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ホームレス少女  作者: Rewrite
佐藤彩・佐藤麻耶 編
151/234

10話

「思ったより気難しいですね、彩ちゃん……」


 玄関を出てすぐ彼方ちゃんが言った。


「別に悪い子だとか、わがままとか、そういうことじゃないんですけど、なんていうか、こう、賢い子だからこそ、色々なことがわかっちゃってるといいますか……」

「そうだね……」


 確かに、彼方ちゃんの言うとおりだ。

 彩ちゃんは僕らが思ってたよりもずっと賢い。小学生とは思えないほど達観している。

 例を挙げるとすれば、明日遊園地にでも行こうか。というお父さんに、お金大丈夫なの? と、返してしまいそうなぐらいには彩ちゃんは賢い子だ。

 別にそれがダメだとは言わない。彼方ちゃんの言う通りわがままとかそういうものとは違う。

 ただ、他の子よりも少し大人の階段を上るのが速いだけだ。

 でも、今回ばかりはその賢さが、上ってしまった大人の階段が悪い方向に作用してしまっている。


「彩ちゃんだってわかってるはずなんだよね。僕らの言ってること。施設に行けばそう簡単には今までの生活を送れないこと、麻耶ちゃんとずっと一緒にいられないかもしれないこと、それ以外のことだって、わかってるはずなんだ……」

「はい。でも、彩ちゃんの賢いところと、何かが邪魔をしてるんだと私も思います」

「せめて、なんでお母さんやお父さんと離れ離れになったのかとかがわかればいいんだけど……」

「そうですね。何度聞いても彩ちゃんは話してくれないですし、麻耶ちゃんは何もわからないみたいですし」


 八方ふさがりとはまさにこのことだろう。


「それに、二人の両親が捜索願を出してないのも気がかりなんだ」

「私もです。なんで二人のご両親は二人の捜索願を出さないのでしょうか?」

「普通ならいなくなったその瞬間に慌てると思うんだ。慌てないにしてもすぐに迷子センターなり、交番なりに相談はするはず。でも、さっき交番に行った時には捜索願は出てないって言ってた。それって……」

「意図的に、あの二人を捨てた……ってことなんでしょうか……?」


 僕と彼方ちゃんの間に嫌な想像がいくつか思い浮かぶ。

 それぞれ違った内容だろうけど、大まかな内容は同じだろう。


「信じたくはないけど、その可能性が高いってことにはなると思う……」


 こんな答えを今までの僕なら出せなかっただろう。

 よく言えばポジティブに、悪く言えば楽観的に物事を考えて、自分の都合のいいように考えを改めていただろう。

 今回の件でいえば、二人の両親は混乱していて警察に捜索願を出すことを忘れているとか、そんなはずあるわけないのに。

 でも、僕はこれを成長とは呼びたくない。

 この考えをできることを成長というのなら僕は成長なんてできなくていい、むしろ退化したっていい。

 そう思った。


「―――佐渡さん。私たち、あの子たちを本当に救えるんでしょうか? 彩ちゃんと麻耶ちゃんを、本当の笑顔にしてあげられるんでしょうか?」


 彼方ちゃんが不安そうな声で訪ねてきた。

 僕はそれに自信をもって答える。


「できるできないじゃないよ、するんだ。僕たちであの二人を本当の笑顔にするんだ。……ううん、違うね。あの二人じゃなくて、あの家族を本当の笑顔にするんだ!」



 そうだ。僕が助けるたいのはあの二人だけじゃない。

 あの二人を捨てなければいけないほど追い詰められているであろう二人の家族も救うんだ。

 もしかしたら何も困ってないのに二人を捨てたとか、邪魔だから捨てたとか、そんなネガティブな考えはいらない。

 助けて、助けてなんて言ってないなんて言われたってかまわない。

 だって、あの人が言ってたから―――


「助けたいって思ったら考える前に動いちまえ。動いちまったら事が終わるまで止まれねぇんだ。それなら怖いもなにも感じないぞ。なんせ考える前に動いちまってんだからな」


「考える前に動く! 後は野となれ山となれ、やってみなくちゃわからない! やらないで後悔するくらいならやって後悔しろ!」


 あの時の言葉を小さな声で口にする。


「なんですかその言葉? とてもいいセリフですけど、ドラマかアニメのセリフですか?」


 僕の言葉が聞こえていたのか彼方ちゃんが訪ねてくる。


「ううん。違うよ。この言葉は僕の憧れの人が僕を今の僕にしてくれた大切な最初の言葉なんだ」

「―――素敵な言葉ですね」

「うん。当時の僕には、この言葉の意味を全部理解できなかったけど今なら理解できるよ。本当に……いい言葉なんだ」

「はい。本当に素敵な言葉だと思います。よかったら、今度その人の話を聞かせてもらえませんか?」

「うん。いいよ。少し長くなっちゃうから……今度ね」

「はいっ!」


 少し感傷的になりながらも僕と彼方ちゃんは頭を冷やすことができた。

 そろそろ彩ちゃんも頭が冷えたころだろうか。

 そう思って再び居間に戻ると、彩ちゃんは眠ってしまっていた。


「無理もないよね。昨日だってよく眠れてなかったみたいだし」


 今朝起きて最初に彩ちゃんと顔を合わせたとき、彼女の目元には小さなクマができていた。

 少なくとも、昨日は確認できなかったものだ。


「あーちゃんねちゃったから、おはなしは、あとにしてほしい」


 麻耶ちゃんたってのお願いを断る理由は僕らにはなく、むしろ僕らも休めるときには休んでほしいというのが本音なのでそのまま受諾。

 ただ、驚いたのはその後に続く麻耶ちゃんの言葉だった。


「あと、まーちゃん、せーちゃんとかーちゃんにおねがいあるの。」

「ん? 何かな? お兄ちゃんたちにできることならなんでも言ってみて」


 僕の言葉に安心したのか、麻耶ちゃんの表情が少し明るくなる。


「あのね―――まーちゃん。あーちゃんとおわかれしたくない……。あーちゃんと、ずっといっしょいい……。ママにあいたい……おはなししたい……だっこしてほしい……ねるまえに、ごほんよんでほしい……おなまえよんでほしい……」


 聞いていて、胸が痛くなる内容だった。

 泣きそうなのを必死に堪えて、大きな瞳に大粒の涙をたくさん溜め込んで、それを零さないように一生懸命上を向いて、自分のため込んでいた思いを吐き出す麻耶ちゃん。


 当たり前だ。平気なはずがなかった。

 一日以上お母さんと離れ離れで、知らない場所で、お姉ちゃんと二人っきりで、甘えたくても甘えられる人がいなくて、お姉ちゃんに心配をかけたくなくて、お姉ちゃんを支えたくて、誰かに支えてほしくて、他にもたくさんの思いを抱えていたんだと思う。

 さっきまでの彩ちゃんとの話だって、全容は理解できなくても雰囲気や表情、数少ない知っている単語を合わせれば、いくら小さな子供でも楽しい話でないことは理解できたはずだ。

 それなのに僕は自分のことだけで精一杯で、この子たちのことを表面上しか見れてなくて、この子たちの心の中を、必死に隠している思いを知ろうともしなかった。

 僕は、なんて情けない大人なんだろう。

 力の入れ具合を間違えたら簡単に折れてしまいそうな麻耶ちゃんをぎゅっと抱きしめる。

 瞼いっぱいに溜めていた涙が僕の服を濡らした。


 後ろから鼻を啜る音が聞こえる。彼方ちゃんだ。

 誰よりも心優しい彼方ちゃんが麻耶ちゃんの事を思って泣いている。

 それにたぶん彼方ちゃんは麻耶ちゃんたちに自分を重ねているんだと思う。

 少し形が違うとはいえ、一時的に両親を失っているというこの状況を過去の自分に重ねてるんだ。

 過去に彼方ちゃんは家族みんなで事故にあって両親が植物状態のような状態になってしまっている期間があった。

 そのおかげ、といっていいのかわからないけど、僕らはそれを元に出会うことができたわけで、そして今の彩ちゃんと麻耶ちゃんの状況はその時にすごく似ている。


「彼方ちゃん……」


 こんな時なのに、僕は彼女になんて声をかけてあげたらいいのかわからない。

 下手なことを言ったら逆に彼女を悲しませる気がして、声を出せなかった。


「佐渡さん……私は今まで、その人が嫌がったら無理にまで他人に踏み込むのは悪いことだと思ってました。……でも、今の私は違うことを、全く逆のことを考えています。たとえどんなに彩ちゃんが嫌がっても、どんなに彩ちゃんに嫌われたとしても、麻耶ちゃんのお願いを叶えてあげたいです。……二人をずっと、一緒にいさせてあげたいです……おねがいします佐渡さん。おねがい……します……」


 彼方ちゃんは泣きながら言った。

 そして、今の言葉は僕にとって初めての彼方ちゃんからの我儘にも聞こえた。

 他人の言葉を無視してでも、他の人の願い事を叶えてあげてほしいという、我儘にしては優しすぎる我儘。

 そして、今の僕も彼女と同じ我儘を胸に抱いていた。

 だから、彼女の言葉に僕は背中を押された気もした。

 それになぜか久しぶりに見たあの人の夢。

 夢の中のあの人の言葉の中の一つ「困ってるか困ってるないかなんて本人にしかわからないんだから」。


「あの人の言うとおりだ……。あの人はどれだけ時間が経っても僕に大事な事を教えてくれる。忘れてたら思い出させてくれる」


 胸の中であの人との思い出をいくつか思い出す。

 あの人との思い出はいつも驚きと恐怖で、そのくせ最後にはすごい達成感があって楽しくて、何を思い出しても昨日のように感じる。

 それくらい、僕にとって大事で濃い時間だったんだ。


「……彼方ちゃん。僕もね、彼方ちゃんと似たような考えだよ。無理に人の心の中に踏み込むのは良いことじゃないと思う。でも、踏み込んでみないとわからないことっていうのもあるって思うんだ。それにやっぱり僕は思うんだよ。麻耶ちゃんもだけど、彩ちゃんだって心の底では助けてほしいって思ってるって。お母さんにまた会いたいって思ってるって。だからさ―――」


 自信をもって、笑顔で言う。


「少し強引でもいいから助けちゃおう。大事なのは困ってるか困ってないかじゃないんだよ。僕らが大事にするべきなのは助けたいか、助けたくないか、だよ」


 そう、簡単なことなんだ。

 最初から僕らは答えを持ってたし、口にしてた。

 ただ、色々なことがありすぎて、少し道を外していただけだったんだ。なら、あとは元の道に戻るだけ。

 後のことなんて今は考えなくていい。今したいことを考えるんだ。

 僕らが今したいこと、それは―――


「彩ちゃんと麻耶ちゃん、そしてそれを取り巻く環境を全部救う! みんなを本当の笑顔にする! 僕と、彼方ちゃんで!!」


「っ! は、はいっ!!」


 彼方ちゃんを笑顔にできたところで、胸に抱いている麻耶ちゃんにも声をかける。


「麻耶ちゃん、お姉ちゃんのこと、お兄ちゃんたちだけじゃどうしようもないかもしれない。だから、麻耶ちゃんにも手伝ってほしいんだ」

「う、うん。あーちゃんといっしょにいられるなら、まーちゃん……がんばる」


 まだ少し泣き止み切っていない麻耶ちゃんも、少なくてもさっきよりは笑顔を取り戻した。


「よーしっ! それじゃあ、みんなでがんばろーっ!」


「「おーっ!!!」」


 色々遠回りどころか回り道もしちゃったけど、ようやく僕らは元の道に戻ってくることができた。


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