26話
「お前、人類みな平等って言葉をどう思う?」
「……え?」
いきなりの彼の質問に呆気を取られる僕。
「お前のことだからしっかりと人類は全員平等になるようにできてるとか考えてるんだろ?」
「そ、それはもちろん……」
みんなが平等であれるように、みんなが上下関係なく平和な世界でいられるようにあるような言葉だ。
そのための法律や政治で、罰するための警官や裁判官。僕はそう思う。
「違うな……」
その考えを彼はたった一言で一蹴した。
「人類みな平等? 笑わせるな。俺たちは上下関係をしっかり小さい頃か教えられてる―――いや、教えこまされているだろう?」
「え……? なにを……」
「わかんないのか? 学校だよ。俺たちはみんな小学校、もっと言えば幼稚園の頃から生徒と先生という上下関係を気付かないうちに教え込まされている。中学まで行けば先輩後輩といった、もっと細かいところまでな。年上は敬え、年上の言うことには従え、そういった上限関係を俺たちは小さい頃から仕込まれているんだよ。そしてそれが社会人になって使われる。社長だの、平社員だのな。人類みな平等っていうなら上下関係はいらないんじゃないのか?」
何も言い返せない。
違うはずなのに、そういう目的じゃないはずなのに。
学校は友達の作り方や、知らない人とのコミュニケーションの取り方とか、世間を生きていく最低限の知識を学ぶ場所なのに。
僕は何も言い返せない。
「他にもあるぞ。お前は、恋人が死んでしまって、残された手紙を読んで終わる映画とかをどう思う?」
「それは……感動的で、良い話だなって……」
「最低だな」
またも彼は、無藤恭一は僕の考えを一蹴する。
「だってそうだろう? お前は誰かが死んでいるのを悲しんでいるように一見思えるが、それを見た感想は楽しかった、だ。つまらなかったじゃないだろ? つまりお前は人が死んで、恋人が悲しんで、周りの人も悲しんでいる映画を楽しいって言ってるんだ」
「で、でもそれは……!」
「でも、それは映画だから……か。実際の話しでなく作り話だから、か? じゃあお前はテレビ番組で、涙を誘うために実際にあった話として今と同じような内容が放送されたらどう思う? 同じように悲しいと思って、番組としての感想は感動的な話が多くて楽しかった。じゃないのか?」
「……」
まただ……僕はまた何も言い返せない。
彼の言うことは間違っているけど間違っていない。
確かに僕は人が死ぬような感動的な映画が好きだ。そしてそれを見た感想としていい映画だった。見ていて楽しかったと、言うと思う。
でも、彼の言うことはいわゆる極論だ。事を思いっきり極端に見たときの話だ。
それなのに―――それなのに僕はなんで何も言い返せないのだろう。
「他にも言おう。お前はさっき横断歩道を渡れないババアの手助けをするって言ってたな。その行為の中にお前は自分のためにやっているという心が全くないと言えるか? 本当にそいつのことだけを考えて、そいつが良ければすべていいって思えるか? 他の奴に褒められるから、周りにいい人だって思われたいから、相手にお礼をもらいたいから、どんなことでもいい。なにか一つでも自分のための野心がないと言えるか? 誰かのためと言っておきながら、自分のためになっていないか?」
「……」
「お前は人を傷つけるのはダメだと言ったな? なら、人以外の動物はいいのか? 犬を蹴っても、猫を虐待しても、なにをしてもいいのか? お前は良くないっていうだろうなぁ。でも、お前は動物を殺したものを食べてるよなぁ。豚肉やら牛肉やら、魚やらを。その材料だって元を辿れば俺たちと同じ動物で、生き物だ。それらを殺して、食べれるようにして、俺たちは食べてる。これってお前の言ってることと矛盾してないか? それとも犬や猫はダメで、豚や魚は殺してもいいのか? それともお前はこれまでに魚も肉も食べたことがないって言うのか? なぁ? 答えろよ?」
「……」
「まだまだあるぞ。今までは極端な話ばかりをしてたが、お前が小さい頃に虐められてたやつがクラスにいなかったか? ……返事なしか。……なら、居たと仮定して話を進めるぞ。なぁ、この場合の悪いやつっていうのは虐めてたやつだけなのか? その子に何かあった後に、あの子は虐められてたって言う、知ってたのに見て見ぬふりをしてたやつは悪くないのか? 自分でどうにかできなくても大人に言うくらいはできたはずなのに、見て見ぬふりをする奴は悪くないのか?」
「……」
気が付けば、僕はその場に膝をついていた。
「なんだ? もう心が折れかけてるのか善人。ほら、何か言い返してみろよ。できないよなぁ? だって、今言ったのは全部真実なんだから」
無藤恭一が僕の前まで歩いてくる。
僕の髪を掴み、下を向いてる僕の顔を無理やり上に向ける。
「なぁ、どうだよ? 今俺が言ったのは割と日常的にある話だよな? お前も一度は経験したことがあるはずだ。だからこそ傷付いてるんだよな? もうわかっただろ? 世の中お前の言うような甘い世界じゃないんだよ。光満ち溢れた世界じゃないんだよ。みんな暗い部分を知ってて見て見ぬふりをしてるか、世の中を牛耳ってるお偉いさんが隠してんだよ。残念だったな……善人」
無藤恭一が僕を勢いよく突き飛ばす。
もう―――何も考えたくない。
「もう少しだけ付き合えよ善人。俺はまだまだ怒りが収まらねぇんだ」
そう言うと無藤恭一は僕を無視してパソコンを少しいじり、僕の前までパソコンを持ってくる。
そこに映っていたのは翔くんと広志くんと間宮さんだった。
「見てみろよ。お前のお友達の一人は黒服に殴られてボロボロだぞ? デブはなんか情報を抜き取ってるみたいだな。あそこには俺が困るような情報は入っちゃいねぇのにな。無駄な努力をごくろうさんってな感じだ。女もお前らを信じて一生懸命エクササイズしてるなー。全部お前らに押し付けてさ……」
画面に映し出されているのは、翔くんがさっきの黒服にボコボコにされている光景と、一生懸命データを抜き取ってくれている広志くんの映像と、僕らを信じて待ってくれている間宮さんの姿だった。
「なぁ、あの女。ムカつかないか? 自分たちはこんなに危険な場所に入って、苦しい思いをしてるのに、自分は苦しむことなくエクササイズしてんだぞ? あのデブもお前らと違って何も仕打ちは受けてない。殴られてるあいつはお前らのことをどう思ってるんだろうな? どう思う? 俺はお前らを恨んでるんじゃねぇかって思うぞ? この後、何一つ傷のないお前たちを見て、腹を立てると思うぞ。なぁ、どうなんだよ佐渡誠也ぁ~」
「……」
……。
………。
…………。
……………。
モウナニモカンガエタクナイ
「あーぁ、壊れちまったか? 思った以上に呆気なかったな。―――おい、そいつが片付いたら社長室にいる奴と情報処理室にいる奴をまとめて摘み出しておけ。あと、間宮鈴とかいう女が会社に通ってるはずだ。そいつも一緒に返してやれ」
「さてと、俺もそろそろ片づけをしておくか―――。じゃあな善人。授業料として財布の中身もらってくぜ。俺は優しいから現金だけにしてやる。本来ならもっと高いんだから感謝しろよ。って、聞こえてねぇか……」