17話
あれから駅で間宮さんと合流して、長い時間新幹線の静かな揺れに揺られつつ、トランプや手遊びで遊んでいたらあっという間に実家の最寄り駅に着いた。
「ああ~……すごい帰ってきたって気がします」
僕たち以外誰も降りることのなかった駅に僕達四人は降りた。
四人というのは間宮さんの実家はもう一駅後の駅の方が近いからである。
「そうだねー。周りに高いビルも人込みもないのに、なんかもう違和感すら覚えるよ」
まだ上京して五年も経っていないのにそう感じるのはおかしいだろうか?
なんて思いつつ、久しぶりの田舎の空気をお腹いっぱいに吸い込む。
「んっーー……はあ~。同じ空気のはずなのになんかおいしく感じるのはなんでなんだろ」
「ほんとですねー。東京の方だって別に目に見えて空気が汚れているわけじゃないのに、なんでか田舎の空気っておいしく感じますよねー」
久しぶりの田舎の空気に僕と彼方ちゃんが少し浮かれていると、麻耶ちゃんも僕らの真似をし始めた。
「んー? せーちゃんやかーちゃんがいうみたいに、くうきおいしくないよ?」
僕らの真似を一通りし終えた麻耶ちゃんが可愛らしく首をかしげる。
「あはは。そうだね、おいしい味はしないよね。でもね、なんかおいしく感じるんだ」
「むうー……まーちゃんわかんない」
「そっか、わかんないかー」
さすがにこの手の話は麻耶ちゃんにはまだ早いと思い、笑顔でごまかすことにした。
具体的にどうおいしいのかなんて聞かれたら僕だって答えられない。奏多ちゃんにだって無理だろう。
「彩ちゃんはどう? 少し違う感じがしたりしない?」
仲間外れみたいにしたくないので、彩ちゃんに尋ねる。
「そうですね。味に関しては何も思いませんが、やっぱり工場とかの少ないこういう場所の方が空気はきれいなんだと思いますです」
「げ、現実的なんだね彩ちゃんは……」
「現実的も何も事実を言ったまでです。ここの方が自然も多いですし、車も少ないです。だから自然と空気もきれいなはずです。目には見えないですけど……です」
予想の斜め上の回答に困惑していた僕に、さらに現実的な返事を重ねていた彩ちゃん。
別に現実的なのが悪いわけじゃない、けど、やっぱり少しは子供らしくしてくれた方が僕としては楽なんだけどなー。
「それじゃあ、いつまでもここで立っててもしょうがないし、そろそろ僕の家に行こうか」
「そうですね。しばらくはこの空気が吸い放題なんですし、今欲張って吸っておく必要もないですよね」
「そうそう。それは帰る時だけで十分だよ。時間はいくらでもあるんだから」
「せーちゃんはやくいこー」
「はいはい、行こうね」
「はいは一回だよ!」
「はいっ!」
「それでよしっ!」
彼方ちゃんと麻耶ちゃんとちょっとしたやり取りをしてから僕たちは僕の実家に向かって歩きは始めた。
「わーっ! まわりなんにもなーいっ!」
僕らの少し前を歩く麻耶ちゃんが東京との景色の違いにテンションが上がっている。
今も両手を広げて、くるくると回っている。
「めーままってきた……」
「あーもう、くるくる回ってるからですよ麻耶。あと、ままってきたじゃなくて、回ってきたですよ」
「あーちゃんがままってるー。あはは、おもしろい!!」
「はあー、もういいのです。それより、それ以上回ってるとゲーゲーになりますよ」
「えっ!? じゃあくるくるやめる! げーげーヤっ!」
彩ちゃんが説得すると麻耶ちゃんはピタッと回るのをやめた。
げーげーっていうのはたぶん吐くことだろう。
そんなことを考えていると、隣を歩いていた彼方ちゃんが小走りに彩ちゃんのことろへ行った。
「さすがお姉ちゃんだね彩ちゃん。麻耶ちゃんすっかりおとなしくなったよ」
「別に特別なことはしてないのです。お姉さんが言ったって麻耶は良い子だから絶対に止めます。……麻耶は彩と違って良い子ですから……」
「えー、彩ちゃんだってしっかりしてて良い子だよー。最初に私たちに話しかけられた時だって変についていかなかったし、麻耶ちゃんの面倒もちゃんと見れてるもん」
「それは姉として当然のことです。彩の方が麻耶より年上なんですから面倒を見るのは当然です。知らない人を怪しむのも当然です。おかしなことじゃありませんです」
「そうだよね。彩ちゃんにとっては当然なんだよね。でもね、当然のことを当然でできるのってお姉ちゃんはすごいと思うなー」
「……言ってる意味がよくわかりませんです」
「そっかー、ちょっと難しかったかな? ごめんね」
「べ、別に謝るようなことでは……」
彼方ちゃんに褒められて照れているのか彩ちゃんが彼方ちゃんから顔を逸らす。
そしてそのまま逃げるように麻耶ちゃんのところへ行って、「麻耶、手をつなぎましょう」と言って、麻耶ちゃんも「つなうー」と、姉妹仲良く手を繋いでいた。
とても微笑ましい光景だ。
早く、この光景に二人の両親を入れてあげたい。
そう思わずにはいられない。
「あははー、嫌われちゃいましたかね?」
二人の背中を見ながら歩いていると、いつの間にか僕の隣まで来ていた彼方ちゃんが少し寂しそうに笑いながら話しかけてきた。
「そんなことないと思うよ。たぶん照れちゃったんだと思うなー」
「そうだといいんですけど……。はーあー、私もあんな可愛い妹がほしかったなー」
「あはは、そっかー、彼方ちゃん一人っ子だもんね」
「そうなんですよー。教室でお友達と話してる時に「いもうとがー」とか「弟がさー」とか言われると本当に羨ましくて、話を聞いてて友達はいやそうにしてるんですけど、私からしたら羨ましいことだらけなんですよ」
「あるあるだねー。僕もよく妹のこと羨ましがられたよ。あんなかわいい妹がいてお前はいいよなーって、いくら可愛くても兄妹なんだから結婚も彼氏彼女もないのにーって思ってたよ」
「へー、いる側からするとそんな感じなんですねー」
兄妹がいる人はいない人を羨ましがって、いない人はいる人を羨ましがる。
人は自分にないものを羨む、みたいな話があるけど、失った人はどうなんだろうか?
兄妹や両親がいきなりいなくなってしなった人、失ってしまった人は兄妹や家族がいる人を羨むんだろうか? それとも失うくらいならと羨まないのだろうか?
ふと、そんな少し怖い考えが頭をよぎった。
「どうかしましたか、佐渡さん? なんか難しい顔してますけど……」
「ううん、何でもないよ。ちょっと考え事してただけ」
「そうですか……。あっ、そういえば佐渡さん、私さっき彩ちゃんと話してて気になることがあったんです」
「ん? なにかな?」
少しネガティブ気味になっていた頭を切り替える。
彼方ちゃんからの相談をネガティブ思考で受けるわけにはいかない。
ただでさえ、僕は少し悪い方に考えやすい方なんだから。
「実は、さっき彩ちゃんと話してた時に、彩ちゃん言ったんです……麻耶は私と違って良い子だからって。なんか私気になっちゃって……。あんなに彩ちゃんは良い子なのに……」
彼方ちゃんが落ち込んだように下を向く。
でも、内容が内容なだけに落ち込むのも無理はないと思う。
「彩ちゃんがそんなこと言ったんだ……。んー、なんでだろう? 別に彩ちゃんは悪いことなんてしてないし……。やっぱり、僕の家にいるのが迷惑だって思ってるのかな? 僕の家にいてもらう話し合いした時も納得いってなかったみたいだし、そのことを悪いって言ってるのかも」
彩ちゃんは最後の最後まで僕の家にいることを拒んでいた。
理由も話さずにただただ迷惑を掛けたくないの一点張りで。
麻耶ちゃんは小さいから事情がわかってないものあったんだろうけど、すぐにオッケーをくれたのに対して彩ちゃんは麻耶ちゃんがお願いしてもなかなか頷いてくれなかった。
冷静で慎重な性格といえばそれっぽいけど、なんかそういう理由で断ってたんじゃなかったようにも思う。
「そうだといいんですけど……私は何か、違う気がします……」
「違うって……何がかな?」
僕の質問に彼方ちゃんが「なんて言ったらいいんでしょうかー」と、下を向いて、考える仕草をした。
んー、とか、違うなー、とか言いながら自分の中でそれらしい正解を組み立てている。
少しして、彼方ちゃんが自分でもまだ納得しきってないような感じなものの、顔をあげて口を開いた。
「上手く言えないんですけど……最近のことじゃない気がするんです。私たちと会う前からのことを言っているような気がするんです」
「何か、理由はあるのかな?」
「いいえ、ありません……。ただ、なんとなくそう思っただけです。すいません……」
「ううん。謝ることはないよ。今回のことは本当に全然わからないから二人で色々なことを話していこ?」
「は、はいっ! 私、頑張ります!」
正直、僕には彼方ちゃんの意見を否定するものも、後押しするものもなかった。
ただ、彼方ちゃんの言う通り、僕らと会う前のことを彩ちゃんが自分が悪い子だと言う理由なのであれば、僕はどうしてもネガティブな考えが浮かんできてしまう。
例えば、お母さんに虐待されて、お前が悪いんだって言われたとか、そんな感じの……
僕は悪い思考の海に飲まれる前に両頬を叩いて頭を再び切り替える。
「がんばりますよーっ!!」
頭の切り替えを終え、隣を見ると、彼方ちゃんが手をグーにして挙げていた。
さっきの僕の言葉は少なくとも彼方ちゃんに元気を与えることくらいはできたみたいだ。
及第点、ってところかな。
「あっ、あれが僕の実家だよ!」
僕と彼方ちゃんの小さな会議は終わり、実家が見えてきて僕はようやく帰ってきた実感が沸いた。