表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホームレス少女  作者: Rewrite
佐藤彩・佐藤麻耶 編
144/234

3話

「別にこんな時間に帰らなくても泊まっていけばいいじゃない。部屋なら無駄に余ってるわよ?」

「そうですよー佐渡さん。彼方も一緒に泊まっちゃえばいいじゃないですかー。それで夜を語り明かしましょうよ! ガールズトークで!」

「いや、明日の朝にやらないといけないこともあるし、彼方ちゃんも泊まるって言ってきてないから帰らないと両親に心配かけちゃうしさ。あと桜ちゃん。僕、男だからね?」


 あの後、少しだけトランプの続きをして現在の時刻は九時を少し回ったところだ。

 外はすっかり暗くなっていて、きれいな星と月が空を漂っている。月から照らされる光が天王寺家を幻想的にしている。


「明日やらないといけないことは明日中にやればいいじゃない。水無月の両親にだって携帯? で、連絡できるんでしょ? 無理だとしても家の電話を使えばいいわ」

「そうですよ。佐渡さんが男だっていうなら、女装させて姿だけでも女の子にしちゃえばいいんです!」

「まあ、それはそうなんだけどね……。あと、桜ちゃん。君だけ論点が少しずれてないかな?」


 もう玄関前までは来ているんだけど、まだまだ遊び足りないのか奏ちゃんと桜ちゃんが僕と彼方ちゃんを中々返してくれない。

 確かに、奏ちゃんの言う通り、僕の明日の朝にやることなんて洗濯とかだし、彼方ちゃんの両親も連絡を入れればオーケーをくれそうな気もするけど、さすがにこれ以上は天王寺家―――というよりも安藤さんたちメイドさんや執事さんたちに悪い気がする。


「気持ちは嬉しいんだけどね奏ちゃん、桜。でも、これ以上は迷惑だろうし……」

「迷惑なんてことないわよ。だってこの屋敷の娘の私がいいって言ってるのよ? なんの問題もないでしょ?」


 彼方ちゃんの言葉ももっともらしい奏ちゃんの一言で論破されてしまった。

 どうやって説得しようかと僕と彼方ちゃんが頭を悩ませていると、車を出しに行ってくれていた安藤さんが来てくれた。


「お嬢様、桜、私たちには私たちの生活があるように佐渡様と水無月様には各々お二人の生活があるのです。佐渡様はお一人で暮らされているのですからなおさらです。無理を言ってはご迷惑ですよ」


 正直、急いでやるようなことは僕にはないし、彼方ちゃんにもないんだろうけど、これは天からのクモの糸だ。ありがたく捕まらせてもらおう。


「そういうものなの? 確かに佐渡の家に居た時、毎朝忙しそうになにかしてはいたけど……」

「まあ、私たちみたいに代わりもいませんもんね」


 すごい。安藤さんが少し言っただけであの二人が一瞬のうちに大人しくなった。

 さすが、長年天王寺家に努めているメイド長だ。


「それでは私はお二人をお家まで送ってまいります。桜、あなたはお嬢様のお風呂をお願いします」

「了解です安藤さん!」

「はあ~……今日しょうがないけど、また今度遊びに来なさいよね」


 安藤さんの指示に敬礼をしながら答える桜ちゃんに、ため息を吐きながらもどうにか事情を理解してくれた奏ちゃん。


「もちろんだよ」

「うん。また来るね」


 そんな二人にまた遊びに来る約束をして、僕たちは天王寺家を後にした。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「さっきはありがとうございました安藤さん。僕と彼方ちゃんだけじゃあの二人を説得できそうになかったんで……」

「本当ですね……。泊まってって言ってくれるのは嬉しいんですけど、あれ以上はご迷惑でしょうし」


 安藤さんの運転する車に揺られ、天王寺家の敷地を出た辺りで僕と彼方ちゃんは安藤さんにさっきの件のお礼を言った。


「いいんですよ。ああいったこともメイドの仕事です。でも、別に私たちはお二人がお泊りになられてもご迷惑だなんて思いませんよ。むしろお嬢様も桜も喜ぶので、私たちも嬉しいですから」

「あはは……。そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、やっぱりなんかあの広い空間は落ち着かなくて……」

「わかります……。おトイレに行った時なんてちょっとしたお部屋みたいに広かったですし……」


 一般的な家に住んでいる僕と彼方ちゃんからすると、天王寺家は広すぎる。

 一部屋一部屋からして僕のアパートの部屋の二倍近くあるし、彼方ちゃんも言っていたけど、トイレですらちょっとした部屋ぐらいの大きさだ。

 そんな中で僕は落ち着いて眠れる気がしない。


「なるほど、確かにお二人にとってはそう感じるものなのかもしれませんね。私たちはもうすっかり慣れてしまいましたので」

「安藤さんも最初はやっぱり落ち着かなかったりしたんですか?」

「そうですね。毎日落ちつかなかったですよ。朝起きれば仕事を失敗しないように気を張って、ようやく一日の仕事が終わってゆっくりできる時間が来ても部屋が広すぎて妙に落ち着かなくて、そんな気の張り続けたままの生活がずっと続いていましたね」

「それでもメイドの仕事を続けてたんですよね。すごいです。私なら、たぶん途中であきらめちゃってます……」

「そうですね。まぁ、半分はそうするしかなかったということもありますが……」

「え……? それってどういう―――」

「着きました」


 事ですか? と、僕が言葉を発するよりも前に安藤さんが喋った。

 まるで、僕の言葉を遮るように。


「ありがとうございました安藤さん。暗いですから帰りも気を付けてくださいね」

「ありがとうございます」

「今日は楽しかったです。奏ちゃんと桜にそう伝えておいてください」

「了解しました」


 短いやり取りを交わしてすぐに安藤さんは車を走らせて行ってしまった。

 それこそ、さっきの会話をこれ以上続けさせないよう逃げるように。

 胸の中でモヤモヤとする不思議な感情が行き場をなくしてぐるぐるとしている。

 そんな行き場のないよくわからない感情をどうにかしようとしていると、ふとあることを思い出した。


「あっ!」

「どうしたんですか佐渡さん? なにか忘れものでもしました?」

「あ、いやね。そういうわけじゃないんだけど、大学の帰りにレポートで使うルーズリーフを買ってくるの忘れちゃったなって」

「なら、今から買いに行きませんか? コンビニならすぐそこですし、私もお付き合いします」


 こんな正直どうでもいいことでも心の底から心配してくれるのが彼方ちゃんだ。

 もうこんなに夜が遅く、自分だって疲れているはずなのに、僕が困ってると心配してくれる。本当に根っから優しい女の子だ。


「大丈夫だよ。別に急ぎのレポートじゃないし、明日にでも買い物のついでに買いに行くから」


 彼方ちゃんからのありがたい申し出ではあったけど、本当に急ぎで必要なものじゃないし、夜も遅い。いくらコンビニでも売っているようなものだとはいえ彼方ちゃんに迷惑を掛けたくはない。


「そうですか……」


 なんでだろう。僕なりに正直に、それでいて気を使ったと思うんだけど、なぜか彼方ちゃんが少し寂しそうに見える。


「えっと……どうかした?」


 こうなると、気になってしまうのが僕である。

 横断歩道を渡れずに困っているおばあさん。重たい荷物を運ぶ女性、迷子の子供、そしてなによりも何かしら困っている人、僕はこれらの光景を一度でも見たらどうにかしないと気が済まない。

 最近はあまり言われないようになってきたけど、一時期は"お助けマン"なんて呼ばれていたぐらいだ。


「どうもしてないですよ。ただ……」

「ただ?」

「なんか今日が楽しくて、もう少し誰かとお話をしていたい気分だったので、少し残念だなって……あはは、ご迷惑ですよね。すいません」


 そう言って残念そうに笑う彼方ちゃん。

 彼方ちゃんは僕にも言えることらしいんだけど、少し自分を抑え込み過ぎるところがある。自分の意見を言えずに胸の中にひっそりと隠す。

 気持ちはわかるけど、僕にくらいはもう少しわがままであってほしいというのが、僕の本音だ。

 そして、彼方ちゃんが落ち込んでいるのであれば僕のする行動は一つしかない。


「あーっ! そういえば今日の講義でレポートの提出期限が早まったのすっかり忘れてたよ。彼方ちゃん、もしよかったらなんだけど、すぐそこのコンビニまで付き合ってくれないかな? 一人じゃなんか寂しくて。よかったら話し相手になってくれると嬉しいんだけど」


 僕にできることはこんなことくらいだ。

 でも、僕にでもできるようなこんな小さなことでも―――


「……はい! お付き合いさせていただきます!!」


 彼女をこんなに笑顔にできるなら僕はそれでもいいと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ