4話
「ふう。ごめんね彼方ちゃん、疲れてるところに買い物まで付き合ってもらって」
「いいえ、元はと言えば私から言いだしたことですし、むしろ私の方が感謝しなくちゃいけないくらいですよ」
満天の星空を眺めながらコンビニに二人で向かい、ルーズリーフをしっかりと購入し、今は家路に着いている。
「大学ってやっぱり大変なんですか? そのルーズリーフもレポートで使うんですよね?」
「んー、そうだなー……。確かに大変な時は大変だけど、僕としては高校の時の方が大変だったかな」
「そうなんですか?」
「うん。高校は多い時は毎日宿題があったし、ずっと勉強って感じだったからね」
「大学は違うんですか? 私的には大学の方がレポートを作ったり、単位を考えなきゃいけなかったりで大変そうなんですけど……」
「その辺りは確かに大変だけど、講義と講義の間に時間がたくさんあったりするから場合によっては高校生より勉強時間は少ないんじゃないかな?」
高校は五十分の授業の後に数分の休憩を挟んですぐに次の授業に入る。それに対して大学は講義の組み方によっては講義を受けた後、次の講義までの時間が三時間あったりもする。
僕はサークルにも入ってないので翔くんたちと会話をするか、近くをぶらつくくらいしかすることはない。
「そういうものなんですか」
「うん。でも楽ってことはないから高校には高校の大変なところが、大学には大学の大変なところがあるんじゃないかな?」
「そうですね。お互い頑張りましょうね」
「うん。そうだね」
いつもと変わらない、なんてことのない会話をしながら歩くのが少し楽しい。
「佐渡さん、あそこを見てください。あの子たち何かおかしくありませんか?」
もう少しで家まで着くというところで彼方ちゃんは少し離れたところを歩いている小学生くらいの小さな女の子二人を指した。
「……確かに少し様子が変だね」
小さな女の子が二人こんな時間に出歩いている所が既に問題でもあるけれど、それ以上に問題なのが近くに親の姿が見えないことだ。
親が近くにいれば僕らみたいにちょっとした買い物をコンビニにしに行っていたのかも? くらいに考えられるけど、いないのは問題だ。
女の子たちも辺りをキョロキョロと見回しているし、明らかに迷子っぽい。
「ちょっと話し掛けてみようか」
「そうですね、心配ですし声を掛けてみましょう。迷子だったら大変です」
彼方ちゃんと一瞬で相談を済ませ、僕たちは女の子二人に近づいた。
「ねぇ、どうしたのかな? もしかしてお母さんかお父さんとはぐれちゃったのかな? もしよかったらお姉ちゃんに教えてくれないかな?」
大きな男の僕に話し掛けられるより女の子の彼方ちゃんに話し掛けてもらった方が小さな女の子にはいいかと思って最初に彼方ちゃんに話し掛けてもらった。
それが功を成したのか、女の子二人は特に警戒心なくこちらに応じてくれそうだ。と言っても、一人の女の子はもう一人の女の子の後ろに隠れてしまったけど。
「お気遣いなく。私たちは大丈夫ですので、です」
彼方ちゃんの言葉に前に立っている女の子が返した言葉はそんなしっかりとした言葉だった。
「え……? で、でも迷子なんじゃないのかな? お母さんたちも心配してるとお姉ちゃんは思うなー」
少し驚いた様子を見せた彼方ちゃんだったけど、すぐにしっかりした子なんだと思い直したのか、話を続ける。
「大丈夫です。迷子じゃないです」
「それじゃあ、お母さんかお父さんはどこにいるのかな? 近くにいるの?」
「大丈夫です。気にしないでくださいです」
「あ、あのね……だから……」
「本当に大丈夫ですので気にしないでくださいです」
「さ、さわたりさ~ん」
警戒心なく、というのは僕の間違いだったみたいだ。
どうやらすごく警戒されてるみたい。
さすがに彼方ちゃんだけに任せておくのは申し訳なくなってきたので僕も少し口を挟むことにした。
「それじゃあお兄ちゃんたちと警察に行こうか。もしお母さんが近くにいるならお母さんのところまで連れてってあげる」
「ですから、私たちは大丈夫ですので放っておいてくださいです」
「そういうわけにはいかないよ。僕は君たちが困ってるのを見つけちゃったんだから、君たちをどうにかするまで僕は君たちから離れないよ」
「お兄さん……ロリコンとかいうやつですか? それともストーカーですか? 警察呼びますよ、です」
「どっちでもないよ。でも、警察を呼ぶのは僕も大賛成だ。それじゃあ連絡するね」
連れていくのはどうにも難しそうだったので、話の流れで警察を呼ぶことにした僕はポケットから携帯を取り出した。
「それじゃあ電話掛けるから少し待っててね……あっ!」
110をを打ち込み電話をしようとした瞬間、女の子が僕の手から携帯をかすめ取った。
「止めてください!」
小学生の、それも女の子とは思えないような迫力の言葉だった。
あまりの発言に僕はおろか、彼方ちゃんも驚きを隠せない。
これは僕が思っているよりも大きな何かが隠れているのかもしれない。そんな風に思う僕はおかしいのだろうか。
「あーっ! あーちゃん、ひとのものかってにとったーっ! いけないんだよー!」
僕の携帯を取った方の女の子に対し、今まで僕らが話していた女の子の後ろに庇われるように隠れていた女の子が声を出した。
こっちの子の方が少し小さく、話し方もまだ少したどたどしい。様子を見るからに、この子たちは姉妹で、僕らと話していた方がお姉ちゃん、今喋った方が妹といったところだろう。
「こ、これはしょうがないのです麻耶! こうでもしないと警察を呼ばれちゃうんです!」
「えー! ケイサツさんとあえるの!? まーちゃん、ケイサツさんとあいたい! パトカーみたい!」
「そんなこと言ってる場合じゃないんです!」
「っ! ……おねえちゃんおこったーっ!」
お姉ちゃんの口調が少し強かったのか、妹の"麻耶"と呼ばれている女の子が泣いてしまった。瞳に大きな滴を溜めて、止めどなく地面に滴らせる。
"あーちゃん"と呼ばれていたお姉ちゃんの方は妹の麻耶ちゃんを泣き止ませるか、僕らの対応をするか悩んでいるみたいだ。
「大丈夫だよー。大きな声でちょっと怖かったねー。でもね、お姉ちゃんも麻耶ちゃんを虐めたくて言ったわけじゃないんだよー」
泣いている麻耶ちゃんを見ていられなかったのか、彼方ちゃんがそっと麻耶ちゃんを抱きしめ、頭を撫でる。
その姿は彼方ちゃんには悪いかもしれないけど、僕には母性を感じさせるもので、小さい頃自分がお母さんに抱かれたときのことを思い出させた。
「ひっ……ひっく……ほんとぉ?」
「うん。お姉ちゃんを見てごらん。麻耶ちゃんが泣いてるのを見て困ってるでしょ?」
「う……うん」
「それはね、麻耶ちゃんのことが心配だからなんだよ」
彼方ちゃんがそう言うと、麻耶ちゃんがそれを確かめるようにお姉ちゃんの方を向く。
お姉ちゃんは少し気まずそうな顔をしながらも小さく謝った。
「ご、ごめんです麻耶。お姉ちゃんが悪かった……です」
しっかりと謝ってくれたのが嬉しかったのか、お姉ちゃんが自分を好きだと言うことがわかって嬉しかったのか、その両方なのかわからないけど、麻耶ちゃんが笑顔に戻った。
ただ、これで一件落着というわけではない。
むしろ、また本題に戻った。
「それで、君たちはどうしてこんなところに二人でいるのかな? さっきも言ったけど、迷子なら警察に……」
「まーちゃんたち迷子じゃないよ!」
僕の言葉を遮るように麻耶ちゃんが言った。
ただ、問題なのは次のセリフだった。
「だって、まーちゃんたち、おかあさんにあとでむかえにくるからまっててね。っていわれたもん! だからまいごじゃないよ!」
胸を張ってそう答える麻耶ちゃん。
だけど、その言葉には少し無理がある。それは、待ってて、というにはここは周りに何もなさすぎるし、なにより僕らがこの二人に会ってからすでに十分は過ぎている。
その上今の時間は夜でこんな小さな女の子二人だけを残して、親だけがどこかに行くというのはおかしいと思う。
この子たちが勝手に移動した可能性もこのしっかり者のお姉ちゃんを見るところなさそうだし、キョロキョロと何かを探しているような行動はお母さんを探して辺りを動き回っていたに違いない。
最後にほんのわずかに残った可能性があるとすれば、この近くに家があるってことだけど……
「ね……ねぇ、君たちのお家はここから近いのかな?」
「ううん! まーちゃんこんなところしらないよ!」
その可能性すらも、麻耶ちゃんの言葉でもみ消された。
お姉ちゃんの方を見ると、お姉ちゃんも気まずそうに僕らから視線を逸らした。
どうやら麻耶ちゃんの勘違いや、まだ小さいから間違ってる、ということではないらしい。
僕はまだ麻耶ちゃんを抱いている彼方ちゃんと顔を合わせる。
「佐渡さん……」
「う、うん……」
どうやら、僕らはまた大変なことに首を突っ込んでしまったのかもしれない。