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ホームレス少女  作者: Rewrite
佐藤彩・佐藤麻耶 編
180/234

39話

 

「もうそろそろいい時間かな……」


 あれから何事もなく無事にアパートまで帰ってきた僕たちは翌日の夕方頃にみんなで僕の部屋に集まっていた。

 みんなといっても関係者全員が同じ場所に居られるほど僕の部屋は広くない。だから今回は主に関係の深い僕と彼方ちゃんと間宮さん、当事者の彩ちゃん麻耶ちゃん、そして天王寺家代表の桜ちゃんというメンツがこの場に集まっている。

 翔君や奏ちゃん辺りは少し不満そうにしてたけど、我慢してもらった。


「それじゃあ……掛けてみるね」


 こうしてみんなに集まってもらっているのにはもちろん理由がある。

 それは、つい先日遠藤さんからたまたま入手した彩ちゃんたちのお母さん、であろう人の電話番号だ。

 その番号に今、僕は電話を掛けようとしている。

 みんなに集まってもらっているのは僕だけだと何かあったときの対応に困ってしまうというのと、少しでも早く情報を共有したかったというのが主な理由だ。

 できれば今日中にこの件をどうにかしたいとすら僕は考えている。


「……掛かった」


 メモに書かれていた電話番号を慎重に入れていき、掛けるとコールがなる。


「佐渡、スピーカーモードにして」

「うん。もうしたよ」


 みんなにも会話がわかるようにあらかじめスピーカ―モードで話をしようと言ってみた間宮さんが僕を忘れないように忠告してくれた。その時には既にスピーカーモードにしていた僕はその旨を伝える。

 僕はスマホをテーブルの中央に置き、緊張からか正座になって背筋をピンと立たせる。


「……なかなかでないですね」

「まだお仕事中なんでしょうか?」

「平日ですからそれもあり得るかもです。です」


 桜ちゃんの言葉に彼方ちゃんと彩ちゃんが続く。何も口にしなかったけど僕と間宮さんも同じようなことを考えていた。今この場で明るいのは状況をよく把握できていない麻耶ちゃんだけだ。その麻耶ちゃんでさえ僕らの雰囲気に少し暗い表情をして、きょろきょろしながら困惑している。


「もしかしたら知らない番号だから警戒してるのかもしれないわね」

「あー、そうかもしれないですね。私も知らない番号だったら警戒しますし」


 間宮さんと彼方ちゃんの会話にみんなの顔が少し暗くなる。


「まあまあ、落ち着いてくださいよみなさん。まだコールは続いてますし、すぐには出れない状況なのかもしれませんよ? ほら、通勤途中で電車の中とか、車を運転中とか、色々あるじゃないですか」


 そんな空気をいち早く察したらしい桜ちゃんがその場で立ち上がり、面白い動きとともに僕らに元気を与えてくれようとした。

 いつもの僕なら桜ちゃんの考えに乗っかって何かしらをしていたかもしれないけど、今の僕にはそんな余裕はなくて、ただただコールを耳にしながら息をのむことしかできなかった。


 桜ちゃんが空気の変わらない状況に少し顔を歪めた時だった。


「はい、もしもし。佐藤です」

「でたっ!!」


 コールが止み、大人の女性の声が聞こえてきた。

 正直、持ち主が変わっている可能性も考えていたんだけど、佐藤ですと名乗ったところを見ると彩ちゃんと麻耶ちゃんのお母さんで間違いなさそうだ。


「いい? 佐渡。さっき話した通りにするのよ。罪悪感とか正義感とか、今は捨てなさい。無理なら今からでも私が変わるから」

「……ううん。確かに少し嫌だけど、これは僕がやることだよ。責任を押し付けるのはしたくない」

「そう。じゃあ、頑張りなさい」


 彩ちゃんたちのお母さんが電話に出たことに驚き、少しの間みんなと顔を負わせてしまった僕は、慌てて対応に戻る。


「と、突然のお電話ですいません。僕は、遠藤さんの知り合いの佐渡誠也と申します」

「佐渡さん……? えっと、失礼ですがどこかでお会いしたことありましたっけ?」

「い、いえ。実は僕、遠藤グループの社員でして今回は佐藤さんをもう一度遠藤グループに呼び戻そうという動きがありまして、そのことでお電話させていただいてます。電話番号は遠藤さんから聞きました」

「そうなんですか……遠藤グループが私を……」


 電話越しに聞こえてくる声はあまり良いものじゃなかった。どちらかといえば気乗りしていないように僕は感じたくらいだ。

 ところで、僕がなんで遠藤グループの社員だとか言っているのかというと、これは間宮さんからの提案だからだ。電話をかける前にどんな風に話すか、どこまで事情を説明するか、何を聞くか。なんかを話し合ったときに間宮さんが「相手が協力的とも限らないわ。もしかしたら素直に二人のことを話したらすぐに電話を切られるかもしれない。だから二人のことは絶対に話さずに話を進めましょ。電話番号については遠藤さんの名前でも借りればいいわ」と言ったからである。

 本当は正直にすべてを話したかったけど、それで電話を切られて番号を変えられたりして手掛かりがなくなってしまっては意味がない。だから僕は気乗りがしないのは承知の上で間宮さんの考えに乗った。

 ちなみに遠藤グループについてはちゃんと遠藤さんにも了承を得ている。事情を話したら「そのくらいのことならもちろん協力をさせてもらうよ」と、快い返事をすぐに返してくれた。


「あの……私が辞めたのはもう何年も前のことですし、既に他の職に就いてしまっているんですけど……」

「はい。それも承知の上でお電話をさせていただきました。今回佐藤さんの知り合いでもない僕がお電話させていただいてるのも、変に知り合いが電話をかけると佐藤さんが断る際に断り辛いだろうと上が配慮してくれてのことです。ですから、どうか会って、お話だけでも聞いてもらえないでしょうか? 時間と日付はこちらで合わせますので」


 僕らは大学生だ。大学生は中学生や高校生と違ってある程度抗議の時間の調整が聞く。最悪は抗議の一つくらいさぼっても取り返しがつくのだ。だから僕は何なら大学を一日休んでもいいくらいの気持ちでいる。


「……わかりました。とりあえずお話だけなら」

「本当ですか!?」


 あまりの嬉しさに少し素が出てしまった。

 それをみんなにすぐなだめられながら僕は大げさに咳き込んで会話に戻る。


「はい。それで時間のことなんですけど、今度の土曜日の午後一時くらいでどうでしょうか?」

「ありがとうございます!! その時間で大丈夫です!!」

「そうですか。それじゃあ土曜日の午後一時に○○駅近くの喫茶店でお話を伺うということでいいですか?」

「はい。少し待ってもらってもいいですか。今メモを用意しますので」


 待ち合わせ場所と時間を書くためのメモを用意しつつ、僕らは静かに喜びを分かち合った。




 あれから時間が経ってその日の夜。

 みんなも無事に佐藤さんとの会話を終えることができたと安心して帰宅した。すぐに電話でそのことを報告した翔君と広志君も「やったな誠也!」「さすがはわが主君だな!」と、まるで自分のことのように喜んでくれていた。


「お風呂あがったのです」

「うん。それじゃあ僕も行ってきちゃうね」


 部屋の中で今日の出来事を横論でいた僕にお風呂上がりの彩ちゃんと麻耶ちゃんが声をかけてきてくれた。

 あの会話を聞いていた二人はやっぱりお母さんと会えるのが嬉しいのか、いつもよりも表情が明るいように思える。特に麻耶ちゃんが電話からお母さんの声が聞こえてきたときには大はしゃぎで、大きな声で「おかあさん! おかあさん! まやいいこにしてたよ! ねぇ、いつあえるの!!」と、大きな声で言っていた。それを桜ちゃんと彼方ちゃんが一生懸命に止めていたもの記憶に新しい。

 今思えば、よくバレなかったなと思う。


 そんなことを考えながら、僕はすぐ横に用意していた着替えを手にお風呂場へと向かう。服を脱いで、体を洗って、湯船で体を温めて、二十分ほどでお風呂から上がった僕を二人は笑顔で出迎えてくれた。

 麻耶ちゃんに至っては今に入った瞬間に僕に向かって飛び込んできて、鳩尾にちょうど頭が当たって少し痛かった。


「おっとっと。もう、麻耶ちゃん、いきなり飛びついたら危ないよ? 転んじゃったら痛いのは自分もなんだからね」

「はーいっ!!」


 優しく注意しながらも頭をつい撫でてしまう僕は甘いのかな?



「ねぇねぇ、せーちゃん! おかあさんとはいつあえるの! あえるんだよね!」


 よっぽどお母さんに会えるのが嬉しいのか、麻耶ちゃんの顔には笑顔以外がなかった。いつも以上に緩んでいるらしい頬が目一杯上に上がっている。

 でも、それもそうだろう。まだこんなに小さいのに、まだまだお母さんに甘えていたい年頃なのに、少しの間といえお母さんと離れ離れだなんて寂しかったに違いない。


「そうだねー。麻耶ちゃんが夜にあと五回寝たら会えるかな」

「そうなの!? じゃあ、まやいまからねるから、ねちゃったらすぐにおこして、せーちゃん!!」

「あはは。そういうずるいことをしても、早く会えないよ。それに、サンタさんからプレゼントももらえなくなっちゃうかも」

「えー!? それはやー! まや、がまんする!!」

「うん、えらいえらい」

「えへへー」


 将来僕が誰かと結婚できて、子供ができたらこんな感じなんだろうかと、思ってしまう。そんな未来があるのかは謎だけど……。


「でも、麻耶ちゃんはもうそろそろ寝る時間かな」

「えー? まーちゃんまだねむたくないよー」


 時計の針は僕が言った通り夜の十時を示していた。

 いつもなら九時にでもなれば麻耶ちゃんは眠たそうに瞼をこするんだけど、今日はお母さんとの電話のことがあってテンションが上がっているからか、寝むたくないみたいだ。


「そうかもしれないけど、もう十時だよ?」

「そうですよ麻耶。良い子はもう寝る時間なのです」


 それでも子供はそろそろ寝る時間だと思いどうにか麻耶ちゃんを寝かせようとする僕に彩ちゃんが助け舟を出してくれる。でもね彩ちゃん。正直僕は君にも寝てほしいんだよ?


「んー……せーちゃんとあーちゃんがそういうなら、ねるー」


 僕らの説得が効いたようで麻耶ちゃんは少ししょんぼりしながらも頷いてくれた。


「うんうん。そうしよ。すぐに布団敷いてあげるから、麻耶ちゃんは歯磨きしてきてね」

「はーい!」


 元気に手を挙げながら返事をした麻耶ちゃんが洗面台に向かって走っていった。

 それを見送ってから僕は自分で言った通り布団を敷きにかかる。


「それじゃあおやすみなさーい」

「うん。おやすみなさーい」

「おやすみなのです、麻耶」


 そんな既に当たり前になっている会話をして数分。麻耶ちゃんからすうすうと静かな寝息が聞こえ始めた。幸せそうに眠る麻耶ちゃんの柔らかそうなほっぺを吸い込まれるように突いてみると、思ったよりも柔らかくて驚いた。

 って、何してるんだろう僕。


「何してるんですかお兄さん。もしかして本当にロリコンさんなのですか?」

「ち、違うよ!」

「言葉に詰まるのが怪しいのです」


 本当にただの出来心だったんだけど、彩ちゃんの目にはそういう風には映らな勝ったらしく、僕に訝しげな眼を向けていた。


「本当なんだよー。信じてよー」


 女子小学生に涙ながらに申し開きをする大学生の図がここにはあった。


「ふふっ。冗談なのですよ。お兄さんは素直な反応をしてくれて面白いですね。です」

「もー、本当にやめてよ。本気で怒ってるのかと思っちゃったよ」

「そんなことで怒るほど私も気が短くないです。……まあ、変なことをしたら話は別ですけど、です」

「しないよ。本当に」


 僕は子供が好きだけど、ニュースや新聞に載るようなことは絶対にしない。

 むしろそういう事件は苦手中の苦手だ。


「それよりもお兄さん。言いたいことがあるんですけどいいですか? です」

「ん? もちろんいいけど……。どうしたの? 急に改まって」

「そうですね。でも、今言わないというタイミングを失ってしまうかもしれないので、です」


 どういうことだろう? という意味を込めて僕は首をかしげる。その様子を見ている彩ちゃんはその無言の質問に応えることはなく、僕に向かってゆっくりと頭を下げた。


「ど、どうしたの急に頭なんか下げて!? ほら、頭上げなよ」


 いきなり頭を下げられて困惑した僕は、寝ている麻耶ちゃんを起こさない程度の大きな声で彩ちゃんに頭を上げるように言う。


「いいのです。これはお兄さんに対するお礼なんですから。です」

「お礼……?」

「そうなのです。事情も分からないのに私たちをここに泊めてくれて。あんなに協力的じゃなかった私を怒ったりせずに待っててくれて、その上お母さんにもう一度会えるようにしてくれました。これは、そのお礼です。私ができる唯一のお礼です」


 頭を下げたまま、静かな声で言う彩ちゃん。


「本当は……もうお母さんとは会えないと思ってました。もしかしたら麻耶と二人で死んじゃうかもしれないとも思いました。もう、楽しいなんて思えることはないと思ってました。でも、違いました。お兄さんのおかげでなんだかんだ麻耶と一緒に楽しく過ごせて、お母さんにももう一度会えそうで、死んじゃうことももちろんなくて、本当に色々としてもらってばかりで」

「当たり前だよ。僕は二人に苦しんだり悲しんだりしてほしくない。いつも笑っていてほしい。死んじゃうなんて絶対に言わせない」

「はい。もう絶対に言いませんなのです。言ったらお兄さんに怒られてしまいますから、です。そして、そう思わせてくれたお兄さんに私はお礼が言いたいのです。お礼がしたいのです」


 そう言うと彩ちゃんは下げたままだった頭を一度上げて、僕に笑顔を一瞬向けてからもう一度頭を下げた。


「私たちを救ってくれて、本当にありがとうございますなのです」


 誠心誠意頭を下げてくれた。

 そんな彩ちゃんの頭に僕は自分の手をおいて、頭を撫でる。


「いいんだよ。前も言ったと思うけど、僕がやりたくてやってることなんだもん」

「わかってるのです。でも、お礼が言いたかったのです」

「うん。ありがとう。でも、まだその言葉は胸にしまっておいてくれるかな? まだ、最後まで終わったわけじゃないから」


 そう。ようやく二人のお母さんと会えるようになった。でも、会えるようになっただけで、すべてが解決したわけじゃない。

 この言葉をもらうのは、まだ少しだけ早い。


「……仕方ないですね。この下げた頭と言葉は、もう少しだけとっておきますのです」

「うん。そうしておいて。二人を笑顔に、幸せに、絶対にしてあげるから」


 僕は彩ちゃんが安心できるよう。信じてもらえるよう。不安を感じないよう。そんな様々な感情を込めて笑う。

 そんな僕の言葉と表情に対する彩ちゃんの反応は―――


「待ってるのです」


 僕と同じく、笑顔だった。

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