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ホームレス少女  作者: Rewrite
仲直り編
213/234

19話

 ううっ……。我ながら情けないというか、心が弱いというか、幼稚というか……」


 あれから数十分後。徐々に落ち着きを取り戻した僕は、今度は羞恥心に苛まれている。

 悪いのは百パーセント僕なんだけど……。


「そんなことないですよ? 私的にはいつもと違った佐渡さんが見れて大満足です!」


 そして何故か僕とは対象的に笑顔の彼方ちゃん。いつにも増して笑顔が輝いて見える。

 これも僕の錯覚……?


「あはは……喜んでもらえたなら何よりだよ……失ったものは大きいけど」


 今までも散々情けない姿やみっともない姿を見せたりしたけど、僕なりの最後のプライドのようなものを持っていたのに、もう完全にそんなものは崩れ落ちた。

 いつもの僕なら彼方ちゃんと距離を縮めることができたと喜べるところだけど、さすがに今回の件は事情が違い過ぎる。

 大の男が、仲直りしたばかりとはいえ、友達が帰るだけで寂しくて泣くなんて笑い話にもならない。


「落ち込むことないですよ。だってさっきの涙は佐渡さんがみなさんのことをそれほど大切に思ってたからこそ出たものなんですよ? それを誇ったり自慢したりするならいいですけど、恥ずかしいとかみっともないと思うのは間違いです。さっき皆さんが帰ったときに誰も笑ってませんでしたよ?」

「せめてもの救いだね……」

「だからそんな言い方ダメですよ。逆にみなさんに失礼ですよ」

「確かにそうかも……」


 彼方ちゃんの言う通り、今のは少しみんなに対して失礼だったかもしれない。

 いくら恥ずかしくても、みっともないと思っても、あの涙は彼方ちゃんの言った通り、みんなとの一時的な別れに対しての涙だ。それを僕の勝手な羞恥心で穢してしまうのはなんだか違う気がする。


「うん。もうくよくよするのは止めるよ。もう恥ずかしいとかみっともないとか思わない。彼方ちゃんの言う通りそっちの方がみんなに失礼だもんね」

「はい。私もその方がいいと思います。みんなが笑えてた、それで十分です」

「それはちがうよ彼方ちゃん」

「え?」


 そう、違う。

 みんなが笑えてたなんて言うのは嘘だ。ただ見たくない現実から目を背けて、見ていたいところだけを見ている最低の行為だ。

 別に彼方ちゃんの言うことが間違ってるだなんて言うつもりはない。でも、すべてにおいて肯定するわけには何が何でもいかないんだ。

 だって―――


「みんなじゃないよ、彼方ちゃん。奏ちゃんも桜ちゃんも安藤さんも笑顔になれてない。僕にとってのみんなは今日揃ったみんなだけじゃない。だから違うよ、彼方ちゃん」

「佐渡さん……」


 僕の言葉に彼方ちゃんは少し驚いたものの、すぐに優しい笑顔を返してくれた。

 その笑顔に僕も笑顔を返す。


「そうですね。佐渡さんの言う通りです。奏ちゃんたちがここにいないのに私ってばひどいことを思っちゃいました……」

「そんなことないよ。彼方ちゃんの言ってることだって間違いじゃないんだ。今日ここにいたみんなは笑ってた。また、一緒に笑えた。だからなにも間違ってない。彼方ちゃんは何も悪くないよ」


 見る人が見たら……いや、隠すのは止めよう。

 無藤恭一が今の僕らを見たら、きっと「お互いの傷の舐め合いだな」とか言うんだろう。

 お互いの弱いところをフォローし合って、できてしまった傷に絆創膏を張り合って、それでどうにか弱い自分を押し殺して、自分を保つ。そういう風に見える人には見えるんだろう。

 でも、そんなことは構わない。

 お互いの弱いところもすごいところも認め合って、フォローしてフォローされて、助けて助けられてを繰り返して、僕らは前に進むんだ。


「それで佐渡さん。早速ですけど奏ちゃんたちとの仲直りの方法とかって考えてるんですか?」

「実はまだ全然考えられてないんだ。というか、あれ以来連絡すら取れないんだよね……」

「あれ以来って、天王寺家と一切の連絡がつかないってことですか?」

「いや、そこまでじゃないよ。ただ、電話には必ず安藤さんが出て「すいませんがお嬢様も桜も今は佐渡様とお話ししたくはないようです」って言われちゃうんだ……」

「なるほど……それは困っちゃいますね。会うどころか話すらさせてもらえないんじゃどうしようも……」

「いや、僕はそこまで悲観的に考えてないよ」


 この時の僕は自分でも珍しいと思えるくらいに自信があった。

 といっても、何か確証があったり、絶対にこうなるなんていう証拠があるわけじゃない。

 いつも通りのなんの根拠も確証もない、どこから来ているのかすらもわからない自信だけが僕にはあった。


「今までだって状況は同じだった。翔くんも、鈴さんも、広志くんも、最初は僕と会ってくれようとすらしてくれなかった。話しかけても無視されるか適当に流されるかするだけだった。でもちゃんとこうして仲直りできた。だから奏ちゃんも桜ちゃんも大丈夫。なにも根拠はないけど絶対に大丈夫だって、そう思えるんだ」

「……そうですね。佐渡さんの言う通りです。私もあの二人がこのまま一生佐渡さんと喧嘩したままの姿なんて想像できません。どっちかっていうと、今も佐渡さんと仲直りしたいって考えてる姿の方が簡単に想像できちゃいます」

「本当にそう思ってもらえてるなら嬉しいよ。実際はわからないけどね」

「そんなことありません! 絶対にあの二人だって佐渡さんと仲直りしたいって思ってますよ! それだけは絶対です! 間違いありません!!」


 いつにも増して勢いのすごい彼方ちゃんに一瞬圧倒されてしまうも、すぐに平静を取り戻して笑顔で頷き返す。


「そうだね。きっとそう思ってくれてるよね」


 この考えがあまりにも僕に都合の良い希望的観測なのはわかってる。

 でも、そうあってほしいという気持ちも確かなわけで。


「そうだ! 佐渡さん、天王寺家への連絡、私に任せてもらえませんか?」

「え? 僕と奏ちゃんたちの橋渡し役を買って出てくれるってこと?」

「だいたいそんな感じです。実は私、桜と連絡先交換してるんです。だから私の方から少し向こうの状況を探ってみます。話してみてどうにかなりそうなら佐渡さんとの仲直りの場を作って見せます!」

「ほんと!? それはすごく助かるよ。僕も桜ちゃんとは連絡先交換してるんだけど、やっぱり返信なくてさ」


 天王寺家への連絡はもちろんのこと、僕は桜ちゃん個人にも連絡を取ろうとしたことがある。

 結果は今彼方ちゃんに言った通りだけど……。


「任せてください! 私、張り切っちゃいますよ!」


 両手をグーにして軽く上げ、やる気を見せてくれる彼方ちゃんにほっこりしながら、僕は彼方ちゃんが話し合いの場を設けてくれた時のことに思いを馳せる。

 あの屈託のなくて悪戯っぽくもある笑顔を、僕はもう一度取り戻して見せるんだ。


「そういえば話は変わっちゃうんだけど、彼方ちゃんの学校もうそろそろ文化祭なんだよね?」

「はい、そうです。まだ日数はあるんですけど、みんな妙に張り切っちゃって、他のクラスより早く動き出してるんですよ。たぶん準備を始めてるのはうちのクラスだけだと思います」

「へー。それはすごいね。……あのさ、それって僕も行けるのかな? というか、行ってもいいかな?」

「もちろんですよ! むしろ近くなったら私の方からお誘いするつもりでした!」

「そっか、それは良かったよ。入場制限とかは?」

「学校によってはあるみたいですけど、うちの学校はないですよ。だから当日参加でもオッケーです!」

「文化祭の日は?」

「来週の金曜日と土曜日の二日間です! でも一日目は生徒だけの開催なので、佐渡さんたちが来るんだったら土曜日の一般開催日ですね!」

「二日間もやるだね。僕のところは一日だけだったよ」

「先生の話だと、一日だけにしちゃうと生徒が一般の人の対応に追われて文化祭を楽しめないから、生徒だけの文化祭の日も作ろうってことになったらしいですよ」

「なるほどね。確かにせっかく準備したのに自分たちが楽しめないんじゃ意味がないもんね」


 僕の高校は田舎の方だったので都会に比べて規模も小さく、賑わっていたとはいえ大忙しというほどでもなかった。

 それに比べて都会の学校ともなれば規模も段違いだろうし、人の数だって比例にして多くなるはずだ。


「彼方ちゃんたちのクラスはなにをやるの?」

「ふふふ。内緒です! せっかくならサプライズにした方が面白いと思うので」

「うーん、気になるけど仕方ないよね。当日のお楽しみってことにするよ」

「はい! ぜひ期待しててくださいね!」


 彼方ちゃんのとびっきりの笑顔に少しドキッとしつつも、それを悟られないように笑顔を返す。


「それにしても、さっき彼方ちゃん自身も言ってたけど、開催日が来週の週末ってことはまだ一週間以上あるのに本当に準備早いんだね」

「そうですね。色々と準備するものが多くって忙しいですよ。みんな始めてやることとかわからないことを手探りで進めてる感じなので余計にですね」

「そんなに一生懸命手間暇かけて準備してるなら成功は間違いなしだね!」

「そうですね。みんな一生懸命頑張ってるんです! 絶対に成功するに決まってます!」


 楽しそうに意気込む彼方ちゃんを見ていたら、僕の方まで楽しみになってきた。


「そういえば佐渡さんの方はどうなんですか? 大学でも文化祭ってありますよね?」

「あー、うん。もちろんあるよ。去年も結構派手な感じだったよ。正直僕の高校と全然違ってびっくりしちゃった。これが田舎と都会の差か……って」

「どういう出し物があったんですか?」

「別にそこまで珍しい感じじゃないよ? お化け屋敷とかメイド喫茶とか劇とかバンド演奏とかだよ。ただ人数が多いからその分規模も大きくてね、あとやることの分野ごとに詳しい人が張り切ったりしちゃって完成度がすごく高かったりして、それにびっくりしちゃったって感じかな」

「あー、確かにそういうのはあるかもしれませんね。人が多いだけでも派手に見えますし」

「そうそう。お化け屋敷なんてCG技術? とかいうのも使ってたらしくて、僕もみんなと入ったんだけど思わず叫んじゃったよ」


 今でも鮮明に思い出せる。

 最初に簡単な説明ということで椅子に座らせられたと思ったら突然椅子が揺れ出したり、その説明映像を見ていたら突然びっくり映像が挟まれていたリ、そこを乗り切って既に腰が引けて疲弊しつつも、どうにかみんなに置いてかれないように頑張ってたらいきなり後ろから「すいません」と声をかけられて、普通に対応しようと振り向いたら首のない人が「私の首知りませんか?」って聞いてきたりと、本当にもうびっくり要素満載だった。

 ちなみに終始叫んでいたのは僕だけだったという悲しい事実も最後に付け足される。

 この後みんなにしばらくからかわれたのは言うまでもないよね……。


「それはすごそうですね……。私ダメかもです……」

「僕もできればもう嫌なんだけどね。でも、また来年も入るってみんなと約束しちゃってるから無理そうだな~……」


 さらに今言った通り来年も一緒に入る約束までさせられちゃってたりした。


「あの、佐渡さん……」


 少し控えめに僕の名前を呼ぶ彼方ちゃん。

 その後に続く言葉は僕なんかでも容易に想像できた。


「わかってるよ彼方ちゃん。彼方ちゃんさえよかったらだけど、一緒に入ろうね」

「は、はいっ! 楽しみにしてますね!!」


 とびっきりの笑顔を見せてくれる彼方ちゃんに「でも、お化け屋敷苦手そうだったけど大丈夫?」なんて野暮なことを言う気にもなれず、僕は同じく笑顔を返した。


「そのためにも他のことをなにも考えなくていい状況を作らなくちゃ」


 そうだ。こんなに楽しそうで楽しみな話も、奏ちゃんたちと仲直りができなければすべて意味がなくなってしまう。

 文化祭自体は開催されても、そこに挑む僕らの心に少しでも曇りがあったら心の底からイベントを楽しめない。

 そんなのは絶対にダメだ。許されることじゃない。

 僕が決めた仲直りまでタイムリミットは今日を除いてあと三日。

 残りの時間はもう半分を切って、進捗は順調とも順調じゃないとも言えない中途半端な状況。

 それでもあきらめる気はないし、あきらめてもいない。最後の最後まで足掻いてもがいて、それで絶対にみんなと仲直りして見せるんだ!!

 それでも、仮にだとしても、もし仲直りできなかったりしたら、その時は――――――。


「頑張ってくださいね、佐渡さん。私はいつだって佐渡さんの近くで応援してますから」


 そうならないためにも、そしてこんなにも眩しくて暖かい彼女の笑顔の為にも、僕は頑張らないといけない。

 今まで何度も助けられてきた、この魅力的な笑顔を何度でも見るためにも僕は――――


「あれ?」

「どうかしたしましたか佐渡さん?」

「う、ううん。何でもないよ」

「そうですか? 何かあったら遠慮なく言ってくださいね」

「ありがとう。心配かけちゃってごめんね」


 それからも少しの間僕は彼方ちゃんと一時の心の休憩をし、一緒に夕食まで済ませ、何気なくテレビを見ながらとりとめもない話をして、時間の許す限り同じ時間を共有した。

 それはまるで、初めて出会ってからしばらくの間一緒に過ごした時と少し似ていて、楽しくも心温まる時間だった。


 でも―――

 さっき胸に感じた変な感じはいったい何だったんだろう?


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「それじゃあ失礼させてもらいますね」

「うん。こっちこそこんな時間まで一緒に居てもらってごめんね」

「佐渡さん、そこは謝罪の言葉よりお礼の言葉の方が嬉しいですよ?」

「そういうものなの?」

「はい。そういうものなんです」

「そっか、じゃあ、ありがとう」

「はい!」


 最後の最後まで未練たらしく別れを寂しく思う僕に、僕にそんなことを感じさせないようにふるまう彼方ちゃん。

 そんな彼方ちゃんの優しさのおかげで、僕はさっき翔くんや鈴さんたちが帰る時のようなどうしようもない寂寥感はなかった。


「それじゃあ、おやすみなさい、佐渡さん」

「うん。おやすみなさい、彼方ちゃん」

「桜のことは任せてくださいね」

「申し訳ないけどお願いするね」

「任されました!」


 その言葉と笑顔を最後に彼方ちゃんは反転して僕に背中を見せる。

 そのままお向かいにある自分の家までゆっくりと歩いていき、玄関を開いた。

 いくらお向かいとはいえ、高校生の女の子が夜遅くに外を出歩くのには変わりない。だからちゃんと彼方ちゃんが玄関の中に入るまでその姿を見送ることにしていた僕は、ようやくほっと胸を撫で下ろして自分も部屋に戻ろうとする。

 すると彼方ちゃんが最後にこちらをちらりと振り向き、小さく手を振ってくれた。

 だから僕も真似をして小さく手を振り返す。言葉なんてなくても心はつながっている。そう感じられるような時間だった。

 そして今度こそ彼方ちゃんが家に入るのを見て、僕も部屋の中に戻る。


「はあ~、彼方ちゃんにはかなわないな~」


 彼方ちゃんが帰り、一人の時間になって僕が一番最初に感じたのはこんなものだった。


「彼方ちゃんは僕のことをすごいとか感謝してるとか言ってくれるけど、僕は全然そんなのじゃないのにな~」


 彼方ちゃんは事あるごとに僕をほめてくれる。

 僕が落ち込んでいるときや悩んでいるとき、とにかく僕が何かネガティブな感情になっていると、僕を励ますためかこっちが恥ずかしくなるくらいにほめてくれる。

 僕自身はそんな風に思えないし、実際にそんな大層な人間じゃない。


「でも、彼方ちゃんのあの期待を裏切ることなんて僕にはできないんだよな~」


 僕がいつも頑張れるのは、きっと彼方ちゃんのおかげだ。


 あの、優しいくて暖かい笑顔が。

 あの、いつも元気と勇気をくれる応援が。

 あの、安心感のある存在が。


 それ以外にもたくさんの魅力がくじけそうになる僕を叱責して、励まして、前に進ませてくれる。

 止まることを許してくれず、決して膝を折ることを良しとしない。

 でも仮に本当に膝を折ってしまったとしても、きっと彼方ちゃんは許してくれる。

 優しくて、暖かくて、心地の良い言葉で僕を励ましてくれる。全てを許して、それでも僕の隣に寄り添ってくれると思う。

 ただ、だからこそ、僕はそんな彼方ちゃんの期待に応えたいと思う。

 どんな僕でも許してくれる優しすぎる女の子の期待に、どうしても応えたいと思えてしまう。


「僕には重すぎる期待だけど……」


 何度も言う通り、僕はそんなできた人間じゃない。


「とてもすべての期待に応えられる人間じゃないけど……」


 僕に叶えられることなんてほんのちょっとしたことだ。


「でも、僕にできることはなんだってしてあげたい」


 それでもその()()()()()()()()()()()で彼方ちゃんの喜ぶ顔が見れるなら、僕はきっとどこまでだって頑張っていけるのだろう。


「……あれ? なんで僕、こんなに彼方ちゃんのためって思ってるんだろう?」


 自分自身の気持ちに疑問が生じ、軽く頭をひねる。


「元はといえば、僕自身のためって思いが強かったはずだよね?」


 今では翔くんや鈴さんや広志くん、そして天王寺家のみんなのためって思いがすごいけど、最初の最初は僕自身のためって思いだったはずだ。そこから彼方ちゃんの思いが加わり、仲直りしていったみんなの思いが加わって、その気持ちがどんどん大きくなってきた。


「うん。今でもみんなのため、自分のためって思いは変わってない。むしろ一番の思いでもあるはずだよ。なのになんで―――」


 本当に、なのになんで。


「僕はみんなのためって言葉じゃなくて、彼方ちゃんのためって言葉を選んだんだろう?」


 自分自身で生んでしまった謎の答えに思い当たらず、大きな泥沼にハマって行くように思考の海に沈んでいく。その海は底知れぬほど深く、元から考え事に耽ると周りのことが何も見えなくなることと、その海から引き揚げてくれる人もいなかったことも手伝って、僕は無意識のうちに海の底に向かって沈んでいった。

 それにこの感情は、さっき彼方ちゃんと話していた時に一瞬感じたものに似ている。

 このままいつになったら答えの見つかるかわからない思考の泥沼に囚われそうになっていると、ふいに玄関のチャイムが鳴った。

 そのおかげで泥沼から這い上がることのできた僕は、ちらりと時計を確認しつつも、急いで玄関へ向かう。


「こんな時間に誰だろう?」


 ちらりと見た時計の時刻はすでに十一時を回っている。

 こんな時間にご近所さんがやってくるとは思えないし、思い当たる節があるとすれば彼方ちゃんや翔くんたちだけど、さすがにさっき帰ったばかりだし、忘れ物をしたにしたって連絡の一つでもくれるはずだ。

 そんなことを考えているうちに玄関までついた僕は「はーい」と、声を出しながら玄関の扉を開けた。

 そこには―――。


「こんな夜分遅くに申し訳ありません佐渡様。少しお時間よろしいでしょうか」


 メイド服に身を包んだ大人の女性が立っていた。

 天王寺家の万能メイド、安藤さんがそこにいた。

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