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ホームレス少女  作者: Rewrite
佐藤彩・佐藤麻耶 編
142/234

1話

「いつもすいません安藤さん。何かあったら車を出してもらっちゃって……」

「お気になさらないでください佐渡様。元はと言えば、こちらからのお誘いですし、お嬢様も佐渡様や水無月様が来られることをとても楽しみにしています。私はそんなお嬢様のお役に立てるのが嬉しいんです」


 天王寺家に向かう安藤さん運転の車の中、いつものお礼をと思って口にしたら安藤さんのメイドさんらしい言葉が返ってきた。

 ただ、僕らが来ることを奏ちゃんが喜んでいるというのは素直に嬉しい。


「そうですよー、佐渡さん。かなちゃんたら、今日の朝からずっと時間を気にして、「佐渡と彼方はまだなの!」とか「もうそろそろ時間よね!」って、ずっと言ってたんですから」

「あははは、なんかすごい奏ちゃんらしいよ。簡単に想像がつくね」


 安藤さんに続いて桜ちゃんの追加情報。どうやら奏ちゃんは相当今日の僕らと一緒の夕食を楽しみにしていたらしい。

 たぶん、朝から安藤さんや桜ちゃんに色々と言ってそわそわとしていたのだろう。

 かくいう僕と彼方ちゃんも今夜を楽しみにしていて、朝からずっと一緒だった。

 ここ最近アトフィックについてのことでドタバタしてたからこうして彼方ちゃんと二人でまったりできる時間は本当に久しぶりだった。


「もうそろそろ天王寺家の敷地内に入ります」


 運転中の安藤さんが言う。

 天王寺家の敷地内に入ったと聞くと、もうそろそろお屋敷に着きそうな感じがするけど、実は違う。天王寺家の敷地内に入ってからもお屋敷までは二十分ほどかかるのである。

 歩きでここに来たら確実に迷う自信が僕にはある。誇れることでもなんでもないけど……。


「そういえば彼方。この前借りたマンガすごい面白かったよ!」

「ホント!?」

「うんうん! あの告白のシーンとかすごい良かった! あんな告白私もされてみたいよ」

「だよね! 私もあんなこと言われてみたいもん」


 彼方ちゃんと桜ちゃんの突然のガールズトークが始まった。

 どうやらマンガの貸し借りをしていて、そのマンガの内容を話しているらしい。


「二人ともすごい仲良くなったんだね。少し前とは大違いだ」


 素直な感想だ。奏ちゃんと彼方ちゃんとのことで桜ちゃんも一緒に仲良くなったのは知っていたけど、まさかマンガの貸し借りまでしているとは思わなかった。


「あはは。それは彼方は奏ちゃん以外の私の唯一の友達ですからね。私は学校にも通ってないし、同い年の友達なんていなかったから嬉しい限りですよ。それに私はお嬢様ほどじゃないにしろ世間の情報に疎いですからねー。マンガとか貸してもらえるのは最高です!」

「私もですよ。学校でのお友達もいいですけど、学校以外の友達もやっぱり嬉しいです。それに桜なら佐渡さんとか奏ちゃんのお話もできますしね」


 そう笑顔で話す二人。

 僕の知らない間に二人の仲は本当に進行していた。それこそお互いが下の名前、しかも呼び捨てで呼び合うほどに。


「そうか、二人はそんなに仲良くなってたんだね。僕も嬉しいよ」

「そうですよー。もう私たちは親友ですよ! 読み方は親友(しんゆう)じゃなくて親友(ライバル)かもしれないですけどね」

「ライバル……?」

「ちょっ!? 桜!?」


 なんでライバルなんだろう。

 何か勝負事でもあるんだろうか? 仲は良さそうだから喧嘩をしてるってわけじゃなさそうだけど、本当になんなんだろう。

 それに彼方ちゃんが必死に桜ちゃんを止めているのも気になる。


「ねぇ、ライバルってどういう……」

「あーっ!! 佐渡さん! そういえばなんですけど、今日宿題がいっぱい出てしまいまして、明日辺りに少し勉強を教えてもらってもいいですか!?」

「え、あー、うん。もちろんいいよ」

「あ、ありがとうございます! 今回の宿題は少し難しそうだったので……」


 確かに、今までも彼方ちゃんと一緒に勉強をすることはあった。お互い一人でやるのは少し寂しいということで、僕は大学のレポートを、彼方ちゃんは学校で出た宿題をお互い適度な会話をしながら終わらせるというのが目的だ。

 ただ、その約束はなんとく一緒にやろう、と、いつもなるので、今日みたいに彼方ちゃんが積極的に誘ってくるのは珍しい。

 それにしても、さっきから桜ちゃんが笑いをこらえているのはなんでだろう。


「もうそろそろお屋敷に到着します」


 結局、聞きたいことが聞けずじまいのまま、天王寺家のお屋敷まで着いてしまった。

 車を降りて、安藤さんは車を止めに行ってしまったので桜ちゃんの後に続く。

 桜ちゃんがお屋敷の大きな扉を開けてくれたので、お言葉に甘えて彼方ちゃんとお屋敷の中に足を踏み入れた瞬間―――


「いらっしゃいませ! 佐渡様! 水無月様!」


 目の前には赤いじゅうたんに大きな階段。そして赤いじゅうたんに沿って並ぶ執事さんとメイドさん。そして一番奥に立っている奏ちゃんと源蔵さん。何度か目にした光景だけど、未だになれることはない。

 というか、この光景になれることは一生ないだろう。

 彼方ちゃんも僕よりは少ないものの何度かこの光景を味わっているはずなんだけど、やっぱり僕と同じで慣れないようでどうしたらいいのかわからずに苦笑している。

 僕だって正直、目の前に奏ちゃんがいて、後ろに桜ちゃんがいて、隣に彼方ちゃんがいるからどうにかなっているけど、誰もいなかったら回れ右をして即座に逃げ出しているだろう。


 そんな風に呆然としている僕らに痺れを切らしたのか奏ちゃんがこっちに向かって走ってくる。源蔵さんもこちらに歩いてきた。


「なにそんなところで立ち尽くしてるのよ! もう何度も来てるんだし、いい加減慣れなさいよ!!」

「あはは……そうなんだけどね。どうにも慣れなくて……。ねっ、彼方ちゃん?」

「は、はい。奏ちゃんの家だってわかってはいるんだけど、さすがにこんな大勢の人にお出迎えされると恥かしいです……」

「はぁ~!? なによそれー?」


 昔からこのお出迎えが当たり前だった奏ちゃんには僕らの言い分は意味が分からないらしく、酸っぱい顔をされる。

 かといって、僕らにはどうしようもないのだ。


「はっはっはっ。奏、そう言ってやるな。私たちには私たちの当たり前があるように、佐渡君たちには佐渡君たちの当たり前がある。そう強く言っては彼が可哀想だ」


 困っている僕らに源蔵さんからの意外な助け舟。いつもなら桜ちゃんが混ざってきてそれとなく流してくれるのに、今日は桜ちゃんも僕らの後ろで戻ってきた安藤さんと並んで待機している。


「挨拶が少し遅れてしまったが、ようこそ天王寺家へ、佐渡君、水無月君。今日は存分に楽しんで行ってくれたまえ」

「は、はい。お邪魔させていただきます。今日は食事のお誘いありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」


 僕の言葉に続いて彼方ちゃんが言葉を繋ぎ、二人で源蔵さんに頭を下げる。


「そう堅苦しくなることはない。頭を上げたまえ、佐渡君、水無月君。君たちは奏と桜の友達であり、この天王寺家の恩人であり、今日は私の客だ。今日はここを自分の家だと思って寛いでくれたまえ」

「は、はい。お言葉に甘えさせていただきます」

「あっはっは。あの時私を怒鳴りつけていた青年と同じとは思えんな」

「あ、あの時はすいませんでした! いくら夢中だったとはいえ、源蔵さんの気持ちも考えずに自分の考えだけであんなことを言ってしまって……」


 あの時、僕は奏ちゃんのためを思って色々なことを源蔵さんにぶつけた。奏ちゃんの本当の気持ち、本当の願い、そんなたくさんの気持ちをただその場の勢いで投げつけた。

 今でもあの時言ったことは間違っていたとは思わないけど、言い方っていうのはあったと思う。


「いやいや、気にするな。君のおかげで天王寺家は救われたんだ。なぁ、奏」

「はい! お父様!」


 いつもツンツンしている奏ちゃんがお父さんである源蔵さんに無邪気に抱き着く。

 僕らにはあまり見せない優しいく無邪気な子供らしい笑顔で、源蔵さんもそれに応えるように優しい顔で奏ちゃんを胸に迎える。

 こうして抱き合っている二人を見ると、あの時したことは無駄なんかではなく、良いことをしたのだと実感できて、心が救われる。


「お嬢様ー、良いんですかぁ? ここには天王寺家の全メイドと執事、それに今日は佐渡さんと彼方もいるのに、そんなことしちゃってー」

「!?」


 そんな仲睦まじい二人を、いや、奏ちゃんを茶化すように僕の後ろに隠れながら桜ちゃんが言う。

 僕の横から桜ちゃんが覗かせるのは、いたずらな笑みでこちらもなんとも桜ちゃんらしい。


「さ、さくらーっ!!」

「きゃあ! 佐渡さーん助けてくださーい!」

「うわっ! ちょ、ちょっと!」


 僕を盾にするように桜ちゃんが背中に隠れ、それを追うように奏ちゃんが僕の正面に立つ。


「こらこら。仲がいいのはいいことだが、佐渡君を困らせるなよ二人とも」

「は、はいお父様……」

「申し訳ありません源蔵様……」


 源蔵さんに注意され、大人しくなる二人。どうやら源蔵さんは奏ちゃんだけでなく、桜ちゃんのお父さん代わりにもなっているらしい。


「それじゃあ桜、お二人をお部屋にご案内しなさい」

「了解しましたぁ!」

「それじゃあ佐渡君、水無月君、私は少し席を外させてもらうよ。食事までは少し時間があるから少し奏の相手でもしてやってくれ」

「は、はい」


 源蔵さんはそれだけ言うと、自室のある方向へと歩いて行った。

 綺麗に並んでいたメイドさんや執事さんも各自自分の役目へと戻っていく。


「それじゃあ部屋を案内しますので、ついてきてください」

「あー、うん」


 桜ちゃんに連れられて、僕と彼方ちゃん、それに奏ちゃんが一緒に歩く。

 安藤さんは少し仕事があると言ってさっき別れた。


「げ、源蔵さん随分と変わられてましたね……」


 案内されている途中、無言が辛かったのか、それとも正直な感想なのか彼方ちゃんが言う。

 でも、それには僕も同感だった。ぼくが源蔵さんとまともに話すのは、あの件で僕が入院していた時にしっかりと仲直りをしたと奏ちゃんと一緒に来た時だ。

 あんまり話をしなかったのもあるけど、まさかあんな風になっているとは思わなかった。


「そうだね。僕も正直驚いたよ。元々は優しい人なんだって思ってたけど、あそこまで一気に変わってるとは思わなかった……」

「で、ですよね……。あの人が佐渡さんを傷つけたのが嘘なんじゃないかって思いますもん」

「お父様は昔から優しい人よ」


 僕らの会話が聞こえていたのか、奏ちゃんが話に入ってきた。


「お父様はお母さまが死んでしまってからそのショックで少し落ち込んでいただけで、本当はああいう人よ。優しくて、暖かくて、気持ちいい……」

「と言っても、昔は今ほどじゃなかったですけどね」


 僕らが三人で会話しているところに今度は桜ちゃんが入ってくる。


「どういうこと?」

「かなちゃんの言う通り、(ひびき)様が亡くなられる前は優しかったですけど、今ほどじゃなかったんですよ」

「そうなの?」


 今、名前の出てきた響というのは話の流れ的に奏ちゃんのお母さんの名前だろう。亡くなったとは聞いていたけど、名前を聞くのは初めてだ。


「昔はかなちゃんがわがまま言っても我慢させることもあったけど、今じゃないんですよ? どこかに行きたいってかなちゃんが言ったら、仕事をキャンセルまでしちゃうんですから」

「え!? そうなの!?」

「そうですよー。相手が親しくしている会社のお偉いさんでも平気でキャンセルしてますね。その他にも私とかなちゃんの仲が昔に戻ったらお客さんの前じゃなきゃかなちゃんって呼んでもいいとか、私にも佐渡さんと話すときのような砕けた口調で話していいとか、いろいろ私にも優しくしてくれてます」

「あー、だからさっき源蔵さんの前なのに、かなちゃんって呼んでたんだね。私源蔵さんの前なのに大丈夫なのか心配してたよ」


 彼方ちゃんが桜ちゃんの話しを聞いて胸をなでおろす。

 確かにさっき玄関を入ったところで源蔵さんがいる前なのに奏ちゃんをかなちゃんって呼んでたり、源蔵さんに少し砕けた口調で話し掛けてたりと、いつもの桜ちゃんだった。


「だから源蔵さんがああなったのも、佐渡さんのおかげですよ。ねー、かなちゃん!」

「あーっ! うっとうしい! 離れなさいよ桜!」

「えーっ! ひどーい!!」


 この二人も、仲良くやっているようだ。

 二人が楽しそうに抱き合っているのを見て、また心が温まる。少しすり減っていた僕の心が優しい気持ちで満たされていく。


「それよりも佐渡! 彼方!」


 桜ちゃんに抱き着かれながら奏ちゃんが僕を指さす。


「今日はトランプをするわよ! ババ抜きに七並べに豚のしっぽにブラックジャックに大富豪! たった数十枚のカードであそこまで遊びができるなんてやるしかないわ!!」

「うん、やろうか。ババ抜きでも七並べでも豚のしっぽでもなんでも付き合うよ。ねっ、彼方ちゃん」

「はい。私も久しぶりに奏ちゃんと遊びたかったですし、今言ったほかにも神経衰弱とかもやっちゃいましょう!」

「ちょっと彼方! 今言った神経なんとかって何よ! 教えないさい刹那のうちに!!」


 こんなちょっとしたことが、ちょっとした日常が僕は楽しい。

 そして、その楽しいがまだ始まったばかりだと思うと、胸が躍った。


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