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ホームレス少女  作者: Rewrite
佐藤彩・佐藤麻耶 編
161/234

20話

 

 僕の実家は特になんてことのない、普通の家だ。

 木造建築の二階建て、普通の居間に普通の台所に普通のお風呂場、そんな普通ばっかりが集まったような、ザ・普通の家。

 家族構成も特に変わったこともなく、母さんに妹の芽衣、そして高校生の時までは僕。


 父さんは……僕が小学生の頃に亡くなった。

 理由は事故によるケガ。


 車に轢かれそうになっている女の子を助けようとしての事故だったらしい。

 父さんのおかげでその女の子は軽いかすり傷だけで済んだ。

 でも父さんは女の子を庇ったこともあって重傷だった。

 直接体を見たわけじゃなくても包帯の量や体を起こすときに顔を歪ませる父さんをみたらそれは一目瞭然だった。


 家族みんなでお見舞いに行ったとき、僕と芽衣がわんわんと泣いている中、母さんだけは笑顔で父さんを見ていた。

 あの時はなんで母さんは笑ってるんだろう? 父さんが事故にあったの悲しくないのかな?

 なんて思ったりもしたけど、今の僕にはわかる。

 生きててくれただけでも嬉しいっていうのと、たぶんこっちが本命だろうけど、父さんらしいなって思ったんだと思う。

 誰かを助けるために自分が傷ついてでも誰かを助けた父さんを見て、母さんは嬉しかったんだと思う。


 前々から体の弱い人だったって父さんが死んでから母さんに聞いた。

 父さんは僕や芽衣にはそんなこと一言も話さなかったし、そんな素振りも全く見せなかった。

 ただ、今にして思えばよく体を崩していたような気もする。

 そんな体でも父さんは困ってる人がいたら助けずにはいられない人だった。


 僕にとって、父さんはヒーローだった。

 困ってる人をほっとけない人だった。知り合いが困ってたらいつだって助けに行ってたし、悩んでる人がいたら相談に乗ってた。

 僕はそんな父さんに憧れていた。

 今の僕がいるのは半分父さんのおかげだ。

 もう一人はもちろん、あの人のおかげ。


 父さんは死ぬ前に僕に言った。


「周りの人を笑顔にできる人になれ!」


 その時の僕はまだ小さかったから父さんの言ってるのはお笑い芸人か何かだと思った。

 それを父さんに言ったら父さんは少し固まってからケガ人とは思えない大きな声で笑ってた。

 そしてもちろん、僕の勘違いも正してくれた。


「いいか、誠也。何も人を笑わせるのは芸とかだけじゃないんだ。困ってる人、悩んでる人、悲しそうな人、辛そうな人、泣いてる人、不安そうな人、一人ぼっちな人、そんな人たちの原因を解決してあげること。それでも人は人を笑顔にできるんだ」


「そうなんだ。……でも、僕にはできそうにないよ……。僕、よわっちぃし……」

「なんだなんだ? 誰かにいじめられたりでもしたか?」

「う、うん……クラスの子に……筆箱隠された」


 小学生の時の僕は所謂いじめられっ子っていうやつだった。

 仲間はずれ、ものを隠されるのは当たり前。みんなが嫌なことことは僕の仕事だった。


 そんな僕に父さんはとんでもないことを言った。

 今でもちゃんと覚えてる。

 父さんがその時に言った言葉を一言一句間違いなく言える。


「誠也、その子とちゃんと話してみろ。もしかしたらその子は何か困ってるのかもしれない。いじめをする奴ってのはな二種類いて、ただ自分が満足したいだけの奴と―――」


 父さんは今まで僕に見せたことのない、真剣な顔でこう言った。


「自分が何かに困ってて、誰かを下に見てないと自分が保てない奴だ」


 その言葉を聞いたとき、僕は父さんは何を言っているんだと思った。

 自分がいじめられて苦しんでいるのに、なんでその原因の相手のことを心配してあげないといけないのか僕にはわからなかった。


「いいか、誠也。父さんはさっき、周りの人を笑顔にできる人になれって言ったよな?」

「うん……」

「その周りの人の中にはその子も含まれてるんだ。誠也、誰だって生きてれば間違いの一つや二つするんだよ。ただ、中にはその間違いが大き過ぎる奴がいる。それこそ今の誠也みたいに周りから嫌がらせを受けるほどにな。でも、そんな奴の心の中にも絶対に良心って奴はあるんだ。人を傷つける人でも、人を馬鹿にする人でも、もっと言えば、人を殺しちゃった人にも……」


 そう言うと父さんは、痛いはずの体を無理やり起こして人差し指を僕に向け、ゆっくりと大きくて逞しい腕を伸ばしてきた。

 そして僕の胸に触れた。


「いいか誠也。絶対にどんな人にも良心はある。だからお前はそれを絶対に信じてやれ。どんなに他の人がないって言ってもお前だけは信じてやれ」


 あまりにも真剣な父さんの声と顔に、僕は咄嗟になんて返したらいいかわからなかった。

 僕が黙っていると父さんは返事を待たずに続けた。


「誠也。お前は確かに少し気持ちが弱いところがある。でも、それは逆に言えば、人の心に誰よりも敏感なんだ。どんなことをされれば嬉しくて、何をすれば楽しくて、どうなったら悲しくて、こうなったら苦しい。そういうことがお前には人一倍わかるんだ」


 正直、その時の僕は父さんの言葉を信じられなかった。

 いつもいじめられている僕がそんなにすごいとは思えなかったのだ。


「今すぐにわかれとは言わない。でも、覚えてはおいてくれよ。誠也、“周りを笑顔にできる人になれ”これが、これだけが父さんがお前に言えることだ」


「父さんが言うなら……が、頑張ってみる……」

「そうか。父さんは誠也が素直な良い子でうれしいぞ!」


 父さんは笑顔で僕の頭を撫でてくれた。

 力が入ってて少し痛かったけど、僕はうれしかった。


 そして次の日、父さんは死んだ―――

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