11話
奏ちゃんに催促されながらもどうにか会計を済ませ、僕らは再び春の温かい陽気に温められる。
「それでどこに連れてってくれるのっ?」
小走りで僕から離れたと思ったら、すぐにくるりと回ってそう僕に尋ねてきた。いつもの僕なら困ってどこに行こうか考えていただろうけど、今回は考える時間があったのでしっかりと考えておいた。
「それはついてからのお楽しみってことにしよう。それよりも先に奏ちゃんの服を買いに行こうか」
「は?」
奏ちゃんは僕に言われて自分の服を見直す。今の奏ちゃんの服は少し高そうな普通の服なのだが、何故か服が汚れている。多少汚れている程度なら気にしないが、せっかく楽しい気分になろうというのに服が汚れているのでは少し気分が沈んでしまう。
「へえ。あんた以外にちゃんとそういうところ見てるのね。少し見直したわ」
「ありがと」
「じゃあまずは服屋に案内してよ」
「うん。任せて」
ということで僕らは結局、例のデパートへとやってきた。なんで服を買うのにわざわざデパートに来たのかというと、理由は簡単、僕がそれ以外の女性服のお店を知らないから。
この辺りに住んでもう結構な年月が経っているけど、僕はこの辺りのお店をよく知らない。それは大抵の買い物はこのデパートで済んでしまうからだ。
それにこのデパートの女性服の豊富さは前に彼方ちゃんと来ているので少しは知っている。案内するまでには至らないものの、奏ちゃんの気に入る服を一着ぐらいなら見つけることができるだろう。
早速二人で中に入り、僕は慣れた足取りでエスカレーターへと向かう。
「女性服は一二階だから……って、あれ?」
後ろを振り返ると、そこに奏ちゃんの姿はなかった。
慌てて辺りを見回すと奏ちゃんはあろうことか、このデパートで最も危険な所へ足を踏み入れようとしていた。
「一二階まで行くのにエスカレーターなんて面倒よ。普通エレベーターでしょ」
そう、このデパートで最も危険な場所、それはエレベーター。入ったら最低でも三〇分は出ることのできない地獄。いや、牢獄と言った方が正しいかもしれない。
その地獄の列に奏ちゃんは既に並んでしまっている。あれではもう助からないだろう。入る前にちゃんと説明しておくべきだった。
まだ間に合うかもしれないという淡い期待を抱きながら僕は懸命に走ったが、現実は非情なようで、僕が奏ちゃんの元にたどり着く前にエレベーターは降りてきてしまった。
「あっ。来たわね。なによやっぱりあんたもエレベーターが使いたいんじゃ……」
奏ちゃんが言葉を発せたのはそこまでだった。
「次は食品売り場よー」
「ちょっとどきなさいよっ」
「なにすんのよっ。はやく行きなさいよっ」
エレベーターから雪崩の様に押し寄せる戦士(安物狙いのおばちゃん)にもみくちゃにされている。ああなってしまってはもう僕に助けることはできない。
いや、きっと常人では助けることができないだろう。
今の僕にできることは奏ちゃんがあの地獄から早く解放されることを祈ることだけだ。
「……頑張って」
この僕の一言は奏ちゃんに届くことはなかった。
その後、僕らが合流できたのは一時間後だった。
「ハァ……ハァ。……あれはなによ……庶民はいつもあんな戦いをしているの……」
ようやく地獄から解放された奏ちゃんの最初の一言はこうだった。
一時間で出られたのは幸運なのか不運なのか僕にはわからないが、まあ撒き込まれた時点で不運なのだろう。
「だ……大丈夫?」
大丈夫でないのは見ていてもうわかりきっているのだが、僕はこれ以外の奏ちゃんにかける言葉が見つからなかった。
地獄から解放された奏ちゃんの姿は綺麗に整っていた金髪のツインテールは乱れ、服も所々よれてしまっている。
奏ちゃんは身長がまだ低いので地獄の中で全身もみくちゃにされてしまったのだろう。本当にかわいそうだ。
せめてもの罪滅ぼしにと用意しておいたジュースを奏ちゃんに手渡す。
「……大丈夫なはずがないでしょ」
怒っているはずなのに全くと言っていいほどに覇気がない。それほどあの地獄で体力と精神力を持っていかれたのだろう。それでもどうにかジュースを受け取る体力は残っているらしく、奏ちゃんは僕の手からジュースを強引に奪い取り、すぐに口を付けた。
「なんであんな危険な場所のことを教えなかったのよっ」
「ご、ごめん。これは本当に僕の不注意だったよ」
「ごめんじゃないわよ。全くもうっ。この後楽しい所に連れってってくれなかったらあんたの人生ぶち壊してやるから」
「が、頑張るよ」
どうやら、今日が僕の人生を左右する日の一つらしい。元から奏ちゃんを楽しませなければいけなかったけど、ますます奏ちゃんを満足させなければいけなくなった。
少し休憩を取ってから、今度はちゃんとエスカレーターで一二階までやってきた。
さっきの一件で少し不機嫌になっていた奏ちゃんも少しは気を落ち着けてくれたのか、今はもう元気だ。
奏ちゃんは一二階に来るなり、早速辺りの店を物色し始め、五分もしないうちに服を持ってきた。
「これにするわっ」
「か、奏ちゃん。そういうのはもっと大人になってからの方がいいと思うんだけど……」
「なによっ。あんたは私にこの服が似合わないって言うのっ!」
「そうじゃなくてね、その、もっと大人になってからって言うか……」
なぜ、僕がこんなに困っているのかというと、奏ちゃんが持ってきた来た服が、なんというか、その……少し大胆な服だったからである。
サイズも大人用のもので、とても今の奏ちゃんが着こなせるとは思えない。
「なによなによっ。見てなさいっ! ちょっとそこの店員っ。手伝ってっ!」
「えっ!? 本当に試着するの!?」
「当たり前でしょっ。見てなさい。私の私がこの服を着たらあんたなんて一瞬で悩殺よっ。私の悩殺ボディーでメロメロよっ!」
そして本当に奏ちゃんは女性店員と試着室に入ってしまった。
女性店員も最初は困ったような顔をしていたのに、奏ちゃんに強引に押し切られ、お客様商売上断れなかったのだろう、少し困った笑みを浮かべながら試着室へと入った。
そして数分後、奏ちゃんは試着室から出てきた。
「ど、どう? 似合うかしら……?」
一生懸命ポーズをとる奏ちゃん。
「その、なんというか……うん……」
ごめん。奏ちゃん。言葉が見つからないよ。
「なによっ! 笑いたいなら笑えばいいじゃないっ」
半泣きになりながら僕にそう言った奏ちゃん。
最初こそ元気よく啖呵を切っていたものの、実際に着てみてまだ自分には早いと気づいたのだろう。
ちなみに奏ちゃんがどういった格好で試着室から出てきたのかというと、まず、下を履いていない。それだけ聞くとパンツが見えているように聞こえるかもしれないが違う。上に着ている服でパンツはしっかりと隠れている。それどころか、膝の辺りまでしっかりと届いている。見た感じはワンピースに近い。
恐らく下はサイズ的に合わなくて履こうにもずれ落ちてしまったのだろう。
そして次に、手が袖から出ていない。
サイズがあっていないから当然と言えば当然なのだが、腕が袖の半分くらいのところまでしか届いていない。奏ちゃんは小柄なのでますますだろう。
後は、肩が出てしまっている。白く柔らかそうな肌が肩からだけは姿を覗かせていた。それどころか今にもずれ落ちそうで少し怖い。
店員さんに助けを求めるべく目を向けると、店員さんも何とも言えない表情で顔を逸らした。そんなことしないで助けてください店員さん。
「あのさ、奏ちゃん。今はまだ早いかもしれないけど、似合ってはいると思うよ」
「……同情ならいらないわよ」
奏ちゃんは下を向いたまま僕にそう言った。
けど、違う。今の僕の言葉は同情なんかじゃない。
「同情なんかじゃないよ。僕、ファッションのことなんて全然わからないけど、奏ちゃんがもう少し大人になったら絶対に似合うと思う。そしたら二人で買いに来ようよ」
今、奏ちゃんに僕が言ってあげられるのはこのくらいだ。僕にはこれ以上の言葉が浮かんでこない。これで僕の気持ちが奏ちゃんに届いてくれればいいんだけど。
「な、なによっ。あんたに言われなくてもこの服が私に似合うってわかってるわよ。だから……この服が私に似合うよう私が成長したら、その時は……あんたも付き合いなさいよっ。」
「うんっ。楽しみにしてるよっ」
「よろしい……ん?」
奏ちゃんが納得してくれて、腕を横に組んだ時に事件は起こった。起こってしまった。
その、なんというか、ぶかぶかな服がずれ落ちて、奏ちゃんの柔肌、というよりは成長し始めた体の一部が見えて……
というところで僕は事態の危険さに気づいた。
目の前には顔を真っ赤にしてプルプルと震えている奏ちゃん。
「あ、あのー……」
どうしよう、言葉が浮かんでこない。謝らなければいけないとわかっているのに口がそう言ってくれない。
あれ? この場合は謝罪じゃなくてお礼をするべきなのか?
ダメだ。あまりの事態に僕の頭は対応しきれていない。
「……ば、ば、バカ―ーーーーーっ!! しねーーーーーーーっ!!」
「ぐはっ!」
奏ちゃんの見事なストレートで僕は床へと倒れこんだ。
前回の奏ちゃんの年齢を中3から中1に変更しました。




