14話
「それじゃあ間宮さんがこの後いらっしゃるんですね」
「うん。なんか急な予定が入っちゃったらしくて夜まで時間が取れないみたいでさ。それなら僕の話を聞くのとついでに二人のことも見ておきたいって間宮さんが」
「そうですか。間宮さんならなにか彩ちゃんから聞き出してくれるかもですね」
翔君たちとの雑談から時間が過ぎて、僕は今日の講義をすべて終えて帰宅していた。
彼方ちゃんも学校終わりにそのまま僕の家に来たのか、制服のままで僕の家にいる。
どうやら本当に今回は一から全部二人のことに関わっていくみたいだ。
「私はどんなことをされてもこれ以上は何も話さないですよ。です」
「わっ!」
いきなり後ろから彩ちゃんが声をかけてきたので情けない声を上げながら後ろに何歩か下がる。
「もしかして……聞こえてた?」
「それはお二人でこそこそと台所まで行ってしばらく戻ってこなかったら警戒だってしますです」
「そ、そうだよねー……」
小学生の女の子に虚を突かれた上に頭で負ける大学生って……。
僕は少し自信を無くした。
「とにかく、その間宮さんとやらに何を聞かれても私は何も話しませんですよ。追い出したいのならいつでもどうぞです」
そう言うと彩ちゃんは再び麻耶ちゃんのいる居間へと戻っていった。
「「はあ~……」」
二人で同時にホッとした息を吐く。
「賢いとは思ってましたけど、まさかここまでとは思いもしませんでしたね」
「そうだね……。僕らももう少し考えて行動しよっか」
「ですね。これ以上自信を失いたくはないですし……」
あぁ、たぶん彼方ちゃんも僕と同じように自信を失ったんだな。
それからしばらくして間宮さんがやってきた。
「ごめん佐渡。言ってた時間よりもだいぶ遅くなっちゃって」
「いや、いいよ。むしろ間宮さんこそだ丈夫なの? かなり遅い時間だけど」
間宮さんは七時にはこっちに来れると思うと言っていたんだけど、今の時刻は夜の九時。二時間ほど遅れた計算だ。
「ああ、大丈夫大丈夫。そん時は佐渡んちに泊まってくから」
「ちょっと待とうよ間宮さんっ!?」
「なーに? 彼方ちゃんたちや小さな女の子は泊められても、私は泊められないの?」
「いや、そんなことないけどさ……」
「そ、ならいいじゃない。それにこの前だって少しの間とはいえ二人で生活してたんだから」
そう言って間宮さんは慣れた様子で居間へと向かった。
僕はといえば―――
「間宮さん……僕だって冷静になると恥ずかしいことだってあるのに……」
あの時はその時その時に他に考えなきゃいけないことがあって、僕にできることをしていただけだからなんてことなかったりしてるけど、いざ問題が解決して後を振り返ると恥ずかしいこともある。
女の子と事情があったとはいえ何日間も二人だけの同居生活を送ったとなれば、僕だって少しは恥ずかしいのだ。
後悔はしてないけど……。
いつまでもこうしてはいられないので、僕も居間へと戻る。
「ねえねえ、佐渡。この子たち私がもらってもいいかしらっ?」
「なにいきなりすごいこと言ってるの間宮さんっ!?」
家に来て、五分も経ってないのに衝撃発言を二回もする間宮さん。
間宮さんは見た目や冷静な性格からか周りからはあんまり子供好きには見られないらしいんだけど、見ての通り普通に、いや、普通以上に子供好きだ。
今も彩ちゃんと麻耶ちゃんを片手ずつに抱いて癒されている。
何も知らない人が初めてこの間宮さんを見ると戸惑うけど、僕たちはもう慣れた。
それにしても、なんか今日は間宮さんのテンションが異様に高い気がするんだけど、気のせいかな?
「は、離れてほしいのですっ!」
間宮さんのハグを脱出する彩ちゃん。
そしてそのまま間宮さんから距離を取り、間になにか壁変わりが欲しいと思ったのか、驚くことに僕の後ろに隠れた。
「あー、ごめんね。彩ちゃん……だよね。うんうん、いきなり抱き着いちゃってごめんねー」
「謝ってるように見えないのですっ!」
「えー、謝ってるよー」
……。
ごめん間宮さん……僕も今の間宮さんは謝ってるように見えないよ……。
だって、麻耶ちゃんを思いっきり抱きしめながら笑顔で言われても謝ってるようには誰も思えないよ。
「さ、佐渡さん……あれは……」
彼方ちゃんが間宮さんを見て指を指しながら驚いている。
まるで見てはいけないものを見てしまったような顔をして……。
まあ、気持ちはわかるよ彼方ちゃん。
「あぁ、彼方ちゃんは初めてだったよね。間宮さんはああ見えてすごい子供好きなんだ。最初は驚くかもしれないけど、すぐ慣れると思うから頑張って」
「で、でも……あのいつも冷静な間宮さんが……。な、なんか私……見てはいけないものを見てしまったんじゃないかって思うんですけど……」
「大丈夫大丈夫。……後で過度にからかったりしない限りは大丈夫だよ」
「……過度にからかうとどうなるんですか?」
「……女神の逆鱗に触れる? ……かな?」
「詳しくは……聞かない方がいいです……よね?」
「うん……」
一応少し説明すると、前に、翔君たちと四人で遊んでいるときに迷子の子供を見つけて、僕が声をかけに行こうと思ったら翔君が「出たな、お助けマンのお助け病」、広志君が「もう慣れてしまいましたな」と、僕をからかい、二人に適当に返事をしながら子供の方へ行こうとしたらすでに間宮さんが子供に事情を聞いて抱きしめていた。
声もいつもより猫なで声で、言葉遣いも子供に合わせていたんだろうけどやりすぎって程に子供言葉、正直僕も最初は幻覚か夢だと思ったりもした。
二人もそう思ったんだろうか、僕らは三人で輪になってお互いの頬を全力でつねったら痛かったのでこれが現実だと知った。
最終的にすぐに迷子の子のお母さんは見つかって、事なきを得たんだけど、ここからが一番すごかった。
翔君と広志君が子供と話していた時の間宮さんのことをからかったのだ。
具体的には「よしよし、だいじょうぶでちゅかー」とかそんな感じ。
それが間宮さんの逆鱗に触れて二人は全身ボロボロになりながら土下座。
僕はといえば間宮さんに「佐渡もさっきの私を変だと思った……?」と、妙に神妙な顔で聞かれて「いいえ、そんなことはありません。子供好きっていいことだと思います」と、片言で返すしかできなかった。
その時の間宮さんの顔が少し柔らかくなったので返事はあっていたのだと思う。
それに、返事のないように関しては僕の本心だしね。
「なんなのですかあの女は! 早く追い出してください! 同居人権限です!」
「すごい言葉だね同居人権限……。でも、そういうわけにはいかないんだよ彩ちゃん。少しだけ間宮さんと彩ちゃんと麻耶ちゃんに話があるから」
「……話……ですか?」
彩ちゃんの警戒心が少し高まったのが表情からわかった。