16話
「今日も楽しかったですね。ただ歩いて空を見てただけなのに気持ち的にお腹いっぱいですよ」
散歩の帰り道、茜色の空と夕日に照らされながら家への帰路へと就く僕と彼方ちゃん。
今日は本当に楽しかった。散歩をして、二人でお弁当を食べて、空を眺めて、やっていることは特に珍しいことや、面白いことでは決してない。
それでも、彼方ちゃんとするこれらの行為はとても楽しくて、有意義な時間だった。
「お昼の空も良いけど、今度は朝日とか、夜空とかも見てみたいね。朝日も眩しくて幻想的だろうし、夜空も星が輝いててきれいなんだろうなー。ねっ、彼方ちゃん?」
そう言って彼方ちゃんの方へ顔を向けた。
そしてそこには少し思いつめたような顔をする彼方ちゃんがいた。
少しの沈黙が僕ら二人を支配する。
「えっと……僕何か変なこと言ったかな……?」
正直、心当たりが全然ない。
ついさっきまで楽しく話していたのに、いきなり空気が重くなった。
さっきまで話していた内容を頭の中で整理を始める僕。
ダメだ、全然それらしい内容が思い浮かばない。
この前の様に『家族』なんて言葉は使っていない。その他に話したことなんて空の話くらいだ。
もしかして僕と朝日を見たり、夜空を見るのが嫌だったのかな。
そうだとしたら僕かなりへこむんだけど……
「……っ」
理由はよくわからないが、彼方ちゃんを傷つけてしまったのなら、謝ろうと悩んでいると、彼方ちゃんがハッとした様に表情を取り戻し、僕に笑顔を向けた。
いつもと少し違う、ぎこちない笑顔を―――
「すいません佐渡さん。夕日があまりにも綺麗なんで見とれちゃってました」
えへへ。と照れるように笑う彼方ちゃん。
でも、僕には彼方ちゃんの言っていることが本当のことに思えなかった。
だって彼方ちゃんは夕日なんて見てないで俯いていたし、明らかに辛そうな表情をしていた。
もしかして両親のことと何か関係が―――
「佐渡さん。今日は夕食何にしましょうか?」
僕がその場に立ちどまり、彼方ちゃんのことを考えていると、まるでそれを止めるように彼方ちゃんは話しかけてきた。
「え? あー、今日はオムライスにでもしようか……」
少し言葉を詰まらせながらもどうにか言葉を返した。
彼方ちゃんは今は確かに笑っている。いつもの元気な彼方ちゃんだ。
でもさっきは辛そうな顔をして、取り繕ったようなぎこちない笑顔を僕に向けていた。
「……なにがどうなってるんだろう」
彼方ちゃんに聞こえない様に小声でつぶやく。
彼方ちゃんに何かがあったのは知っている。それが家族に関わることなのも知っている。
でも、僕が知っているのはそれだけで、それ以上のことは何も知らない。状況がわからない。
なんで彼方ちゃんは空の話題で辛そうな顔をした?
なんで彼方ちゃんは不自然に笑った?
わからない。
なにもわからない。
「佐渡さーん聞こえてますかー」
「……え? わっ!」
思考を一旦放棄すると、目の前に彼方ちゃんの顔があった。
「すいません、そんな驚かせてしまうとは思いませんでした。でも、佐渡さんも悪いんですよ? 私の話全然聞いてくれないんですもん」
「え?」
どうやら僕はまた悪い癖を発動していたらしい。
「ごめんね。少しぼーっとしちゃって……」
「大丈夫ですか? 具合が悪いのなら病院に行きますか?」
心配そうに僕を見つめる彼方ちゃん。
今はさっきの表情の面影もない。
あれは僕の見間違いだったのだろうか。
「いや、大丈夫。それより話しってなにかな?」
「あ、はい。それなんですけど、私今日はコーンスープも作りたいなって思いますして……」
こうして楽しかったけど、少し不思議な一日は終わりを告げた。