9話
「やっぱり佐渡さんは佐渡さんでしたね!」
「あはは……。やめてよ彼方ちゃん。僕、少し後悔してるんだから……」
「なにを後悔する必要があるんですか? 私は褒めてるんですよ? それに佐渡さんがああ言ってくれてなかったら私が言ってましたよ」
現在、僕たちは警察からの家路に着いている。
僕たち、というのはもちろん僕に彼方ちゃん、そして彩ちゃんに麻耶ちゃんだ。
あの後、僕の夜な夜な行っていたシミュレーション空しく、突然のことにその場のノリで突き抜けた僕は、警察の人たちを困らせながらも、強引に両親が見つかるまで僕の家で二人を預かるという提案を認めてもらっていた。
そして、僕の言う後悔というのはもちろん二人を預かることになったことではなく、結局僕じゃ会話のシミュレーションもできないんだというショックと、警察の方にした無礼の数々である。
せめてもの救いは警察の人がそれを許可してくれたのと、彼方ちゃんがいまわらってくれているということだろうか。
「そうだ! 今回の件は私にも事の一端があるので、最初から協力させてもらいますね!」
「……なんか、彼方ちゃん嬉しそうじゃない?」
「ふぇ?」
なんだか今の彼方ちゃんは嬉しそうに見える。
そりゃあ僕だって警察の人への無礼がなければ笑顔だったとは思うけど、今の彼方ちゃんの笑顔はそれだけじゃないように見える。
「そそ、そんなことないですよ!? それは二人が離れ離れになる可能性がなくなったのは嬉しいですけど、それだけです!」
「そう?」
「はいっ! 決して、久しぶりに佐渡さんの家に泊まれるとか、今回は最初から佐渡さんとこういうことに臨めるとか、そんなこと全然思ってませんよ!」
まぁ、彼方ちゃんが言うならそうなのだろう。
彼方ちゃんは変に嘘を吐くような娘じゃない、純粋で、心優しい女の子だ。
「それより佐渡さん。元気を出しましょう! 佐渡さんがいつも言ってるじゃないですか笑顔が一番って!」
「……。そうだよね。別に悪いことしたわけじゃないし、そりゃあ少しは迷惑をかけちゃったかもだけど、ずっとくよくよしててもしょうがないよね!」
「はいっ! そのとおりですよ!」
「よーし! くよくよタイム終わり!」
頬を少し強めに叩き、自分に喝を入れる。
「せーちゃんがじぶんのほっぺたたいてるーっ。おもしろーい!」
そんな僕を見て麻耶ちゃんが笑った。
小さい子の感性は難しい。
「そういえばー、ねーねー、せーちゃん。さっき、けいさつさんと、なにおはなしてたのー?」
麻耶ちゃんが僕の服の裾を引っ張りながら言った。
「あー、それはね……。大事なお話だからお家に帰ったらお話すね」
「おー、わかったぁ」
「ありがとう。麻耶ちゃんは偉いねぇ」
言うことを聞いてくれたお礼、という名のただ僕が頭を撫でてあげたかったという、どうしようもない理由で頭を撫でてあげると麻耶ちゃんが気持ちよさそうに顔を緩める。
あぁ、子供ってかわいい。
「ふにゃー……。おにいちゃんのあたまなでなできもちいー」
「そう? それはよかった」
ぺしっ!
「え?」
麻耶ちゃんの頭を撫でていると彩ちゃんにいきなり反対側の手を叩かれた。
「麻耶に軽々しく触れないでください! です!」
「えーっと、別に変なことはしてないと思うんだけど……」
「そういう問題ではないのです! とにかく、麻耶にはあまり触らないでください」
なんだろう。
僕ってそんなにロリコンに見えるんだろうか?
僕としてはただ麻耶ちゃんがいい子にしてて、可愛かったら頭を撫でただけだけど、傍から見ると違うように見えるのだろうか。
……。よし、彼方ちゃんに聞いてみよう。
「あのさ、彼方ちゃ……ん?」
早速質問しようと彼方ちゃんの方に向き直ると、彼方ちゃんが僕の手を握っていた。
いや、掴んでいた、の方が正しいかもしれない。
「ち、ちがうんです! これは私も頭を撫でてほしかったとかではなくてですね。そう! 彩ちゃんに叩かれて痛かったと思う手を擦って差し上げようと!」
「え、あ、そう……?」
「は、はいっ!」
必死な形相の彼方ちゃん。
これ以上突っ込みを入れるのはいけない気がするのでやめておこう。
あと、僕がロリコンに見えるかどうかも聞きづらくなってしまったので、やめておく。
なんだかんだと歩いている内に家まで戻ってきた。
四人で僕の部屋に戻り、さっき警察で話していた話を二人にもするためにテーブルを二、二で挟むように座る。
「それじゃあ帰ってきて疲れてると思うんだけど、二人に大切な話があるんだ」
「私たちが今ここに帰ってきている時点でなんとなく察しはついてますが、何でしょうか? です」
彩ちゃんはやっぱり僕の話す内容に薄々気づいているようだ。小学生くらいに見えるのに本当に賢い子だ。
麻耶ちゃんは小さいからしょうがないといえばしょうがないんだけど、"大事な話"という言葉に子供ならではのワクワクを感じているらしく目を大きく光らせている。
「えっとね、まず二人のお母さんの居場所はすぐにはわからないみたいなんだ。それで、二人のお母さんが見つかるまでの間、二人は僕の家に泊まってもらうことになったんだ」
「お断りします、です」
なんとなく予想できた返事だ。
「……一応聞くけど、なんでかな?」
「これ以上お二人に迷惑はかけたくありません、です。それにさっきの警察での話だと、私たちを引き取ってくれるところがあるらしいじゃないですか、です」
「うん。確かにそういう話もあったよ。でも、そうすると最悪の場合二人が離れ離れになっちゃうかもしれないんだ。……それも一生」
「いっしょー?」
麻耶ちゃんが言葉の意味が分からずに訪ねてくる。
「一生っていうのわね、麻耶ちゃん。ずっと、ってことなんだ。つまりね、嫌なことになっちゃった時に、麻耶ちゃんと彩ちゃんは会えなくなっちゃうかもしれないってことなんだ」
「っ!?」
今まで笑顔だった麻耶ちゃんの表情が一瞬で悲しみの表情に変わる。
今にも泣きだしそうな顔で僕を見る。正直見ててつらい。早く安心させてあげたい。
「大丈夫だよ麻耶ちゃん。そうならないために二人には僕の家に泊まってもらうんだ」
「お、おにいちゃんのいえにいれば、あーちゃんとずっといっしょなの……?」
「うん。お兄ちゃんが約束するよ」
僕の言葉に安心したのか、泣きそうだった顔が少しだけ和らぐ。
「それじゃあ麻耶ちゃんはお母さんが見つかるまでお兄ちゃんの家にいるってことでいいかな?」
「うん。まーちゃん、ずっとあーちゃんといっしょいい」
とりあえず麻耶ちゃんの説得は終わった。
問題は―――
「私はまだ認めていません、です」
彩ちゃんだ。
「今の話は聞いてたよね? それでも僕の家に泊まるのが嫌なのはなんでなのかな?」
「理由はさっき言った通りです、です」
「今言ったよね? それだと二人が離れ離れになっちゃう可能性が……」
「それはあくまで可能性の話です、です。それに、そうなったら私は麻耶を連れて逃げます、です」
「で、でもね、麻耶ちゃん。逃げるって言ってもそう簡単には……」
彼方ちゃんが僕のサポートに入ってくれる。
「簡単だとは思ってないです、です」
「それならなおさら、佐渡さんの家に泊まらせてもらった方がいいんじゃないかな?」
「ご迷惑になりますです」
「ならないよ、それに―――」
僕は麻耶ちゃんの方に目をやる。
目の先には、僕らの話し合いが上手くいってないことを雰囲気でわかってるんだろう麻耶ちゃんの不安そうな顔。
「僕は、少しでも早く君たちを笑顔にしたい。本当の笑顔で笑ってほしいんだ。あと、できる限り君たち二人を泣かせたくない。だから、少しでも悲しい結果になる可能性を僕は選びたくない」
「……」
僕の真剣な目をまるで品定めでもするかのように彩ちゃんが覗き込む。
そのまま静かな時間が続いた。
「……わからないです」
しばらくして、彩ちゃんがポツリと呟いた。
「どうしてそんなにも私たちに構うのですか。見て見ぬフリをすればいいじゃないですか。警察の人に引き渡して、あとは任せてしまえばいいじゃないですか。何事もなかったように、今までの生活に戻ればいいじゃないですか。邪魔なんだったら、捨ててしまえばいいじゃないですか。自分から出ていくって、言ってるんだから、私たちは他人なんだから……」
小学生の女の子から出るとは思えない悲しい言葉だった。
聞いていて、胸が痛くなる響きだった。見えない手に心臓を握られているみたいだ。
そしてなりよりも、こんなにも辛そうな顔をしている彩ちゃんを見るのが何よりも辛かった。
「あーちゃん……」
「大丈夫なのです麻耶。目に、ゴミが入っただけなのです……」
綺麗な黒の瞳から流れた涙を見て、麻耶ちゃんが不安そうにお姉ちゃんの名前を呼ぶ。
彩ちゃんは、それでも自分はお姉ちゃんという理由だけを頼りに気丈に振る舞った。
その目や態度はまるで、一生、妹を守っていくことを覚悟している感じだ。
「申し訳ないのですが、少し時間がほしいのです……」
僕と彼方ちゃんはお互いに顔を見合わせ、確かに僕らも彩ちゃんも頭を冷やす時間が必要だと判断し、彩ちゃんの提案を受け入れた。
「僕らがいると落ち着かないだろうから、僕らは少し外に出てくるね」
僕と彼方ちゃんがいると、彩ちゃんは色々と考えてしまうだろうからという気づかいで、僕と彼方ちゃんはとりあえず玄関を出た。
麻耶ちゃんは一瞬僕たちの方に目を向けたけど、すぐにお姉ちゃんである彩ちゃんの方へと向き直った。
彩ちゃんには麻耶ちゃんが付いている。だから僕たちは安心して家を出れた。