30話
僕らは病室の前まで戻ってきた。一応ノックをしてから中に入る。
彼方ちゃんはまだ両親の前で座っていた。何も言わずにただ黙って、座っていた。
「彼方ちゃん、おじいさんたちだよ。偶然そこであったんだ」
「……」
彼方ちゃんから返事がない。
こんな状況とはいえ無視されるのは心が痛い。
でもあきらめない。あきらめちゃだめだ。
「それでね……彼方ちゃんに大事な話があるんだ。彼方ちゃんのご両親のことで……」
彼方ちゃんの背中がわずかに震えた。
両親という言葉に反応したようだ。僕は言葉を続ける。
「彼方ちゃんの両親のお金の件……彼方ちゃん……君の両親は最高の両親だよ」
僕は心から言った。
そして彼方ちゃんはその言葉を聞いて振り返った。
何を言っても無関心だった彼方ちゃんがやっと口を開いてくれた。
そのことが今はたまらなくうれしい。
「どういうことですか?」
「あのね、彼方ちゃん……」
僕が簡単に説明しようとすると、おじいさんが一歩前に出てさっき僕にしてくれた話をしようとする。
でも、僕はそれを手で制した。
不思議そうな顔で彼方ちゃん、おじいさん、おばあさんが僕を見る。
それもそうだろう。彼方ちゃんからしたら早く両親のことが知りたい、おじいさんたちからしたら自分から頼んでおいてどういうことだと思うはずだ。
でも、僕はそのこと踏まえてでも一旦止めて言いたいことがあった。
「すいません……僕……一度彼方ちゃんの両親と三人だけで話がしたいんです。申し訳ないんですけどさっきの休憩室でその話をしてくれないでしょうか?」
僕が言いたかったのは彼方ちゃんの両親とゆっくり話させてくれということだ。
失礼なお願いなのは重々承知だ。
それでも僕は彼方ちゃんの両親と三人だけで話したかった。
返事が返ってこないとわかっていてもしたい大切な話があった。
だから誠心誠意心を込めて僕は深々と頭を下げた。
「お願いします」
「やめてください佐渡さん、佐渡さんのお気持ちはもう十分に伝わりました」
彼方ちゃんがそう言って僕の頬を両手で挟むとゆっくりと顔をあげてくれた。
今一番つらいはずの彼方ちゃんが僕に優しくしてくれた。
やっぱり彼方ちゃんは優しくて素敵な子だと僕は思った。
「……彼方ちゃん」
「佐渡さんの優しさはもう十分に私に伝わってます。なのにすいません。さっきから佐渡さんのことを無視しているようなことをしてしまって……」
「ううん。大丈夫だよ。僕こそごめん……何の力にもなれなくて……」
お互いが謝った。
彼方ちゃんは何も悪くないのに謝った。
彼方ちゃんも優しいからきっと僕は悪くないのに、と思っているだろう。
だからこそ僕らはそれ以上何も言わなかった。
お互い悪くないのだからお互い何も許すことはない。
でも、言葉にこそ出さなかったが、僕は自分で自分が許せない。
何もできなかった自分が……
無力な自分が……
彼方ちゃんの願いを叶えられなかった自分が……
どうしても……許せなかった……
「君たちは本当に似ているね……そしてお似合いだ」
おじいさんがそう言った。
「そうですねおじいさん。……それに少しあの子に似ている気がするわ」
おばあさんがそう言った。
きっとあの子とは彼方ちゃんのお父さんのことだろう。
娘のためになんでもできる人に似ているなんて光栄だ。
「さあ彼方ちゃん、聞いておいで、ご両親の彼方ちゃんへの本当の思いを……」
僕はそう言って彼方ちゃんの背中を押した。
「はい。行ってきます」
彼方ちゃんはただ一言そう言い残すとおじいさんたちの後に続いて病室を後にした。
さあ話さないと、彼方ちゃんの両親たちと……




