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ホームレス少女  作者: Rewrite
間宮 鈴 過去編
192/234

6話

 その日の放課後、私は学校から家に帰って文庫本を机の中に忘れてきたのに気が付いた。最近減ってきているとはいえ、本に何かがあったら私が耐え切れない。そんなのは作者に対する冒涜だ。

それに今日は一段と嫌がらせがひどかった。そんなこともあって私は面倒なんて思うことなく、迷わずに学校に戻ることを決めた。

 それにもう一つ狙いもあった。もしかしらたら私に嫌がらせをしている犯人と鉢合わせできるかもしれないという狙いだ。

 基本的に本と自分に実害のあること以外の面倒なことが嫌いな私だけど、今回は例外である本が関わっている。さらには自分に大きな実害が及んでいる。私が学校に戻らないという選択肢を選ぶ理由など、何一つとしてなかった。


 すぐに家を出て田舎道を足早に歩く。犯人に関しては、別に急ぐ理由はない。犯人と会える可能性なんて限りなく低いのだ。たまたまタイミングが合うか合わないか、それだけでしかない。だから急いでも急がなくても可能性は変わらないし、結果が変わったとしてもそれはあくまで結果論だ。

 問題なのは本の方。本の方は手を出されてしまえばそれで終わりだ。そのことだけが、私の足を急がせた。私が立てた犯人を特定する作戦なんてどうでもよかった。

 いつもと変わらない退屈な風景に軽く目をやりながら、少しの期待と大きな不安を胸に歩き続ける。



 三十分ほど歩いて学校の門が見えてくる。少し離れたここからでも校庭で部活をしている野球部とサッカー部の声が聞こえてきた。私とは違って青春というものを謳歌しているらしい。

 少し歩いて錆付いた校門を抜ける。横に野球部とサッカー部を見ながら下駄箱まで歩き、中で靴を履き替える。下駄箱は特に異変がなく無事だった。

 上履きに履き替えた私は、BGMを野球部とサッカー部の声から吹奏楽部の演奏へと変えて校内を歩く。私の教室は二階にある。だから階段を一つ分上る必要がある。


 既に今日の仕事の半分以上を終えた学校の中に生徒の姿はほとんどなく、部活のために残っている生徒と数人すれ違う程度で私は自分の教室までたどり着いた。

 特に何も考えずに教室のドアに手をかける。鍵が掛かっていることなんてなく、教室の扉は簡単に開いた。

 私は教室のドアに掛けていた手に向けていた視線をゆっくりと自分の席に向ける。

 私の目的のものはそこにあるし、もう一つの目的である犯人の特定にしても目を向けるならそこだ。

 結果から先に言ってしまえば教室内には私以外の人がいた。たった一人、その手に何かがパンパンに詰まったコンビニのビニール袋を持った人間がいた。そしてその人物は私の席の近くにいて、何なら私の席の真ん前に居た。それはクラスメイトだった。

 ただ、私はそいつを犯人だとは思えなかった。

 だってそこにいたのは―――


「あんただったのね―――佐渡誠也」


 佐渡誠也だったからだ。


「ま、間宮さん……。これは違うんだ!」


 私が戻ってきたことに焦りだした佐渡誠也が大声で何かの弁明を始める。


「言わなくてもわかるわよ。私に対する嫌がらせを減らしていた犯人―――いいえ、お人好しはあなたでしょ。今だって、そのゴミが入っているであろうコンビニ袋が私の机の中に入ってて、大方その処理をしようとしていた。そんなところでしょ」

「な、なんでそう思うの? 僕がこれを入れようとしてたとか考えないの?」


 佐渡誠也が驚いた様子でこちらを見ていた。


 薄々確信はあったのだ。

 私に対する嫌がらせが減ったのは犯人が面倒になっただとか、そういうことでなく、誰かが善意でそれを処理をしてくれているんじゃないか。という確信が。

 少し冷静になって見れば犯人が面倒になったにしてはおかしいと思えるところがあった。それは嫌がらせの回数がなくなったのではなく減ったこと。面倒になったのなら犯人は私への嫌がらせを完全にやめるはずだ。自分が犯人だと特定されたと勘違いしたにしてもそれは同じ。今日のことだって私の推理の後押しになっている。

 だから私は考え方を変えた。そして一つの答えに行きついた。

 その答えが、誰かが私に対する嫌がらせの処理をしてくれている。

 その誰かの予想も簡単で今目の前にいる佐渡誠也だと思っていた。

 その理由も簡単で―――


「私に教科書を貸してくれるような人間は、クラスではあなただけだもの」


 クラスの人間は私のことを疎ましく思っているか、いないものとして扱っている。その中で目の前にいる佐渡誠也だけが私に対してそういった悪意のある感情を持たず、普通に接してくれていた。

 それだけで十分に予想はできた。


「……さすが間宮さんだね。頭がいいや」

「こういうのは頭が良い悪いの問題じゃないと思うわよ。ただ選択肢が最初から少なくて、消去法で選択肢を消していったらあなたしか残らなかっただけだもの」

「それでもすごいよ。僕だったらきっと混乱して立ち尽くしていたと思う……」


 そう口にしながら、佐渡誠也は自分の手に握られているコンビニ袋を見つめた。


「酷いよね……。間宮さんはなにも悪いことしてないのにさ。ほとんど毎日机の中にゴミとかを入れていく……」


 悲しそうにそう語る佐渡誠也は、私に話しかけているというよりは、むしろコンビニ袋を入れていった犯人に呟いているように私には感じた。


「それだけじゃないよ。間宮さんのロッカーや靴箱にも悪戯がほとんど毎日されてる。今みたいにゴミが入ってたり、悪口を書いた紙が入ってたり……」


 少し言葉が強くなったから怒っているのかと思えば、すぐに悲しそうな声を出す佐渡誠也。

 感情の起伏が激しい。私には到底真似できない芸当だ。


「こんなことしたって誰も喜ばないのに、なんでこんなことするんだろうね」


 今のは明らかに私に向けられた言葉だった。

 人とのコミュニケーションに疎い私でもわかったのは、佐渡誠也が私の方を見ていたからだ。まるで何も疑っていない真っすぐな瞳が私を捉えていたから。

 その視線を何故か見ていられなかった私は、やや視線を下げて顔を逸らす。


「私にはわからないけど、そういうことが楽しいって人間もいるんでしょ。それか、自分が気に食わない相手に嫌がらせをしてるだけで、楽しいとかはどうでもいいのかもしれないわね」

「でも、そんなの悲しいよ……。そんなことをするくらいならみんなで楽しくしてる方がよっぽどいいよ」

「それはそれで気持ちが悪いでしょ。少なくとも私はみんなが仲良くなんて絶対に嫌ね」

「なんで? みんな仲良かった方が楽しくない?」

「そりゃあそうでしょうけど、あんたが言うみんな仲が良いっていうのは、喧嘩も全くしない、少しも意見が合わないことがない、常に相手と思うことが一緒とか、そういうことよね? だとしたらそんなの―――つまらないじゃない」


 我ながらなんて臭いセリフだろうと思う。

 でも、今の言葉は私の紛れもない本心で、本の中のたくさんの人物たちが紡ぐ物語を読んできた私の考えだ。みんながみんな同じだったら本当につまらない。本で例えれば、少し名前や内容が変わっただけで基本的に話の道筋は同じで、終わり方もほとんど一緒、読者に伝わる内容も全く同じ。私はそんな本は読みたくない。

 いくら内容が似ていても、同じように見えても、そこには作者一人一人の思いがあって、登場人物たちの心があって、たくさんの想いが詰まっていて、伝えたいことがあるのだ。

 それはきっと、私たち人間も同じだ。いくら同じに見えても、どんなに似ていても、小さなところは全然違っていて、同じ言葉でも伝えたいことは違っている。

 きっと、そうなのだ。


「やっぱり間宮さんはすごいね。僕なんてそんな風に考えたこともなかったよ」

「別にすごくないでしょ。当然のことを言っただけよ」

「僕にはそれがすごいんだよ。だから僕は―――」


 佐渡誠也は一瞬思い詰めるように唇を噛みしめてから、その言葉を口にした。

 私がその言葉を最後に聞いたのは、いつだったのかすら忘れてしまった、小さな子供でも当たり前のように知っていて、使っているその言葉を。


「キミと友達になりたいって思うんだ」


 先ほどと同じ真っすぐな瞳が私を捉えた。小説の中で出てくる、相手を逃がさないような真っすぐで澄んだ目というのは今の佐渡誠也の目のことを言うのだろう。

 それほどまで佐渡誠也の瞳は私にとっては眩しくて、澄んでいて、きれいに見えた。


「……」


 だからこそ言葉に詰まった。

 自分で言うのもなんだけれど、私は結構ひねくれた人間だ。実際「そんな考え方で生きてて楽しいの?」なんて言われたこともある。

 でも、言われたからと言って自分が簡単に変われることはなく、なし崩し的に私はそのまんまの私で生きてきた。その結果が今で、この現状だ。

 毎日のように嫌がらせを受け、まるでいないものとして扱われる。

 私が変わらなかったから、変わろうとしなかったから、私は周りを置いて行った。

 いや、違う、本当はわかってる。

 置いて行かれたのは―――私の方だって。


「ダメ……かな?」


 私はこれでも結構な負けず嫌いだ。勉強ができるようになったのも誰かにテストの点数で負けるのが悔しかったからだ。何から何まで一位になりたいなんて思ってはいない。でも、なれるものは一位になりたい。誰よりも上にいたい。

 そう思っている私が、見下しているクラスメイト達に明確に劣っている点が一つあった。

 それが友達の有無だ。

 友達がいないことが悪いことではないことはわかってる。でも、だからと言っていないことが正しいわけじゃない。あくまで、いなくてもいいけど、別に良いことでもないよ。くらいのものだ。

 お母さんだって言っていた。


「一人でいることが悪いだなんてお母さんも思ってないもの。でも、ずっと一人でいることは、あんまりよくないことだとも思うけどね」って。


 私は悔しいんだ。

 友達ができないのが当たり前だと思われてることや、あんな奴に友達なんてできるはずがないって笑われてるのが悔しい。

 今までは見て見ぬふりをしてきたけど、最近いじめを受けるようになってようやく少しだけわかった。

 私がバカにしてた連中は確かに私より優れた人間ではない。でも、私にはないものを確かに持っている。連中の周りにはいつも誰かがいた。

 笑っている時も、困っている時も、泣いている時も、怒っている時も、あいつらの周りには誰かがいたのだ。

 でも、私にはいない。

 今日だって、私は一人だった。


「もう一度だけ言うね。僕はキミと友達になりたいんだ。友達になってくれないかな?」


 佐渡誠也が私に向けて手を伸ばす。

 手を伸ばし、その手を取れば、私と佐渡誠也の友達関係は成立する。ずっと心のどこかで憧れていた関係を築ける。そのチャンスが目の前にはある。

 でも、私は手を伸ばすことができないでいた。怖かったんだ。

 友達を作ることがじゃない。せっかくできた友達を失うことが怖かった。

 こんなお人よしの佐渡誠也にまで嫌われてしまったら、私はこの先誰とも友好関係を築ける気がしない。今はまだ友好関係を築ける可能性がある。でも、佐渡誠也と友達になって、それが破滅した時、私は気づかされてしまう。教えられてしまう。


 私には友達なんて一生出来ないんだと、嫌でも心に刻まれてしまう。


 それが怖かった。怖くて怖くて仕方なかった。

 どうやってみんながこの感情と向き合っているのか知りたかった。

 どうやってこの気持ちを押し殺しているのか教えてほしかった。

 私には人から目を背ける方法はわかっても、人と向き合う方法はわからなかったのだ。


 だから今日だって仕返しをすることをすぐに決めた。

 向き合うことができないから、自分の土俵で戦おうと決めた。

 誰かと向き合って話すことができないから、向き合って話さないで済む解決方法に逃げた。色々な言葉で取り繕ったけど、結局のところは変わらない。

 私は怖いんだ。

 誰かに拒絶されることが、誰かに嫌われることが、誰かに見捨てられることが、怖くて怖くてしょうがないのだ。


 一人になるのが―――怖いんだ。


 だから、最初から一人でいることを選んでいただけなんだ。


 最初から一人なら、誰かに拒絶されることも、誰かに嫌われることも、誰かに見捨てられることもない。全部が解決しなくても、怖いことが一つ減る。複数人から一人になる恐怖が無くなる。

 だから私は一人を選んだ。自分を守るために、自分の心を守るために、大きくて分厚い心の壁を、他人と自分の間に置いた。

 そうすることで自分自身を守っていた。

 他の恐怖は時間が解決してくれると、いつか慣れてしまえると、そう願いながら。


「佐渡……」


 色々な感情が複雑に絡まって言葉を紡ぐことができなかった私が、どうにか絞り出すように声を出す。ただ、視線は下を向いたままだ。

 ――――私の心と一緒で。


「私には―――」


 掠れた声で吐き出す言葉はきっと聞きにくいことこの上ないだろう。

 私だったら嫌気がさしているかもしれない。それほどまでにひどい私を佐渡誠也は何も言わずに待ってくれている。視線はさっきから床を映してるから本当にそうかわからないけど、きっとそうだ。

 少なくともこの一か月ほどで知った佐渡誠也はそういう人間だ。


「友達を作る―――」


 ここまで来てまた言葉に詰まった。

 理由は単純。この先の言葉を口にしてしまうのが怖かったから。

 言葉を口にして、音を紡いで、それが相手の耳に届いて、確かなものになってしまったら取り返しはつかない。

 この世界は無情だ。失敗を取り消すことも、失敗から逃げ出すことも許してくれない。どんなに後悔をしても、どんなに逃げ続けても、決して許してくれることはない。死ぬまで永遠と記憶という形で私を苛む。


 それでも―――それでも口にするしかなかった。

 そうすることでしか佐渡誠也に対しての返事を持たなかったから。


「……資格がないの」


 言った。

 言い切った。

 とても辛く苦しいことをやり遂げた達成感なんてない。ただただ心臓を鷲掴みにされているような圧迫感を感じている。胸が苦しい。息が整わない。世界が歪んで見える。

 あぁ……そうなのね。私は泣いてるのね。


「間宮さん」


 佐渡誠也がこちらに向かってくる。それを音が教えてくれた。

 三歩ほど動いた音がして、私の視界に佐渡誠也の靴が映った。ぐちゃぐちゃに歪んだ佐渡誠也の靴が映っていた。


「そんなことない!!」


 いきなり大声とともに肩を掴まれた。肩に指が食い込むほど力強い、男を感じさせる力で佐渡誠也は私の肩を掴んでいた。

 その勢いで私の瞳に溜まった涙が何粒か床に落ちて弾けた。


「間宮さんが友達を作っちゃいけないわけない!」


 聞いたこともない佐渡誠也の迫力ある声に少しだけひるむ。

 でも、それも本当に少しだけ。私がそれ以上の何かを感じる前に佐渡誠也は言葉を連ねる。


「友達を作っちゃいけない人なんていない! 誰にだって友達は作っていいんだ! その人がどんなに悪い人でも、その人がどんなに嫌われてる人でも、友達を作っちゃいけない人なんて、この世のどこにもいないんだ!!」


 力強い力説に、さらに涙があふれ出た。


「……いるのよ。私には友達を作る資格なんて……ないの」


 一度喋ってしまったからか、それとも佐渡誠也の何かがそうさせているのか、私はさっきより簡単に言葉を発することができた。


「……なんで間宮さんはそう思うの?」

「私はね、佐渡。あんたが思ってるようなすごい人間じゃないのよ。私はただ周りより少し頭が良くて、少しだけ大人なだけの、すごい―――臆病者なのよ」


 自画自賛が入っていても、それすら帳消しにしてしまう、それどころかマイナスにすらしてしまう私の欠点。

 私は―――臆病者だ。


「怖いのよ。友達を失うことが。誰かに嫌われることが。誰に疎まれることが、独りぼっちにさせられることが」


 最初から一人ならいい。何も失うものなんてないのだから。

 でも、手に入れてしまったら、それを失う可能性を常に生む。リスクが発生する。

 それが怖い。怖いんだ。


「それにね。私は本当に友達を作る資格なんてないの。今日の朝ね、いつもより嫌がらせがひどかったの。そのとき私がなんて思ったかわかる? 先生に言ってやろうとか、直接文句を言ってやろうとかじゃなくて、私は徹底的に相手を貶めてやろうって思ったの。ケガをさせるものいい、みんなに嫌われさせるものいい、まともに生活できないように心を傷つけてやってもいいかもしれない。そんな風に思ってたのよ? そんな私に友達を作る資格があると思う? ないわよね?」


 これは懺悔だ。

 今日私が思ってしまった悪意のある行動の懺悔。相手を直接傷つけることも、心を傷つけることも厭わないと誓った、醜い私の哀れな懺悔。


 わかってる。わかってるの。わかってるのよ。

 今日のことだって元をただせば私が悪いんだって。私に原因があるんだって。ずっと前からわかってた。わかってて目を背けてきた。

 そのことについて言及されれば、あの日の屋上の子たちみたいにそれらしい言葉を並べ立てて言い負かせた。勝ったつもりになっていた。

 そうすることで心を保ってきた。

 自分は悪くないんだって、悪いのはこんな世の中なんだって。責任を見えない誰かに押し付けてた。


 その結果私は、その報いとして一人になって、こんな立場になった。

 周りから疎まれ、嫌われ、存在すら否定され、自分自身ですら自分を嫌いになってしまった。

 これは罰なのだ。

 自分勝手で超がつくような臆病者の私に対する罰。

 背負わねばならない重みなのだ。


 だから心底驚いた。佐渡誠也の次の言葉に面を食らった。


「……あるよ」

「なにがあるのよ……。どこにあるのよ……」

「ここに―――あるよ」


 そう言うと、佐渡誠也は自分を心臓の辺りを親指で指した。

 意味がわからずに「なにが?」と、聞き返す。


「僕がキミと―――間宮さんと友達になりたいって思ってる。それが間宮さんが友達を作ってもいい資格だよ」

「―――どういうことよ」

「僕は間宮さんと友達になりたいって思ってる。そして、その答えを、友達になるかならないかを決めるのは間宮さんだ。僕じゃない。僕が間宮さんの気持ちを決めるのはおかしいもん。そして、この時点で間宮さんには友達を作る資格が発生してるんだよ」

「……だからどういうことよ」

「間宮さんが僕の誘いを断っても断らなくても、間宮さんには友達を作る資格があるってことだよ。断っても、断らなくても、間宮さんは僕の”友達になってほしい”っていう質問に答えることになる。それはつまり、資格があったからこの質問をされたってことだ。資格がなくちゃ、質問すらされない」


 暴論だ。意味がわからないし、笑われて一蹴されても文句の言えないほど酷い言い分だ。

 こんなこと、相当のバカが言うことだ。

 でも、そんな相当のバカが言うことに救われる人もいて、救われてしまうようなバカもいて。


「それにさ、間宮さん。さっき間宮さんは嫌がらせをしてきた相手にひどいことをしてやろうって考えたって言ったよね? だから友達を作る資格がないって。でも、そんなことは当たり前なんだよ。僕だって間宮さんが嫌がらせを受けてることに、これでもかなり腹を立ててるんだ。どうにかしようってずっと考えてた。でもすぐにはどうしようもできないって思ったから、間宮さんを少しでも支えたいと思って、うざがられること覚悟で僕はあの日、キミに話しかけたんだ」


「……」


「正直ここまで仲良くなれるなんて思ってもなかった。小説のことだって最初はなにか話すことはないかっていう適当なものだったんだ。でも、それが僕の楽しみの一つになった。今まで小説なんて読まなかった僕が、小説を楽しいと思えるようになった。本当に楽しかった。それを間宮さんと共有できることが嬉しかった」


「……」


「毎日毎日間宮さんと話してるうちに、だんだんと本当の友達になりたいって思うようになった。もっと深い仲になりたいって思った。それと同時に、早く間宮さんへの嫌がらせをどうにかしなくちゃいけないって思うようになっていった」


「……」


「でも、僕はこんなだからさ。できれば間宮さんに嫌がらせをしてる相手を傷つけずに問題を解決したいなんて思ってて、その人たちに間宮さんと仲直りしてほしいって思ってて、そんな夢みたいな方法をずっと探してた」


「……」


「それが原因でこんなことになった……。必要以上に間宮さんを傷つけた……。僕がもっとすごい人だったら、僕がもっと上手く立ち回れる人だったら、僕がもっと賢ければ……こんなことにはならなかったのかなって思うよ。だから……ごめん」


 心を完全に救われてしまうバカがいた。


 頭を下げて謝っているクラスメイトに視線をやる。なぜか頭を下げているクラスメイトの視線の先は少し濡れていた。

 その点、私の視界はいつの間にかクリアになっていた。軽く口を開けると、いつもの様に言葉を発せるような気もした。


「なんであんたが頭を下げてるのよ。頭をあげなさい」


 いつもの私が、帰ってきた。


「いい? 佐渡。今回悪いのは根本的には私なのよ。さっきも言ったけど、私の行動で誰かを不快にさせて、こんな結果を招いたの。こうなることがわかってて放置した私が悪いのよ。もちろん全部とは言わないけどね。こういう行動に出る方もやっぱり悪いと思うもの」


 そうだ。今回悪いのは私だ。

 でも、相手だって悪い。他の解決方法を取らずに強引な手を打った。

 他の連中みたいに無視することだってできたはずなのに、それをあえて放棄した。そこには確かな責任がある。


「ねぇ、佐渡。あんたのさっきの質問の答え、明日でもいいかしら?」

「明日……?」

「えぇ。それと、ごめんなさいね」

「えーっと、なにがかな?」

「あなたに私のことで色々と考えさせちゃってたことよ。あなたは他人なのに、こんな私のために一歩を踏み出して、自分に関係のないことで苦しんでくれた。その謝罪よ」

「ちがうよ! これは僕がやりたくてやったことなんだ! 間宮さんが謝ることなんて―――」


 佐渡誠也が何かを言い切り前に、私は声を張り上げて言葉を遮った。


「なら、これは私があなたに謝りたいから謝ったの! 私が謝りたいかどうかを決めるのはあなたじゃないでしょ」

「うっ……。そうだけど……」


 まさか自分がついさっき言った言葉で言い負かされるなんて思ってもなかったんだろう。何とも言えない表情をしていた。


「それじゃあ、また明日ね。今日の返事は明日の放課後にここでするわ」

「わ、わかったよ! 返事、待ってるから!」

「えぇ。期待して待っててちょうだい」


 そんな言葉を最後に、私は佐渡誠也に背中を向け、本来の目的であった文庫本の存在すら忘れ、教室をあとにした。

 それくらい、私の心は晴れやかだった。

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