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ホームレス少女  作者: Rewrite
間宮 鈴 過去編
188/234

2話

 結局あの後、私は佐渡誠也の行動に困惑しながら授業を受けることになった。なぜか私に教科書を貸してくれた? 佐渡誠也は隣の席の男子に一緒に教科書を見せてもらっていた。

 そんな面倒なことをするくらいなら、なぜ私に教科書を寄越したのか。これが本当にわからない。今までどんなことにも、ほとんど頭を悩ませることのなかった私が人生で初めて文字通り頭を抱えた。

 本当になんなのかしら。


 そうこうしている内も退屈な授業は進行していって、私の方は全くと言っていいほど進捗がなかったのに対し、授業の方は着々と進んだらしく、チャイムとともに先生は満足げな表情で教室を出て行った。


「もうこの際、佐渡誠也の行動についてはどうでもいいわ」


 授業が終わり、最終的に佐渡誠也の行動についてどうでもよくなってきた私に、次の問題が顔を覗かせた。


「これ、どうしようかしら……」


 自慢にもならないけど、私には友達と呼べるような人はいない。いつからだったかなんてもう思い出せないけど、少なくとも中学生の時にはそうなっていた。

 だからもちろん、友人との物の貸し借りなど経験したことなどなく、どうすればいいのかがわからない。


「て、何を言ってるのかしらね私は。心にもないお礼の言葉でも口にしながら普通に渡せばいいだけじゃない。考えるまでもないわ」


 当たり前の答えを出すのに少し時間を掛けてしまった自分に「まだまだね」なんて思いつつ、私は佐渡誠也の教科書を持って彼に近づく。他のクラスメイト達は次の科目が移動教室なのでほとんどが教室から出て行っていた。

 そんな状況の中、佐渡誠也は教室内でヤンキーっぽい―――たしか九重とかいう名前だったかしら? と一緒になって話し込んでいる。

 あんまり人数がいると変に注目されるし、ちょうどいい。今のうちに返してしまおう。


「わりぃ誠也。ちょっとトイレ行きてえから先に言ってるわ」

「うん。僕も用意してすぐに行くよ」


 あと数歩で接触できるというところで佐渡誠也と九重が会話を終えて別れた。今この教室には私と佐渡誠也の二人だけとなった。教科書を返すのにこんなにもうってつけな状況はない。

 まるで、私が教科書を返すためだけに整えられた場所の様にも感じた。

 それでもすぐに、そんな運命だとか必然なんてものを信じていない私は頭を切り替える。この状況はたまたまで、私の運が少し良かっただけ。ただそれだけよ。


「佐渡。これ」


 さっきまで心にもないお礼を言おうとか考えていたけれど、いざというときになって勝手に貸し出されたのだからお礼を言う必要がないと考えた私は特にお礼の言葉を言うでもなく、佐渡誠也の教科書を差し出した。

 怒りの感情を向けられても構わなかった。だって私は貸してだなんて一言も言ってないし、佐渡誠也が勝手にやったことだ。そのことについて、私がお礼を言う必要性がどこにあるだろうか。


「あぁ、教科書。返してくれてありがとう間宮さん。……お節介だったかな?」


 そのまま立ち去ろうとする私を呼び止めるように佐渡が笑顔で会話を始めようとした。無視するのは簡単だったけれど、なぜだか私は返事をしていた。


「別にそんなことないわ。助かったと言えば助かったしね」


 我ながら素直じゃない返事だとは思うし、回りくどい言い方だとも思う。こんなことを言われた方は、なんだこいつ? くらいには思うかもしれない。少なくとも私なら面倒な人。くらいには思っただろう。

 それなのに、佐渡誠也は表情を崩すことなく、こんな態度の私に不快感を抱くこともなく、まるで笑顔の仮面でも被っているみたいに笑ったままだった。


「そっか。それならよかったよ。間宮さん一人でいるのが好きみたいだし、変に教科書なんか貸したら嫌だったんじゃないかって、正直少し不安だったんだ。でも、役に立てたんだったらよかったよ」


 何を言っているのだろうか。

 私は教科書を貸してもらったにもかかわらず、お礼の一つも言わずにこんな態度をとっている。人によっては腹が立ってもおかしくない場面だ。

 それなのに、目の前のクラスメイトは全く笑顔を崩そうとしない。

 なんなのこいつ。怒るって感情をどこかに捨ててきたわけ?

 思わずそんなことを思ってしまうくらいには、私には佐渡誠也という人間は異質なものに見えた。


「あっ、もうそろそろ移動しないと次の授業に間に合わなくなっちゃうね」


 私の内心などつゆ知らず、佐渡誠也は笑顔の仮面を張り付けたまま、私から教科書を受け取ってそのまま教室を出て行こうとする。


「間宮さんも遅れないようにね!」


 そんな言葉を残しながら。


「本当に何考えてるのかしら……。全く考えが読めないわね」


 思わず私は誰もいなくなった教室で、そんな言葉を漏らしていたのだった。




 佐渡誠也の謎の行動から一週間。

 あれ以降、私と佐渡誠也の接触は一回もない。もちろんクラスメイトとしての最低限の接触はあった。でも、そのどれもが事務的なもので自分の意志は全くと言っていいほどない。せいぜいノートの回収の時に声をかけられたりするくらいだ。


「……はあ~。今日もなのね。呆れてものも言えないわ」


 ここ最近の朝の日課ともいえる机の中の確認。ここ一週間ほど毎日机の中もロッカーも下駄箱も空っぽにして帰っているのだけど、それが仇となっているのか、前より大きなものが入れられたりすることもあった。

 それはコンビニのビニール袋にゴミを詰め込んだものだったり、虫の死骸だったり、多くの悪口の書かれた紙だったりと、それはもうさまざま。


「これ以上のことになると面倒ね。こんなことなら逆に要らないものでも入れておいた方が効果的かしら?」


 何かを入れられてしまうなら何かを詰めておく、ある意味逆転の発想が頭をよぎる。でも、それはあまり効果的とは言えなかった。


「中身を出されちゃったらおしまいだものね」


 そう、中の物を出されて代わりに今までと同じようなことをされるのが目に見えている。中の物がどうなろうと元が要らない物なんだから関係はないけど、私の行動が無駄な徒労に終わるのはおもしろくない。


「となると、やっぱり犯人の確保よね~。放課後に適当な教室で見張ってれば簡単でしょうけど、それすらも面倒ね。私の時間が削られるのも嫌だもの」


 今言った通り捕まえるのは簡単だ。教室で見張りでもしていればいい。その間の時間も本でも読んでいればいいのかもしれない。私が嫌なのは、こんなことをしている連中のために私が動かなくちゃいけないという事実だ。


「もう少し様子を見ようかしらね」


 普通の人ならこんなことをされた時点で先生に報告するなり、誰かに相談したりするのかもしれない。でもそれは、自分じゃどうしようもできないからだ。

 だから自分でどうにか出来る私は、いつだって行動に起こすことができるし、逆に言えば自分が我慢できなくなるまで耐えることができる。

 今でも結構な手間ではあるけど、この手間を省くために動くのはもっと手間だ。


「はあ~……。本当に現実ってやつはくだらないのね」


 窓から憎らしいほど青い空を少し見上げてから、私はカバンの中から文庫本を取り出す。そして、この世の全てが詰まった本の中に逃げ込んだ。

 現実は醜くてつまらない。でも、本の中の世界は違う。たとえすべてがハッピーに終わらなくても、そこには確かな前進がある。成長がある。素敵な物語がある。


「それに比べて現実は……」


 本と現実を比べて私は深いため息を漏らした。

 その時だった、誰かの視線を感じたのは。


「誰かしら……?」


 急いで周囲を見回すと、誰もこちらを見てはいなかった。みんながみんな私なんていないみたいに仲の良い友人たちと馬鹿みたいに話している。注意深く観察したところでその結果は変わらない。

 これ以上周りを見ていたところで、視線の主はもうこっちを向くことはないだろう。だから私は文庫本に視線を戻す。

 ただ、わかったこともあった。今私が感じたのはおそらく私に嫌がらせをしている犯人のものだ。私の反応を見て楽しんでいたに違いない。

 そしてそれは、わたしにとって幸いなことでもあった。


「このクラスに犯人がいることがほとんど確定的になったし、クラスにいるんだったらこの退屈が学校生活の間に犯人を見つけられるかもしれない」


 放課後に残らずとも犯人を特定できる可能性がある。少しだけ、いつも以上に周囲に気を配る。それだけでいい。それだけで、この面倒な手間を、手間をかけずに省くことができるようになる可能性がある。

 思わず私は口角を持ち上げていた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 私がこのクラスに犯人がいるということは半ば確信してから一週間。

 結果から言ってしまえば私はまだ犯人の特定ができていなかった。別に面倒くさがったとかそういうことはない。ただ単純に私の能力が足りていなかった。それだけだ。


「思った以上に探偵の真似事っていうのは難しいのね。私が本格的に動いてないっていうのも問題なんでしょうけど」


 今言った通り本格的に動く気になれば、もう少し犯人の特定は進んでいただろう。さっき言った面倒くさがったわけではない。というのは、あくまで手間をかけないで犯人を特定する。という条件を前提にした場合の話だ。

 一応手間をほとんどかけずに犯人をほぼ特定する方法だって思いついてはいる。

 でも、それはあまり進んでしたい方法ではなかった。


「さすがに机の中に画鋲を仕込んで、次の日に手をケガしていた人間が犯人。なんていうのは目覚めが悪いものね」


 これが、私が手間をほとんどかけずに犯人をほぼ特定できる方法。いくらこんなことをしてくる犯人が相手とはいえ、私自身に実害がない以上、相手に実害を負わせるのは気乗りしなかった。


「それに、気になることがもう一つ……」


 この一週間、私の周りにはまた一つ変化があった。

 ただそれは、私にとって悪い変化などでは決してなく、むしろ良い変化ですらあったのだ。その変化とは何か。それは至ってシンプルで、私に対する嫌がらせの回数が減っている。ただそれだけだ。

 今までは毎日のように机、ロッカー、下駄箱になにかが入っていたりしていたのだけど、この一週間、それがほとんどない。毎朝日課のようにそれらを確認して、呆れてため息を零していた私。その原因が特に何かをしたわけでもないのに突然なくなったのだ。

 最初はただ不思議に思った。それがだんだん不審へと変わり、今ではただの謎になった。推理中に新しい問題が起こる探偵の気分とはこういうものなんだろうか。なんて思ったりもした。

 でも、私のやることは何一つ変わっていない。決して嫌がらせがなくなったわけじゃないのだ。あくまで回数が減っただけ。なくなったわけじゃない。

 だから私は犯人の特定を続ける。



 あれからさらに三日が経ち、私の環境はまた少し変化した。

 どう変化したのかというと、教科書を貸してきたクラスメイト、佐渡誠也が私にちょくちょく話しかけてくるようになった。最初は挨拶程度だった。朝学校に来て、たまたま近くを通ると「おはよう、間宮さん」と、笑いながら言ってきた。

 最初は、今まで挨拶なんてしてこなかったのに、なんで挨拶してくるのかしら?

 くらいにしか思わなかった。それが二日目になると、挨拶の後に軽く私に話しかけてきた。その内容は特別なものなんかではなくて、ただの雑談。「今日までの数学の課題やって来た?」なんていうなんの面白味もない言葉だった。


「おはよう。間宮さん!」


 そして四日目。今日も佐渡誠也は教室に入ってくるなり、私の席の近くまで来て話しかけてきた。


「……おはよう」


 面倒だとは思いながらも、私は佐渡誠也に挨拶を返す。本当ならこんなことしないんだけど、挨拶を返さないと「あれ? 聞こえてないのかな?」なんて言いながら、私が挨拶を返すまで挨拶を繰り返してくる。

 そんなことをされたらこっちとしてはたまったものじゃない。文庫本に集中できなくなる。だから仕方なく挨拶を返すのだ。


「うん! おはよう!」


 明らかに嫌そうな顔をしていると自分でも思うんだけど、佐渡誠也はそんなことは気にしてないとでもいうように、何故か笑顔でもう一度挨拶をしてきた。

 何がそんなに楽しいのだろう。


「あのさ、間宮さん。いつも本を読んでるみたいだけど、それって小説?」


 いつもならここで私には関係ない話を一方的に佐渡誠也が話して、チャイムが鳴ったら勝手に席に戻っていく。なのに、今日はどうしてか質問を投げかけてきた。

 面倒だとは思いながらも、どうせ返事をしなかったら壊れたラジオみたいに同じ言葉を繰り返すんだろうと、安易に予想できた私は、ため息を零しながら返事をする。


「そうよ」

「へー。僕あんまり小説って読まないんだけど、面白いの?」

「そんなのわからないわよ。おもしろいおもしろくないなんて、その人の感じ方一つでしょ。みんなが面白いって思う本をつまらないって感じる人もいれば、みんながつまらないって本を面白いって思う人もいる」

「そうだけど……なら、間宮さん的には面白いのかな?」

「六十点……ってところかしらね」

「そうなんだ。……ねぇ! 僕にも読めそうな面白い小説ってないかな?」

「だから……」

「間宮さんのおすすめでいいんだ! 貸してなんて言うつもりもないし、ちゃんと自分で買って読むからさ!」


 何故かいつも以上に話しかけてくる佐渡誠也に若干うんざりし始めながら、私は目の前のクラスメイトでも読めそうな初心者向けの小説で、私自身が面白いと思った本を思い浮かべる。


「―――かしらね」


 一分もしないうちにそれらしい本を思い浮かべた私は、そのタイトルを口にする。

 一分もかけずに本のタイトルを口にできたのは簡単だ。佐渡誠也の好みそうなのものが単純というのもあるけれど、本気で考える気がなかった。という方が強い。


「それってどういう内容なの?」

「いじめを題材にした作品よ。みんな仲良く、が口癖の主人公がクラスで起きてるいじめに対してどう思うか、どう行動するか、みたいな話ね。あんたにお似合いでしょ」

「うん! そうだね! そういう話なら僕でも楽しく読めそうだよ!」

「……いじめを題材にした本を楽しく読むわけ?」

「え……? いやっ! そういうわけじゃなくてさ! なんていうのかな……えっと、その……」


 キーンコーンカーンコーン。


 佐渡誠也がなんと言おうかしどろもどろしていると、無情にもチャイムが私たちの会話を強引に終わらせようとしてきた。

 佐渡誠也は、私と教室備え付けの時計を何度か見比べて慌てたように足踏みを繰り返すと「とにかく、そういうわけじゃないから!」なんて、さっきの質問の答えにしては不十分な返事を残しながら足早に席に戻っていった。


「あそこまで真面目に受けられるとこっちが悪いことしてるみたいになるわね……。実際、少しやりすぎた感はあるけど」


 本当はあんな意地の悪いことは言うつもりはなかった。でも、自分でもわからないうちに私はあんなことを口走っていたのだ。

 それはまるで―――


「私がもっと佐渡と話していたかったみたいに―――」


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