12話
彩ちゃんの説得を終え、最低限二人に必要な道具を買い集め、気が付けば夕日は沈み、僕たちの体には疲れが溜まっていた。
「まーちゃん。つーかーれーたー」
家に着くや否や、麻耶ちゃんはもう限界とばかりに床にゴロンと寝ころび、幸せそうに顔をゆがめている。
なんで子供の笑顔って、こうも癒し効果があるんだろう。
「ところでロリコンさん。この後はどうするのですか? お風呂の準備でもしますか? それとも夕食の準備ですか?」
「……あのさ、彩ちゃん。ロリコンさんは止めない?」
「……それでロリコンさん。どうしますか、です」
「あぁ……。止める気がないのはわかったけど、外でそう呼ぶのは止めてね。本気で僕捕まっちゃいそうだから」
話し合いの後、今までよりは僕や彼方ちゃんに対する警戒が薄まった彩ちゃん。
しかし、僕の呼び方はなぜかロリコン。彼方ちゃんは普通にお姉さんなのに……。
「そうだね。二人は疲れただろうから休んでて、その間に僕と彼方ちゃんでお風呂の準備と夕食の支度しちゃうから」
「むっ。そういう気づかいはいらないと―――」
「いいからいいから。彼方ちゃん、悪いけど手伝ってくれる?」
「もちろんです。よろこんでお手伝いさせてもらいます!」
「あっ、待つのです!」
「あーちゃーん。まーちゃん、おねむ……」
「ま、麻耶! 少し離すのです!」
「むにゃむにゃ」
麻耶ちゃんが上手く彩ちゃんを足止めしてくれている間に僕たちはさらっと居間を退出する。
そして、僕は先にお風呂の準備を簡単に済ませ、彼方ちゃんに下準備をしてもらっていた夕飯作りの手伝いに戻る。
「彼方ちゃん。いろいろありがとうね。二人のことといい、夕飯のことといい、二人の着る服まで提供してもらっちゃって」
「あはは。いいんですよ。あの二人のことは佐渡さんだけの事情じゃありませんし、服だってさすがに小さい時のですから切れませんしね。……お母さんもすぐに用意してくれましたし……」
最後の方に彼方ちゃんは僕から視線を逸らした。
でも、僕も何となく想像できる。きっと彼方ちゃんがお母さんに服を用紙してもらった時に―――
「ん? なんで彼方の小さい時の服が必要なの?」
「えっとね、実は佐渡さんの家に……」
「これ以上言わなくていいわ彼方。二人の子供ができたのね……。お母さん嬉しい」
「あー、もうそれでいいよ」
みたいな会話があったのだろう。
彼方ちゃん、今日は気を揉みっぱなしだったんじゃないかな? 後で甘いものでも、こっそりと用意してあげよう。
そう思っていた時、ポケットの携帯が震えた(話し合いの後に「あなたのことを少しは信用してみます」と、返してもらった)。
「ごめんね、少しはずすね」
「はい、こっちは進めておきますね」
彼方ちゃんに断りを入れ、居間には二人がいるので玄関先で出ることにした。
「もしもし?」
「あ、誠也?」
「母さん。どうしたのさ急に。何か用事?」
「うん、まあ、そんなところ」
母さんが僕に用事って何だろう。
またテレビかなんかでこっちの方にしか売っていないものを買って送ってほしいとかそういった類のものだろうか?
「あのね、あんた最近忙しい忙しい言って全然こっちに帰って来ないじゃない」
「あぁ、うん……。長期休暇の前だとどうしても課題が多くなっちゃって」
……うん。嘘は言っていない。
基本的な原因は彼方ちゃんの事とか、奏ちゃんの事とか、桜ちゃんの事とか、間宮さんの事とか、今回でいえば彩ちゃんと麻耶ちゃんの事が主な原因だけど、二割くらいは課題が原因だし、嘘ではないよね?
「まあ、そういうものなんだろうけどね。あんた年明け以来全然こっちに来ないから芽衣がお兄ちゃんが全然帰って来ないって拗ねちゃって……」
「あぁ……」
母さんの言った通り、僕が最後に実家に帰ったのは今年の年初めだけだ。
春休みに一度帰ろうと思っていたんだけど、その時にちょうど彼方ちゃんと出会って、ゴールデンウィークには帰ろうと思っていたら奏ちゃんと出会って、その後も桜ちゃん、間宮さんとの事があって全然実家に帰れていなかった。
度々芽衣から連絡をもらっては「ごめん、芽衣。課題が詰まっちゃって……」と、言い訳をし、逃げていたけど、そろそろ限界かもしれない。
「それじゃあ、次の三連休……えーと、再来週にそっちに―――」
「だから一回こっちに来なさい。今週」
「……再来週の三連休に……」
「いいから今週来なさい。金曜日の夜の電車でこっちに来て、日曜日まで泊まって月曜日の午前に帰って、午後の講義に出なさい。ほら、解決。お母さん天才」
「いや、さすがにハードスケジュール過ぎるんだけど……」
「別に母さんはいいのよ? 誠也が一生芽衣と口を聞けなくても、誠也が私たちに何か隠している内容を今ここで聞き出しても、そっちに母さんと芽衣で押しかけても」
「……」
さすが母といったところだろうか。
僕の演技力の問題も確かにあったんだろうけど、やっぱり母さんは僕が何かを隠しているのを完全に見抜いている。
別に僕はみんなの事を隠さないといけないわけじゃない。
でも、正直に母さんに話すとそれはそれで「じゃあその子たち連れて一回こっちに来なさい」というに決まっている。
それで、おもしろおかしく僕がからかわれるのだ。
でも、今回はもう逃げきれそうにない。
今僕の家に彩ちゃんと麻耶ちゃんがいる以上、僕が実家に帰っても、母さんと芽衣がこっちに来ても、二人の存在がバレる。
完全に八方塞がりだ。
「それじゃあ誠也が金曜日に来なかったら芽衣と二人でそっちに行くからね。母さんも忙しいから切るわよ」
「あ! 待って!」
ツーツーツー。
無常にも母さんとの電話は切れてしまった。
まあ、これ以上話しても僕に優位に働くことはないし、仕方ないか。
ため息を零しながら携帯をポケットに入れて、台所に戻る。
「随分長いお電話でしたね。九重さんとかですか?」
台所に戻ると、彼方ちゃんが手を休めることなく、口だけを動かして質問してきた。
「うん……。じつは、母さんに今週の土日に一回帰って来いって言われちゃってね」
「ああ、お母さんでしたか。……あれ、でもそれって彩ちゃんと麻耶ちゃんも連れて行くんですか?
「うん。まあ、二人を説得してついてきてもらうつもりだよ。いくら何でも彼方ちゃんの家で預かってもらうのも悪いし」
「家は別に構わないですよ? お母さんとお父さんならたぶん喜んで受け入れてくれると思います」
彼方ちゃんの言う通り、彼方ちゃんの両親なら一つ返事でオッケーをくれるだろう。
でも、今回の件は僕と彼方ちゃんと彩ちゃん麻耶ちゃんの問題だ。第三者である二人を巻き込むのは僕としては避けたいところである。
それに、彼方ちゃんの家に二人を預けていくということは、二人のお世話を彼方ちゃん一人に任せてしまうことになる。
それは何としてでも避けたい。
「いや、やっぱり二人には一緒に来てもらうよ。なるべく一緒にいてもらって、少しでも早く僕のことを信用してもらいたいんだ。今はそれしか僕にできることはないみたいだから」
今僕にできることは、本当にそれくらいしかない。
彩ちゃんはお母さんの容姿についても話してくれないし、麻耶ちゃんの話は「おかーさんはねー、すごくやさしくてねー、きれいでねー、すごいのー」といったような、お母さんのことが好きなことは伝わってくるけど、一個人を探す内容としては薄すぎる。
「そうですか……。でも、それだと困ったことになりましたね」
「何がかな? あー、二人のお母さんをすぐに見つけてあげられないことかな?」
「いえ、違います」
「それじゃあ彩ちゃんを説得できるかわからないこと?」
「それも違います」
「ん? それじゃあ、なにか困ったことってあるかな?」
「はい、あります」
彼方ちゃんが真剣な顔で言う。
「私が何もできません」
「……ごめんね、もう一度言ってくれるかな」
「はい。ですから、私が何もできません!」
さっきと全く同じことを言われた。
しかも二回目は少し語尾が強くなっていた。
「佐渡さんがご実家に帰られて、それに二人がついて行ってしまうと、私はあの二人に何もしてあげられなくなります。佐渡さんのお手伝いもできません」
「ま、まあそうなるね……」
「……前に言ったと思いますが、私は佐渡さんが誰かのために動く時に言ってほしいんです。協力したいんです。今までのことは全部佐渡さんが最初で、途中から私達が相談を受けてお手伝いに乗り出していました。でも、今回は違います。最初から私も関わっています。佐渡さん一人が行き会った出来事じゃなくて、私と佐渡さんの二人で行き会った出来事です。だから、今回は、私も最初から最後まであの二人に向き合いたいんです。佐渡さんが私にしてくれたように、私も誰かを幸せにしてあげたいんです」
それは、彼方ちゃんの心からの言葉だった。
聞いていて、胸に刺さるような、鋭い言葉だった。
「そっか……」
「そうですっ」
彼方ちゃんの眩しい笑顔に元気をもらう。
本当に感情の起伏が激しい女の子だ。
笑う時も、泣く時も、何をするにも全力で、眩しい。
「それじゃあまだ絶対とは言えないけど、母さんに相談してみるよ。どうせ彩ちゃんと麻耶ちゃんを連れていくことを連絡しなくちゃいけなかったし、その時に彼方ちゃんのことも頼んでみるよ」
「ほんとですか!? ありがとうございます!」
本当に、彼方ちゃんには一生敵う気がしないな。