10話
カフェに入ってから、僕らは外から見られにくい窓から離れたところに座った。それは窓際に座ってさっきの黒服の男の人に発見されないようにするためだ。
「僕が奢るから何でも頼んでいいよ」
「当たり前でしょ。レディーにお金を出させる気?」
「そ、そんなつもりはないんだけど……」
どうやらこの子は彼方ちゃんと違って、結構好戦的というか、攻撃的な性格のようだ。今までの僕の友達に居たことのないタイプなので少し話しづらい。僕がこんなことを思っていると、女の子はメニューをきれいな姿勢で覗き込んでいた。
「そういえば、君は何て名前なの?」
「普通そういうのは自分から名乗るものでしょ」
メニューから目を離すことなく、奏ちゃんはそう返してきた。
「そ、そうだね。僕は佐渡誠也。大学二年生」
「天王寺奏。中学一年よ」
素っ気ない態度で答える奏ちゃん。話すことが苦手なのか、それとも僕と話すのが単純に嫌なのかわからないが、さっきからあんまり僕と話してくれそうにない。前者だった場合はしょうがないよね。で、済ませられるけど、後者だったら相当へこむ。
「カプチーノでいいわ」
奏ちゃんがようやく自分から口を開いてくれたと思ったら、内容は何を注文するかだった。奏ちゃんの注文が聞けたので少し落ち込みながら早速店員さんを呼ぶ。店員さんはすぐに僕らに注文を取りに来てくれた。
「何になさいますか?」
店員さんが僕らに注文を問う。
「カプチーノ一つとココァ一つとマカロン一つお願いします」
「かしこまりました」
注文を素早くとった店員さんは僕らに軽くお辞儀をしてから去って行った。そしてこの時、僕はあることを思い出して少し笑ってしまった。
「ふふっ」
「なに急に笑い出して」
「ごめんごめん。ちょっと前にもこういうことがあってさ」
僕が思い出していたのは、彼方ちゃんとの最初の出会いだ。今回は僕が走っていてぶつかったわけじゃなくて、奏ちゃんの方からぶつかってきたけど、その後に事情を聞くため近くのお店に入ってと、あの時の状況にとても似通っている。
「ふーん」
やっと会話になりそうだったのに、興味がなくなってしまったのか、また奏ちゃんがそっぽを向いてしまった。どうにかして話を続けないと。
「それでさ奏ちゃんを追って来てた黒服の人たちは誰なの? 知り合い? よければちゃんと教えてほしいんだけど」
奏ちゃんは僕の方に向き直ると、つまらなそうにため息を吐いてから口を開いてくれた。どうやら話はくれるらしい。
「あれは家の執事よ。私はね、家出したの。あの糞お父様に迷惑をかけるためにね」
自分から聞いておいてなんだが、とんでもない返事が返って来てしまった。とりあえず、誘拐されそうになっていたわけではなさそうので、ひとまず安心してもいいのだろうが、この子はどうやら家出少女らしい。
それに糞という単語を付けているのに、お父さんのことはお父様と呼んでいて、お父さんを嫌っているのか尊敬しているのかよくわからない。ただ、態度を見ると、本当につまらなそうなので嫌いなのかもしれない。
それに家出をしているのであれば放ってはおけない。どうにか説得して家に帰してあげないと。またしても僕は自分でも気づかぬうちに心配性を発揮していた。
「どうして家に帰りたくないの?」
まず、聞かなくてはいけないのはやっぱりこれだ。なんで家に帰りたくないのかがわからなければ、説得も家の人に問題がある場合に解決してあげることもできない。さっきの話を聞く限りではお父さんの方に何か問題があるようだが、もしかしたら奏ちゃんのわがままでお父さんを苦しめているのかも知れない。とにかく内容を聞くまで動くに動けない。
「あんたにはわからないわ。ちゃんと両親に愛されてきたあんたじゃね」
奏ちゃんは少し遠くを見るような目で僕にそう言った。僕は両親に嫌われてたってことはないだろうけど、愛されていたかと言われると正直わからない。でも、きっと愛されていたのだろう。今までもこれからも。だけど、少なくとも奏ちゃんは今……
「両親に愛されてないの……?」
そう。思っているようだ。
「そうよ。お父様は私が嫌いなのっ。だから私もお父様が嫌い。うううん、だいっ嫌いよっ!」
「どうしてそう思うの? よかったら話してくれないかな」
どうしてお父さんから愛されていないと奏ちゃんが思うのか、僕にはわからない。もしかしたらただの気持ちのすれ違いなのかもしれない。だってこの世に本当に自分の子供が嫌いな親がいるはずがないのだ。僕はそのことをこの前の一件で心に刻み込んだ。だから奏ちゃんのお父さんもきっとなにか理由があるはずだ。
「そんなことよりこの後どっか楽しい場所に連れて行ってよ」
「でも、今は奏ちゃんのことの方が大事だよ」
「ふーん。なら話さない。楽しいところに連れて行ってくれたら話したくなるかも」
「うーん」
奏ちゃんがさっきまでの表情とは違う小悪魔のような顔で僕の顔を覗き込んでくる。何が楽しいのか、唇の端を少し上げていて、とにかく何か楽しそうだ。それにとりあえず悩むような仕草を見せたものの、僕に選べる選択肢は実質一つしかない。奏ちゃんの話を聞くためにはどう足掻いても、この後奏ちゃんを楽しませるしかないのだ。
「わかった。でも、楽しめたら理由を話すんだよ。なにか理由があるなら解決してあげるから」
「そうこなくっちゃ!」
僕の返事が気に入ったのか、奏ちゃんは悪戯な笑みを僕に向けた。その笑顔はとても楽しそうで、今までの顔よりよっぽど彼女らしいと僕は思った。
でも、それと同時にこうも思った。この笑顔は何かが違う。確かに笑顔なんだけれど、本物じゃない、と。
「そうと、決まればここを早く出なくっちゃね」
そんなことを彼女が言うとほとんど同時に店員さんが注文の品を運んできた。テーブルの上に自分の注文品であるカプチーノが乗ったとたん奏ちゃんはTカップを手に取り、香りをかぎ始めた。
僕は香りを嗅いでも精々いい匂いだなぐらいにしかわからないので、そのままココァを口に含む。うん。甘くておいしい。
「これもらうわよっ」
奏ちゃんはそう言うなり、僕が注文したマカロンを一つ掠め取った。まあ、彼女に食べてもらうために注文したので全く問題ない。彼方ちゃんの時には焦りからとんでもないミスをして、彼方ちゃんに申し訳ない思いをさせてしまったが、今日の僕に抜かりはなかった。まさか勧める前に食べれるとは思ってなかったけど。
「カプチーノは普通だけど、マカロンはおいしいわね」
「そう。それはよかった」
その後も奏ちゃんはマカロンがよほど気に入ったのか、一人で五つとも食べてしまった。最初は勧めても食べてくれなかったらどうしようとか、考えていたのに何も言わずに全部食べてくれた。僕は一つも食べられなかったけど、奏ちゃんの笑顔が見れたので僕はそれでよかった。
彼方ちゃんだったらここで遠慮して食べてくれないか、佐渡さんの頼んだものなので、とか言って僕が三つ、彼方ちゃんが二つと提案していたことだろう。その点、奏ちゃんは遠慮なしに食べてくれたので本当にありがたい。子供なんだからこのくらい遠慮がない方が僕としてはありがたいのだ。
「食べ終わったし、早く楽しいところ連れってってよ」
食べ終わるなり、奏ちゃんは席を立って、僕の手を引っ張って無理やり僕を立たせた。本当に好奇心旺盛な性格のようだ。
「ちょっと待って、お会計が……」
「もう。早くしてよねっ」
「う、うん」
どうやら、気分転換の休日は波乱の休日になりそうだ。




