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ホームレス少女  作者: Rewrite
佐藤彩・佐藤麻耶 編
184/234

43話

 

「来てやったわよ佐渡。で、話ってなんなのかしら?」


 僕が電話してから五分もしないうちに奏ちゃんが桜ちゃんと安藤さんを連れてやってきた。


「ごめんね。もしもの時のために待機してもらってただけなのにこっちにまで来てもらっちゃって」


 なぜ僕が奏ちゃんが近くにいることを知っていたのか、そんな口ぶりをしているのか、それにはもちろん理由がある。その理由は、奏ちゃんたちを近くに呼んだのが僕だからだ。

 実を言うと昨日の夜に彩ちゃんと麻耶ちゃんが寝たのを確認してから天王寺家に電話を掛けていた。さすがに夜遅いこともあって奏ちゃんは寝ちゃってたみたいだったけど、メイドの仕事で夜遅くまで起きていたらしい安藤さんが電話に出てくれた。だから僕は恥を忍んで安藤さんにお願いをしておいた。

 もしかしたら二人のお母さんが彩ちゃんと麻耶ちゃんに気が付いて逃げてしまうかもしれない。だから、その時に逃げられないように協力してほしいと。

 安藤さんは僕のそのお願いを奏ちゃんや源蔵さんに確認するでもなく、単独で「わかりました。お任せください。明日の朝までに奏お嬢様と源蔵様には私の方から話を通しておきます」と言ってくれた。僕は電話越しに頭を下げ、感謝の気持ちを伝えた。

 そんなことがあったから僕は奏ちゃんがこの場に来ていることを知っていた。


「気にしなくていいわ。私がしたくてやったことだもの。それにしても佐渡達だけで捕まえられたのね。あんなにメイドを連れてこなくてもよかったかしら?」

「だから言ったじゃないかなちゃん。さすがにメイド百人は多すぎだよって」

「百人っ!? そんなにここにメイドさんが来てるの!?」


 桜ちゃんの発言と、その少し前に奏ちゃんが淡々と言った言葉に絶句する。

 さすがは天王寺家のお嬢様。といえばそうなんだけど、いちいちスケールがすごい。


「安藤さん、そんなに人数を割いてくれたんですか? というか、それで天王寺家のお屋敷は大丈夫なんですか?」

「問題ありません。ここにいるのはメイドだけで、執事は全員残してきました。なのでお屋敷のことは全然問題ありません」

「そ、そうなんですか。それは良かったです」


 僕の心配事になんてことないように返事をしてくる安藤さんに僕がおかしいのではないかと一瞬錯覚する。でも、他のみんなも驚いた顔をしているので、僕は政情なようだと安心した。

 って、今はそんなことを考えている場合じゃなかった。


「それで佐渡。私を呼び出したってことは私に何か用事があるんでしょ? 言ってみなさいよ」

「え、あぁ、うん。そうなんだ。奏ちゃんに頼みごとがあるんだ。実は―――」


 どもりながらも奏ちゃんに返事をしつつ、僕は息をのんだ。

 これから僕が言うことは最低なことだ。僕が嫌っていた行動だ。友達を利用するようなことが嫌いな僕が、友達と対等な関係を望んでいる僕が、とても嫌っている行為だ。

 でも、今のこの現状をみんなが笑顔で解決する方法を僕はこれ以外に見つけることができなかった。選択肢なんて、最初からなかったんだ。


「奏ちゃん、僕が今から言うのは本当に最低なことだと思う。もしかしたら奏ちゃんが僕のことを嫌いになっちゃうかもしれない。悪いとも思ってる。こんなことしたくないって思ってる。でも、僕のお願いを聞いてほしいんだ」


 言い訳をするように。懺悔をするように。自分が今からする行動を少しでも正当化しようと汚いことをする僕に僕自身嫌気がさす。


 なんでもっと上手く行動ができなかったんだろう。

 どうしてもっと考えて行動ができなかったんだろう。

 なんで僕には人を救うための力もお金もないんだろう。


 思いだけがいつもあって、それを成し遂げるための力はいつもなくて。そのくせやりたいことはいつも大きい。自分でもわかってるんだ。僕が身の丈に合わないことをしていることくらいは。彼方ちゃん時も、奏ちゃんの時も、桜ちゃんの時も、間宮さんの時も、もっと前のことを言うなら翔君や広志君の時だって、たまたま全部上手くいっただけで、みんなに助けてもらったから辿れた道のりで、自分の力なんかじゃないことはわかってた。

 でも、僕は父さんに憧れて、あの人に憧れて、身の丈に合わないことをしてきた。


 その中でも今回のことは今までのことで一二を争うような身の丈の合わなさだ。

 そんなことはわかってる。嫌われるかもしれないことだってわかってる。でも、やらなきゃいけない。幻滅されたってかまわない。僕がやらなくちゃいけない。ただ僕の我儘に付き合ってくれているだけのみんなにこれ以上のことは頼めない。それだけが、僕の最後のプライドの様なものだった。


 僕はゆっくりとその場に膝をつく。

 みんなが僕の方に視線を向けていることはわかってる。でも、構わなかった。恥ずかしさも、みっともなさも、すべてを飲み込んだ。


「僕に―――お金を貸してほしいんだ」


 外だということも構わずに僕は額を地面にこすりつける勢いで頭を下げた。

 土下座だ。


「佐渡さん!?」

「佐渡様……」


 いきなりの僕の行動に奏ちゃんの両隣に立っていた桜ちゃんと安藤さんがそれそれの反応を示した。桜ちゃんは驚いた顔を、安藤さんは悲しそうな顔を。

 他のみんなの顔も頭を下げている僕からは見えないけど、きっと同じような表情だということは、察しの悪い僕でも容易に想像できた。


「なんのつもりかしら?」


 その中でただ一人、天王寺奏ちゃんだけが、顔色一つ変えずに頭を下げる僕を見下ろしていた。


「言葉通りの意味だよ。僕にお金を貸してほしい」

「……どれくらいかしてほしいのかしら? 事情も話しなさい」


 僕は頭を下げながら簡潔に事情を説明した。

 彩ちゃんと麻耶ちゃんのことは前に大まかに話してあるのでそこは省きつつ、佐藤家が今現状置かれている状況と、それを解決する上での僕の考えを口にした。

 奏ちゃんは僕は説明をしている間、ぴくりとも動かずに相槌すらなしにただただ僕の言葉を聞いてくれていた。


「話はわかったわ。お金の方も天王寺家じゃなくて、私個人でどうにかできる金額でもあるから問題ないわ」

「じゃ、じゃあ……」

「でも一つ納得いかないわね」

「……何が納得いかないのかな?」


 思わず顔を上げた僕の目の前には険しい顔の奏ちゃんがいた。


「なんでお金を貸すのが佐渡なのかしら? 今の話だと私がこの女に直接お金を貸してもいいはずよね? そこのところの説明がまるでないし、あったとしても私は納得できないわね」


 もっともな言い分だ。借金があるのはあくまで佐藤家の一員である二人のお母さんとお父さんだ。僕じゃない。なら、奏ちゃんがお金を貸すのは僕にじゃないし、お金を借りるべきなのは僕じゃない。なにも間違っちゃいない。


「これは僕の我儘なんだけど―――」


 それでも、僕は自分がお金を借りることを選んだ。

 僕が奏ちゃんにお金を借りて、それを佐藤家の借金に回すことを選んだ。


「僕は佐藤家のみんなに幸せになってほしい。彩ちゃんも麻耶ちゃんもお母さんも、それにいつかいいお父さんになってくれるかもしれないお父さんも幸せになってほしい。どこにでもいる幸せな普通の家族になってほしい」


 三人に暴力をふるったり、暴言を吐いたり、普通では考えられないほどの借金を作ったりしたお父さんにこんなことを言う僕はきっと甘いのだろう。

 でも、僕は四人で幸せになってほしかった。さっきお母さんは言っていた。この子たちにはお父さんが必要だと。だから、どんなに小さい可能性だとしても、二人の良いお父さんになってくれるかもしれない今のお父さんにも幸せになってほしかった。


「でも、そのためには借金なんて邪魔でしかない。それを幸せのまま引き受けられる人がいるんだったら、その人が引き受けた方がいい」

「それがあんただって言うの、佐渡」

「……うん」


 僕には借金ができても大切な仲間がいる。親しい友達がいる。何物にも代えがたい人たちがいる。僕はその人たちがいるだけで十分に幸せだ。いくら借金ができてしまっても、みんながいれば僕はつぶれないでいれる。倒れないでいることができる。頑張ることができる。


「ふざけるんじゃないわよ!!」


 突然の大声に僕は背筋をピンと立たせた。まさかいきなり奏ちゃんがこんな大声を出すとは思わなかったからだ。


「なんであんたはそんなに優しいのよ! どうして他人のことばかり考えて自分のことを考えられないのよ! どうして、どうして……」


 気が付けば、奏ちゃんは涙を流していた。

 突然のこと過ぎて頭が混乱する。どうして奏ちゃんが泣いているのか。情けないことに僕にはわからなかった。


「どうせ、私がただでお金を払ってあげるって言っても佐渡は聞かないのよね」

「当たり前だよ……。金額が金額だし、お金が必要だから返済できないけど貸してなんて、そんなの言えるわけないよ」


 奏ちゃんは優しい子だ。人の心の痛みがわかる優しい女の子だ。だからこそ、今のような提案をしてくれたんだってわかってる。でも、僕にだって意地の様なものはあった。せめてものプライドがあった。

 大金を貸してほしい。そんな情けない発言を中学生の女の子に頼んだ時点で恥でしかない。友達失格だ。でも、それでも、最後の壁くらいは超えたくなかった。


「安藤。私の貯金からお金を下ろしてそいつに渡しなさい」

「かしこまりました。お嬢様」

「ありがとう。奏ちゃん」

「勝手に私の名前を呼ばないで」

「え……?」


 ありえないはずの言葉が聞こえた気がして、僕は自分の耳を疑った。

 でも、その疑いはすぐに晴れた。次の奏ちゃんの言葉によって。


「もうあんたと私は友達でも何でもないわ。二度と話しかけないで、お金も貸したつもりじゃないわよ。返そうなんてしないでいいわ。とにかく私の前に二度とその顔を見せるんじゃないわよ」

「ちょっと! かなちゃん! 言い過ぎだよ!」

「うるさいわよ桜! あんただって思うところはあるでしょ!」

「そ、それはあるけど。言いたいことたくさんあるけど……。今のは―――」


 僕のために桜ちゃんと奏ちゃんが言い争いをしている。なんでこんなことになってしまったのか。僕は最善の手を選んだつもりだったのに。なのになんで。


「お嬢様、お金の方の準備ができました」

「そう。それならそいつに渡しなさい。渡したらさっさと帰るわよ」

「承知しました」


 さっきと同じ状態のまま、事態を飲み込めずに呆けている僕に安藤さんは平然と歩いてきてアタッシュケースを一つ置いた。


「この中に言われた通りのお金が入っております。確かめますか?」

「い。いや。大丈夫です……。僕はみんなを信用してますから……」

「そうですか。それでは失礼します」


 こちらに向かって歩いてきた時と同様に安藤さんは何事もなかったように、僕に背中を向けて歩き去っていく。そのまま奏ちゃんと桜ちゃんと並ぶ、短いやり取りを交わした後に、僕に何を言うでもなく、その場をあとにした。


「誠也、悪い。今回は俺もお前の考えには納得いかないわ」

「拙者もでござる。こんなの主らしくないでござるよ」


 情けないほどみっともなく、歩き去っていく三人の姿を眺めている僕に翔君と広志君から追い打ちをかけられた。二人はそれだけ言うと、僕の言葉を待つことなく奏ちゃんたちの様に僕に背中を向けて去っていく。


「見損なったわ。佐渡……」


 次には間宮さんが去っていく。どんどんと僕から離れていく大切な人たち。手を伸ばした。でも、その手がみんなの背中に届くことはなく、みんなは背中を僕に向けて去っていく。言葉が出てこない。手が届かない。足は動かない。まるで僕の体が僕の体じゃないみたいだ。


「佐渡さん……」

「お兄さん……」

「おにいちゃん……」

「……」


 最後にこの場に残ったのは佐藤さんと彩ちゃん麻耶ちゃんと彼方ちゃん。

 それと、視界がゆがんで目の前もロクに見えない僕だけだった。


 ああ。ああ。ああ。

 なんで、なんでこんなことに。僕はただ、みんなに笑顔でいてほしかっただけなのに。なのになんで、みんなは僕から離れて行ってしまったんだ。


 わからないわかわらないわからない。

 どうしてどうしてどうして。

 なんでなんでなんで。


 混乱してまとも思考が働かない。そんな状況で僕はさっきまで動かなかった足を強引に動かす。手にはアタッシュケースを持って、そのままふらふらと佐藤さんの元へと歩みを進めていく。


「これを……」


 重々しく、僕は奏ちゃんからもらったお金を差し出した。


「だ、ダメよ! 今ならまだ間に合うわ! 早くあの子たちを追いかけて! あなたまで苦しむ必要はないのよ!」


 佐藤さんが僕の肩を掴んで大声を出す。でも、その内容の半分も僕は理解できなかった。それほどまでに、僕の心は擦り切れていたのだ。


「大丈夫です。これで佐藤さんたちが幸せになれるなら……彩ちゃんと麻耶ちゃんがお母さんと一緒に暮らせるなら……僕は幸せですから」


 力なく佐藤さんにアタッシュケースを押し付け、僕はさっき奏ちゃんたちが僕にしたように佐藤さんに背を向ける。


「ほら、二人ももうお母さんのところに行きな。これからはずっと一緒だよ。お母さんとずっと一緒にいられるんだ」

「で、でもお兄さんが! お兄さんがお友達と!」

「そうだよ! せーちゃんがかなしいの、まー、やだ!」


 優しい言葉をくれた女の子たちに僕は今出せる精いっぱいの笑顔を見せる。でも、笑顔である自信は全くと言っていいほどなかった。


「僕は―――大丈夫だから」


 そんな誰から見ても大丈夫には見えないだろう言葉と態度でそう言うと、今度こそ僕は三人に背中を向けて歩き出した。お母さんの両隣にはあの子たちの居場所がある。彩ちゃんと麻耶ちゃんはきっともう大丈夫だ。これからも大変なことはきっとあると思う。でも、三人なら、いや、四人ならきっと乗り越えられる。

 そう信じて、僕はその場をあとにした。


 違う。


 その場から―――逃げ出した。


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