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ホームレス少女  作者: Rewrite
仲直り編
195/234

1話

 佐藤親子の問題を解決し、みんなが僕から離れて行ってから数日。

 ただ一人僕の元へと残ってくれていた彼方ちゃんに元気と希望をもらい、勇気付けられ、二人でゼロからやり直そうと誓ってからまた数日。


 ようやく彼方ちゃんから見ても私生活に危なげがなくなったらしい僕は、彼方ちゃんを家へと招いた。

 そして現在、僕らはテーブルを一つ挟み、向かい合って座っている。

 なんとなく外を見れば、茜色の夕焼けが、冬に向かい始め寒さを孕みだした空気を遮断すべく閉じられた窓から差し込んでくる。


 男子大学生の部屋に女子高生が一人。

 互いに何かを話すでもなく、けれど決して悪い雰囲気が漂っているわけでもない不思議な時間と空間。

 今の現状をなにも知らない人が見たら、夕焼けの差し込む部屋で静かな時間を過ごすカップルか何かに見えるかもしれない。

 実際は僕と彼方ちゃんは付き合ってるわけじゃないし、彼方ちゃんの彼氏が僕だなんて彼方ちゃんに失礼だと思ってるけど、それを知らない人が今この現状を見たら勘違いしても仕方ないとも思う。

 事実、僕がマンガでだったり僕以外の誰かが同じ状況になっていたら、同じことを思うだろうから。

 でも実際は本当に違っていて、ただ僕と彼方ちゃんは久しぶりの心の平穏を楽しんでいるに過ぎない。 

 擦りに擦り減っていた僕の心がようやく回復してきて、少しだけ戻ってきた元の日常を嬉しく思ってるに過ぎないのだ。

 でも、だからこそ話し合いを始めないといけない。

 まだ完全に元の日常が戻ってきたわけじゃないから、頑張らないといけない。


 元の、みんなで笑っていられる楽しい日常を取り戻すために。

 大事な親しい友人達との壊れてしまった関係を修復するために。


 そしてなによりも、みんなが僕から離れて行ってしまった中、自分だって僕に対して怒っていているはずなのに、一人僕の側に残って泣いてくれた、優しい優しい女の子ために。


「そ、それじゃあ話し合いを始めましょうか」

「そうだね」


 情けないことに年下の彼方ちゃんに先陣を任せることになって始まった僕らの話し合い。

 しかし、お互い司会進行なんて慣れていないため、会話が始められずにどこかギクシャクしてしまう。

 いつもこういう話し合いの時は仕切りが上手い間宮さんか、ムードメーカーの翔くんや桜ちゃんが司会進行を買って出てくれる。

 だから会話が上手く始められたし、続いてたんだけど、今回は任せていた三人がいない。

 まさか司会進行がこんなに難しいことだとは思わなかった。


 何を話すことなく、お互い見つめあったまま沈黙の数秒が流れる。

 そして、ふと。


「ふふっ」

「ははっ」


 僕らは同時に笑いをこぼした。


 きっと笑った理由は僕も彼方ちゃんも同じだろう。

 そう確信していた僕は、確認の意味も込めてそれを口にした。


「僕たちに堅苦しい話し合いは似合わないね」


 案の定、僕の言葉に笑って返してくれる彼方ちゃん。


「そうですね。私たちはもっと柔らかくて、ゆったりとした、なんてことない普通のおしゃべりみたいな話し合いの方がしっくりきます」


 そうして二人で一頻り笑いあった僕らは、自分達で語った通り、今日の夕飯はなんだっけ? みたいな、軽い日常会話のような感じで会話を始めた。


「とりあえずなんですが、佐渡さん。大学の方で何か進展はありましたか?」


 問いかけられた質問に、僕はここ数日のことを思い出しながら返事をする。


「いや、残念なことになにもなかったよ……。話しかけようとすると逃げられちゃうし、話しかけられても無視されちゃうんだ……」


 あの一件以降、僕は彼方ちゃん以外とまともに口を利いていない。

 あの日からずっと、奏ちゃんとも、桜ちゃんとも、安藤さんとも、翔くんとも、広志くんとも、間宮さんともまともに話していない。

 これでは仲直りもなにもない、ということで、今回の話し合いの場は持たれたくらいだ。


「そうですか……。やっぱりそう簡単にはいきそうにないですね……」

「うん……。せめて話を聞いてくれないことにはどうしようもなくて」


 会話を始めてそうそうにお通夜を彷彿とさせるほどの暗い雰囲気が部屋を呑み込んだ。

 このままじゃまずいと思った僕は、ない頭を必死に回転させて、そういえば彼方ちゃんに言わなきゃいけないことがあったと思い出す。


「彼方ちゃん。……ありがとうね」

「……え? どうしたんですか佐渡さん。急にお礼なんて……。私、佐渡さんにお礼を言われるようなこと、なにかしましたっけ?」


 話の流れになんの脈絡のない、あまりにも突然なお礼の言葉に困惑した表情をする彼方ちゃん。


「うん。してくれたよ。みんなが怒って僕から離れて行っちゃっても残ってくれた」


 僕の言葉でお礼の意味がわかったのか、彼方ちゃんがハッとする。


「どうしようもなく途方に暮れていて、精神的にも危なかった僕を支えてくれた。そして今、そのことを解決するために相談にも乗ってくれてる。だから……ありがとう。彼方ちゃん」


 心のままの素直なお礼だった。

 年下におんぶにだっこで情けないとか、頼りないだとか、そういった負の感情の一切ない、ただ僕が彼方ちゃんにお礼を言わないとと、それだけを思って出た言葉たちだ。

 お礼の言葉に彼方ちゃんは顔を明るくして笑顔を見せてくれた。でも少しして涙でもこぼしそうな顔をするも、最後にはやっぱりとびっきりの笑顔を見せてくれた。


「う、嬉しいです……。まさかそこまで思ってもらえてたなんて思ってませんでした……。少し泣いちゃいそうです」


 言葉の通り、ほんのりと頬を赤くし、瞳を潤ませる彼方ちゃん。

 お礼を言って泣かれても困る僕は、とにかく手をわちゃわちゃと動かし、どうにか彼方ちゃんを笑わせようと試みる。


「そ、そういえばこの前、定期の更新しようと思ってカードを機械に入れようとした時なんだけどね。中々カードが入っていかなくて、おかしいな? 故障かな? って思ったときがあったんだけど、僕が間違えてお札を入れるところにカードを入れようとしてただけ、なんてことがあったんだ!」


「……」


「ほ、他にもね! 大学の課題で、なになにをしたため。ってところを、手紙をしたため、の方の「したため」だと思っちゃって、前後の文とも内容が合わなくてしばらく問題が解けなかったりしてね!」


「……」


「あとは……えっと……その……うんと……」


 なんの面白味のない僕の日常から、どうにか笑ってもらえそうな話をするも、彼方ちゃんからの反応はなし。

 もっと面白い話をー。と、頭を悩ませるも、元々楽しい話や面白い話の引き出しの少ない僕には少し荷が重い話だった。

 それでも彼方ちゃんに笑ってほしくて、僕の話の中では一番笑ってもらえそうな、僕のしょうもない失敗談を記憶の底から引っ張り出す努力をする。

 そして、あーでもない、こーでもないと頭を悩ませること数秒。

 彼方ちゃんが小さく震え出す。震えは少しずつ大きくなり、最後には。


「ふ……ふふっ……あはははははっ!」


 いつになく大きな声で彼方ちゃんが笑いだした。

 さっきとは違い、まったく彼方ちゃんの笑っている理由がわからない僕はバカみたいに大きく口を開け、困惑した表情のまま呆けるしかない。


「えっと、どうしたの? 彼方ちゃん、大丈夫?」


 笑わせたいとは思ってたけど、ここまで大笑いをされると逆に心配になるもので、困惑しながらも僕は質問を投げ掛けた。


「は、はい。す、すいません。こんなに笑っちゃって」


 未だに笑いを抑えきれないといった様子で応じる彼方ちゃん。

 なにがなにやらさっぱりわからない。


「別にいいんだけど、ホントにどうしたの?」

「あー、はい。たぶん佐渡さんは私が泣いちゃいそう。って言ったから笑わせてくれようとしたんでしょうけど、泣いちゃいそうだったのは、嬉しかったからで、悪い涙じゃないからいいのに。と、思ってしまって。そのうえ佐渡さんの失敗談も面白くて、つい大きな声で笑っちゃいました」


 瞳に浮かんだ涙を人差し指で取りながら彼方ちゃんは続ける。


「でもそれが、いつもの佐渡さんらしくて、安心しました。あと、佐渡さんの優しさを笑ってしまってごめんなさい」

「いや、僕は彼方ちゃんが喜んでくれたならそれでいいよ。それに、元はといえば、僕が泣いちゃいそうって言葉に過剰反応して勝手に勘違いしちゃっただけだから」

「いえいえ! 私がすぐにこれは嬉し涙ですって言っていれば」

「いやいや、やっぱり動揺して冷静な判断ができなかった僕が」

「でも私が」

「やっぱり僕が」


 お互いヒートアップして、やや前のめりになりながら責任の被り合いをして、見つめ合うこと数秒。

 期せずして、僕らはまた同時に笑いだした。


「「あはははははっ!!」」


 再び一頻り笑いあった僕らは会話を再開する。


「このやりとり、なんだか懐かしいね」

「はい。どっちも悪くないのがわかってるのに、どっちが悪いって言い合って、最後にはこうして笑って。前は頻繁にしていたやりとりですもんね」

「そうそう! 楽しかったもんね! ……でも、もう、今度こそ話し合いを始めなきゃ」

「そうですね。一日でも早く皆さんと仲直りもしたいですもんね」

「えっと、うん。それもあるんだけど……」


 心の中に現れた素直な言葉を口にするか一瞬躊躇う。

 それは、恥ずかしい言葉で、照れ臭い言葉で、今ここにいないみんなに失礼な言葉だから。

 でも、言わなきゃいけない気がした。

 ううん。少し違う。僕が伝えたいと本気で思ってるんだ。

 中途半端に口にした僕の言葉の続きが気になるようで、頭にハテナを浮かべて首を可愛らしく傾げている彼方ちゃんにそれを告げる。


「彼方ちゃんとの会話がすごく楽しいからさ、このままずっと、彼方ちゃんと二人で笑っていられればそれでいいや。って、そう思っちゃいそうで……怖いんだ」


 彼方ちゃんと過ごす、ゆったりとしていて、心地よくて、甘い、この春の暖かさにも似たような時間が永遠に続けばいい。

 そんなことを一瞬でも考えてしまう自分が怖かった。

 目の前の優しい空間に身を委ねてしまうのが怖かったんだ。

 彼方ちゃんとの優しい一時に心身ともに委ねて、嫌なことからは目を背け続け、なかったことにし、でもときどき思い出しては悲しい気持ちになり、そして一番最悪なのは、僕が背負うべきこの責任を彼方ちゃんにも背負わせてしまうという点だった。

 そんな自分の不甲斐なさから俯いてしまっていた顔をあげると、そこには彼方ちゃんの真っ赤な顔。


 そうだよね……。こんなこと言ったら怒るに決まってるよね……。


 正直、怒られて当然だと思っていた僕は素直に彼方ちゃんにお叱りの言葉を受けようと正座をして、両手を膝の上でグーにして待機する。


 ……。………。…………。

 あれ? まったく怒られる気配がない?


「彼方ちゃん?」


 怒られないことを不思議に思い声を掛けると、彼方ちゃんはハッと我に帰ったような顔をした。


「な、なんでしょうか佐渡さん!」

「えっ? いや、えっと、怒らないのかなって」

「怒る? 私が佐渡さんにですか? なにをでしょう?」


 心底不思議そうにしている彼方ちゃんを、僕の方も心底不思議に思いながら言葉を繋ぐ。


「その……このままずっと彼方ちゃんと楽しい日々を過ごしたいって考えちゃったのを」


 僕がそこまで口にすると、彼方ちゃんがまたボッと赤くなった。

 え? なんで? ほ、本当にわからない。

 怒ってるようじゃないし、なんであんなに顔が赤くなってるの?


 そこまで考えて、僕は大変遅すぎると言わざるを得ないが、一つの可能性に行き着いた。


「彼方ちゃん! ちょっとごめんね!」


 断りを入れながら彼方ちゃんの隣まで移動し、自分の顔を彼方ちゃんの顔へ近づけていく。

 すると、彼方ちゃんは焦った様子ですっとんきょうな声をあげながら慌て出した。

 でもそんなことお構いなしに僕はどんどんと彼方ちゃんに近づいていき、彼方ちゃんはもう少しでお互いの顔がくっつくと言うところで、何かを決意したように力強く瞳を閉じた。


 やっぱりだ。

 やっぱり彼方ちゃんは―――


 そこまで考えたところで僕と彼方ちゃんの体の一部が触れあった。


 額と額がくっついた。


「……あれ? 熱くない?」


 本来伝わって来ると思っていた熱が伝わってこない。伝わってきているのは普通の人肌の温度で、強いて言うなら少し暖かいかな? くらいのものだった。

 おかしいと思った僕が一旦額を離してみると、彼方ちゃんの顔はますます赤くなっていた。

 やっぱり僕の考えは間違いではないと、今度は手で熱を測ってみようと右手を自分の額に、左手を彼方ちゃんの額に当てる。

 が、結果は変わらず。


「あれ? あれれっ?」


 てっきり彼方ちゃんは風邪を引いていて熱まで出てると思ってたんだけど、その予想がはずれ、テンパる僕。

 しかし、このままではいけないと、なけなしに残った理性が警告をしてくれたお陰で、僕はその疑問を口にすることができた。


「あ、あの、彼方ちゃん? 熱があって具合が悪いんじゃ……」


 あれだけ熱を測って熱がなかったんだから、正直違うのはわかりきってるんだけど、それでも熱がありますと言ってほしかった。


 だって、だって―――


 そうじゃなかったら、ただ彼方ちゃんと額と額をくっつけただけになっちゃう!!


 今思い返すと、僕すごいとんでもないことやらかしてる!

 熱があると思って慌てて、他のことに一切思考がいってなかったとはいえ、彼方ちゃんとあんなに近づいて、おでことおでこをくっつけて―――。


 あああああーっ!!

 僕ってやつは、また死んでも謝罪しきれないことをーっ!!


 ちゃんと見たわけじゃないはずなのに、彼方ちゃんの長い睫毛や、整った鼻、ぷるぷると震えていた可愛らしい唇なんかが鮮明に思い出される。

 それをどうにかしようと(かぶり)を振ったり、頭をテーブルに打ち付けたいのを必死で堪え、僕はただ、彼方ちゃんが熱がありますと言ってくれるのを願って待った。


 あぁ、顔がすごく熱い……。


「ね、ねねね、熱は……」

「ね、熱は……?」


 お互いの顔を真っ赤にしながら、たっぷりと一分ほど見つめあったのち、彼方ちゃんがわなわなと唇と身体を震わせ、それを声にも伝染させて言ってくる。


「な、ななな、なな、ないです……」


 言葉にすると同時に真っ赤な顔のまま俯いてしまう彼方ちゃん。でもそれは僕も同じなわけで……。

 結果、なんか初々しい男女のお見合いみたいになってしまった。


 ん? でも待てよ? 熱があったわけじゃないなら、どうして彼方ちゃんはあんなに顔を真っ赤にしてたんだ?


 行き着いて当然の疑問が頭をよぎると、オーバーヒートしそうだった頭に冷静さが僅かに復活する。


「ねえ、彼方ちゃん。熱があったわけじゃないなら、どうしてそんなに顔が真っ赤なの?」

「えっ!? あっ! これはですね! あのー、なんと言いますかー……えっと、そのー、あはははは……」


 なにやら言い淀んだあと、空笑いを返してくる彼方ちゃん。

 もしかして、熱ではないものの、具合が悪いのはあってる?


「彼方ちゃん。熱がなくても、具合が悪いならちゃんと言ってよ。もしそうなんだったら僕も心配だし、相談はまた今度でもいいから」


 ここは少し強引にでも彼方ちゃんを帰すべきだと確信した僕は迷いなく動き出す。

 まずは席を立とうと膝に手を置くと、彼方ちゃんが慌てた様子でそれを止めてきた。


「あーっ! さ、佐渡さん! 大丈夫です! 私元気ですから! 具合も悪くありませんよ!」


 そう言って、元気をアピールするように動く彼方ちゃん。

 でも、その頬はまだ少し赤くて、無理をしているようにしか見えない。

 まったく、優しすぎるよ彼方ちゃん。人のこと言えないじゃないか。


「無理はよくないよ。それに、彼方ちゃんが言ってくれたんじゃないか。自分にも優しくって。それなら、彼方ちゃんも自分に優しくしないと」

「ち、違うんです! 本当に具合が悪いわけじゃなくて、もっと違う理由が!」

「違う理由? それってどんな?」

「そ、それはですね! えっとー……」

「ほら、また顔が赤くなったよ。やっぱり具合が悪いんでしょ。お願いだから無茶はしないで。心配だから」


 抜いていた力を入れ直し、立ち上がる僕。それを今度は自分も立ち上がってまで止めてくる彼方ちゃん。

 今日の彼方ちゃんはいつにもまして強情というか、頑固だった。


「ほ、本当に違うんです! ただ、その、少し暑くてですね……」

「暑いって、部屋がかな?」

「は、はい! 私今日少し厚着をしてきちゃったので、少し暑くて! そのせいで少し顔が赤かったんだと思います!」


 みたところ、別に彼方ちゃんは厚着をしているようには見えない。

 可愛らしいTシャツの上にセーター、下はシンプルなズボンという実にラフな格好だ。だというのに、可愛らしさがしっかりとあるんだから、彼方ちゃんはやっぱりかわいい部類の女の子なのだろう。


 話が少し逸れてしまったので戻すと、彼方ちゃんは家に来たときこそパーカーを羽織っていたものの、部屋に上がってすぐに壁掛けハンガーを借りてそこに掛けていた。

 季節も十月に入り、暖かさよりも寒さが少しずつだけど目立つようになってきている。今日はその中でも寒い日な方だし、それに同じ部屋に居て似たような格好をしている僕は別に暑くも寒くもない。


 そこまで考えて、僕は一旦思考を止めた。


 いやいや、そうじゃないだろ佐渡誠也。なんで彼方ちゃんを疑ってるんだ。彼方ちゃんを疑う理由なんてないじゃないか。いつも彼方ちゃんが僕を信じてくれてるように、僕も彼方ちゃんを信じなきゃ。

 最終的にそういう結論に落ち着いた僕は、伸ばしていた膝を折り畳み、その場に座る。

 彼方ちゃんも僕が座ったことにホッとしたのか、安堵の息を吐いて着席した。


「あっ、そうだ。暑いんだったよね? 今少し窓開けるね」


 そういえばと思いだし、窓を開けようとする僕を彼方ちゃんは「もう大丈夫です」と、引き留めた。


「もう大丈夫なんで、窓はそのままで大丈夫ですよ、佐渡さん」


 いつもの笑顔で言ってくる彼方ちゃん。

 でも、まだその頬は少し赤くて。


「でも、まだ少し頬が赤いよ?」


 なんて、お節介をかけてしまった。

 すると彼方ちゃんは恥ずかしそうにもじもじし出し、その理由を口にした。


「さ、さっきのことがまだ……頭から離れなくて……」


 それを聞いた僕は一瞬、なんのことだろう? と、思ったものの、すぐにその原因に思い至った。


 さっきのって、僕がやらかした大失態のことかぁーっ!!


 そりゃあ、いきなり顔を近づけられたらああもなるだろう。

 少し暑くもなってしまうだろう。

 実際、今思い出すだけでも赤面ものだし、頬が暑くなってくる。

 お互い俯いたまま時間が過ぎていく。

 さきほどの二回までと違ってどちらも笑うことなく、ただただ照れと気恥ずかしさだけが空間を支配した。

 そして最終的にこの気恥ずかしい沈黙に先に耐えられなくなった僕が「もうこんな時間だし夕御飯にしようか! 食べていくよね?」と、早口に切り出し、それに彼方ちゃんが「そ、それじゃあ、ごちそうになります! お手伝いしますね」と、早口に返してきて、その後恒例の手伝う手伝わないの口論をして、最終的に一緒に作るというところに落ち着いた。

 この頃にはすっかり先程までの気恥ずかしさは消え去っており、楽しい夕食を取ることができた。


「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです!」

「こっちこそ。すごく美味しかったし。すごく助かったよ!」


 短い別れの挨拶を交わし、手を振って彼方ちゃんを見送る。

 空はすっかり夜の帳を落としていたものの、彼方ちゃんの家は僕の住んでるアパートのお向いさん。

 特別危険な距離でもない。

 それでも少しの不安が大きな心配に繋がってしまう僕は、彼方ちゃんが家の中に入るまでしっかりと見届けてから家に戻った。


「今日はいろいろあったけど楽しかったな。彼方ちゃんとも楽しく過ごせたし。……まぁ、少し恥ずかしいこともあったけど」


 さっきまでのことを思いだし、幸せ気分に浸っていると、何か忘れているような気がしてきた。

 そしてそれはすぐに記憶の中で顔を覗かせる。


「あっ! みんなと仲直りをするための作戦会議全然できてない!」


 今日の本題とも言えることをすっかり忘れてしまっていた僕は、肩を落として落胆する。

 でも、次の瞬間には背筋をピンと立たせ、気持ちと一緒に前を向いた。


「くよくよしてても仕方ないよね! また明日から頑張ろう! それで、絶対みんなと仲直りをするんだ!」


 そんな決意と共に家へと帰る。

 結局、作戦会議は楽しい夕食会へと形を変えてしまったけれど、不思議と後悔はまったくといっていいほどなかった。

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