28話
あの後、神社の下で翔君たちと別れて今は彼方ちゃんと二人。
場所は彼方ちゃんの両親のいる町までの新幹線の中。
外はすっかり暗くなっていて携帯時間を見るとすでに八時をまわっている。
新幹線の中は時間も時間だからなのか僕らの他に数人いるくらいだ。
なぜ僕がこんなどうでもいいようなことを考えているのかというと、彼方ちゃんが寝てしまっていて絶賛暇中だからである。
町まであと一時間はかかる。
彼方ちゃんを起こす、何て言うのはまず選択肢にない。外を見ても真っ暗でほとんど何も見えないので景色を見て過ごすということもできない。
だから僕は彼方ちゃんの寝顔を見て過ごしている。
彼方ちゃんはあどけない表情で幸せそうに寝ている。その寝顔を見ていると不思議とこっちまで幸せになってくる。
「やっとここまできたね彼方ちゃん……」
彼方ちゃんに話しかける。もちろん寝ている彼方ちゃんから返事はない。
「今まで大変だったけど、一番大変なのはこれからだよ。確かに直接僕らにできることは何もないかもしれないけど、祈ることはできる。だから両親の無事を祈ろう……」
そう言って僕は瞼を閉じ、静かに神様に祈った。
神様なんて言うものが本当にいるかなんてわからない。
でも、もしいるというのならこの願いが叶わないなんてことはないはずだ。
―――だから神様お願いします―――
彼方ちゃんの両親を、彼方ちゃんを救ってください。
他力本願かもしれないが、僕が見栄を張って一人で失敗したら傷つくのは彼方ちゃんだ。
彼方ちゃんが幸せになれるんだったら僕はなんだって頼るし、なんにだってすがる。
「さあ、最後にもうひと踏ん張りだ!」
よし! 気合は充分!
「まもなく○○駅、○○駅に到着します。荷物などお忘れないようご注意ください」
車内にアナウンスが響く。
「彼方ちゃん、彼方ちゃん着いたよ」
よく寝ているところ可哀相だったが、少し強引に体をゆすって強引に彼方ちゃんを起こす。
「んー……」
目を覚ました彼方ちゃんは両腕をまっすぐ上にあげ、大きく伸びをした。
「ほら彼方ちゃん。○○駅だ」
「はい……すいません。私だけ寝てしまって……」
「気にしない気にしない。それよりほら。降りなきゃ」
「……はい」
僕らは荷物をまとめて電車を降りた。
今回は泊まる準備もしてきたので荷物がいっぱいだ。
ちなみにどうやら降りたのは僕達二人だけらしい。
前回来た時も僕らの他にここで降りていたのはホンの数人だったし、今日は時間も遅いからなのか僕らの他に乗客はいなかった。
「今回は荷物が多いからタクシーを使おうか」
「そうですね……おねがいします……」
目を覚ましてから彼方ちゃんの元気がない。やっぱり両親のことが心配なのだ。
まだ年端もいかない女の子が、まだ甘えたい盛りの子供が、両親を失うかもしれないのだ。
元気でいられる方がおかしいのかもしれない。
でもタクシーを使うことに反対されなかったのは嬉しい。
いつもの彼方ちゃんなら遠慮して歩いていく提案をしていたはずだ。それが今回は遠慮をしなかった。
両親のことが心配だというのが大きいのだろうが、前回より親しくなれたんだとも僕は思う。
こんな時に不謹慎だとは思ったが、僕は素直に嬉しかった。
辺りを見回すと、タクシー乗り場を見つけた。
運よくタクシーが一台止まっていて、運転手の人が外で待機している。
僕は彼方ちゃんに声をかけつつ、手を伸ばした。
「彼方ちゃんタクシー乗り場あったよ。さあ行こう」
「……はい」
彼方ちゃんの手を取って、タクシー乗り場まで誘導する。
「すいませーん」
運転手の人に話しかける。
運転手の人は僕らの荷物を手際よくトランクに詰めてから僕たちの乗った後のドアを丁寧に閉めて運転席に乗り込む。
「どちらまで?」
運転手の人がそっけなく尋ねてきた。
「××病院までお願いします」
「はいはい。わかりましたー」
この前は歩きで病院に向かったので四十分ほどかかったが、今回はタクシーだったので十五分ほどで病院に着くことができた。
病院に着くなり僕たちは受付に向かった。
時間が遅いからなのか受付にはナースが二人しかいなかった。そのうちの一人は電話をくれたナースさんだ。
「すいませんあの佐渡ですけど……」
「はい? あっ。佐渡さん! なんでこんなに遅いんですか! 水無月様両親が……水無月様が……」
この前のナースさんが突然泣き出した。
まさか遅かったのか!? 彼方ちゃんの両親はもう……
亡くなってしまったのか?
彼方ちゃんもナースさんの雰囲気から察したのだろう。
顔を俯かせて必死に涙をこらえている。
僕は恐らく聞きたくない返事が返ってくるとわかっていたが、確認のために尋ねる。
ナースさんが笑って「お二人が目を覚ましました」という嬉しいドッキリであってほしいと心から切に願って。
「亡くなったんですか……?」
「……は……はい……ついさっき……息を引き取りました……」
ナースさんが言いにくそうに何度も言葉を詰まらせながらどうにかといった様子で話してくれた。
お昼ごろにはもう息をいつ引き取ってもおかしい状態じゃなかったこと、僕らが来る三十分ほど前に彼方ちゃんの両親が息を引き取ったこと。
自分たちがどんなに頑張ってもどうしようもできなかったこと。
そして……「何もできなくてすいません」と何度も謝ってくれた。
ナースさんたちに何も罪はないのに、誰も悪くないのに、なんて世界は残酷なんだろう。
「いいえ。いろいろ手を尽くしてもらってありがとうございます。彼方ちゃんも水無月さん夫婦もきっと許してくれます。だって……誰も悪くないんですから」
なんとか冷静さを保って言うことができた。
こんな時に僕まで冷静さを失ったらどうしようもない。
僕らはナースさんに案内してもらって彼方ちゃんの両親の病室に入った。
彼方ちゃんの両親の顔には一枚の布が乗せられていて、それが両親が亡くなってしまったのだと、僕らに暗示させる。
隣に置いてある機材を見ると、数字がゼロになっていて、線も一直線。
ドラマなんかでしか見たことがないけど、これが心臓が動いてない証拠だと僕でもわかった。
彼方ちゃんはさっきから何も話さない。表情も無表情。
ここまで来るのも僕が手を引かないと動かなかった。
ナースさんは僕らを案内し終わると、何も言わずに病室を出て行った。ナースさんの気遣いだろう。
「彼方ちゃん……つらいとは思うけどちゃんとご両親にあいさつしなきゃ……」
僕はなぜか『別れのあいさつ』ではなく、『あいさつ』と言っていた。
無意識に心の中で僕はまだ両親の無事を祈っているのだろう。
でも彼方ちゃんからの返事はない。
僕は少し強引に彼方ちゃんをベッドの前に置いた椅子に座らせて、一人病室を後にした。
少し薄情だったかもしれないが、人間誰にだって一人になりたい時があるはずだ。
それに前の時みたいに僕に聞かれたく話があるかもしれない。
あと……僕にも時間がほしかった。




