5話
あの後、結局お姉ちゃんの方に警察への通報は頑なに拒否され、どうしたものかと悩んだ僕と彼方ちゃんは、放っておくという選択肢を除いて最初に出てきた、とりあえず保護する。という選択肢を取った。
夜も深まり、この子たちも疲れが溜まっていそうだったのと、僕らも事情を把握しきれていないので、今日中にお姉ちゃんの方を説得して明日の朝一番に警察に連れて行ってあげるというのがいいだろう。
もしかしたら本当にただの迷子でこの二人の両親が警察に探索願を出していることも考えられるが、その場合は誠心誠意謝るしかない。
「うわーっ! おうちよりせまーい!」
「こ、こら、なにを言ってるのですか!」
僕の家で保護をすることになった二人がそれぞれ違う反応を見せる。
麻耶ちゃんは子供らしく素直な感想を、お姉ちゃんの方は借りてきた猫の様に落ち着かなさそうにしている。
それに、まだ僕のことを警戒しているようだ。
ちなみに彼方ちゃんは自分も残りますと提案してくれたが、とりあえず自宅に帰ってもらった。
「あはは……。狭くてごめんね。あと、ジュースどうぞ」
冷蔵庫に入っていたオレンジジュースを二人分注いで持ってくる。
「ありがとー!」
「ま、麻耶! 迷惑でしょ、です」
「気にしなくていいよ。それよりもおいしく飲んでくれた方が僕は嬉しいかな」
「……。お、オレンジジュースに罪はないので……いただきます、です」
少し渋りを見せたお姉ちゃんの方もどうにかオレンジジュースを口にしてくれた。
「そういえば二人ともお腹とか空いてないかな?」
喉が潤っても、もしかしたらお腹が空いているかもしれない。
この子たちがいつから二人で彷徨っていたのかはわからないけど、もしかしたらお腹も空いているかもしれない。
「すいたーっ!」
「も、もう……麻耶……」
さっきまでなんでも注意していたお姉ちゃんの方が流石に疲れてきたのか麻耶ちゃんを怒る気もなくなったようだ。
「それじゃあちょっとしたものを作ってあげるね。少し待ってて」
「ごはんつくってくれるの!?」
「うん。お母さんのよりおいしいかわからないけど、お兄ちゃんなりにおいしいものを作ってあげるね」
「あーちゃん! おにいちゃんが、ごはんつくってくれるって!」
「す、すいませんなのです……」
「いいんだよ。気にしない気にしない」
それから僕はオムライスを二人分作ってあげた。
今日は奏ちゃんの家で夕食を食べる予定だったので材料が少なく、これくらいしか作れなかった。
「はい、お兄ちゃん特製オムライス」
「わーっ! おいしそーっ! ほんとうにたべていいの!?」
「もちろんだよ。せっかく作ったのに食べてもらえなかったらお兄ちゃん悲しいなー」
「ならたべるーっ!!」
「うん。ゆっくりね」
元気よくスプーンを持った麻耶ちゃんが「おいしい」を連呼しながらどんどんとオムライスを食べ進めていく。
そんな妹の姿を見て、堪えが効かなくなったのか、少し遠慮がちにしていたお姉ちゃんの方もオムライスを口に含んだ。
麻耶ちゃんほど素直に反応はしてくれないけど、スプーンを進めるスピードが速まったので、マズくはなかったようでよかった。
「そういえば、僕の名前は佐渡誠也。それで、よかったらだけど、もうそろそろお姉ちゃんの方も名前を教えてくれないかな」
食べているときに悪いかなー、とも思ったけど、呼び方に困るのでこれだけは聞いておきたかった。
「彩……です」
「彩ちゃんか。それじゃあ、はい、これ」
名前を確認したところで僕は自分の携帯を彩ちゃんに差しだした。
「……え?」
「彩ちゃんがこれを持ってれば僕は警察に連絡できないから安心してね。見ての通りこの家には置き電話はないし、僕は携帯はその一台しか持ってないから、あとは直接警察に行くしかない」
「な、なんで……携帯を私に渡すんですか……?」
「なんでって、さっきも言ったけど、僕は君たちが心配なんだよ。でも、彩ちゃんは偉い子だからいきなり会った僕にしっかりと警戒してる。だから僕はまず、彩ちゃんに僕を知ってもらって、その上で僕を信用してほしいんだ。それでもしよかったら僕に事情を話してほしい。それだけだよ」
「……」
彩ちゃんがオムライスを食べる手を止め、小さくも屈託もない瞳で僕の顔をまじまじと見つめる。
「……わかりました。これは責任を持って私が預かっておきます、です」
彩ちゃんはまたオムライスを食べる作業に戻った。
僕が行ったこの行為で少しでも彩ちゃんに信用してもらえたら嬉しいな。
「二人ともお風呂は……って、麻耶ちゃんがもう限界だね」
二人でお風呂に入れるかどうか聞こうと思ったら麻耶ちゃんが既に限界を迎えていた。
ギリギリで起きて入るみたいだけど、首を何度もコクンとさせ、今にも眠ってしまいそうだ。
でも、それも仕方のないことだろう時刻は十一時を過ぎようとしている。二人にとってはもう寝ていてもおかしくない時間だ。
「お風呂は明日にして、お布団敷いちゃおうか。お布団二枚あるけど二人で一緒に寝る? それとも別々の方がいいのかな?」
「いえ、一緒でお願いしますです」
「うん、わかった。すぐに敷いちゃうから少し待っててね」
使った食器を台所に持っていき、テーブルの上を拭いてから畳んで台所へと移動させる。
その間麻耶ちゃんは彩ちゃんが面倒を見てくれていた。お姉ちゃんが眠そうな妹を支えている姿はとても微笑ましく、素敵な光景だった。
ものの数分で布団を一式敷き終わり、もう夢の中へと旅立っていた麻耶ちゃんを早速布団に寝かしつける。
「彩ちゃんはお風呂どうする? 疲れてるみたいだし、今日はもう寝ちゃう?」
一段落着いたところで彩ちゃんだけでもお風呂に入るかを聞いてみる。
「いえ、大丈夫です。麻耶も寝ましたので私ももう寝ますです」
「そっか。それじゃあ僕はキッチンで寝るから何かあったら起こしてね。あー、でも勝手で出て行っちゃうのは止めてね。心配でどうにかなっちゃうから」
こんなの全く自慢にならないけど、冗談抜きで本気でどうにかなってしまう自信が僕にはある。
きっと、起きて二人の姿が見えなかったら僕は、迷子の子供がお母さんを探すように大慌てで不安ば心一杯の状態でなりふり構わずに二人を探すだろう。
「約束は……できないです……」
「そっか……それなら仕方ないね。それなら僕はずっと二人のことを起きて見守ってるね」
「っ!?」
二人が僕の知らないうちに家を勝手に出て行く可能性があるのだとすれば、僕はその可能性を排除するまでだ。
彩ちゃんは僕の言葉に驚いているけど、僕からしたらなんてことない当たり前の反応だ。
ちょっと子供には脅しみたいになっちゃってるかもだけど、状況が状況なので少し卑怯なことをしても仕方がないことだと思いたい。
「な……なんでそこまでするんですか……です」
「うん? 何度も言ってると思うけど、僕は君たち二人が心配なんだよ。それ以外に理由なんてないし、必要ないでしょ?」
僕の言葉に彩ちゃんが驚いた顔をした。
僕の言った言葉は別におかしな言葉じゃないと思う。デパートや遊園地なんかで子供だけで歩いていたら心配になると思うし、そういう子を見つけたという話を聞くだけでも、どうなったのか気になると思う。
逆に驚いたのは僕の方だ。こんな当たり前の言葉一つに心の底から驚いてしまう彩ちゃんの方が僕は驚きが隠せない。
彩ちゃんや麻耶ちゃんくらいの年頃の子供はまだまだお母さんに甘えたい年頃だ。
お母さんが近くにいないだけで不安になるし、泣きそうになる。そんな心も体も育ち切っていない年頃。それなのにこんなに冷静にいられると、母親からの愛情をしっかりと受けていたのか気になってしまう。
顔にこそ出さないようにしているけど、不安で胸がいっぱいなのは僕も同じなのである。
「お、おかしいです……。そんなのおかしいです……」
「おかしくなんてないよ。彩ちゃんだって自分より小さな子が迷子になってるのを見たら心配になるでしょ? 助けてあげたくなるでしょ? その時に何か欲しいから助けるかな?」
「それは相手が助けを求めてるからです。相手が困ってるから助けるのです。でも、私たちは助けを求めてないです。それなのに助けるのはお節介です。おかしいです」
「んー……。確かにお節介かもしれないけど、そのお節介で助かる人もいるかもしれない。してあげて喜ばれるか嫌がられるかより、僕は自分が後でどう思われようと助けてその人の不安を少しでも早く取り除いてあげたいよ」
後で文句を言われたとしても、嫌な顔をされてしまったとしても、僕はその人の不安を少しでも早く取り除いてあげたい。
感謝されなくてもいい、お礼を言われなくてもいい。そんなの事のために僕は誰を助けてるんじゃない。
僕が言われた通り、僕が憧れたように、僕が救われたように、他のみんなを助けたいだけだ。
「それに、二人は困ってるんじゃないのかな?」
「んな!? そ、そんなことないです! ないのです! 絶対にないのです!」
「そんなことないよ。僕には麻耶ちゃんはともかく、彩ちゃんはすごく不安そうに見えたよ。しきりにキョロキョロして周りを確認して、歩く足取りの一歩一歩が慎重気味で、まるでいきなり知らない世界に放り込まれたみたいだった。自分たち以外誰も信用できない世界にいるみたいだった。少なくとも僕はあの時、そう見えたよ」
「っ! そんなの嘘です! 勘違いです! 見間違いなのです!」
「そんなことないよ。僕は……!」
「今日はもう眠いので寝ます! お布団はありがとなのです!」
取り付く島もないというのはまさしく今の状況を言うのだろう。
どんな言葉も相手に届かない。言葉が届かなきゃ気持ちも届かない。
僕はもっと他に言いようがなかったのかという、自分の不甲斐なさに胸を締め付けられながら長い夜を過ごした。