31話
彼方ちゃんたちが病室を出て行ったあと、僕は彼方ちゃんの両親の寝ているベッドの間に膝を着いて一人話し始めた。
「まずはお金の件、勘違いしてしまってすいませんでした。あなたたちは本当に素晴らしい人です」
まず、謝った。
情報がなかったとはいえ疑ってしまったのだから謝罪は必要だ。僕は二人に一回ずつ頭を下げた。
もちろん二人から返事はない。それでも僕は続ける。
「これからの彼方ちゃんですが僕がどうにかします。おじいさんたちも説得します。もちろん彼方ちゃんがよかったらですけど」
これは初めて病院に来たときから考えてあった。
彼方ちゃんの両親がいつ目を覚ますかわからない。
目を覚ますまではずっと彼方ちゃんのことを助けるつもりでいた。
そしてもし、彼方ちゃんの両親が亡くなったとしてもその決意は変わらない。
「お二人からしたら僕は誰とも知らない赤の他人の若者で、こんな奴に彼方ちゃんを守れるか、と思うかもしれません。それでも僕、頑張りますから。一生懸命あなたたちのように彼方ちゃんを守りますから」
これは彼方ちゃんを守るという決意表明。
相手が何も言えないんだから一方的なただの約束にしか過ぎないが状況が状況だ。
これで許してほしい。
「彼方ちゃんにはこれから普通に高校に通ってもらって、行きたいというなら大学も通わせて、就職してもらって、彼方ちゃんが一人で生きていけるまで、または彼方ちゃんが僕に愛想を尽かすまで、僕がすべての責任をもちます」
これは僕が考えたこれからの彼方ちゃんの将来図。
これも返事ができないんだからただの一方的なただの約束になってしまうが、僕は彼方ちゃんの件に関しては命を懸ける覚悟だってある。
もちろん彼方ちゃんがもっと違う道を望むなら僕はそのために全力を尽くす所存だ。
「これで僕の彼方ちゃんに関する勝手な決意表明は終わります。これからはただの僕の一方的なわがままで押しつけです。すいませんけど付き合ってください」
決意表明はこれで終わり。
これからは今言った通り、僕のわがままで押しつけだ。
僕の勝手な思いを口にするだけの本当にただのわがままだ。
「なんで……なんで彼方ちゃんを一人置いて死んでしまうんですかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!」
叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
この人たちに罪がないのも悪気がないのもわかっている。
ちゃんと頭では理解している。
それでも僕は……そう言わずにはいられなかった。
「あなたたちは生きていなければいけなかった! もっと彼方ちゃんと一緒に居てあげるべきだった! せめてもう少し時間をあげるべきだった!」
自分が何もできなかったのをこの人たちのせいにするのは間違いだ。
そんなことはわかってる。
きっと彼方ちゃんもこんなことは望んでいない。
むしろ僕を怒鳴り、軽蔑するかもしれない。
でも、僕の口は止まらない。言葉を早口でまくしたてる。
「彼方ちゃんは頑張ったのに、一人で頑張ったのに、辛くてもあなたたちを信じて待っていたのに!」
いけない。もうそろそろ止めないと。
このままでと言ってはいけない決定的な言葉を言いかねない。
すべての責任をこの人たちに押し付けかねない……
お願いだから、頼むよ、理性よ働いてくれ……
僕の理性を無視して暴走は続く、それどころか両親の寝ているベットに拳をたたきつけてしまう始末。
今まで溜めこんできたものが涙とともにとめどなく流れ出る。
もう、何を言ったかもよく覚えていない。
そして最後に思いっきり息を吸い込んでから僕は……
「だから……だから……戻ってきてくださいよーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
そう叫んでいた。
そう言って両手を振り下ろした。
そう言って溜めこんできたものをすべて出し切った。
「ハァ……ハァ……」
息を整える。しばらく叫んでいたから息が絶え絶えだ。
そして今自分がしていたことを恥じる。情けない。
この年で自分の失敗を他人に押し付けて、自分を正当化して、本当に情けない。
そんなことを考えながら彼方ちゃんの両親を見る。
「ん?」
僕はさっきまでさんざん振り下ろしていた自分の両手を見る。
「んんんっ!?」
僕の両手は彼方ちゃんの両親の胸の辺りにあった。
右手がお父さん、左手がお母さんの胸の辺りに僕の拳がある。
もしかして、ベットをたたいていたつもりが最後の本当に最後の一回だけが、彼方ちゃんの両親の胸の辺りに落ちてしまったのか。
「す……すいませんでしたーーーーーーーーーーーーーっ!!」
僕は壁際まで移動してひたすらに頭を下げた。何度も何度も頭を下げた
本当に僕は何をしてるんだーーー。最低なことに最低なことを重ねてしまったぁぁぁぁぁ
ピッ ピッ ピッ
「ん? なんだろうこの音……」
何かの機械音がする。
僕はポケットに入れてあった携帯を取り出し画面を確認するがメールも来ていなければ、電話も来ていない。
つまり音の発信源は僕の携帯じゃない。でも僕は携帯以外に機械のようなものは持っていない。
つまり、音の発信源はこの部屋の何かだ。
辺りを見回しながら音の方向を探る。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! は……早くナースコール!!!!!!」
僕は急いでナースコールで受付に居るであろうナースさんに連絡を取った。
なぜなら……心臓が動いているかを示す機械が動いていたからだ。
さっきまで画面に映っていた数字はゼロで線は横一直線だったのに、今は数字は少しずつ回復していて、線は少しずつだが上下している。
つまり彼方ちゃんの両親が生き返った!
僕が連絡するとすぐにナースさんが確認に来て、すぐに医師を呼んだ。
どうやら僕の目の錯覚とか勘違いではないらしい。
三十分もしないうちに家でゆっくりしていたであろう医師が来て、「信じられない。奇跡としか言いようがない」と呟いた。
奇跡。文字どおり奇跡が起こった。
さっきまで世の中は残酷だなんて思っていたけど残酷じゃなかった。世の中は優しかった。
さっきまであんなこと言っておいて虫がいいとか思われるかもしれないが、今は素直にうれしい。
「……佐渡さん」
彼方ちゃんが目に涙を浮かべながら僕の名前を呼ぶ。
でもその表情は悲しみの顔でなく、笑顔。僕が見たかった彼女の本当の笑顔。
彼方ちゃんも嬉しいのだ。
嬉しくないはずがない。両親が返ってくるのだ。
まだ目こそ覚ましていないが、医師の話だともう峠は越えて、死ぬ心配はないらしい。
「ありがとうございます!」
彼方ちゃんが僕に飛びついてくる。僕はそれを何も言わずに受け入れた。
「佐渡さん! 佐渡さん! 佐渡さん!」
何度も何度も彼方ちゃんが僕の名前を呼ぶ。
「うん! うん! うん!」
僕はそれに何度でも言葉を返す。
幸せだった。幸福だった。
おじいさんが笑って、おばあさんが笑って、僕が笑って、彼方ちゃんが笑って、彼方ちゃんの両親が生き返って、みんなが笑顔だった。
うれしかった
報われた気がした。
今までのすべてが報われて、すべてが幸福に終わる。
最高の終わりだ。僕の目からも涙が出る。
「佐渡さん! 本当にありがとうございます!」
僕の目の前には彼方ちゃんの……笑顔があった……




