15話
とりあえず間宮さんには落ち着いてもらって僕たちは席に着いた。
席順は間宮さんが麻耶ちゃんを離す気がなく、麻耶ちゃんも「まーねーちゃんいいにおいだからすきー」と、間宮さんのことを気に入ったようなので、間宮さんの膝の上に麻耶ちゃん。
その対面に座るように彼方ちゃんと彩ちゃん。
彩ちゃんは麻耶ちゃんの近くに座ろうか最後まで迷ってたけど、最終的に間宮さんの危険性と、麻耶ちゃんの笑顔を見て自分の安全を重視して間宮さんから一番距離の取れる位置に座ったみたい。
僕はというと机の側面、所謂誕生日席の位置に座っている。
「それじゃあさっき言ってた話したいことなんだけど、彩ちゃん麻耶ちゃん」
「何ですか、です」
「あーいっ!」
彩ちゃんは警戒心マックスで、麻耶ちゃんは年相応の元気いっぱいな返事を返してくれた。
「今週末から僕と一緒に僕の実家に行ってもらいます」
言ってもらいたいんだけど。なんて曖昧な言葉を返すと、彩ちゃんは賢い子だからたぶん「それはお願いですよね? つまり私たちには拒否権があるんですよね? なら、拒否します」とか、返されそうだったので、行ってもらう。という断定の形で言った。
彩ちゃんの方に彼方ちゃんと視線を向けると、彩ちゃんは返す言葉がないのか静かに頷いた。
まさかこんなに素直に彩ちゃんとの話し合いが終わるとは思ってなかったので、内心驚いていたものの、安心は隠せない。僕と彼方ちゃんは静かに息を漏らした。
「麻耶ちゃんはどうかな?」
「あーちゃんがいくならいくー」
麻耶ちゃんも問題なし。
「それじゃあ一応聞くけど、何か質問はある?」
「ないです……」
やっぱり内心納得はしてないのか、ただ単に僕らを信用しきれていないからか返事はしぶしぶといったものだった。
でも、それでも僕は二人について来てもらうしか方法はない。
母さんたちは……どうにでもなるはずだ。
「佐渡さん。私はあります!」
ここで、思わぬ刺客があられた。彼方ちゃんだ。
「さっきの話だと、私は残ってるみたいです! 二人で話し合って私も連れてってくれるって言ったじゃないですか!」
「あ、ああ、うん。もちろんだよ。ごめんね、まさかそんなに怒られるとは思ってなくって……」
「わかってもらえてるならいいんです。絶対についていきますからね! 絶対ですよ!」
僕の中ではもう一緒に行くことは確定していて、彼方ちゃんも一緒に行くって話をしたから特に何も気にしてないで言ったんだけど、まさかここまで怒られるとは思ってなかった。
女の子って難しい……。
「愛されてるわねー、佐渡」
「もう、からかわないでよ間宮さん。……それで、今日話したいって言ってたことなんだけど―――」
「さすがに今の話の流れでわかるわよ。どうせなら大人数の方がいいし、私も一緒に帰省しないかって話でしょ」
「話が早くて助かるよ。まさにその通り」
さすがは間宮さん、本当に話が早い。
まあ、今の話の流れで今日のおかずの相談とかは絶対にないし、想像はしやすかっただろうけど。
「いいわよ。むしろこっちも助かるくらいだわ」
「え……?」
むしろこっちが助かるってどういうことだろう?
「どういうことですか間宮さん?」
僕の疑問を彼方ちゃんが先に口にした。
「実はね、私も今週末に一回実家に帰って来いって言われてたのよ。それだけだったらまだよかったんだけど、内容が内容でね……」
「ん? 実家の方でなにかあったの?」
「うん。面倒ごとが一つね……。それで私が急に呼び出されたのよ」
間宮さんの実家が何か困ってるならぜひとも力になりたい。
向こうにいた頃に何度かお世話になっているし、そういった恩とかを抜きにしても助けになりたい。
もちろん、僕で役に立てるならだけど……。
「ところで佐渡、今私の助けになりたいって思ったわよね?」
うっ……。
さすがは間宮さん。僕のお助け病くらいお見通しか。
よく見れば彼方ちゃんも「ですよね」って顔してる。
「……それはもちろんだよ。間宮さんは友達だし、ご両親にもお世話になったこともあるしね。僕にできることなら何でもするよ」
その時僕はいつものように、いつもの調子で、いつもと同じように言った。
「……友達……か……」
そんな僕の何気ない言葉に間宮さんが若干顔を曇らせる。
でも、それもホント一瞬のことで、すぐに間宮さんはいつもの顔に戻った。
どうしたのか聞こうかとも思ったけど、間宮さんが僕がそう聞こうとしたのを察したように先に口を開く。
「それは助かるわ。それじゃあ実家に帰省してる間、私の彼氏役よろしくね!」
「へ……?」
突然の間宮さんの言葉に僕は言葉を詰まらせる。
「え……ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」
そして、次の瞬間彼方ちゃんの絶叫がアパート中に響き渡った。
「どどどど、どういうことですか間宮さんっ!! 抜け駆けは許しませんよ!」
なぜか僕以上に動揺した彼方ちゃんが机に手を着き、声を荒げながら間宮さんに質問する。
あと、今さらっと言われたから僕の聞き間違いかもしれないけど、抜け駆けってなに?
「ちょっと落ち着いて彼方ちゃん。なにも抜け駆けなんてする気はないわよ。ただ、今回は佐渡の力……っていうか、佐渡が必要なのよ」
どうやらさっきの抜け駆けって言葉は僕の聞き間違いじゃないみたい。
それにしても抜け駆けの意味を間宮さんも理解している。
僕が何のことかわからずに困惑していると、小さな声で彩ちゃんが「こんなことの意味もわからないのですか。鈍感ですね」と、言われた。
彩ちゃんも意味が分かっているらしい。もしかして麻耶ちゃんも……。と思い、麻耶ちゃんも方を見てみると、疲れてしまったのか眠っていた。可愛い。
「えっと……。間宮さん、正直僕も全く話が見えないんだけど……どういうこと?」
「さっき面倒事ができて私が実家に呼び出されたって話はしたでしょ? その厄介ごとってのが、私のお見合い話なのよ。それも親同士が勝手に決めた見ず知らずの男との」
「あぁ、そういうこと」
ようやく僕も納得がいった。
主語がないだけで話の内容が全くわからなかったり、意味が変わってくる日本語ってホントに難しい。
僕が話の内容が少し見えてホッと息を吐くと、彼方ちゃんも同じように胸をなでおろしていた。
それにしてもホント、彼方ちゃんはなんで僕よりも取り乱していたんだろう?
「もうだいたい話が見えてると思うけど、一応説明しとくわね。私の知らない間に親同士で勝手に決めたお見合いが決まっちゃったから、仮の彼氏を連れてってお見合いを中止、最悪中止にできなくても、お見合い相手に諦めさせるために男手が必要だったの。それで困ってたところに佐渡からの一緒に帰省のお誘いってわけ」
「そういうことだったんですね。私はてっきり……」
「てっきりなにかしら、彼方ちゃん?」
「な、何でもありません!」
彼方ちゃんが安心したところに間宮さんが悪戯心を含んだ笑いを零しながら彼方ちゃんに質問すると、彼方ちゃんは焦ったように両手をぶんぶんと振りながらそれを否定した。
彼方ちゃんはてっきり何を思ったんだろう?
この会議、僕も結構重要なポジションにいるはずなのに話についていけてない。
「まあ、そういうわけだから佐渡、私の彼氏役頼めるかしら?」
「それはもちろん間宮さんみたいな人の彼氏を、役とはいえやれるのはいいんだけど……大丈夫かな?」
「大丈夫って何がかしら?」
「いや、僕って相手にはともかく間宮さんの両親には顔を知られちゃってるよね? さすがにすぐにバレちゃうんじゃ?」
「あー、大丈夫大丈夫。むしろ絶対にバレない自信まであるわ」
「え? どうして?」
「佐渡は例えば私がいきなり知らない男を彼氏だって紹介したら信じられる?」
「それはまあ、間宮さんの言うことだったら信じるけど……」
僕が間宮さんの質問に答えると、間宮さんと彼方ちゃん、それになぜか彩ちゃんまで額に手を当てて、ため息を零した。
えっ!? 僕何か悪いことした!?
「佐渡に今の例え話は無理があったわね……。変な聞き方をしないで直球に行きましょう」
なんでだろう。
本当にさっきから僕だけこの会議に置いてけぼりにされてる。
小学生の彩ちゃんですらついていけているのに……。
「それじゃあ話すわよ佐渡。あのね、いきなり知らない人を彼氏だって紹介されるより、知っている人を彼氏だって紹介される方がいい時ってのがあるのよ」
「うん。言ってることはわかるんだけど、意味が分からないんだけど……。知らない人の方が間宮さんとの関係もわからないしバレづらいんじゃ……」
「確かにそういう方法もあるけど、ある程度仲の良い男を連れてったら私の両親はどう思うと思う?」
「えっと……あぁ、この二人の仲も進展……あっ!」
「やっとわかってくれたみたいね」
さすがにここまで説明されれば僕でもわかる。
「一応説明するけど、元から仲の良い男を連れていけば私の両親は私とその男の仲が進展して、彼氏彼女の関係になったって思うでしょ? そうすればさすがに私の両親も諦めざる負えない。もし、諦めなくてもお見合い相手からしたら他の男との仲の良さを見せつけられたら嫌になるって戦法よ」
さすが間宮さんだ。
もし失敗したらのことまで計算に入れてる。
それと比べて僕は、思慮が足りずにすぐにパニックなる。
間宮さんには一生勝てる気がしないなー。
……あれ、僕彼方ちゃんにも一生勝てる気がしないし、僕一生のうちに勝てる人いる?
「というわけだからよろしくね佐渡!」
僕が新たな悩みを抱える中、向こうでの予定まで決定した。