25話
「……ごちそうさま」
「お皿おさげします」
あれから少しして、奏ちゃんは着替えを済ませ、朝食を済ませた。
ずっと掴まれていた服の裾は着替える時に離された。その時に少し残念そうな顔をしていた気がする。僕の方が残念に思っていたからかもしれないけど。
「奏ちゃん、ちょっと休憩したら出かけようか」
安藤さんが食事の終わった食器を片付けていく中、僕は奏ちゃんにそう提案していた。
当然だ。だって今ままではただの前座で、奏ちゃんとの仲直り作戦の本番はここからだ。さっきまでの会話で仲直り出来ればそれはそれでよかったけど、そんなに簡単に済むようなことじゃないことはわかってる。
僕の方も簡単に許されたいとは思ってないので全然問題ない。
「……なんでよ」
「僕が奏ちゃんと出かけたいからだよ」
「……いやよ」
「そっか、それじゃあ家の中でできることをしよっか。色々持ってきてるんだよ。トランプとかウノとか人生ゲームとか」
僕の家はみんなの集まる場所になりやすいから色々なものが置いてある。
テレビゲームやトランプのようなカードゲーム、人生ゲームのようなボードゲームに、外で遊ぶための道具などそれなりに揃っている。
その中から今日は今の様に外に出かけることを拒否されたら用の家の中でできるゲームをいくつか持って来てある。
ここまでは安藤さんの車だったので持ち運びも簡単だった。
「……好きにすれば」
「うん。そうさせてもらうね。桜ちゃんもどう? やっぱりメイドさんのお仕事忙しいかな?」
「そう言うことでしたらちゃちゃっとお仕事済ませてきちゃいますね。一時間もあれば参加できると思います」
「そうなんだ。それじゃあそれまでは二人で遊んでるね」
「ぜひそうしてください。それじゃあ私は早く参戦するためにもお仕事に行ってきまーす!!」
無愛想ながらも奏ちゃんに一緒に遊ぶ許可をもらった僕は桜ちゃんにも声をかけ、了承をもらう。
朝の仕事が残っている桜ちゃんは素早く部屋を出ていき、自分の仕事にとりかかった。安藤さんはお皿を下げに行ってしまったので、残っているのは僕と奏ちゃんのみ。
僕は奏ちゃんに手を差し出して、部屋まで戻ろうと声をかける。奏ちゃんは僕の手を見て取るか取らないかを少し迷った結果、控えめながら手を取ってくれた。
でもそれくらいじゃ僕は満足しない。基本は奏ちゃんの意思を尊重していくつもりだけど、少しくらいは僕も我を通そうと思う。だから僕はひかえめに繋がれた奏ちゃんの手を少し強引にぎゅっと掴んだ。
嫌がられるかな? と思って顔色を窺うと、何とも言えない顔をしていた奏ちゃん。
この反応は一応大丈夫なんだろうと思い、そのまま手を繋いだまま部屋を出て奏ちゃんの部屋へと向かう。
「それじゃあ何からやろうか? ウノとか人生ゲームは二人だとちょっとつまらないし、やるならトランプかな? ポーカーとかなら二人でも結構楽しいし」
カードゲームやボードゲームは大人数でやった方が楽しいような気がするものが多い。
ババ抜きを二人でやってもどっちがババを持ってるのかわかっちゃうし、七並べも二人でやるには向いていない。大富豪も相手の手札がわかっちゃうと面白みに欠けるし、ボードゲームは二人でも楽しめるけど大人数でわいわいやった方が楽しいのは確実だ。
そう言ったゲームは桜ちゃんが来てからの方がいいだろう。時間が空いてるなら安藤さんを誘ってみるのもいいかもしれない。
「ポーカーのルールわかる?」
「……わかるわよ」
「それならよかった。じゃあカード配るね」
遊ぶゲームを決めたところですぐにシャッフルをしてカードを配る。
奏ちゃんも渋々と言った様子ではあったけどカードを受け取ってくれた。それが嬉しくて笑顔になっていると顔を背けられてしまった。
それも仕方ないと自分の手札に目を通す。
「うわー……あんまりよくないなー」
普通ポーカーではあんまり口を開いたりはしない。ちょっとした失言や表情の動きで手札の具合がバレてしまったりするからだ。特に僕のような顔に出やすいタイプの人間は気をつけなくちゃいけない。
だけどこれはあくまで遊び。カジノなんかでやる本格的なポーカーじゃない。だから少しくらいわいわいやった方が楽しいのだ。それに多少何かを口にした方が相手の考えを迷わせられると鈴さんも言っていた。
「……チェンジ」
無言のまま手札を眺めていた奏ちゃんがカードを三枚捨てて山札から三枚カードを補充する。
「それじゃあ僕も二枚チェンジで」
奏ちゃんに続いて僕も二枚捨てて山札から二枚補充した。
結果を先に言うと、僕の手札はワンペアからツーペアになった。さっきよりは少しマシになった。
奏ちゃんの方はどうかなと顔色を窺うと、さっきとまるで変化のない顔をそこにあった。ポーカーフェイスっていうのはこういうことを言うのだろう。
「それじゃあ僕から、ツーペア」
僕から手札を見せると、少し遅れて奏ちゃんも手札を公開する。
「……フルハウス」
結果は僕のツーペアと奏ちゃんのフルハウスで僕の負け。
「あちゃー。負けちゃったか。奏ちゃん強いね」
「強いも何もないでしょ。イカサマなしのポーカーは基本的に運だもの」
「そうなのかもしれないけどさ、ほら、日頃の行いがいいと運もよくなるっていううじゃない? だから奏ちゃんがいつもいい子ってことになるわけで」
「そんなのただの迷信じゃない。信憑性に欠けるしなんの説得力もないわ」
「あはは。そう言われると何も言い返せないなー」
こんなやり取りをしながらもポーカーを続けていくと、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「花里桜! ただいま参上いたしました!」
桜ちゃんだ。
「仕事終わったの? 本当に大丈夫?」
「はい、速攻で終わらせてやりましたよ! 午後の仕事は……夜の私に任せます!!」
「ははは……。無理はしないでね?」
「女の子は無理してなんぼですよ? 誠也さん」
「あんまり無理はしてほしくないなー」
会話をしている間に桜ちゃんはこちらまでやってきて、近くに腰を下ろす。
「ポーカーやってたんですね。続けます?」
「いや、桜ちゃんさえよければ他のゲームやらない? 二人から三人になったからやれるゲーム増えたし」
「あー、確かにカードゲームって二人で遊ぶのに向いてないの多いですもんね」
「そうなんだよ。だから桜ちゃんが来てくれて助かっちゃった」
「えへへー。そうですか? 嬉しいこと言ってくれますねー」
照れたように笑う桜ちゃんを眺めていると、突然右足が思いっきり蹴られた。
桜ちゃんがいるのは僕の左前でそこからは僕の右足に足が届かない。となると―――。
「えっと、奏ちゃん……。僕何かしちゃったかな? 怒ってるよね?」
「うっさい! 別に怒ってないわよ!」
「いやでも」
「うるさいのよ! ゲームは何でもいいから早くカードを配りなさい!」
「は、はい……」
「あはははっ! まったくかなちゃんは素直じゃないなー」
「桜も黙りなさい!」
「はいはーい。お姉ちゃんはだまりまーす」
なんで奏ちゃんが怒っているのか悩みながら取り合えずカードをシャッフルする。
どうやら桜ちゃんは奏ちゃんの怒っている理由がわかってるらしいけど、教えてほしいと目線を送ったら笑顔が帰ってきた。教えてくれるつもりはないらしい。
「それじゃあ何しようか?」
「大富豪なんてどうです? ゲームの中でくらいかなちゃんを大貧民に落としてあげましょうよ!」
「いやちょっとそれは……」
大富豪をやること自体にはなんの文句もない。
ただその理由があまりにもひどすぎるというか、冗談にしては笑えないというか、お嬢様に対してメイドさんが言うセリフじゃないというか。
「ふふっ……。いい度胸じゃない桜。いいわ、その安い挑発に乗ってあげようじゃない。一生大貧民でも泣くんじゃないわよ」
「へっへーん! 私はメイドだけど安くないもんね。メイドだけど大富豪っていう矛盾した存在になって見せる!」
「今のうちに好きなことを言ってなさい。這い上がって来られないくらいにボッコボコにしてあげるわ」
「ちょ……二人とも落ち着いて」
「「落ち着いてるわよ(ます)!!」」
なんでだろう。楽しい楽しいトランプの時間が何故かお嬢様とメイドさんによる大きな戦いになってしまった。そこに巻き込まれる平民の気持ちも少しは考えてほしい。
「……まあ、二人が楽しそうだからいっか」
喧嘩腰なのにどこか楽しそうな二人を見て、僕は小さく笑いを零す。
またこんな時間が過ごせるのだと、こんな時間が続いてほしいと、そう切に願いながら。
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「私上がりでーす! これで五連勝!」
「うぐぐぐぐっ!! ちょっと桜! あんたイカサマしてるんじゃないでしょうね!」
「してないよかなちゃん。それに手札を配ってるのは誠也さんだよ? カードの入れ替えとかできるわけないよ」
「本当でしょうね! 服の袖とかにカード隠し持ってるんじゃないの!?」
「ええー、ないよー。ほら」
奏ちゃんにイカサマを疑われた桜ちゃんが服の袖やスカートをひらひらさせてカードを隠していないことをアピールする。
でもそんなことしたら―――
「ちょっと桜ちゃん!? そんなに大きくスカート捲らないで! 見えちゃうから!」
天王寺家のメイド服のスカート丈は決して短くはない。それでもあんなに派手にパタパタやったら真っ白な太腿が姿をのぞかせ、さらにはその奥の見てはいけないところまで見えそうになる。
僕は咄嗟に顔を背けて瞼を閉じた。
「あれれ~? 誠也さんもしかして照れちゃってます? 私は別にいいですよ、誠也さんにならスカートの中見られても」
「女の子がそんなこと言ったらだめだよ!」
「……っ!!」
「痛い! 奏ちゃん!? なんで今蹴ったの!?」
桜ちゃんにからかわれる中、奏ちゃんからはキックが飛んでくる。
左からはスカートをひらひらさせるメイドさん、右からはキックを飛ばしてくるお嬢様。ちょっとした罰ゲームかな? なんて思ってしまう。
「失礼します。お飲み物とクッキーをお持ちしました」
この状況をどう収拾つけようかと悩んでいると、まるでタイミングを計ったかのようなタイミングで安藤さんが部屋に入ってきてくれた。
「桜、何をしてるんですか? はしたないですよ。お嬢様ももう少し慎みを持ってください」
「はーい」
「でも安藤! 元はといえば桜が!」
「お嬢様」
「……わかったわよ」
さすがは安藤さんだ。僕にはどうしようもなかったことを事もなげにやり遂げてしまった。
桜ちゃんはもちろんのこと、奏ちゃんまで一瞬で借りてきた猫の様になってしまった。
「すいません安藤さん。正直少し助かりました」
「いえ、お気になさらないでください佐渡様。これも天王寺家のメイドの仕事ですので」
「さすがですね。本当に二人のお母さんみたいでした」
「ふふっ。そうですね。二人は嫌がるかもしれませんが、少なくとも私は自分の娘の様に思ってますよ」
小さく笑った安藤さんが優しい笑顔を桜ちゃんと奏ちゃんに向ける。すると桜ちゃんは照れくさそうに笑顔を返し、奏ちゃんは恥ずかしそうに顔を逸らした。
まったく嫌そうにしていない二人の反応がすごく可愛らしい。
「安藤さんには敵わないなー」
二人と安藤さんの間にある深い絆と強い繋がりが見て取れて、とても自分では敵わないと実感させられる。
僕のそんな小さなつぶやきが聞こえてしまったのか、安藤さんがこちらにも笑顔を向けてきた。
「私にも佐渡様と二人がを羨ましく思うことがあります。ですからおあいこです」
「そんな、安藤さんの方が二人とは仲がいいと思いますよ、僕は」
「隣の芝生は青く見えるものです。自分が欲しいものが手に入るとは限らないのですよ。佐渡様」
「そういうものですか?」
「はい。そういうものです」
少し納得がいかないものの、安藤さんの説明のほとんどは理解できるものだった。
でもやっぱり安藤さんが僕を羨ましく思うところなんて微塵もないと思う。
「それではお茶にしましょう。これ以上はせっかくの紅茶が冷めてしまいますので」
「そうね。早くいただきましょ」
「お手伝いしますね。安藤さん」
「お願いします。桜」
トランプが奏ちゃんの手で回収され、安藤さんがカップやクッキーの乗ったお皿をテーブルに置き、桜ちゃんがそれを上手いこと振り分けていく。
完成された見事な動きに僕が手を出すところは存在してなかった。
「す、すごい……手伝いようがない……」
結局僕は指をくわえてすべてが終わるのを待っていることしかできなかった。




