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ホームレス少女  作者: Rewrite
間宮 鈴 過去編
193/234

7話

 次の日の朝。私は窓から差し込んでくる太陽で目を覚ました。

 今ここに、昨日までの卑屈な私はいない。そのせいだろうか、いつもはうっとうしいほど青く見えた空が、きれいな青い空に見えた。

 すっきりとした気分のままパジャマから制服に着替える。そのままの足でカバンを持って、下の階まで行く。

 お母さんに「今日はまたずいぶんとご機嫌なのね。何かいいことでもあった?」なんて言われながら朝食を取って家を出る。

 いつもはつまらないと思っていた学校への道も、今日に限っては華やかに見える。遠くに見える山が、何の変哲もない田んぼが、ゆっくりと流れる川が、すべてが輝いて見える。

 心持一つで世界はこうも変わるんだ。


 変わりゆく素敵な景色に小鳥のさえずりをBGMにしながら学校への道のりを行く。

 今日はきっと、記念すべき日になる。

 それがいい記念になるのか悪い記念になるのか、まだそれはわからないけれど、少なくとも私は一歩前進できる。扱けてしまうかもしれない。躓いてしまうかもしれない。でも、もう大丈夫。

 そこから立ち上がる勇気をもらったから。


 そんなことを考えていると、あっという間に学校に着いた。

 年季を感じさせると言えば聞こえはいいが、実際はただ錆びてしまってボロボロなだけの校門を抜け、BGMを小鳥のさえずりから朝から精を出している野球部とサッカー部の声に切り替える。

 そこから下駄箱まで移動し、中が無事なことに内心ほっとする。それと同時にまたBGMが野球部とサッカー部の声から吹奏楽部の演奏に代わる。

 普段は本を読むのに邪魔だなんて思っていたけど、ちゃんと聞いてみると思ったよりも綺麗な音をしていた。


 階段を上り、廊下を少し歩いて教室に入る。みんなが一瞬私の方を見て、すぐに目を逸らした。いつもより早くみんなが目を逸らしたのは、きっと昨日の私の態度が影響しているせいだろう。昨日は殺気にも似た敵意をずっと周囲に振りまいていたから。


 クラスメイト達がいつも通り私をいないものとして元のグループで花を咲かせる中、私はある一グループの元へ歩いていく。

 それは三人組の女子のグループ。いつか私を屋上に呼び出して直接文句を言ってきた三人組だった。


「ねぇ」


 楽しそうに笑いながら昨日のテレビか何かの話をしている三人組に私は声をかけた。もちろんそれは勇気のいる行為で、正直な話、少し足が震えていた。

 今まで自分から誰かに話しかけることなんてなかったし、あったとしてもそれは義務的に話しかけないといけないときだけだった。

 今みたいに自分のため、私用で誰かに声をかけるのは初めてだった。

 たった一言の私の言葉に三人はビクッと体を震わせ、ゆっくりとこちらを向いた。

 三人からあからさまな感情が私に向けられる。明らかな悪意と敵意、それと―――


「今までの私に対する嫌がらせ、あなたたちの仕業よね?」


 なにかに怯えるような恐怖心。


「なんのことかしら?」


 質問に答えたのはリーダーらしき女子だった。他の二人が気まずそうにしている中、この子だけはしれっとした顔をしている。返事の言葉にも一切の迷いも躊躇もなかった。


「わからない? 私の机の中にゴミを入れたり、靴箱に悪口を書いた紙を入れたりしたことを言ってるのだけれど。それとももっと具体的に言った方がいいかしら?」

「……仮に間宮がそんな目にあってるとして、私たちがやったっていう証拠があるの? まさか証拠もなしに言いがかりをつけに来たわけじゃないよね? もしかして前に屋上で色々と言ったお返し?」

「違うわ。確かにあの時のことに思うところはあるけれど、今日はそんなことのために話しかけたんじゃないもの」

「じゃあなんで私たちを疑ってるわけ? 他にもやってそうな奴はたくさんいるじゃない」


 そう言って彼女は教室中を見渡した。

 彼女はこう言いたいのだ。このクラスの全員が容疑者でしょ? と。


「そうね。確かに私はクラスメイトに嫌われてるでしょうから誰が私に嫌がらせをしてきてもおかしくはないわね」

「でしょ? わかったならいつもみたいに一人で本でも読んでたら? 佐渡君が来るのもまだでしょ」


 時計をちらっと確認しながら彼女が言う。確かに彼女の言う通り佐渡誠也が学校に来るまでには時間がある。それも、今日私がいつもより早く学校に来ているからだ。少なくともあと十分は佐渡誠也は登校してこないだろう。


「まだ話は終わってないでしょ? それとも早く私との会話を打ち切りたい理由でもあるのかしら?」

「あるわよ。私はあなたが嫌いなの。それにさっきから言ってるでしょ。私たちを疑うならまずは証拠を持ってきなさいって。話はそれからよ」


 自信満々に胸を張って私と真っ向から立ち向かってくる彼女。

 本当ならここで彼女たちが私に嫌がらせをしている犯人だという証拠を突き付けたい場面だ。そうすれば話が進むから。

 でも、私にはそれができなかった。証拠はまだ掴んでないからだ。

 当たり前だ。昨日の放課後犯人と出くわしたわけじゃない。佐渡誠也から犯人を聞いわけでもない。放課後の時点で犯人がわかっていたわけじゃない。となると、あのまま佐渡誠也との会話の後すぐに家に帰った私が犯人と特定できる証拠を持っているはずがなかった。


 ただ、確信があった。

 推測の域は出ないけれど、彼女たちが犯人だと私が判断できるだけのものは確かにあった。だから、一種の賭けに出る。


「そんなに証拠証拠言うなら出してあげるわ。あのね、私昨日文庫本を学校に忘れて放課後に取りに来たのよ。そのときにね、見たのよ……昨日の放課後、私の机でこそこそとなにかしている人を」


 三人の内、二人が震えた。

 私はそれを見逃さなかった。でも、私と面を向かって対立している彼女はその子が後ろにいるから、その失敗を見逃してしまっている。もう少し適当なハッタリをかませば、勝手に後ろの子が白状をしてくれそうね。


「その子はクラスメイトだったわ。それも女の子だった。クラスの子の名前を覚えてないから名前はわからないけど、特徴だけならもっとあげられるわよ。もう少しあげた方がいいかしら? 犯人特定のためにも……ね」


 そう言って私は彼女の後ろにいる二人に視線を送る。

 すると、二人は驚くほど顔を青ざめさせた。身体も微かに震えている。

 これじゃあこっちが悪者みたいね。……まぁ、そうなんだけどね。


「あ、あんたたちっ……!」


 私の視線が自分に向いていないことに気が付いたのだろう。面と向かって対じしていた彼女が急いで後ろを振り返る。でも、時はすでに遅い。


「ねえ、そこのあなた。なんでそんなに震えているの? 今日はそんなに寒くないわよね? それに顔を青ざめているわ」


 申し訳ないとは思いつつも、自分の目的達成のためにも心を鬼にする。


「そんな追い詰めるようなことを言うのはやめなさい! ……そうよ。私たちよ。あんたの靴箱や机に悪戯をしてたのは私たちよ!!」


 もう言い逃れできないと悟ったのだろう。あとは―――いや、たぶんこっちが本当の理由でしょうけど、こんな状態になっている友達を放っておけなかったのね。

 悔しそうな顔をする彼女と、怯えたような顔をしている後ろの二人。他のクラスメイトはただただこちらを見ているだけで、何もしてこない。

 私にとっては都合がよかったけれど、少しだけ薄情だとも思った。私が今しようとしていることが本当に正しいことなのか、後悔しないのかと、一瞬心がぐらつく。

 ただ、その心を支えてくれた人がいた。

 今ここにはいないけど、大丈夫だと、平気だよと、言ってくれる彼がいた。

 だから私は、すぐに迷いを振り切って言葉をつなげることができた。


「それは、罪を認めたということでいいのよね?」


 最後の確認にリーダーらしき彼女が悔しそうに歯を食いしばりながら、苦々しく言う。


「そうって言ってるでしょ!」


 その言葉に安心した私は大きく深呼吸。


「何してるわけ? 早く先生にでも今の話言いに行きなよ。私たちがいくら嘘ついても、ここにはたくさん証人がいるし、あんた方が有利でしょ? それとも何? このまま朝のホームルームで先生が来るまで私たちが逃げないか見張ってるつもり? ほんっと、嫌な性格してるわね」


 強がりだとすぐにわかる彼女の言葉を耳にしながら、自分の中にある最後の壁に立ち向かう。本当はこんな会話をしたいわけじゃなかった。もっと穏便に話を進めたかった。でも、臆病な私はまだ完全に殻を破れてなくて、いつもの強がっている私で居てしまった。

 でも、ここは、この最後だけはいつもの私じゃダメだ。いつもの私を捨てて、新しい私で挑まなくちゃいけない。

 もう一度深く深呼吸をする。一度じゃ足りないからもう一度深呼吸。

 それを何度か繰り返して、ようやくバクバクとうるさい心臓を大人しくさせる。

 よし、大丈夫。ちゃんと言える。

 決心が固まった私は、大きく息を吸い込んで―――言った。


「ごめんなさい!!」


 謝罪の言葉を。

 同時に深く頭を下げた。卒業式とか見たいな時にしかしない、腰から頭を下げる方法で頭を下げた。これが誠心誠意、私が謝っているという証拠になると思ったから。


「な、なに……? あんたなにしてるわけ? 意味わかんないんだけど……」


 突然の私の行動に三人が目を見開いて驚いている。

 なにやら説明を求めているらしいので、説明をするために一度頭を上げた。


「あなたたちがこんなことをしたのって、私のことが気に食わなかったからよね? 前に屋上で言っていたこと以外にもたくさん私に対して腹が立つことがあったから、こんな危ない真似をしたのよね?」


 私の質問に、彼女は困惑しながらも頷いた。


「だから、この問題の根本的問題は私にあるの。私がもっと社交的で、みんなに嫌われることのない私だったら、あなたたちはこんなことをしないで済んだ。停学、下手をしたら退学になるようなことまでしなくて済んだ」


 そうだ。元を辿れば全部私のせいなのだ。


「だから、謝ってるのよ。自分がしたことを悔いて、反省して、そのことについてあなたたちに頭を下げたの。だから、ごめんなさい」


 もう一度深く頭を下げる。


「だ、だからなんであんたが頭下げてんのさ!! 悪いのはどう考えたって私たちだろ!」

「確かにあなたたちの行動も褒められたものじゃないわ。でも、原因が私にあるのも事実なのよ」

「で、でも! こんなことしたってあんたにとっていいことないじゃない!」

「あるわよ。私はあるお願いをあなたたちにするためにこうしてるの。それをするために邪魔なものを取り払おうとしてるのよ」

「わ、わけわかんない! 私たちに何を頼もうっての!? それにお願いじゃなくて脅迫じゃない!」

「違うわ。お願いよ。断ってくれても全然かまわない。それだけのことを私がしてしまっていたんだもの」


 いつもの私からは想像できない言葉の数々。

 そんな言葉に圧倒されてか、彼女は私の話を聞いてくれる気になったらしい。


「お願いって……なによ?」


 まだ完全に信用してない、疑うような視線ではあったけれど、話を聞いてくれる気になった。それだけでも、私はうれしかった。


「できたら、できたらでいいの。……できたら、今までのことを水に流して、仲良くとは言わないから普通に私と接してくれないかしら?」


「……は?」


「今までの私は確かにひどかったわ。人に嫌われてもしょうがない人間だった。クラス中からいないものとして扱われても仕方のない人間だった。小説なんかに出てくる理由もないのにいじめられているような可哀そうな人間じゃなかった。臆病だった。臆病者だった。でも、そんな私でも友達を作っていいって言ってくれる人がいたの。友達になってほしいって、言ってくれる人がいたの」


 あの言葉がリフレインして瞳が熱くなる。

 気が付けば、一滴の滴が床に落ちて弾けていた。


「だから変わろうと思った。そいつと友達になりたいって思ったから、友達になるために変わろうと思った。変わらなくちゃいけないって思った。―――これは、そのための一歩なの」


 そう。これは私が友達を作るための第一歩。

 本当の目的のために、踏み出さなくちゃいけない一歩目。

 私はまだ、スタートラインすら切っていないんだ。


「……わかった」


 私なりの誠意をもって、真面目な顔で、目で、心で彼女の返答を待っていると、彼女はゆっくりと理解の言葉を示してくれた。


「ほ、ほんと……?」


 私と彼女の視線が合うと、彼女は恥ずかしそうに視線を逸らし、頬を少し赤くしながら言う。


「まだ、完全にあんたのこと信じられるわけじゃないけど、その涙は……本物だと思うから」


 彼女の視線がゆっくりと私の瞳から零れた水滴を見る。


「それより、私の方こそごめんなさいね……。やりすぎたわ。大人げなかった」

「いいのよ。私だって悪かったんだもの」


 二人で謝罪の言葉を交換すると、彼女は後ろの二人に視線を向けた。


「二人ははどうするの? あくまで今のは私の意見で、二人の意見じゃないでしょ」


 私の代わりに確認を取ってくれる彼女。

 きっと、彼女は根は優しい人なのだろう。ただ、少し感情的で、不器用なだけで、優しい人なのだ。


「私も、許します……。あと、許してもらえたら、嬉しいです」

「あ、あたしも……」


 先ほどから少しは顔色をよくした二人から、彼女と同じような言葉をもらえた。

 それを実感したとたん、体の力が一気に抜けた。足から力が抜けて膝から崩れ落ちる。


「ちょっ!? 大丈夫!?」


 慌てて彼女が私に近づいて心配してくれた。

 たまらなくそれが嬉しかった。


「えぇ……。恥ずかしながら、結構緊張してたのよ。人と話しなれてないから」

「何よそれ。少し誰かと話す練習でもした方がいいんじゃないの?」

「そうかもしれないわね」


 それだけ言って私たちは笑った。

 心からの笑いにはまだ遠かったけれど、それは確かな前進だった。


「立てる?」

「えぇ、もう大丈夫よ」


 彼女に肩を貸してもらってゆっくり立ち上がる。

 それと同時に教室の扉が開かれた。


「おはよう……って、何かあったの?」

「どうしたよ誠也。何かあったのか?」


 佐渡誠也と、何かと一緒にいる九重とかいう奴が教室に入ってきた。

 その二人は教室に入ってくるなり、教室の異様な雰囲気に気が付いたらしく、困惑している。それも当然だろう。自分たち以外のクラスメイト達がなぜかいつもの喧騒を忘れ、教室の中央で私と、普段は話もしないクラスメイトが向かい合っていたら、おかしく思うだろう。


「間宮さん。何かあったの? なんか教室が変な雰囲気というか……。妙に気まずい雰囲気というか……」


 困惑したまま佐渡誠也はこちらに向かってきて、いつもの挨拶もせずに私に話しかけてくる。

 私がこんなに緊張して、不安を抱えて頑張っていたのに、こんなに能天気な顔を向けられると、ちょっとした悪戯心が沸いてしまう。だから、少しだけ意地悪をすることにした。


「さぁ? なにか不思議なことでもあったんじゃないかしら?」

「え? 不思議なこと? ね、ねぇ、間宮さん。その不思議なことって」

「あら? そろそろホームルームの時間ね。今日はいつもより遅かったんじゃない、佐渡?」

「えっ、あぁ。今日は翔君と一緒に登校することになってから少し遅くなっちゃったんだ。翔君、朝のバイトがあっていつも時間がギリギリだから、今日は少し遅くなっちゃったんだよ」

「そうなの。遅刻しなくてよかったわね」

「う、うん。それよりも教室のこの雰囲気って……」


 キーンコーンカーンコーン。


「あら、チャイムが鳴っちゃったわね。今日の一限目は移動教室よね? ホームルーム前に準備をして置いた方がいいんじゃない?」

「そ、そうだね。それよりも」

「おはよー。朝のホームルーム始めるから席に着いてー」

「先生も来ちゃったし、その話はおしまいね」

「そ、そんな~」


 心底残念そうにしながら佐渡誠也が自分の席に戻っていく。

 その背中を、私は笑いながら見送った。

 こんなにすがすがしい学校は、初めてだった。

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