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ホームレス少女  作者: Rewrite
佐藤彩・佐藤麻耶 編
174/234

33話

 

「こんな感じで大丈夫かな? 姿見がないからちょっと不安だけど……」


 現在僕は持ってきていたスーツに身を包み、ネクタイをきっちりと閉め、お見合い会場へ行く格好になっている。ちなみに今居るのはお見合い会場近くのスーパーのトイレの中で、その中の個室の一室で着替えを済ませた。

 お手洗いの鏡を見て上半身の見た目は整えられたものの、全身は確認できないので少し不安だ。だからと言って確認してもらえるような人もいないし、知らない人に「ちゃんとスーツを着れていますか?」なんて聞くのも変だし、恥ずかしい。

 そんな不安から予定以上に着替えの時間をかけてしまった。


「考えてても仕方ないよね。それにもうそろそろお見合い会場に行って一回間宮さんと合流しないと。この機会を逃したらもう本番まで間宮さんとは会えないしね」


 お見合い前に僕らは念のため一回落ち合うことにしている。

 もちろん、お見合い相手や間宮さんの両親にはバレないようにだ。間宮さんがお手洗いに行ってくるとか、少し一人になって気持ちを落ち着かせてくるとか言って、一人になったら僕のところに一回来るということになっている。

 ちなみに間宮さんと別々に行動するのはお見合い相手に縁談を断る理由として僕が彼氏役ということになっているからだ。このお見合いには、もちろん間宮さんの両親も付いてくる。そこに最初からスーツ姿の僕がいたら間宮さんの両親は困惑するのは間違いないだろう。それどころか、ちゃんと理由を話したら本当に僕と間宮さんがそういう関係だということになってしまう。

 それは僕も間宮さんも望んでいない。第一間宮さんはそういう人は自分で選びたいと言っていたのに、これでは本末転倒になってしまう。

 だから間宮さんはこのお見合いを僕が彼氏役だということを両親には内緒にして断り、やっぱりお見合いは自分の性分に合わないという話をするのがいいと言っていた。


「もうそろそろ間宮さんから連絡があるはずなんだけど……」


 スーパーを出て、お見合い会場に向かいながらスマホで時間を確認しつつ、間宮さんから連絡が入っていないかを確かめる。

 今回の件では二つの不安点があると間宮さんは言っていた。

 その一つが何度も気をつけねばと心に刻んでいる間宮さんの両親と相手に僕らの本当の関係がバレないことだ。間宮さんの両親に関しては今日僕がここに来ていることすら知られてはいけない。

 そしてもう一つの不安点が今僕が絶賛連絡待ち中の内容、お見合い会場での待ち合わせ場所だ。

 何度も言うように、僕がお見合い会場に来ていることを間宮さんの両親に知られてはいけない。そのために僕は間宮さんとは時間をずらして会場に向かっている。問題なのは待ち合わせ場所だ。

 間宮さんとお見合い会場で落ち合うのに人目が多いのは困るのだ。人目が多いとお見合いが始まる前にお見合い相手に今回の作戦が聞かれてしまう可能性があるし、最悪の場合間宮さんの両親に知られてしまう。それを防ぐためにも僕らは人目のつかない場所で会う必要がある。

 ただ、時間の関係でお見合い会場の下見をすることができなかった僕らは当日にそれらしい場所を確保する必要があった。そしてその役目を先にお見合い会場に向かった間宮さんがすることになっている。

 僕は間宮さんから連絡を受けた場所に立っていれば、間宮さんの方から時間を見て会いに来てくれる。そういう算段だ。


「あっ、連絡がきた」


 ナイスタイミングというべきがもうそろそろお見合い会場に着くというタイミングで間宮さんから連絡が入った。


「なになに……トイレ近くの廊下? 結構人目がありそうだけど大丈夫なのかな?」


 トイレ近くは結構人が多そうなイメージがある。トイレに行く人はもちろんのこと、お見合い会場なんだから気持ちを落ち着かせたくてトイレに来る人や、鏡を利用しに来る人、他にもいろんな使用用途で来る人が多い気がする。


「でも、間宮さんが言ってるんだし大丈夫かな。もしかしたら関係者以外立ち入り禁止の場所が近くにあったり、陰になって見えにくい場所があるのかもしれないし、まあ、行ってみればわかるよね」


 わざわざネガティブな考えをする必要はない。どうせ考えるならポジティブに。みんなに佐渡は心配しすぎ、もっと楽に考えなよ。と言われがちな僕が最近心がけていることだ。

 そうこうしているうちに目的地であるお見合い会場の前まで着いてしまった。


「まさか入り口付近にいたりはしないよね……?」


 会場の入り口前に立ち、いきなり不安になる僕。

 僕の中のポジティブはどこに出かけてしまったんだろうか。


「……一応、間宮さんに連絡を……」


 迷惑かな? と思いつつも、僕の勝手な判断でいきなり作戦失敗という未来だけは避けなくてはならない。


「今会場に着いたんだけど、入り口付近にいないよね。っと」


 簡単なメッセージを打ち込み間宮さんに送る。

 返信に時間がかかる可能性も考慮してその場を少し離れようとすると、すぐに僕の携帯が震えた。


「もう返信がきた。助かるなあ」


 携帯を見ると間宮さんからの返信だった。


「えっと、入り口付近にはいないから大丈夫。そのままさっき送った待ち合わせ場所で待ってて、か。それじゃあ早速入っちゃおう。変に時間かけて移動してきちゃっても困るし」


 メッセージの内容を確認して安心した僕は素早く会場の中に入り、待ち合わせ場所へ急ぐ。


「トイレ近くの廊下って、僕がすぐに見つけられるようにってことも考えてくれたのかな? さすがは間宮さんだ」


 さっきはあんな考えを抱いたものの、変に目印もなく細かい指示を出されても迷う可能性がある。そう考えたら人目が少なく、目印もあるという二つの条件をクリアしなくちゃいけない。でも二つを完璧にクリアするのは難しい。

 間宮さんの選択したトイレ近くの廊下というのは今思えばかなり二つの条件に見合った場所なのかもしれない。


「この辺で大丈夫かな」


 間宮さんの的確な指示のおかげで迷うことなく短時間で目的の場所まで足を進められた僕は変に目立たないように注意しながら周囲を見渡す。


「当たり前だけど、みんな立派なスーツだったり綺麗な着物を着てるなー」


 お見合い会場に相応しく、周りの人はみんな立派な格好をしている。

 老若男女の様々な人が今日のために自分を精一杯輝かせる衣装に身を包んでいる。緊張している人、意外と余裕そうにしている人、お見合いをする子供を励ます両親。そんなたくさんの人の温かい感情がここにはあった。


「少し人が多いな。トイレの個室で間宮さんを待った方がいいかも……」


 思ってた以上に周りに人が多いことに気が付いた僕は、自分なりに少し機転を利かせてみることにした。


「間宮さんにメッセージを送っておいてっと」


 間宮さんに連絡を入れることも忘れずにトイレの中に身をひそめることにした僕は、トイレの中でとある現場に出くわした。


「ふむ……」


 トイレの中に入ると一人の男性が手洗い場の前で立ち尽くしていた。その手は濡れていて、ハンカチを持っている様子もない。そして、困ったような顔をしている。

 なるべく人目につかず、目立たないようにと間宮さんに言われていたにも関わらず、僕は例のあれを発病させていた。

 そう、お助け病である。

 困った人を目の前にしたら助けずにはいられない、僕の病気だ。


「あのー、よかったらこれどうぞ」


 気が付けば僕は無意識のうちに困った顔をしている男性にハンカチを一枚差し出していた。


「ん? 君は?」

「佐渡誠也って言います。ハンカチがなくて困ってるんですよね? これ、使ってください」

「ありがたいけど、そうしたら君の分がなくなってしまうだろう。それは申し訳ない」


 申し訳なさそうな顔をする男性に僕は平気ですとばかりにポケットからもう一枚のハンカチを取り出す。


「念のためにもう一枚持ってきているんで大丈夫です」

「そうだったのか。用意周到なんだな」

「そんなんじゃないですよ。ただ臆病なだけです。それよりも使ってください」

「そこまで言うならお言葉に甘えさせてもらおう」


 僕の引かない姿勢が功を成したのか男性はハンカチを受け取ってくれた。

 もう半分くらい自然乾燥していた手をハンカチで拭き、そのハンカチをそのまま僕に返そうとしてくる。

 僕は男性からハンカチは受け取らず、首を横に振った。


「そのハンカチ差し上げます」

「それはさすがに申し訳ない。確かに私が使ったものをそのまま返すというのは失礼かもしれないが、また会うもの難しいだろう」

「いいんです。さっきも言った通り僕には予備がありますし、またトイレに来た時とか、今日この後のこととかを考えたら困りますよね?」

「それはそうだが……」


 さすがに初めて会った人にここまで親切にされるのは申し訳ないのか、男性が顔を歪ませる。でも、僕もここまで来て引くわけにはいかない。

 助けるなら最後まで、それが僕の心情である。


「実は僕人を助けるのが好きなんです。なので、そのハンカチをもらって下さい。その方が僕もうれしいです」


 僕は相手の申し訳なさを少しでも減らせるように自分のことを笑顔で話した。

 そんな僕の様子を見て男性は顔色を少し明るくする。


「君は若いのにすごい立派なんだな」

「そんなことないですよ。ただ、どうせならみんなに笑っていてほしいだけですから」

「そんな風に思えることが立派だって言っているんだ。……このハンカチ、ありがたく使わせてもらうよ。本当にありがとう」

「いえいえ、僕がしたくてしただけですから」


 男性が顔色を明るくしてハンカチを受け取ってくれたことに満足した僕は嬉しくて自然と笑顔になる。


「すまないけど、もうそろそろ時間なんだ。失礼させてもらうよ」

「あ、そうなんですね。お引き留めしちゃったみたいですいません」

「なに、私が助けてもらったんだ、君が悪気を感じる必要はないよ。それじゃあ、本当にありがとう。佐渡君」

「はい。頑張ってくださいね」

「……あぁ」


 そう言って男性はトイレを出て行った。

 男性の後姿を見送りながら、僕は去り際に少し見せた男性の表情に違和感を覚えた。


「なんで……なんであんな暗い顔をしてたんだろう」


 確信ではないけど、たぶんあの人はお見合いをしにここまで来たのだろう。違うとしてもその関係者だ。だとしたら、さっき僕が見た人たちのような顔をしていなければおかしい。緊張していても、励ましていても、余裕そうにしていても、みんな心の中は明るいはずだ。

 それなのにあの人は去り際は少し暗い顔を見せた。それがどうにも胸に引っかかって気になる。


「大丈夫なのかな……?」


 初めて会う人に過度に肩入れするのはよくない。そんなことはわかってる。

 でも、気になるものは気になるのだ。


「……でも、さすがにそんなことをしてる時間はないよね」


 そう、忘れてはいけない。

 今日僕がここに来たのは間宮さんのお見合いを付き合わない方向で上手く終わらせることだ。それなのに事情も知らないあの人のことまで気にかけている時間は正直僕にはない。

 それに、暗い顔を見たのはホント一瞬。僕の勘違いだった可能性も大いにある。

 だとすれば、僕は元々の目的である間宮さんのお見合いのことに集中した方がいい。


「うん。気持ちを切り替えよう。今日の予定でも大雑把に思い出してれば気も晴れるはず」


 強引にでも気持ちを切り替えようと違うことを考える。

 この前聞いた大雑把な予定では、まず最初に親族を含めた軽い挨拶、次にお見合いをする二人だけでの会話、その後にお見合い場内を軽く二人で散歩して、最後に部屋に戻ってきてお互いの気持ちを伝える。という感じらしい。

 僕の出番はお見合いをする二人だけでの会話、の部分からだ。

 それまではどうしても間宮さんと相手方の両親がいるし、僕が出ていくのはまずい。そのため、僕はギリギリまで隠れている必要があるのだ。


「あ、間宮さんから連絡来てる。……もうこっちに向かってるのか」


 すぐにメッセージの内容を確認すると内容は今こっちに向かっているという内容だった。僕は早々にトイレの個室で時間を潰すのを止めてトイレを出る。

 すると、ちょうど間宮さんがやってきた。


「お待たせ佐渡。今日は本当に悪いわね」

「……」

「ちょっと、無視はないんじゃないの? ……佐渡?」


 いきなり間宮さんが顔を近づけてきて、僕は咄嗟に一歩退く。


「さっきからなんなの佐渡。なにか変よ? もしかして緊張でもしてるの?」


 僕がせっかく取った一歩分の距離を間宮さんはすぐに前に一歩進むことで埋めてきた。あっという間に最初の距離感になる。別に特別距離が近いわけじゃない。いつも通りの人一人分くらいの距離感だ

 なのに、僕が特別間宮さんを意識しているのにはもちろん理由がある。


「そういえば、顔が赤いわね。もしかしてあんた熱でもあるんじゃないの? 具合悪いなら私は大丈夫だから帰って安静になさい。それとも彼方ちゃんと芽衣ちゃん呼ぶ?」


 僕の普段とは違う様子と、顔色を見て間宮さんが心配してくれる。

 でも違う。違うんだ間宮さん。

 僕が何も喋っていないのも、顔が赤いのも全部君のせいなんだ。

 とはいえない。

 そう。僕がなぜこんなおかしくなっているのか、それは間宮さんの着物姿に見惚れてしまっていたからだ。綺麗な赤い着物に身を包み、顔も化粧がされていていつもより色っぽい。特に深紅の口紅が塗られている唇がとても魅惑的で目を引かれる。その他にもいつも以上に輝いてるように見える長く茶色い髪や、着物の袖から出るすらっとした手すらいつもとは違うもののように見える。

 恥ずかしくて視線を逸らせば逸らすほど間宮さんの綺麗な部分が目に飛び込んできて、僕の顔をさらに赤くさせる。顔が熱を持っているのを自分自身嫌というほどわかっていた。


「とにかく、今タクシーを呼ぶわ。付いて行ってはあげられないけど、許してよね」


 何も言えずにただただ間宮さんの着物姿に見惚れている僕を置いて、間宮さんが僕を家に帰すための準備を進めていく。

 間宮さんのことでいっぱいになってしまった頭をどうにか動かして、ガチガチに固まってしまった腕を動かし携帯でタクシーを呼ぼうとしている間宮さんを止める。


「だ、大丈夫だよ。別に具合が悪いわけじゃあないんだ」

「そんなわけないでしょ。私のためにって無理するんじゃないの。ほら、手を放しなさい。タクシー呼べないでしょ」


 ここまで様子のおかしい僕を見ている間宮さんは簡単には僕の言葉を信じてくれない。これも今までの僕の行いのせいだろう。

 仕方がない。正直に話そう。そう心の中で結論付け、ただでさえ恥ずかしいのに口に出すと意識することでさらに顔を赤くさせる。そして、わなわなと震える口をどうにか動かした。


「ほ、本当に違うんだ。……顔が赤いのも、僕の様子がおかしいのも、その……間宮さんの着物姿に見惚れてたからなんだっ!」


 最初の方はぼそぼそと喋っていたものの、後半になるにつれここまで来たらという感じで声が大きくなっていった。最後に至ってはもう叫んでいるといっても間違いではなかったと思う。


「いつも見慣れてるはずなのに、間宮さんの髪とか顔とかがすごくきれいに見えて、赤い着物も間宮さんにすごく似合ってて、目を逸らそうにも逸らした先も綺麗で目のやり場がなくて、間宮さんがいつもの間宮さんじゃないみたいで、いつも以上に綺麗で可愛くて、だから……その……」


 だんだんと自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。

 思いついたことをとにかく並べ立てていた僕は言葉の切れ目を失う。


「間宮さんが綺麗だから言葉を失ってた……」


 最後の最後に至ってはもはや言葉になっていたのかすらわからない。

 とにかく、僕が言えるのは言いたいことは言い終えた。それだけだった。


「……」

「ま、間宮さん……?」


 あまりの恥ずかしさに下を向いていた僕に間宮さんからの返事はない。そのことに疑問を抱き、顔を少し上げて間宮さんの様子を確認する。その結果、間宮さんは真っ赤になっていた。それはもうおそらく僕と同じくらい真っ赤に。

 無言の相手に困惑する方向が逆になる。


「ご、ごめん! 僕何かへんなこと言ったかな? 言ったよね? 言っちゃったよね? 本当にごめん!」


 我ながら変なことを言った自覚がある僕は一人勝手にそう結論付けてとにかく謝る。


「あ、謝らないでよ……」

「ご、ごめん」

「だから謝らないでって。これは違うのよ」

「違う……?」

「これは佐渡にそんな風に見られてたことや思われてたことが嬉しくて恥ずかしくなっただけなの。お母さんとかお父さんも似たようなこと言ってくれたけど、なんか佐渡に言われると変な気持ちになるのよ」


 いつになく小さな声でそういう間宮さんに、やっぱり僕が原因なのでは? という疑問を頭に浮かべる。


「とにかく嬉しかったの! これでも喜んでるのよ! まったくもう! これじゃあ話し合いどころじゃないじゃない……」


 赤くなった顔を間宮さんは両手で隠す。

 でも、全体を隠しきることはできずに指の間からまだ赤いままの頬が姿をのぞかせていた。

 さっきの僕と似たような状況になっている間宮さんに対し、僕は逆に少し冷静になっていた。間宮さんが自分と同じような状況になったことで仲間ができたと頭が思ったからかもしれない。


「ま、間宮さん。それじゃあ話さなくていいから僕が言うことに首を振ってこたえてくれないかな? 最後の確認ってことで」


 このままだと時間がまずいことをどうにか思い出した僕は頭を切り替える。

 そして僕にしては上出来な案を間宮さんに提示した。しかし、間宮さんはそれの答えに首を横に振ることで答えた。

 そして、顔を隠していた両手を下ろす。顔はまだ真っ赤だった。


「もう大丈夫よ。ほんとにもう、佐渡ってばいつの間にそんな女心をくすぐるような言葉を覚えたのよ」

「え? 覚えたつもりなんてないんだけど……」

「無自覚なのね……。無意識とか、無自覚が怖いっていうのは本当なのね。勉強になったわ……」


 僕の返事に間宮さんは大きなため息で返事をした。

 なにがなんだかわからない僕は首を傾げ、ただ間宮さんの言うことにハテナを浮かべることしかできない。


「それよりもう時間がないわ。とっとと最終確認をしちゃいましょう」

「うん。そうだね」


 それから五分ほどの時間で最後の確認を行っていく。

 僕が間宮さんの居る部屋に入るタイミング。それまで身を潜めておく場所。帰りに間宮さんの両親にバレずに帰るための方法。この日のために決めておいた僕と間宮さんの関係性。そういったものを簡単におさらいしていく。


「こんなものかしらね。佐渡の方も問題ないかしら?」

「うん、どうにか大丈夫そうだよ。あとは、本番で緊張しないかってくらいかな


 間宮さんの着物姿にドキドキしていたさっきよりも緊張することはないだろうけど。


「そんなに緊張しないでいいわよ。なにかミスしても私がフォローするし、私が隣にいるんだから少しはいいでしょ」

「う、うん……」


 今の間宮さんの隣に腰を落ち着けることより緊張することはないとは言えない僕。


「それじゃあ、あとはよろしくね。なるべく私も連絡が取れるようにするから」

「うん! 任せて!」


 簡単な挨拶を交わして、間宮さんと一旦別れる。

 間宮さんの後姿にまた惹かれていると、間宮さんが振り返った。


「ねぇ、佐渡……」

「どうしたの間宮さん?」

「その、今の私ってそんなにきれいで可愛いかしら?」


 突然の質問に僕の頭と体が一瞬で固まる。

 間宮さんの方も相当恥ずかしいのか、さっきのように顔を真っ赤にしている。

 ただ、そんなことをしてまで間宮さんが質問してきているのには理由があるのだろう。スーパーで着替えを済ませた僕のようにちゃんと着こなせているかとか、男性目線で着物が似合っているのかどうかとか、そういった不安が間宮さんにもあるのだろう。

 そう思った僕はできるだけ丁寧に心のままの言葉を間宮さんに返した。


「うん……すごく似合ってる。いつも以上に今の間宮さんはその……綺麗で可愛いよ」


 覚悟を決めたとはいえ、いざ実行することはやっぱり恥ずかしい。

 そのため途中で少し言葉に詰まってしまった。でも、言いたいことは言えたはずだ。


「ふふっ。ありがとう佐渡。元気出たわ」

「それならよかったよ」


 間宮さんがすごい良い笑顔で笑った。いつもの大人っぽい笑顔じゃない。心の底から嬉しそうな、年相応の笑顔で笑った。その笑顔に僕は一瞬ドキッとしつつも、どうにかその感情を胸にしまい込む。

 でもどうやら僕の感想が間宮さんに元気を与えてくれたらしい。

 いつも助けてもらってばかりの僕にできる精一杯の恩返し。それで間宮さんの心を少しでも軽くできたのなら、こんなに嬉しくて光栄なことはない。


「今度こそ、またあとでね。佐渡」

「うん。間宮さんも頑張って!」


 今度こそ本当に短いやり取りで間宮さんと一旦別れる。

 間宮さんの美しい後姿にまたまた惹かれつつも、僕は心臓の辺りを抑える。


「間宮さんの心は軽くできたかもしれないけど、僕の心は重いままなんだよね……」


 一番の心配はやっぱり今の間宮さんにドキドキしている僕だと自覚しながら、僕はトイレの個室で時間まで深呼吸を繰り返した。

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