6話
1か月ほど時間が空いてしまってすいませんでした。
理由は突然の引っ越しにあります。
詳しく知りたい方は活動報告をご覧ください。
少し離れたところで高校生くらいの男子三人に暴力を振われている中学生くらいの男子がいた。
この位置からでも中学生の男子が苦痛の顔をしているのが分かる。
顔を殴られて、お腹を蹴られて、痛くないはずがない。
悲痛な叫びが静かな空間に響く。
そんな光景を見た僕は動けずにいた。
助けたい気持ちは確かにあった。……あったと思う。
走れば一分もしない距離にその四人は居たし、助ける気になれば助けに行ける距離だった。
それなのに、僕の足は動かなかった。
理由はわかってる。
怖かったからだ。
自分が行って、一緒に暴力を振われたらどうしよう。中学生の僕が一人のこのこ行ったって返り討ちに会って僕も巻き込まれるのがオチだ。
自分には助けられる力なんてない。誰かを救えるような力はない。
僕はアニメや漫画の主人公やヒーローじゃない。僕はゲームの中の勇者や英雄じゃない。
僕にできることなんてたかがしれてる。
そんなもっともらしい言い訳を自分の中で組み立てて、自分を無理やり納得させようと努力した。
そんな時だった。あの人が後ろから僕の横を通って、颯爽と四人のところに向かって走っていったのは。
その人はいきなり四人の中に飛び込んでいき、高校生たちを怒鳴りつけた。
それに逆上した高校生たちが今度は標的をその人に変えた。暴力を振るわれていた中学生は標的が変わったのをいいことに脱兎のごとく逃げ出した。
その人のことなど放っておいて。
結局その後は標的に逃げられたのと怒鳴られた怒りを、飛び込んで行った人に向けて高校生三人組が発散して終わった。
飛び込んで行った人は助けようとした人にも逃げられ、高校生たちにもボコボコにされて、災難だろう。
せっかく覚悟を決めて助けに行ったのに、貧乏くじを全部押し付けられて自分が損だけして終わったのだから。
でも、僕が逃げ出した中学生男子を責めることはできない。
だって僕は、見ていたのに何もできなかったんだから。
なにもできなかった人間が、なにもできなかった人間を責めることはできない。
せめてもの罪滅ぼしだったのか何だったのかはわからない。けど、僕は倒れているその人の元へと向かった。
「……はい、これ……」
近くにあった公園の水道水を含ませたハンカチを倒れているその人に渡す。
「ん? おー、悪いな。サンキュー、ボウズ!」
その人は屈託のない笑みを浮かべながら僕のハンカチを受け取り、赤くなっている部分にあてがった。
「……なんで、なんであの子を助けようとしたの?」
気が付けば、僕はそんなのことを口走っていた。
「んあ? そりゃあ、あの子が困ってそうだったからだよ。……いや違うな。明らかにあの子が助けを求めてたからだよ」
「……え? それだけ?」
「それだけ、ってな。それ以外に理由なんているのか? 誰かが困ってる。助ける。なっ! おかしなところなんてないだろ?」
「おかしいよ……。自分には関係のない人のことでそんな。……怖いもん」
「怖い?」
「さっきみたいに自分が行ってもどうしようもできそうなかったり、むしろ自分も一緒に痛い目に遭いそうだったり、実は相手が困ってないかもしれないし、お節介かもしれない。助けに行っても自分にはどうしようもないことかもしれないし、逆に迷惑かもしれない」
そう。
困ってるってことはわかっても、それが助ける理由になんてならない。
助けるっていうのは相手を助けるだけの力があって、方法があって、初めて成立するものだ。
さっきの僕がこの人みたいにあの場に飛び込んで行ってもたぶんあの高校生たちの餌食になる中学生が一人から二人に増えただけだろう。
そう、あそこで僕が助けに行ってもなにも変わらなかった。……はずだ。
「なぁ、ボウズ……お前はそれでいいのか?」
「え……?」
「確かにお前の言う通りだよ。俺は結局あの子を逃がしてはやれたけど心までは救ってやれてないし、さっき飛び込むときだって正直いって怖かった。殴られて蹴られて痛かったさ。助けたつもりになって文句を言われたこともあるよ。電車でお年寄りに席を譲って「わたしゃあ、まだそんな年寄りじゃないよ」とかさ」
「ほら、やっぱり何でもかんでも助ければいいわけじゃないじゃないか」
「でもよ、それでいいのか考えてみろ」
「どういうこと……?」
「もしかしたらその人は本当に困ってるかもしれない。自分には解決できないけど、手伝いくらいはできるかもしれない。自分も一緒にその不安を背負ってやれるかもしれない。"かもしれない"それでいいじゃねえか。どうせ、本当に困ってるかなんて本人にしかわからないんだから。ボウズだってそこであれを見てたってことは助けたいとは思ってたんだろ?」
「う、うん。でも、僕は怖くて動けなかった……。自分にはどうしようもできないって必死に自分に言い聞かせてた……」
結局言い聞かせきれなかったけど……。
「んー……じゃあよ」
その人がまだ体が痛いはずなのにその場で座って僕と視線を合わせる。
それから僕の頭にポンと手を置いて
「考える前に動いちまえ」
そう言った。
「さっきの俺だって特に何も考えてなかったんだぜ? あいつが困ってる、じゃあ行こう! みたいな感じだったぞ。だからボウズも助けたいって思ったら考える前に動いちまえ。動いちまったら事が終わるまで止まれねぇんだ。それなら怖いもなにも感じないぞ。なんせ考える前に動いちまってんだからな」
「考える前に……動く……」
「そう! 考える前に動く! 後はことなれ山となれ、やってみなくちゃわからない! やらないで後悔するくらいならやって後悔しろ! ってーのが俺のモットーだ!」
その人の言葉と笑顔は、僕の荒み切った胸の中に深く深く刻み込まれた。
「ん……」
トントン。
「……夢、か……。久しぶりにあの人の夢を見たな……」
眠気眼を擦りつつ、まだけだるい体を起こす。
トントン。
「って、ノック音!!」
目覚まし時計の代わりになってくれたノック音に今更気づき急いで立ち上がり玄関の戸を開ける。
「す、すいません! ついさっき起きまして!」
そんな言い訳を口にしながら開けた玄関の先にいたのは―――
「ふふっ。今日はお寝坊さんだったんですね、佐渡さん」
彼方ちゃんだった。
こんな私ですが、どうか見捨てないで!!