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ホームレス少女  作者: Rewrite
間宮 鈴 過去編
190/234

4話

 その日の昼休み。

 教室で母親が作ってくれたお弁当を食べ終えてから、私は文庫本を開いた。

 ただ、場所は教室じゃない。学校の中庭のベンチだ。教室は小説の面白さもわからないバカな連中が騒いでいて、うっとうしかったのでここまでやって来た。

 秋に入り始めたばかりのこの季節は、外で小説を読むのにもちょうどよかった。


「……佐渡の読み方もいいけど、やっぱり私にはいつもの読み方の方が性に合ってるわね」


 初めて読む小説を読んでやっぱりそう思う。

 確かに佐渡誠也の読み方は今までの読み方と違ったものを読み取れて面白かった。でも、やっぱり人にはそれぞれ自分に合った方法というものがある。私にとっては登場人物の感情を読み取るより、作者の伝えたいことを読み取る方が性に合っていた。ただそれだけのことだ。

 だからと言って、佐渡誠也の読み方を否定する気にはなれない。あの読み方も確かに面白かった。だから、いつもというわけにはいかないけれど、たまにはそういう読み方をするのもいいかもしれない。

 そんな風に思いながら、私は本のページをめくって、自分の世界に入り込んだ。


 やっぱり本の世界はいい。とても綺麗で、優しい。素敵な世界だ。


「……そろそろ止めとこうかしらね。これ以上読んだらいいところまで読み切れそうにないし」


 黙々と本を読み続け、一段落着いたところで文庫本を閉じて一息ついた。


「昼休みが終わるのには少し早いけど、やることもないし、そろそろ教室に戻ろうかしらね」


 文庫本から目を離し、近くの時計で現在の時刻を確認すると、昼休み終了十五分前だった。でも、やることもないのも事実。だから教室に戻ろうとベンチから立ち上がる。ちょうどその時に私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 誰だかなんて考えるまでもない。私に好意的に話しかけてくれるのなんて、私の知る限り一人しかいない。


「あっ! 間宮さん! こんなところにいたんだね!」


 佐渡誠也だ。


「佐渡。あんたこんなところで何してるわけ? いつもヤンキーみたいなのと一緒にお昼取ってるじゃない」

「あー、うん。今日もお昼は翔君と食べたよ。そのあとで間宮さんを探してたんだ」

「私を? なに? 次の授業が移動教室にでもなったのかしら?」

「違うよ。もしそうだったとしても探しに来るけど、今回は違うんだ」

「じゃあ、何の用なのよ? まさか意味もなく私を探してたわけじゃないわよね?」

「もちろん! 実は、また小説のおすすめを教えてほしいんだ」

「小説のおすすめ?」

「うん。小説って文字だらけで今まで少し苦手意識があったんだけど、間宮さんに教えてもらった本は面白かったから、また面白い本を教えてもらえないかなって」


 ひかえめにそう告げてくる佐渡誠也。

いつもの私なら無視をするか、突っぱねているかのどちらかだろう。でも、今の私は佐渡誠也を少なからず信頼していた。その自覚もあった。それに、もしおすすめの小説を教えたら私とはまた違った感想を抱いて話してくれるかもしれない。

 自分一人の中ですべてを完結させるのもいい。でも、誰かと同じものの感想を共有することの楽しみを知ってしまった私には、また誰かと感想を共有してみたいと思ってしまった。たまにでいいから、少しでいいからと、思ってしまった。

 そんな自分勝手な理由で私は、佐渡誠也におすすめできそうな本を頭の中から引っ張り出す。


「そうね―――。○○なんてどうかしら? あんたの好きそうな友情ものよ」

「友情ものかー。確かに僕にも読めそうかも!」

「そう。それはよかったわね」

「うん! 間宮さん、ありがとうね!」


 こんなに素直にお礼を言われると、さすがの私も少し照れてしまう。ただ、それを佐渡誠也に悟られるのは嫌で、私はすぐに視線を他所にやった。そのおかげで佐渡誠也に私の表情を見られることはなかった。


「それじゃあ僕はもうそろそろ戻るけど、間宮さんはどうする?」


 質問の意図は、普段誰かとコミュニケーションを取らない私にも簡単に理解できた。佐渡誠也は暗に私にこう言っているのだ。

 どうせ戻る場所が一緒だし、どうせなら一緒に戻らないか。


「……」


 すぐにその言葉の意図に気が付いた私は少し考える仕草を取る。

 確かに同じクラスの佐渡誠也と戻る場所は同じだ。元々教室に戻ろうとしていたということもある。だから、話が終わった今、私がすることはもう教室に戻ることだけだ。

 ちらりと時計に目をやれば、お昼休みは残り十分ほど。五分ほどで教室までは戻れるからまだ急いで戻らなくちゃいけないわけじゃない。

 そこまで考えた私は、佐渡誠也の質問にこう答えた。


「そうね。もうそろそろ戻ろうと思ってたところだし、私も戻ろうかしら」


 そう、答えていた。

 いつもの私なら絶対にこんなことを口にしない。適当な理由をつけて別々に教室に戻ったはずだ。

 でも、今日の私は、今の私は、別にそれを嫌だとは思ってなかった。少なくとも、佐渡誠也の隣を歩くことを嫌とは思わなかった。


「そっか! それなら戻る場所は一緒だし、一緒に戻ろうよ!!」


 そしてそれは目の前の佐渡誠也も同じだったようで、なぜかいつもよりも弾んだ声で、嬉しそうな顔で、そう返してきた。


 ベンチに置いたままのお弁当箱と文庫本を手に取り、歩き出す。その隣には笑顔の佐渡誠也がいた。そのまま二人並んで、だから言って大した話をするでもなく、教室に向かって歩く。


 ただ、わからないことが二つ。

 私が抱いているこの感情はいったい何なのか?

 なんで佐渡誠也といるときだけ、この感情は姿を現すのか?


 たくさんの小説を読み、たくさんも物語を知り、たくさんの気持ちを見てきたはずの私にも、それの答えだけはわからなかった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「鈴、もしかしてだけど……彼氏でも出来た?」


 夕食を取っているときに、対面の椅子に座っているお母さんがいきなりそんなことを口走った。突然すぎる訳のわからない発言に、思わず動かしていた箸を止める。


「いきなりなに? 彼氏なんてできてないけど」

「そうなの? じゃあ、気の合うお友達でも出来たのかしら?」

「……だからなんでいきなりそんなこと聞くの?」


 質問に対して「だってね~」なんて言いながら、ニコニコとした表情で、今日の夕飯のおかずであるハンバーグを箸で軽くつつきながら私を見るお母さん。


「最近の鈴なんだか楽しそうなんだもの」

「楽しそう……? 私が?」

「えぇ、前は毎日つまらなそうな顔をしていたのに、最近は少しだけど柔らかい顔をするようになったわ」

「……具体的にいつから?」


 私自身はそんな顔になっている自覚は全くないけど、お母さんがそういうのならたぶんそうなのだろう。お母さんは決して賢い人ではないけど、妙に感覚が鋭いというか、勘が働くというか、人の心の動きに敏感なのだ。

 それでなくても毎日顔を合わせている人が言うのなら、少なくとも私はそう思わせるような顔をしていることになるはずだ。

 そして私は気になったんだ。いつからそんな顔をしてしまっていたのかを。


「そうね~。一週間くらい前からかしらね」

「一週間前……」


 つまり、今の私と一週間前の私には何らかの違いがある。何かが変わらなくては、人は変わらない。人間なんてそう簡単に変わるものじゃない。


「……」


 少しの間食事を進めつつ、一週間前との違いを考える。

 そして、その答えは割とすぐに出てきた。


「佐渡誠也……」


 そうだ。一週間前って言ったら、なにかと佐渡誠也が私に絡んできた頃だ。


「それに最近は特に楽しそうな顔をしてる時があるわよ。学校に行くときとか、前まではため息なんて零してたのに、今じゃそんなことが全くないもの」


 お母さんのその言葉で確信した。

 やっぱり私がお母さんが言うところの、優しい顔をするようになった原因は佐渡誠也だ。私の最近の生活で変わったことなんてそれ以外に何一つない。


「あっ! なんか思い当たる節があったのね! やっぱり彼氏!?」

「そんなんじゃないよ。ただ」

「ただ?」

「少し気の合うかもしれない奴ができただけ」

「そう……よかったわね」


 さっきまでからかうようにしていたお母さんが突然優しい顔になる。

 その顔は確かに大切な子供を微笑ましく見守るお母さんの顔だった。


「そんなに私って変わった……?」

「そうね、鈴をよく知らない人からしたらわからないかもしれないけど、私にはわかったわね。だって」


 お母さんは手に持った箸を一旦テーブルの上に置いて、改めて私に向き直って言う。


「お母さんだもの」


 なんの根拠も、証拠もない、論理的ですらないその言葉。

 でも、お母さんのその言葉に妙な説得力があって、私は何も言い返すことができなかった。


「ごちそうさま」


 なんとなく居心地が悪くなってしまった私は、残りの夕食を少し強引に口の中に詰め込んで処理をし、そのまま逃げるように自室へと戻った。

 そんな私をお母さんは責めるでも追いかけるでもなく、「お粗末様」と、優しく返事をするだけで済ませてくれた。


 自室に戻ってくるなり、お行儀が悪いのは承知の上で私はベッドにダイブした。


「……そっか。私は最近―――」


 お母さんに言われて初めて気が付いた。気が付くことができた。

 忘れてしまっていた、当たり前の感情を。その感情の名前を。


「楽しかったんだ」


 少し前までの私なら即座にそれを否定していただろう。

 そんなはずない。そんなことはない。と、自分に何としてでも言い聞かせていただろう。

 でも、なんでだろう。

 今はそんな気分には到底なれない。むしろ、それを素直に受け止めようとしている私がいる。


「ふふっ」


 自分でもわからないけど、なぜだか笑みがこぼれた。


「あはははははははっ」


 次には大きな声で笑った。


 その日から私は、今まではなんとも思ってなかった明日が楽しみになった。

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