16話
間宮さんから帰省中の彼氏役を頼まれた日から、帰省のための準備を進めている内に日にちは過ぎていき、あっという間に週末、僕らが帰省する日になった。
「いよいよ帰省の日ですね、佐渡さん」
「そうだね。なんか色々と気が重い帰省になりそうだけど……」
正直、僕は今回の帰省に関してあまり乗る気じゃない。
理由は彩ちゃんや麻耶ちゃんの件が片付いていないっていうのもあるけど、ただ単純に実家に帰って二人のことと彼方ちゃんのことを色々聞かれるのが大変なのが目に見えてるからだ。
その上、芽衣は最近僕が全然実家に戻らなかったことにすごく怒ってる。
そして最後に間宮さんの彼氏役。
ある意味、今回の帰省で一番厄介な案件かもしれない。
「胃薬でも買っておこうかな……」
冗談ではなく、本気で買っておこうかと検討している中、彼方ちゃんと彩ちゃんたち三人は最後の荷物チェックを行っている。
「うんっ。忘れ物はなさそうだね! それじゃあ麻耶ちゃん、このリュックを背負おうか」
「あいっ!!」
彼方ちゃんの持つチェックが終わったリュックを今日も元気のいい麻耶ちゃんが背負う。
リュックといっても、もちろんそんなに大きなものは持たせていない。
ちょっとしたおもちゃや、おかしくらいだ。
服みたいなものは僕と彼方ちゃんで分担してある。
「彩ちゃんは忘れ物ないかな? 僕の実家結構遠いから取りに戻って来たりとかできないんだけど」
麻耶ちゃんの方は彼方ちゃんに任せて、僕は一人淡々と身支度をしている彩ちゃんに話しかける。
「大丈夫です。元々そんなに荷物はありませんから。です」
あれから数日経っても相変わらず警戒心の強い彩ちゃんだけど、ここ二三日の間で少しは信頼関係を築けて来たのか、少しは会話らしい会話ができるようになっている。
「それよりも時間は大丈夫なのですか? 確かもうそろそろ家を出ないとまずいんじゃなかったでしたか? です」
「あっ、ホントだ。ありがとうね彩ちゃん」
「別にお礼を言われるようなことはしてないのです」
こんな感じにちょっとした会話はできている。
あまり長い会話や、自分のことについては全然話してくれないけど、最初よりは全然話しやすい。
今だって会ってすぐだったら、時間のことを気づいてても言ってくれなかったに違いない。
「彼方ちゃん。そろそろ間宮さんとの待ち合わせの時間が迫ってるから早く駅に向かおう」
「はいっ。ちょうど麻耶ちゃんの支度もできました」
「できましたっ!」
彼方ちゃんの返事に合わせて麻耶ちゃんが返事をしながら敬礼をする。
僕も小さい時にはやった記憶がある。
「それじゃあ出ようか」
最後に彼方ちゃんと二人で窓の閉め忘れがないかの確認をして、家を出た。
「間宮さんとは駅で待ち合わせなんですよね?」
「うん。一緒の新幹線に乗って、そこで彼氏役のことについての特訓をしておくんだって」
「特訓ですか?」
「うん。間宮さんが「いきなり話を合わせろって言われても佐渡は困るだろうから、あらかじめ設定みたいなのを決めておきましょうって」言ってたんだ」
「あぁ、確かにお互い決めておかないと困ることもありますよね。告白はどっちからだとか、いつからお付き合いしてるのかとか」
「そうだね。確かに今の質問をいきなりされたら僕、絶対間宮さんの方見ちゃうよ」
自分のことで情けないことながら今の質問をされて困惑する僕の姿が「簡単に想像できた。
「……役とはわかっててもやっぱりうらやましいです、間宮さん」
「んっ? 何か言った?」
「い、いえっ! なんにもっ!」
「そう?」
「はいっ!」
何か聞こえた気がしたんだけど気のせいだったみたいだ。
「ねーねー、せーちゃん」
いつの間にか麻耶ちゃんが僕のすぐ横まで来ていて、裾を引っ張っていた。
「きょうはどこまでえんそくにいくの?」
「あはは、麻耶ちゃん。遠足じゃないよ。今日は僕のもう一つの家にお泊りに行くんだ。お洋服とかたくさん持ったでしょ?」
「うん、もったー!」
麻耶ちゃんがニコニコしながら、僕に見せるようにリュックを向ける。
「お兄さんの実家まではどのくらいかかるのですか?」
麻耶ちゃんに続いて彩ちゃんも僕のすぐ近くまで来ていた。
あと、呼び方もロリコンさんじゃなくて、お兄さんになっている。
ここまで来るのは本当に大変だった……。
「んー……。だいたい片道三時間くらいかな?」
「三時間ですか……遠いですね……」
「まあね、ここと違って田舎だから自然と距離がね。疲れちゃったら荷物持つから行ってね」
「いえ、大丈夫です。これ以上の迷惑はかけません。です」
相変わらず、この迷惑うんぬんの話は決着がついていない。
何度も彼方ちゃんと二人で迷惑なんて思ってないことを伝えてるんだけど、彩ちゃんはそこだけは信用できないみたいだ。
「そういえば佐渡さん。妹さんがいらっしゃるって言ってましたよね? 何年生なんですか?」
「中学二年だよ。えっと、誕生日は過ぎたから今は十四かな。彼方ちゃんの二つ下だよ」
「そうなんですか。どんな感じの妹さんなんですか? やっぱり佐渡さんみたいに人助けが好きなんですか?」
「そんなことはないかなー。友達想いとかではあるし、困ってる人はほっとけないみたいだけど……」
妹の芽衣は僕ほど人助けが好きというわけではない。
今言ったように困ってる人がいれば話しかけるけど、僕みたいにお助けマンとか言われるほどではない。
それに、僕のこの性格も父さんとあの人のおかげのところが多く、家族全員が僕みたいな感じじゃない。
「そうなんですか。私はてっきり妹さんも佐渡さんみたいな方なのかと」
「あはは、さすがに家族全員僕みたいなわけじゃないよ」
「ですよね。……でも、会うのは楽しみです」
「たのしみーっ!」
「麻耶ちゃんもかー、そうだよねー、楽しみだよねー」
「ねーっ!」
さっきも言った通り、正直あまり乗る気な帰省ではないけど、彼方ちゃんや麻耶ちゃんが楽しそうだし、あまり悪くはない帰省なのかもしれない。