38話
「……ふーん。それじゃあ彩ちゃんたちのお母さんの電話番号が手に入ったんだ」
「うん! 遠藤さん……今日会った男の人がたまたま知ってて教えてくれたんだ。元々仕事が一緒だったんだって。今はやめちゃってるらしいんだけど」
「そっか~。でも、ようやく前進できたんだ。よかったね、お兄ちゃん」
「ありがとう芽衣。芽衣もファミレスで二人の面倒見ててくれてありがとうね」
あれから少しの間ファミレスで僕と間宮さんと彼方ちゃんでこれからのことを考えた後、麻耶ちゃんが注文していたお子様ランチを食べ終えたころをタイミングに僕らはファミレスを出て、家まで帰ってきていた。
ちなみに帰りのタクシー代も遠藤さんが余分に置いて行ってくれた。思った以上にお釣りが残っちゃって申し訳ない。
途中で間宮さんとは別れ、今ここにいるのは僕と名の二人だけ。そしてここは芽衣の部屋だ。彼方ちゃんには彩ちゃんと麻耶ちゃんの面倒を下の居間で見てもらっている。
「それでお兄ちゃんたちはこれからどうするつもりなの?」
「うん。ファミレスで三人で話し合って、向こうの友達にそういう調べごとが得意な人がいるから、まずはその人にお願いしようってことになってるんだ。もちろん僕達も自分で動くからね」
今僕が言ったのは奏ちゃんたちのことだ。別に奏ちゃんたちは探偵でもなければ警察でもないから、僕が言ったみたいに人探しが得意なわけじゃない。
でも、素人同然で、人でも足りない僕たちには天王寺家の力が必要だった。安藤さんと桜ちゃんはすごく頼りになるし、天王寺家のメイドさんや執事さんがいれば人数だって確保できる。情報だって一般人の僕らよりも広くて豊富だ。
問題なのは、頼りきりになってしまうことだ。いくら自分たちで探すと言ってもたかが知れている。だから天王寺家にみなさんにほとんど全部を任せきりになってしまう。
今度、何かしらお礼をしないとな。と思う僕だけど、天王寺家にできなくて、もしくは任せたくて僕にできることってあるのかな? と、不安にもなった。
「あとさ、お兄ちゃん」
「ん? 何、芽衣?」
天王寺家のお礼の仕方を考えていると、芽衣が話しかけてきた。
「んー……っやぱり何でもないや」
でも芽衣は、何か悩むような仕草をしてから言うのをやめてしまった。
そこまで言われると気になってくる。
「そこまで言われると気になっちゃうんだけど……」
「まぁ、そうだと思うんだけど、今私が思ってること言ったらお兄ちゃんさらに頭抱えそうだしやめておくよ」
「困ってるなら相談に乗るよ? 彩ちゃんたちの方も解決に向かってるし、芽衣が困ってるなら僕はいつだって―――」
「違う違う。そういうんじゃないよ」
「でも―――」
「本当に違うんだってば。なんなら今の彩ちゃんたちの件にも関係ないよ」
笑ってそういう芽衣に僕はきっと困り顔を向けていたと思う。これ以上芽衣に何を言っても芽衣はきっと何も言ってはくれないだろう。それくらいは兄妹じゃなくても芽衣の性格でわかる。でも、やっぱり芽衣の言いかけていた内容は気になってしまって僕にはそんな顔を浮かべるほかなかった。
僕のわかりやすい考えなんてわかっているであろう芽衣は、それでも笑って「それでさ」と話を変えようとしてくれていた。
「私にもできることってないかな? ほら、私は向こうに行くわけにはいかないし、まあ、学校ぐらい何日か休んじゃっても平気だけど、お母さんが怒りそうだし」
「そりゃあそうだよ。僕だって怒るよ」
「お兄ちゃんが怒っても怖くないし大丈夫」
「……僕が大丈夫じゃないんだけど。結構傷ついたよ?」
僕の反応に心底楽しそうに笑う芽衣を見て、暗い顔をしていた僕の顔は自然と明るいものとなっていた。
「それよりもお兄ちゃん。何かない? ほら、やっぱり私も関わった以上途中で投げ出したくないしさ。お兄ちゃんの手伝いもしたいし、彩ちゃんと麻耶ちゃんをほっとけないよ」
芽衣の笑顔の中に見える確かな意志が見て取れて、僕らはやっぱり兄妹なんだと少し胸が暖かくなった。僕が感慨に耽っている間も芽衣は手伝い方を考えてくれていたみたいで、顔のすぐ横で人差し指を立てた右手をくるくると回しながら「張り紙を書く手伝いくらいならできるかな? ほら、張り紙すれば近所の人とかから何か聞けるかもよ」なんて言ってくれて、それがまた嬉しい。
「そうだなー。僕たちも彩ちゃんたちが知ってそうな場所に行ってみるくらいしかやることないし、張り紙はいいかもしれない。手紙か何かで送ってくれれば芽衣が僕の家までくる必要もないしね」
「そうそう。でも、夏休みはお兄ちゃんち行くからね」
「うん。いいよ。いつでもおいで。待ってるから」
少しの間、二人で笑いあった。
そしてこのままこの会話も終わりかな? なんて僕が思い始めたころ芽衣が少し甘えた声で言ってきた。
「お兄ちゃん。ここまでのお礼をしてくれてもいいんだよ?」
前のめりになって僕との距離を詰め、首をこてんと傾げながら芽衣が少し照れくさそうに言った。その芽衣の反応が小さいころの芽衣の姿と重なって懐かしい気持ちになる。
そして、そんな懐かしい気持ちを胸にしたまま僕は芽衣の頭に自分の右手を置いた。
「……自分で言っておいてなんだけど、中学生にもなって頭を撫でてもらうのって恥ずかしいね」
「そう? 僕は芽衣の頭を撫でるの恥ずかしくないけど」
「あー。彼方さんとか間宮さんとかで慣れてるのかー。お兄ちゃん大人だねー」
「ち、違うよ! あの二人にそんなことしないってば!!」
突然言われたことに驚いて咄嗟に大声で否定をしてしまった。これじゃあ自分からやったことがあるって言っているようなものだ。実際に彼方ちゃんには何回かしてあげた記憶があるし。
「お兄ちゃんはわかりやすいなー。態度もだけど、顔にも書いてあるし」
芽衣が悪戯な笑みを浮かべながら僕を見て、楽しそうにしている。
この照れくささを少しでも紛らわせるために僕は芽衣の頭を撫でている右手に前意識を集中させることにした。
そうすると芽衣は何も言わずに猫のような感じで、幸せそうに頭を撫でられ続けた。
そんなやり取りを最後に僕と芽衣は彩ちゃんは手がかからないとはいえ、麻耶ちゃんの面倒を見てもらっている彼方ちゃんに悪いということになって居間に向かった。
お互い少し恥ずかしくなってて、今に行くまで顔が少し赤かったのは言ううまでもない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「それじゃあ、気を付けて帰りなさいよ。夏休みごろにはまた帰ってくるのよ」
あれから時間が過ぎ、気が付けば僕らが帰る日の帰る時間になっていた。帰ってくることに抵抗があったはずなのに、いざ帰ってきてみれば結構楽しくて、帰るとなると寂しい気持ちになる。
それは、ここに初めて来た彼方ちゃんも同じなようで芽衣と両手を合わせながら帰りの挨拶を交わしていた。
「うー……もうちょっと芽衣ちゃんと話したかったです」
「私もだよ、彼方ちゃん。もっともっと話したかったー」
「帰ったら連絡しますね」
「うん。待ってる。私も夏休みにはお兄ちゃんちに遊びに行くから会おうね」
「はい。佐渡さんの家ならすぐ近くですし、すぐに会いに行きますね」
だいたいこんな感じのやり取りである。
二人がそんな仲睦まじいやり取りをしているのをほほえましく見守っていると、母さんが近寄ってきて、耳を貸しなさいとばかりに手をパタパタとさせた。
何だろうと思って、僕は素直に耳を貸す。すると母は彼方ちゃんと芽衣の方を一瞬見てから言った。
「あんたの周りにはいい子が多いんだから、ちゃんと名前通り誠実でいなさいよ。あと、あんたのことだから大丈夫だろうけど、ちゃんと考えて選びなさいよ。誰かを泣かせたらお母さん許さないからね」
「な、何言ってるのさっ! 母さん!」
「何ってあんた。そのくらいわかんなさいよ」
それだけ言うと母さんは、言いたいことは全部言ったとでも言うように彩ちゃんと麻耶ちゃんの方に別れの挨拶をしに行った。二人を同時に腕に抱き、頭を撫でる母さん。それを嬉しそうにしている麻耶ちゃんと、少し照れくさそうにしつつも、嫌ではなさそうな彩ちゃん。
「お兄ちゃん」
「芽衣。もう彼方ちゃんとはいいの?」
「うん。連絡先も交換したし、夏休みには会うって約束したからね。永遠に会えないわけじゃないんだし、もう大丈夫。それに、長く喋れば喋るだけ別れるのが寂しくなるし」
「そっか」
そんなことを言ってるけど、芽衣は寂しそうにしていた。それくらいは僕にもわかった。
「それよりお兄ちゃん」
「なに? 芽衣」
「頑張ってね」
「うん」
「結果、待ってるからね」
「うん」
「いい結果じゃなかったら許さないから」
「うん」
「約束」
そう言うと芽衣は右手の小指を立てながら握手の要領で手を差し出してくる。その意味がわからないほど、僕も鈍感じゃない。僕も芽衣の手の形をまねて小指を芽衣の小指に絡ませた。
小さくて、細くて、暖かくて、でも安心感のある芽衣の指から信頼のようなものが伝わってくる。そんな気がした。
「それじゃあお兄ちゃん。またね」
「うん。芽衣、またね」
「あとお兄ちゃん」
「まだ何かあるの?」
てっきりこれで終わりな雰囲気だと思っていた僕だけど、芽衣にはまだ言いたいことがあるらしい。芽衣は「あー」とか「うー」とか言いにくそうに言葉を濁してから、覚悟を決めたように口を開く。
「私……彼方さんにも間宮さんにも負けないから」
「……え? それってどういう……」
「じ、自分で考えて!」
絡めていた小指を強引に離し、芽衣が僕から逃げるように彩ちゃんと麻耶ちゃんの方に行く。
「今の、何だったんだろう?」
疑問が生まれても解決できないのが僕だ。簡単に言ってしまえば、僕に芽衣の言葉の意味は分からなかった。なんか最近こういうことが多い気がする。何かを言われて、意味がわからなくて、聞いたら聞いたで自分で考えてって言われる。
んー……僕ってそんなにバカなのかな?
そんな不安が僕の心の中に生まれる中、みんながみんな別れの言葉を交わしていく。
「それじゃあみんな、そろそろ時間だから―――」
少ししんみりとしてしまったけど僕らは全員別れの言葉を交わし、電車の時間の都合上そろそろ駅に向かわないとといけない時間になった。
僕が言いにくい言葉を口にする中、みんな事情は分かっているから特に文句も言わずに寂しそうな顔を隠して笑う。
「それじゃあ母さん、芽衣。また来るね」
「はいはい。次は妹をすねさせないでね」
「そうだよお兄ちゃん。私すぐに嫉妬するからね」
「嫉妬って……彼女じゃないんだから」
「「「あはははははははっ!!」」」
最後くらいは楽しい話題でということで、楽しい会話を交わし、僕たちは四人並んで家の敷地から出た。
「じゃーねー」
元気のいい芽衣の声を背中から聞こえて振り返り、手を振っていたのでみんなで振り返す。芽衣の姿が見えなくなるまでみんなで手を振り続け、見えなくなってからみんなゆっくりと別れを惜しむように下ろした。
「楽しかったですね。また来たいです」
「次は夏休みに来る予定だから、その時も一緒に来る?」
「いいんですか!? ぜひお願いします!!」
駅へと続く帰り道、彼方ちゃんと会話しながら歩く。
帰ったらまたいろいろと彩ちゃんたちのために動かなくちゃいけない。だから今はそれまでの最後の休み時間だ。帰りの電車でだって間宮さんと待ち合わせて作戦を立てるくらいのことはしようって話していたくらいだ。
だから、休み時間の終わりは近い。
でも、僕にはそれが苦ではなかった。
彩ちゃんと麻耶ちゃんの本当の笑顔を取り戻せるなら、僕はうれしかった。
実家からの帰りという寂しい気持ちを忘れるためにも、彩ちゃんたちのためにも僕は気持ちを切り替える。
「がんばらなくちゃ」
何度目になるかわからない誓いを胸の中で立て、気合を入れる。
でも、帰り際の芽衣の言葉の意味、それだけは忘れられそうになかった。
そういえば、僕から離れて彩ちゃんたちの方に行くとき、少し耳のあたりが赤かった気がする。気のせいかな?
――――――――――――――――――――――ーー――――――――――――