15話
「それじゃあもうお昼だし、お弁当にしようか」
「そうですね。私、もうお腹ペコペコです」
持参したレジャーシートを芝生の上に敷いて、二人でそこに座る。
バックから持ってきたお弁当をだして、レジャーシートの上に広げた。
「わあー。自分で作ったのになんだか新鮮な感じがしますね」
彼方ちゃんがお弁当を出した瞬間、感嘆の声を上げた。
「確かにいつも食べてるものと一緒なのに、違う感じがするよね」
お弁当の中身は当然僕らが作ったので、いつも食べてるものと何も変わらない。
オーソドックスに甘い卵焼き、おにぎり、から揚げなどを用意し、味付けも特に変えたわけでもない。本当にいつも通り作っただけだ。
いつもと違ったところなんてピクニックを楽しみにしながら作ったってことぐらいだ。
空腹は最高のスパイスという言葉があるが、僕らは空腹というよりも時間でお昼を取ることを決めたはずだ。特に空腹だったわけではない。せいぜい小腹が空いた程度の物だったはずだ。
だと、するとやっぱりいつもと変わらない料理なのだが……
「不思議といつもよりおいしい気がする……」
口にするどの料理もいつも食べている物より幾分もおいしく感じる。
「これも散歩のおかげなのでしょうか? それとも外で食べてるからなんですかね?」
彼方ちゃんもなぜこのお弁当がここまでおいしくなっているのかわからないようだ。
でも、なんとなく僕はなぜなのかわかってきたような気がする。
たぶんそれはこの料理にたくさんの気持ちが詰まっているからだろう。
この後の散歩を楽しみだと思う気持ち、相手においしく食べてほしいと思う気持ち、そんなたくさんのプラスの感情がきっとこの料理をいつもよりも何倍もおいしくしているのだ。
まだ理由があるのだとすれば、それは二人で同じお弁当を食べているということだろうか。いつもは自分の分のご飯、おかずというように決まっているが、今日は大きなお弁当箱を彼方ちゃんと二人でつついて食べた。
きっとそれが答えなのだろう。
「「ごちそうさまでしたっ」」
おいしさの結論が出たところで僕ら二人ともお弁当を食べ終わった。
そしてそのままの勢いで僕な横になる。
本当なら芝生の上で横になりたいけど、今日のところは我慢しよう。
「佐渡さん、食べてすぐ横になると牛になっちゃいますよ」
彼方ちゃんが横になる僕を覗き込むような形で話しかけてきた。
「でも、気持ちがいいよ。風が適度に暖かくて、芝生も気持ちいんだ。彼方ちゃんもやってみなよ」
そう言って僕は体を大きく伸ばし、大の字になる。
レジャーシート越しの芝生の少しチクチクするのが気持ちよく、肌を撫でる風も心地よい。
このまま横になって目を閉じたらここで眠ってしまいそうなほどに心地が良い。
「……ホントですか……?」
僕が気持ちよさそうにしているのを見ていて自分もやってみたくなったのか、彼方ちゃんはどうしようかと悩み始める。
僕のせいで有耶無耶になってしまっていたが、さっきは自分でも芝生の上で寝てみたいと言っていたのだ。
ここはさっき笑ってしまったお詫びに背中を少し押してあげよう。
「本当だよ。嘘だと思うなら少しでもいいから寝転がってみなよ。きっと気持ちいいよ」
そう言って僕は彼方ちゃんに向けていた視線を上へと向ける。
快晴。見ているこっちがすっきりするような快晴。雲一つないとは言わないが、雲はほとんどなく、時々流れてくるくらいだ。
「そこまで佐渡さんが言うのでしたら少しだけ……」
彼方ちゃんも誘惑に勝てなくなってしまったのか、ゆっくりとその場で横になる。
そして感嘆の声をあげた。
「こんなきれいで大きな空を見るの久しぶりです。なんだか心が洗われるというか、すっきりした気持ちになりますね」
「そうだね。あっ、彼方ちゃん、あの雲、魚みたいな形してるよ」
指で指して彼方ちゃんに雲のありかを教える。
「あっ、ホントですねっ。あっちにはクマみたいな雲もありますよ」
「ホントだっ」
時々流れてくる雲の形を見て、何かに似ていると笑いあう僕ら。
こうしてまったりしているだけなのに、自然と楽しくて笑顔がこぼれる。
そしてこのまま楽しいだけの日々が永遠に続けばいいのにと、心の奥の奥でひそかに思う僕がいる。
そんなことは許されないし、彼方ちゃんの本当の幸せは僕と一緒に過ごすことよりも、両親が帰ってきて両親と一緒に過ごすことなのに、僕は自分の一方的な感情に少し嫌気がさした。
「険しい顔してますけどどうかしましたか佐渡さん?」
どうやら顔に出ていたらしい。
急いで顔を取り繕ったような笑顔にして、彼方ちゃんの方へ向き直る。
「いや、どうもしてないよ。少し目にゴミが入っちゃって……」
その場しのぎの言い訳で彼方ちゃんの心配事を取り除く。
ただでさえ不安な彼方ちゃんに、僕がこれ以上不安材料を増やしてどうする。
彼方ちゃんが両親が戻ってくるまでの間、少しでも楽しく、普段通りに過ごせるように僕がいるのに、これでは本末転倒だ。
「大丈夫ですか? そうだっ、私が取ってあげますよ」
「え?」
そう思ったときは遅かった。
さっきまで横になっていた彼方ちゃんは起き上がり、僕の顔を覗き込むように見る。
目に入ったごみを見ようとしているためか、妙に顔が近い。
彼方ちゃんはゴミを取るのに夢中で今の現状に気づいていない様子だ。
自分の顔が赤くなってないか心配で仕方がない。
「佐渡さん、ゴミが入ったのってどちらの目でしょうか? ゴミが見つからなくって……」
そう言ってありもしない僕の目のゴミを見ようと、さらに顔を近づけてくる彼方ちゃん。
近い。近い。近い。近いっ!!
もうほとんどくっついているような状態になってしまった。
おでこに至ってはさっきからたまにぶつかっている。
目の前には彼方ちゃんの可愛らしい顔があって、黒くてきれいな瞳があって、端正に整った鼻があって、綺麗な桜色の唇がある。
下手したら触れてしまいそうな距離に、彼方ちゃんの顔が、唇がある。
「んー。どこだろう。見つからない……」
彼方ちゃんが綺麗な手で僕の頬のあたりに触れる。
さっきから心臓バクバクだ。収まれと思っても自分の体なのにいうことを聞いてはくれず、早くもう取れたと言えばいいのに、口がわなわなとふるえていて動かない。
そして何分という時間が経過したのだろう。やっと彼方ちゃんが距離を置いてくれた。
瞬間僕は勢いよく体を起こし、心臓を落ち着かせるために深呼吸。
「すうー。はあー。すうー。はあー」
いきなり深呼吸を始める僕は彼方ちゃんは不思議そうに見た。
「あの、佐渡さん、目の方は……」
「もう大丈夫だよ、彼方ちゃんが取ろうとしてくれている間に自然に取れちゃったみたいなんだ」
「え? でも私なにもしてない……」
「それよりも彼方ちゃんも深呼吸してみたらっ? なんだかおいしく感じるよっ」
彼方ちゃんの言葉に強引に割って入り、無理やり話題を逸らす。
彼方ちゃんはいきなりの僕の言葉に戸惑いながらもゆっくりと深呼吸を始める。
「すうー。はあー。……確かに少しおいしく感じますね。味なんてないはずなのに不思議です」
またもやその場しのぎだったのだけれど、どうにか話題を逸らすことには成功したようだ。
あんな恥ずかしいことを彼方ちゃんが自分からやったと知ってしまったら、彼方ちゃんはきっと恥ずかしさのあまり、取り乱してしまうだろう。
さっきのことは僕の心の中にひっそりとしまいこんでおこう。