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ホームレス少女  作者: Rewrite
佐藤彩・佐藤麻耶 編
164/234

23話

 

 彩ちゃんとのいざこざの後、僕らはとりあえず対策会議を開くでもなく、いつも通りに過ごしていた。

 彼方ちゃんと芽衣が昔の僕と今の僕の話を楽しそうに交わし、僕はそれを顔を真っ赤にしながら聞くこと小一時間。気が付けば時刻は夕日が沈むくらいの時間になっていた。


「誠也ー。たまに帰ってきたんだからお風呂掃除くらいしてくれてもいいのよ?」


 部屋の隅ですやすやと眠っている麻耶ちゃんを横に、三人仲良く談笑していると、母さんがいきなり入ってきて僕にそう言った。


「それって、お風呂掃除しなさいって言ってるようなものだよね? やるけどさ」

「わかってるじゃない。親孝行する息子はお母さん好きよ」

「親孝行しない息子はいらないっていうの?」

「違うわよ。親が子供のこと嫌いになるわけないでしょ。今のは親孝行しない息子より、親孝行する息子の方が好きって話よ」

「ああ、そういうこと……」

「そんなつまらないこと気にしてるなら、さっさとお風呂掃除してきて」

「はーい」


 母さんとちょっとした会話をして、疲れた体に鞭を打ってお風呂場に向かおうと立ち上がる。


「あっ、お風呂掃除なら私がっ!」


 少し予想はしていたけど、彼方ちゃんが率先して立ち上がった。


「あらあら、いいのよ彼方ちゃんはゆっくりしてて」

「で、でも。私はいきなりお邪魔してしまったわけですし、せめてものお礼くらいは……」

「そういうことなら、後で向こうでの誠也のことを聞かせてちょうだい。さっきからちょこちょこ芽衣との会話聞こえてたわよ。楽しそうだったじゃない」

「そ、それはもちろんいいですけど、それとこれとは」

「一緒よ一緒。ほら、誠也。彼方ちゃんに仕事を取られる前にやってきちゃいなさい」

「うん。彼方ちゃん。母さんの言う通りゆっくりしてて。お風呂掃除くらいすぐ終わるから」

「うー……わかりました……」


 しばらく粘った彼方ちゃんだったけど、最終的にはうちの母さんの強引さに負けてしまった。

 まぁ、今回は僕も母さんの意見に全面的に賛成だったので、特になにも言うことはない。

 そんなこんなでお風呂掃除をすることになったので、今度こそお風呂場に向かう。


「母さんじゃないけど、たまに帰ってきたんだから親孝行しないとね」


 腕まくりをしながら、場所がうろ覚えのお風呂掃除の道具を取り出し、準備を整える。


「思ったより汚れてるな。タイルも少し黒ずんでる……。……」


 なんでだろう。

 こういう汚れを見ると、無性に落としたくなる。

 そう思って、手元にある掃除道具に目をやる。スポンジ、たわし、洗剤、簡単な汚れ落としくらいならできる道具たちだ。


「よしっ!」


 気合を入れて、お風呂掃除に取り掛かる。




「ふぅ……。こんなもんかな」


 お風呂掃除が大方終わり、額に掻いた汗を袖口で拭う。

 そんなことをしていると、母さんがやってきた。


「ちょっと誠也。あんたいつまでお風呂掃除してんの……って。あんな壁の汚れまで落としたのっ?」

「うん。なんか見てたら落としたくなっちゃって。これも親孝行として受け取っといてよ」

「はぁ……。あんたって子は」


 少し呆れ顔をしつつも、母さんは口元を緩めて笑った。

 これは、親孝行成功とみていいだろう。


「手洗って、さっさと居間に来なさい。もう夕飯の準備はできてるから。みんなあんたのこと待ってるわよ」

「うん。すぐに行くよ」


 一足先に母さんは居間に戻り、僕も手を洗って、少し遅れてから居間に向かう。

 居間に来ると、母さんに芽衣、彼方ちゃんに、彩ちゃん麻耶ちゃん、全員が席についていた。

 みんなの姿を確認した僕は、空いている場所に腰を下ろす。


「それじゃあ、誠也も来たことだし、いただきましょうか」

「いただくーっ!」

「こら、麻耶。お行儀悪いですよ」

「いいのよー。ちっちゃくて元気な子を見ると、おばさんも元気を分けてもらえるもの」


 麻耶ちゃんが料理を前にはしゃぎ、彩ちゃんがそれを注意し、母さんが大丈夫と答える。そんな、どこの家庭でも当たり前の風景に僕は少し胸が痛んだ。

 別に、この風景が嫌なわけじゃない。彼方ちゃんはもちろん、彩ちゃんと麻耶ちゃんがこの家に馴染んでくれるのは僕としても嬉しい。

 じゃあ、なぜ胸が痛むのか。

 それは、今僕の母さんがいるところに、この子たちのお母さんがいたらと考えてしまうからだ。


「佐渡さん。早くあの子たちのこと、どうにかしなくちゃですね」


 僕の隣に座っている彼方ちゃんが小さな声で僕にそう言った。

 もしかしたら彼方ちゃんも、僕と同じようなことを考えているのかもしれない。


「そうだね。頑張らなくちゃ」


 だから、僕は小さな声でそう返した。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ごちそーさまでした」

「おーっ。麻耶ちゃんは偉いねぇ。ちゃんとごちそうさまが言えるなんて」

「まーちゃん、えらいでしょー」

「うん、偉い偉い」


 無事みんなでの夕食も終わり、麻耶ちゃんと母さんが仲良くしている中、僕の携帯が震えた。


「あっ、間宮さんからだ」


 液晶画面に映し出されているのは"間宮さん"という四文字だった。


「なに、鈴ちゃんから? 誠也ー、あんたも隅に置けないわねー」

「そんなんじゃないよ。ちょっと自分の部屋で話してくる」


 母さんのからかいを短く躱し、みんなに自室に行くことを報告してから速足で自室に向かい、急いで応答ボタンを押し、携帯を耳に当てた。


「もしもし、間宮さん」

「あー、出た出た。もしかしてタイミング悪かったかしら?」

「ううん。ちょっと母さんにからかわれちゃって。こっちこそ出るの遅くてごめんね」

「あー、なるほど。佐渡のお母さんらしいわね」


 高校の時に間宮さんは何回か家に来たことがあるので、母さんのことを知っている。あの時も母さんが「誠也がこんなに美人な彼女を連れてきた」とか騒いで、大変だった。

 間宮さんは実際に美人だと思うし、素敵な女性だとは思うけど、決して僕なんかの彼女じゃない。それは間宮さんに失礼だ。なんて話をしたのを、今でも覚えてる。


「それで、どうしたの? もしかして、お見合いでのこと?」

「そうそう。今日、実家に着いてから親に話したんだけど、やっぱり私と誠也が付き合ってるって話、少し疑ってるのよ」

「そうなんだ……。やっぱり付き合ってるのが僕っていうのが足を引っ張って―――」

「あー、違う違う。そうじゃないわよ。相手が誠也なのが問題なんじゃなくて、私の方が問題みたいでさ」

「間宮さんの方が?」


 正直、僕が間宮さんに合った男じゃないとか、僕よりお見合い相手の方が将来性があって良い旦那になりそうとか、そんな理由で間宮さんの両親が僕たちのことを疑ってるんだとばかり思ってたけど、どうやら違うらしい。


「いやね。お見合いが面倒だから、上手いこと言って、私たちのこと騙そうとしてるんじゃないかって、疑ってるのよ。ひどい話よね。実の娘のこと信じられないなんて」

「いや、実際騙そうとしてるんだから何とも言えないんじゃ……」

「あ、それもそっか」


 そう明るい調子で答える間宮さんに、僕は苦笑いを返す。

 実のところ、僕は間宮さんの作戦に完全に同意はできていないのだ。

 別に間宮さんが嫌なお見合いをどうにかしたいということに関しては、僕も何も思わない。むしろ、喜んで協力したいくらいだ。だから実際、こうして若干強引気味だったとはいえ、間宮さんの提案に乗った。

 問題なのは、相手の方の気持ちだ。

 何度も言っている通り、僕は間宮さんがお見合いが嫌ならご両親にお願いして、やめてもらいたい。

 ただ、これは間宮さん目線からの話であって、相手の気持ちは全く視野に入れていない。

 もし、もしも、相手の人が間宮さんのことを本気で好きで、その結果お見合いをしたいと言ってきてたなら、僕のやろうとしていることは相手にとってすごい失礼なことだ。

 本当に付き合ってるわけでなく、その場限りの嘘で相手を騙す。

 そのことだけが、どうしても引っかかる。


「佐渡……。あんたのことだから相手のことまで考えてるんでしょうけど、そんなことはよしなさい。私は佐渡に協力してもらえなくても断るつもりなんだから結果は変わらないわ」


 電話口から間宮さんが心を読んだようなタイミングでそう言った。


「僕ってそんなにわかりやすいかな?」

「そうね。わかりやすいって言うより、素直っていう方が正しいかしら」

「それって、ほとんど同じ意味じゃない?」

「全然違うわよ。わかりやすいって言うのは考えてることを隠してて、それがバレることだもの。その点、素直っていうのは隠す気がなくて、そのことについて真っすぐだから相手がわかっちゃうってことだもの。状況によってはどっちも良いことだけど、基本的には素直の方が良い印象ね」


 間宮さんの話す説明に、僕なりの納得をした。

 僕がもっと賢い人間なら、今の間宮さんの話だけで全てを理解できるんだろうけど、僕は生憎賢くない。正直、今の話の半分くらいしか僕には理解できていないはずだ。


「とにかく、結果が同じなんだから過程は気にしないようにってことよ。むしろ、話を潤滑に進めるために必要なんだから良いことよ。相手だって、望みのないことに時間を使いたくはないでしょ」


 言っていることはわかる。頭でも理解はできている。

 でも、どうしても僕には「そうだね」と、明るく返すことはできそうになかった。


「それとも何? 佐渡は私にお見合い相手と上手くいってほしいの?」

「え……?」


 ふいに掛けられた言葉に混乱する僕。

 そんな質問をされるなんて心にも思ってなかった僕には混乱するしかできない。

 ただ、一つだけ言えることはあった。


「それは……嫌だ」


 嫌だ。

 僕ははっきりと、そう間宮さんに告げた。

 さっきまで相手の気持ちがどうとか、間宮さんの気持ちがどうとか言っていたくせに、いざ自分はどうなのかと問われて出た答えは否定だった。


「ふふっ。嬉しいこと言ってくれるわね。なんでなのかしら?」


 僕の返事がよっぽど嬉しかったのか、間宮さんはさらに質問を重ねてきた。

 その質問について考えて、僕はおかしなことに気が付く。


「間宮さんが好きでもない人と結婚するとか、自分勝手だけど、間宮さんと過ごせる時間が減るのが僕は嫌なんだ。でも、仮に間宮さんが相手のことを好きだったとしても僕は―――」


 自分でもなんでこんな考えが浮かんできたのかわからない。

 今言った通り、間宮さんが好きでもない人と結婚するのは許せないし、一緒に過ごせる時間が減るのは寂しい。

 ただ、そんなことよりも先に浮かんできたのは。


「上手くいかないでほしい」


 我ながら最低な発言だ。

 人の幸せばかりを考えるようにしてきた僕が、人の幸せを素直に喜べないと考える。

 それはなんて自分勝手で、傲慢なことだろう。


「……佐渡、ありがとう」


 自分の発言に、自分自身を否定しかけていた僕に、間宮さんはお礼を言った。


「なんでお礼なんて言うの? 僕、結構ひどいこと言ったと思うんだけど」

「そうねー」


 間宮さんはそう言うと、電話口でも聞こえるような大きな息を吐いてから、話し始めた。


「言葉の受け取り方って、人によって違うじゃない? 例えば、声が大きいって言われて、素直に喜ぶ人と、うるさいってこと? って考える人みたいに。つまりね、さっきの言葉は、佐渡にとってはひどい言葉だったのかもしれないけど、私にとっては嬉しい言葉だったのよ」


 またしても僕には間宮さんの言葉を完璧に理解することができなかった。

 でも、そう話す間宮さんの声が、僕にはいつもより優しく、温かく聞こえて、僕は間宮さんにとって良いことができたのだと安心した。


「それより佐渡。話し戻すんだけど、明日佐渡の家に行ってもいいかしら?」

「いいけど、どうして?」

「最初に言ったでしょ。家にいると親が色々うるさいのよ。せっかく帰省してきたって、これじゃあ少しも休まらないわ。それなら少しでも楽しく過ごすために行動するべきじゃない?」

「まぁ、確かにそうかもしれないね」


 幸せが待っていてもやってこないように、楽しいことも待っていてもやってこないのかもしれない。

 来ないものを待っていても仕方がない、だから自分から探しに行くというのは正しいことのはずだ。


「それに、一応最低限の基盤くらいは作っておかないとね」

「基盤って?」

「お見合いの時の設定よ。どこであったとか、いつから付き合ったとか、お互いの好きなとことか、聞かれそうなことを二人で示し合わせとくの。じゃないと、ぶっつけ本番でボロが出ちゃうでしょ?」


 確かに、間宮さんならともかく、僕はすぐにボロが出そうだ。


「そうだね……。合わせといたほうが良さそうだね」


 自信のなさの表れが声にまで出ていたのか、間宮さんが僕の返事を聞いてくすくすと笑った。


「別に佐渡が失敗するからなんて言ってないのに、なんで最初から落ち込んでるのよ」

「だって、どっちが失敗するかって考えたら間違いなく僕でしょ」


 間宮さんはミスをしても、上手くのらりくらりと躱せそうだけど、僕なんかは絶対にあわあわと慌てて、さらにボロを出しそうだ。

 自分でも簡単に想像できるんだから間違いない。


「そんなことないわよ。確かに、可能性の話をすればそうかもしれないけど、私だってロボットじゃないんだもの。ミスくらいするわ。だから、そうならないためにも、しっかりと話をしておきましょ」

「うん、わかった。それで、何時ごろに来る? 出かけるつもりはないけど、もしかしたらってこともあるし」

「そうねー。具体的には決めてないけど、念のために佐渡のお母さんと芽衣ちゃんがいない時間がいいわよね。もし、本当にことになったら大騒ぎだろうし」

「あー、そのことなんだけど―――」


 僕は間宮さんに芽衣に今回の彩ちゃんと麻耶ちゃんの件の協力を頼んだことと、間宮さんのお見合いを妨害する手伝いをするということを、すでに話していることを話した。


「わかったわ。芽衣ちゃんも二人のことで協力してくれるのね。それと、私のお見合いのことも知ってると」

「うん。だから芽衣のことは気にしなくて大丈夫だよ。母さんはまずいけど……」

「あはは。確かに佐渡の所わね……」


 母のことを知る間宮さんは、僕の心配をわかってくれたようで、理解を示してくれた。間宮さんが最初に僕の母さんと芽衣の時間を選ぼうとしてくれたのも、主に母さんが原因だろう。

 それに、ここは都会じゃなくて田舎だ。

 周りはみんな顔馴染みみたいなものだし、噂も都会の比ではないくらいの速さで浸透していく。ただ、伝達手段がネットから人伝に変わるだけだ。都会以上の問題をあげるとすれば、伝わる相手で知り合いか、そうでないかの違いだろう。

 今ここで僕と間宮さんの一時的な関係のことが知られれば、一日も経たない内に周りの人はお祭り騒ぎを始めるはずだ。


「まぁ、とにかく。午前中には佐渡の家に行くわ。それで、お母さんがお買い物にでも行った隙にお見合いの話は済ませちゃいましょう」

「そうだね。変に時間を探るよりもその方が早そうだ」

「それじゃあ、佐渡。明日よろしくね」

「うん。待ってるよ」


 会話が終わり、通話を切った携帯をポケットにしまう。

 そして、他のみんながどうしてるのか気になったので、居間に戻ることにした

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