡に作らせるからコックは休みでいいわ」って全員帰しましたから」
「えっ? それってホント?」
「はい。ああー。もしかして佐渡さんこの密室に私と佐渡さんしかいないからって変なこと考えてますー? いいですよ佐渡さん。私ならいつでも受け入れる準備は……」
「さあー早く作ろうかっ!!」
このままではまた桜ちゃんのペースの持っていかれそうだったので話を強引にへし折った。
ちなみにここは密室でもないし、僕は変なことなんて考えていません。
「もうー。佐渡さんのいけずー」
桜ちゃんが可愛らしいポーズで唇を尖らせたあと、僕にこのキッチンの説明をしてくれた。
調理器具の場所、調味料の場所、食材の場所、正直キッチンだけで僕の部屋一つ分くらいの広さだったので、説明がなかったら料理するどころか、料理の準備で苦戦していただろう。
「こんなところです。なにか質問あります?佐渡さん」
「いや、大丈夫。えーと桜ちゃんはお手伝いしてくれるのかな?」
「はい。もちろんですよー。一応それなりのことはできるので、言ってくれればだいたいのことはできますよ」
「そうなんだ。じゃあ―――」
それから桜ちゃんと二人で料理を始めた。
桜ちゃんは思っていた以上にすごくて、自分では「それなりのことはできる」なんて言っていたが、そんな言葉はいらないくらいに何でもできた。僕の頼んだことを手早く済ませてくれたり、言わなくてもやってほしいことをやってくれたりと、僕からしたら大助かりである。
「これでいいですか佐渡さん」
「うん。すごいね。料理よく作るの?」
「そうですね。私たちは旦那様やお嬢様の料理が済んだ後に自分たちの料理を作ることがあるので、その時たまにって感じですね。いつもはお嬢様たちの食べたものの余り物をチンして食べる感じですから」
桜ちゃんは作業の手を止めることなく口を開く。
「そうなの? 一緒に食べればいいのに」
「そういうわけにもいかないんですよ佐渡さん。あくまで私たちは使用人。使用人は決してお嬢様たちと食事の時を同じにしないんです。この世界では常識ですよ」
当たり前のように言われてしまった。
確かに僕は奏ちゃんたちのような上流階級と呼ばれる人たちのことをよく知らないし、ルールなんて言うのも知らない。
その人や家でルールが違うのはわかる。それはどこの家庭でもあることだ。でも、やっぱり
「一緒に食べたほうがおいしいのに……」
と、思わずにはいられない。
奏ちゃんも源蔵さんも前までなら拒否をしたかもしれないが、今なら二人とも喜んで一緒に食べてくれそうなのに、いくらそれがルールと言われても、僕にはこのルールの意味が、このルールの必要性がわからない。
「まあ。優しい佐渡さんからしたらそうでしょうけど、仕方がないんですよ。この世界では」
「んー。やっぱり納得いかないよ」
「にゃはは。佐渡さんらしいですね。その気持ちだけで十分嬉しいです」
桜ちゃんはいつもの元気な笑顔ではなく、少し違う笑い方をした。
それで僕は確信した。桜ちゃんだってみんなで一緒にご飯を食べたいのだ。でも、上流階級のルールという壁が邪魔をしてそれができない。なら、僕が……上流階級とかルールとかが関係ない第三者である僕がその壁を壊してしまえばいいのだ。
「よしっ」
桜ちゃんに聞こえない様に小さい声で気合を入れる。
しばらくして料理のあらかたが完成した。
後は少し煮込むだけだったり、少し冷めてしまったものを温め直すぐらいだ。
「桜ちゃん。もうそろそろ完成だから僕、奏ちゃん達を呼んでくるよ」
「大丈夫ですか? この家無駄に広いですし、道わかります?」
桜ちゃんの気遣いはとてもうれしかったが、この屋敷の使用人が、この家無駄に広いとか言ってもいいのだろうか。
「うん。大丈夫。何回か来たことあるしね。もし迷ったら連絡するよ」
「わかりました。お任せしますね。あと、この家の住み込みは私と安藤さんだけなので、他の人のことは気にしないでいいですよ」
「うん。わかったー」
料理を桜ちゃんに任せ、僕一人でキッチンを出る。
行きに来た道を何となく思い出しながら戻り、なんとか奏ちゃんの部屋まで迷うことなく到着することに成功した。
そのままドアを開けようとノブに手を伸ばし、一旦停止。
「一応、ノックした方がいいのかな?」
僕からしたらノックなんて風習はない。
まず僕は今、一人暮らしだしノックをする必要がない。大学でもノックをするようなことはないし、ノックなんて基本しない。
しかし、この家ではたぶん当たり前のように行われている。なら郷に入れば郷に従え、だ。
それに女の子の部屋に入るんだからノックぐらいは必要だろう。
部屋の入る前にノックを三回する。
「んっ? 入りなさい」
奏ちゃんの返事があったので、ドアを開ける。
「なーんだ。佐渡じゃない。なにノックなんかして」
「いや、この家ではしないといけないのかと思って……」
「あー。いいのいいの。気にしないで、私だって佐渡の家でやってなかったしょ」
やらなくていいならやらなくていい方が楽なのだが、女の子なのに男がノックもなしに入るのに抵抗はないのだろうか。それとも僕がただ単に男と認識されていないのだろうか。
どうか、その二つではなく、信頼の表れだと思いたい。
「それでなに? 料理できたの?」
「うん。もうすぐ完成だよ。あと温めたり、最後の調整だけだから」
といっても、もうそろそろそれも桜ちゃんの手で終わっているだろう。
「よくやったわ佐渡。安藤、早く行きましょっ!! 早く佐渡の料理が食べたいっ」
よだれを口から垂らしながら奏ちゃんが安藤さんをせかした。
そこまで喜ばれるとこっちまで嬉しくなってくる。
「その前に奏ちゃん」
「なによ。まさか私に食べさせないつもり? 佐渡、いつからそんな奴になったの?」
「違うよ。あのさ、今日の夕食はみんなで食べない?」
「どういうこと?」
僕はさっき桜ちゃんとした話をそのまま奏ちゃんに話した。
安藤さんは真面目だから途中で僕の考えについて何かしらの意見があるかも、と思っていたが、特に何か言ってくることはなかった。
話終わると、奏ちゃんの口から予想外の言葉が出てきた。
「佐渡、私だってみんなで桜や安藤とも一緒に食べたいわよ。お父様もきっと……いや、絶対に否定しないわ」
「えっ? でも……」
さっきの桜ちゃんの話だと、それはできないという話だったはずだ。
ルールだから奏ちゃんや源蔵さんも仕方なく、という感じだったはずだ。なのに奏ちゃんの話はその話とは全く違う。まるで正反対の話だった。
どういうことかわからず安藤さんの方を見る。
すると安藤さんも
「お嬢様の言うとおり家ではそのような決まりはございません。一般的な上流階級の家ではやっているそうですが、少なくとも家ではそのようなことはルールはありません」
と、答えた。
「ただ、佐渡様の言うとおり、今現状ではお嬢様と旦那様、私と桜で別れて食事を取っているのは確かです。ですが、それは旦那様やお嬢様の意向ではありません」
安藤さんは淡々と言葉を述べる。
だけど僕の頭はその話に追いつけていない。わかってはいるし、話を理解はできるけど、何かが上手く嵌らない。
「そうね。丁度いいから佐渡。今回あんたを呼んだのはあんたの料理が食べたかった。ってのが一番だけど、もう一つあるのよ」
「なにかな?」
なんとなく予想はできている。
でも、奏ちゃんの口からちゃんと聞きたかった。
「桜を桜ちゃんの戻してちょうだい」




